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オフィーリア大聖堂地下墳墓②

 オフィーリア大聖堂。聖都の郊外、広大な敷地の中心に立つ巨大且つ荘厳な建築物だ。建てられたのは約800年前といわれる歴史的建造物でもある。その地下には古代の聖人や貴族、民衆が葬られた共同墳墓カタコンベが広がっていて、埋葬されている人数は50万ともそれ以上とも言われ、正確な数は分かっていない。大聖堂の地下礼拝所、地下墳墓の入口に聖女スバルと妹スピカ、そして、アルディス大司教がいた。


「お姉様、こんな場所にわたしを連れて来て何をしようと言うのです。魔術師の杖と円形盾ラウンドシールドまで装備するように言って。理由をお聞かせください」


 不機嫌そうにスピカはスバルに問いただした。しかし、少し待つように言われ、ぶつぶつ文句を言っている。


「理由はきちんと話します。もう少しお待ちなさい」

「わたしは暇じゃありません。世の人々に正しい行いを教える義務がありますのに」

「………。(その考えを矯正しようとしてるのよ、バカスピカ!)」


「スバル様、お見えになったようですぞ」


 礼拝所の中にガチャガチャと鎧の音を立てながら、武装した一団が入って来た。スバルが出迎えて礼をした。


「すまん、待たせたな」

「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます。実は、本当に来てくれるかどうか心配だったの。あははは…」

「あのな…。約束は守るに決まってるだろうが」


 入って来たのはリシャール他からなるイザヴェル王国御一行様。リシャールを除く全員が不承不承といった表情が印象的だ。


「私たち、新婚旅行だったはず。なんでこんな事してるのかな。トラブル続きでユウキと冒険してた頃と変わらないよ」(アンジェリカ)

「なんであんなクソガキを助けなきゃならないんです? あたしは納得できません!」

「ラビィとは意見が合うな」(ジェス)

「めんどくさいなぁ」(リム)

「あの子、苦手だな」(ジャン)


 現れたメンバーを見て、険しい顔になるスピカ。特にジャンとラビィにはキッツイ視線を向け、吐き捨てるように言った。


「お姉様、何ですかこの人たちは!? 見ればクソ生意気な男もいるし。あの顔を見るだけで腹立だしくなります。それとも、わたしがこいつらに世の正義を教えればよいので? それなら喜んでお受けいたしますが」

「………。(それはこっちのセリフだよ)」(ジャン)


「はぁ…。全くもうスピカは…」

「大変だな」

「何を他人事みたいに。まあいいわ、みんな集まったわね。では説明するわね、ここ地下礼拝所、祭壇の奥には古代の墳墓が広がっています」

「そんな事、知ってるわ。だからなに?」(スピカ)


「……(このガキ)。実はアルディス大司教様から教えていただいたのだけど、地下墳墓のどこかに「聖域」と呼ばれる場所の入口があるらしいの」

「それで?」(スピカ)


「……(ぶん殴りたい)。聖域に到達した者は、過去この国に君臨した聖女の魂の祝福を受け、神の力を得て真の聖女「エターナル・セイント」にクラスチェンジし、人々を正しい道に導くと言われていると伝えられています」


「滅茶苦茶ウソっぽいわね」(スピカ)

「聖域の話は本当です。古文書オフィーリア列王伝外典「死界文書」第3章14節、コラント人への手紙という文中に記されています、ほんのチラッとですが」(大司教)


「う、胡散臭い」(シェリー)

「そんな文書聞いたことない…」(アンジェリカ)

「昨日聞いた話と違うな。適当に作ってるだろ、これ」(リシャール)


「という訳で、スピカ、私と一緒にその聖域とやらを捜索に行くわよ。彼らも協力してくれるって!」

「嫌です。胡散臭さ満載じゃないですか、そんな眉唾なお話。わたしに何のメリットも無いじゃないですか。お姉様の命令でも従えません!」


「まあ、そりゃそうだ…」(ジェス&リム)


「まあまあスピカ。よく聞きなさい。聖域で歴代聖女の魂による加護を受けられるのは、聖女だけと決まっている訳ではないのです。その人が持つ魂の光、所謂「聖心セイント・ハート」が重要なのです。もしかしたら、あなたが認められる可能性があるかも知れません」


「なんだよセイント・ハートって。絶対適当だろ」(リシャール)


「スピカ、あの戦争で世界は大きく傷つき、人々の心も魂も荒れ果てました。地に生きる子羊たちは聖なる者の救済を求めているのです。今の貴女では力不足、大聖堂に仕える巫女として力を付けなければなりません。ぜひお行きなさい。いや、行くべきなのです!」

「大司教様…」(スピカ)


「アルディス様は大司教よりねずみ講の詐欺師に向いてるよね」(ジャン)

「あの話術は凄いわ。スピカさん乗り気の顔になったもの」(シェリー)


「行くわよスピカ。私とあなたでこの世界を救済するのよ!」

「わかりましたお姉様、大司教様。わたし行きます「聖域」とやらへ。同行者がこいつらなのは気に入りませんけど」


 えいえいおー!と気勢を上げるスバルとスピカの姉妹。アンジェリカは思った。過去、ユウキとの数々の冒険から得た教訓から鑑みて、こいつらもどこかおかしいと。それに巻き込まれるのは運命なのか。


「アンジェリカ、オレ達何やってるんだろうな…」

「もう、どーにでもなぁれ!って感じですね…」


 遠い目をするリシャールとアンジェリカ。しかし、物語は二人の気持ちなど、どこかに捨て去って進む。パチパチパチとアルディス大司教が拍手をして喜びを現した。


「ホッホッホ。決まりましたな。では、地下墳墓への通路を開けますぞ」


 アルディス大司教は祭壇の裏に回り、祭壇下で何かごそごそし始めた。そのうち、ガタンと音がして壁の一部が「ゴゴゴ…」と音を立てて横にスライドした。


「この奥が墳墓です。かなり広いので迷子にならないように気を付けてください。迷って行き倒れて埋葬された骸骨達の仲間にならないようしてください。ホッホッホ!」

「笑い事じゃないと思うが…」(リシャール)


「いいわね、行くわよ! しゅっぱーつ!」(スバル)

「そこの無礼なヤツ、特別に同行を許可するわ。付いてきなさい。あと、絶対にわたしとお姉様に迷惑かけないでね!」(スピカ)


『イラッ!!』(イザヴェル王国一同)


「行ってらっしゃーい、ゆっくりして来てね」(大司教)


 地下墳墓に入ったスバル達をハンカチを振って見送ったアルディス大司教は、再び開閉機構を操作して扉を閉め、安堵の息をついて一言呟いた。


「ふう、これで良し。聖域なんて眉唾モンある訳無いですし、探し回ってる何日間は大聖堂も静かでしょう。クレームに来た市民の怒号はもうたくさんなんですよ。クレーム対応でメンタルやられた司祭やシスターのケアも大変なんです」

「スピカだけ行方不明になってくれないもんですかね。いやいや、聖職者がこんな事考えちゃいけません。この探索で少し変わってくれればいいのですけど…。ちょびっとだけ期待しましょう。可能性は…限りなく0ですが」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 地下墳墓に入った聖域探索隊。スバルが唱えた灯り魔法のトーチで周囲は明るくなったものの、じっとりと湿気を帯びた空気は澱み、重苦しい雰囲気が漂う。素掘りの狭い通路を10m程進むと幅約2m、高さ約3mほどの広めの通路に変化した。その両側にはびっしりと骸骨が積み重ねられ、髑髏の空虚な眼窩が通路を歩くスバルやリシャール達をじっと見つめている。


「うう…怖い。帰りたい…」

「監獄塔より不気味ですぅ。おしっこちびりそう」


 見た目に反して基本怖がりで、お化けが大の苦手なアンジェリカと臆病なラビィが早くも泣き言を言い出した。スバルもシェリーも髑髏に見つめられ、泣きそうな顔をしている。


「今入ったばかりじゃないか。確かに不気味だが壁のオブジェと思えばなんてことない」

「兄さん、オブジェは無理があるよ」

「わたしより年上なのに情けないわね」


 フンと鼻を鳴らしたスピカが、皆を見回してドヤ顔でバカにした風に言った。それを聞いたジャンはムッとして言い返そうとしたが、リシャールに止められた。


「ここで突っ立いても仕方ない。先に進むぞ、先頭はジェス最後尾はリムだ。咄嗟戦闘に備えろ。スバルは明かりを切らさないでくれ」

「兄さん、ボクとラビィも先頭で行くよ。ジェス、指示を頼むよ」

「ひょえ!? ジャン様、そんなご無体な!」

「行くぞバカウサ。ドジ踏むなよ」


 先頭にジェス、ジャン、ラビィが移動し、先に進むことにした。事前にアルディス大司教から地下墳墓のマップを貰ってはいたが、墳墓は広大で内容は全体の6割程度とのこと。しかも、聖域の入口は未発見なので、怪しい場所はひとつひとつ確認しなければならない。このため、長期戦覚悟でマジックバッグ(ラビィが背負っている)に荷物を詰め込んで来た。また、アンジェリカもユウキから借りて来たマジックポーチを身に着けている。さらに、探索困難となればアース君を呼び出して空間転移魔法で脱出する事にしていた。


 両脇に遺骸が積み重なった通路を進む。直ぐに左右に分かれるT字路に行き当たった。マップを見ると左右とも通路の壁沿いに扉がいくつか並んで奥に続いていた。どちらに行くか皆で悩んでいると、スバルがパチンと指を鳴らした。


「見えた! 真実はいつもひとつ。ひ…」

「右に行くわよ。さっさと先行きなさい、グズ」


 被せるようにスピカが右と言い、先頭を歩くジャンに指示した。ジェスとラビィが怖い顔で睨むがスピカは意に介さずジャンの後に続く。


「ひだ…り…」

「…行くぞ」


 呆然とスピカの背中を見つめるスバルの背中を、リシャールはポンポンと叩いた。アンジェリカはぐすんと涙ぐむスバルの手を取って、スピカ達の後を追うのであった。


「スバル、お前の妹ヤバいな。自己中も極まれりだぞ」(リシャール)

「反抗期ってレベルじゃないわね」(アンジェリカ)

「ある意味感動ですね。私は仲良くなれそうもないです」(シェリー)

「ラビィ、滅茶苦茶怒ってるわね。初めて見た」(リム)

「うう、つらひ…」(スバル)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 壁に並ぶ一番手前の扉を開ける。通路を挟んだ扉の反対側は積み重なった骸骨が並べられている。ギギィ~と軋み音を立てながら扉がゆっくりと開いた。中は幅約2m奥行き約5m程の狭い部屋で三方の壁には3段の棚が設えており、そこにもびっしりと骸骨が積み重ねられ、空虚な眼窩を入口に向けていて、じいっと侵入者を見つめている。


「…………」


 そっと扉を閉じた。


「ふ、ふん。なんにも無いじゃない」(スピカ)

「さ、さあ次の扉を調べよう」(ジャン)


 さらにいくつか扉を開けたが、どの部屋の中も同じようにみっちりと骸骨が並べられているだけで、特に聖域への入口の手がかりになるようなものも無かった。スピカは徐々にイライラしてきたのか表情が険しくなる。


「骸骨ばかりで何も見つからないじゃない! 本当に聖域なんてあるの!?」(スピカ)

「騒がないでよ。まだ捜索を始めたばかりだろ」(ジャン)

「短気な女の子は男の子に嫌われますよーだ」(ラビィ)


「うるさいわね、ゲス男とバカウサ女は黙ってて!」

「ムカッ!」

「あ、みんな見て。この部屋、今までと違うみたいだよ」


 ジャンが指さしたのは通路の突き当りに当たる場所に据え付けられた扉だった。今までの部屋は粗末な木の板で出来た扉だったが、ここは大きな1枚板で花や鳥が彫刻されている、また、取っ手は金属製の獅子の大きく開いた口に鉄の輪が取り付けられていた。


「扉の上にプレートがあるね…。何か書かれてる」

「我が幼き天使メイプルリーナ。悠久の時の中で星の海を渡らん…か。意味深だな」

「あ、下に何か書いてありますよ。えーと、「天使の眠りを妨げる者、死の罰を受けん」。ヤバそうですね、回避したほうが良いんじゃないですか。冒険者としてのカンが危険だと言ってます」


 リシャールは少しの間思案し、アンジェリカの助言を取り入れる事とした。なるべく危険な事柄は避けたい。致死性の罠があったらマズいし、罠解除の技能スキルはラビィが持ってはいるものの、ラビィはへっぽこ。任せるのは心もとない。リシャールはスバルに了解を取って、この部屋はスルーすることに決めた。


「この部屋はいい。戻ろ…」

「開いたわよ。ほら、あなた達、中に入りなさい」


 またもやスピカが勝手に行動した。どうすべきか判断に困ったジェスとジャンがリシャールの顔を見てきた。リシャールはドヤ顔のスピカを殴りたい衝動に駆られるが、グッと我慢して無言で室内を指差した。隣でアンジェリカが大きくため息をつき、スバルとシェリーはがっくりと項垂れる。


 とりあえず中に入った探索隊一行。トーチの灯りに照らされた室内は幅約6~7m、奥行約10m、高さ約3mの広さがあった。一番奥に祭壇が設えてあり、祭壇に小さな棺が置かれている。しかし、全員の視線は別なところに向いていた。


暗黒骸骨騎士アンデッドダークナイト…」

「兄さん…」


 祭壇に向かって3体の暗黒骸骨騎士が膝ま着き、礼の姿勢を取っていた。しかし、侵入者に気付くと、床に置かれたロングソードを手に取ってゆっくりと立ち上がり、リシャール達の方を向いた。身長約1.8m、全身を漆黒の金属鎧で包んだ暗黒骸骨騎士。アンジェリカはユウキが召喚した暗黒骸骨騎士を見たことがあるが、それらに比べても遜色ないように思える。


(まずい、これは強敵だ。私の水系魔法じゃ効果が…。防御支援に徹するしかない?)


「リシャール様、マズいです。あの暗黒骸骨騎士、かなりレベルが高いと思います。強敵です!」

「しかし、もう逃げられん!」


 その言葉の意味をアンジェリカは直ぐに悟った。いつの間にか扉が閉まっており、リムとシェリーが開けようと押したり引いたりしているがビクともしない。この状況に怒ったスバルがスピカを怒鳴った。


「スピカ! なんで貴女は自己中で考え無しなの! 貴女の行為がみんなを危険にさらしたのよ! このバカ!」

「スバル、怒るのは後だ。来るぞ!」


 3体の暗黒骸骨騎士が、ロングソードとラウンドシールドを構え、ゆっくりと近づいてきた。静かな地下墳墓の中は一気に緊張が高まるのであった。

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