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アレシア公国①

「ここがアレシア公国首都オルディスか。落ち着いた雰囲気の中に賑やかさも併せ持つ、いい感じの街だな」

「レンガ造りの街並みが素敵ですね」


「……………」


「どうしたの、アンジェリカ義姉さん。難しい顔して」

「え!? ああ、いや。何でもない…です。ただ、久しぶりだなあって」

「……。(やはり不安なのだな)」


 元気の無いアンジェリカを心配して、リシャールはそっと肩を抱いた。事情を知るシェリーやジェス、リムも何となく心配そうにその様子を見ていた。しかし、何事にも空気を読まないラビィがくんくんと鼻を鳴らして声を出した。


「あのぉ~。なんか、いい匂いしませんか? お肉が焼ける香ばしい匂いがしますよー」

「お前なぁ…。少しは空気を読めよ!」

「ホントよ、このバカウサ!」

「でも、本当にいい…というか、香ばしい匂いがしますね」

「ボク、何だかお腹が空いてきた」


 そういえば、先程から肉の焼ける香ばしい匂いが漂って来る。周囲を見回すと、大通りのそこかしこに屋台が出ていて、匂いはその屋台から出ているようだ。


「あれは、アレシア名物串焼き屋の屋台ですよ。牛や豚、鳥の肉を野菜と一緒に串に刺して、香辛料や塩、たれ等で味付けして焼くんです。屋台それぞれに独自の味があって、とても美味しいですよ」


  クスっと笑いながら、アンジェリカが串焼き屋について教えてくれた。名物と聞いてみんなごくっと唾を飲み込んだ。


「旅の楽しみは、ご当地の名物料理を堪能することにもある。折角来たんだ、串焼き屋台の味比べと行こうじゃないか」

「やったー!!」


 GOサインが出たことで、皆思い思いの屋台に走って行く。普段はお淑やかなシェリーまでダッシュで屋台に向かっている。実は彼女は美味しいもの大好きで意外と大食漢なのだ。その栄養はしっかりと胸を育んでいる。


 リシャールがタレで焼いた串焼き肉を2本買って来て、1本をアンジェリカに渡した。二人は手近なベンチに並んで座り、串焼き肉を食べた。


「美味い! これは本当に美味いな!!」

「……ほんと、美味しいです」


(ジュリアス殿下とクラリスの出会いも串焼きだったな…。あの頃の私は串焼きなんて下賤の者の食べ物で、貴族が食べるものではないと思っていた。でも違った。美味しいものは誰が食べても美味しい。ジュリアス殿下もクラリスも知っていたことを私は知らなかった。こんなだから、ジュリアス殿下に見向きもされなかったんだろうな。ホント、バカだよ。ユウキと出会わなかったら、彼女が手を差し伸べてくれなかったら死ぬまで気付かなかった…)


「…カ。…ジェリカ」

「アンジェリカ!」

「えっ!? あっ! す、すみません、なんですか!?」


 黙り込んだアンジェリカを心配したリシャールが名前を呼んでいた。気付いたアンジェリカはハッとして返事をした。


「どうした。考え事か?」

「…ええ。まあ…はい…」

「まあ、なんだ。色々思う所はあるだろうが、あまり思い詰めるな」

「…………」


「なあ、アンジェリカ。君は今幸せか?」

「えっ!? 何ですか突然」

「君は幸せかと聞いてるんだが」


「もちろんじゃないですか! 私はリシャール様を心から愛してます。こうして一緒にいられる事がとても嬉しい。それに、イザヴェルの人達も優しくしてくれます。時々夢じゃないのかなって思う時があります。それくらい幸せです!」

「そうか。実はオレもなんだ」

「え…?」


「オレも君と出会えたことを神に感謝している。君は美人だけどどういう訳か見た目で損をしているようだ。でも、本当の君は違う。花々や小動物を愛でる優しい心を持ち、敵に対しては容赦なく立ち向かう勇敢さを持っている。でも、君の本質は怖がりでオバケが嫌いで、意外とおっちょこちょいでポンコツなんだよな。見てて飽きないし、こんな面白い女性だとは思わなかった。君といると毎日が新鮮で楽しいんだ」


「あの…、褒めてるんですよね」

「ああ。心から褒めているつもりだ。以前も言ったが、君は最高の伴侶だ。君もそう思ってくれるなら、堂々とオレを紹介しろよ。君を追い出した連中に君の素晴しさを自慢してやる」

「…ぷふっ。あははははっ! はい、目一杯自慢させてもらいます!」

「そうそう。さあ、串焼きを堪能しよう。本当に美味いな」


 美味しそうに肉を頬張るリシャールを見て、本当にこの人と出会えて良かったと思うアンジェリカだった。


(そうだ。結婚した今、非モテ女子同盟リア充撲滅委員会特別監察部所属巨乳悩殺隊の事は忘れよう。あの頃は本気でモテない自分を呪ったし、ユウキと私の黒歴史だ…。リシャール様には絶対バレないようにしないと)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、シェリー達はリムとラビィを護衛に連れて市内観光に行った。残ったアンジェリカとリシャールは護衛にジェスを連れてある場所に向かって出掛けた。

 宿泊していたホテルに依頼して上級貴族が乗る豪華な馬車を準備してもらい、御者席に座ったジェスの操縦で目的地に向かった。


 通りをゆっくり走る豪華な馬車に街の人達の注目が集まる。10分ほどで目的の場所、メイヤー侯爵家に到着した。ジェスが門前に立つ警備兵に来訪を告げる。


「さて、通してくれるかな」

「一応、訪問することは手紙で知らせていますが、どうでしょうか」


 しかし、二人の懸念は杞憂に終わった。警備兵に話は通じていたらしく、直ぐに門を開いてくれた。ジェスは馬車を操って広い前庭の通路を進み、3階建ての大きな屋敷の正面入り口に馬車を停止させた。馬車の到着を見計らったように正面玄関が開き、品の良いスーツ姿の初老の男性と数人のメイドが出て来て一列に並んだ。


 御者席から降りたジェスが馬車の乗降扉を開けた。中から降り立ったのは、イザヴェル王国の礼装を着て、美しい装飾で飾られたサーベルを吊り下げた20代半ば位の青年男性だった。そして次に現れたのは、セレストブルーに染められ、袖口や裾を上質な絹のレースで飾られた豪華なドレスを着た女性だった。金のネックレスで首から下げられたアメジスト(紫水晶)のペンダントが大きな胸の上で美しく輝いている。


「アンジェリカ様…。なんと御立派になられて…。よくお越しいただきました」

「ハンス、久しぶり。あなたも元気そうね。こちらはリシャール様。私の夫で、イザヴェル王国の王子であり、王国大将の地位にあるお方です」


 リシャールは笑顔で「よろしく」と挨拶した。想像していなかった大物の出現に、ハンスと呼ばれた男性とメイドの女性達が驚いた表情でリシャールを見た。この間、ジェスは不穏な動きをする者がいないか、リシャールの側にさりげなく控えながら観察している。


「こ、これは失礼を。私共の方から御挨拶せねばならないところ、ご容赦ください。私はメイヤー家の執事でハンスと申します」

「気にするな。突然の訪問、こちらこそ申し訳ない。メイヤー家の御息女、アンジェリカとこちらの許可を得ず結婚したのだが、今まで挨拶できなかった。戦争のごたごたも落ち着いたので、こうして訪問させていただいたという訳だ。よろしければ、ご当主にお目通り願いたいのだが」


「ははっ! 当主より案内するように仰せつかっております。どうぞ、こちらに…」


 アンジェリカ達はお屋敷の中に入り、ハンスの先導でメイヤー侯爵の待つ部屋に案内された。移動している間、リシャールは小声でアンジェリカに声を掛けた。


「もしかして、結婚相手について知らせていなかったのか?」

「はい。皆を驚かそうと思って」

「ははっ、悪い奥さんだな」

「ふふっ♡」


 お屋敷の最上階に案内されたアンジェリカとリシャール。高貴な方をお迎えする貴賓室とそれに続く応接室の前を通り過ぎたことで、アンジェリカはハンスを呼び止めた。


「ハンス、応接室の前を通り過ぎたのだけど…」

「はっ。申し訳ありません、アンジェリカ様。侯爵様の執務室にお通しするよう仰せつかっておりまして…」

「まあ。それでは私の夫に対し、あまりに礼を失するのではなくて?」

「大変申し訳ございません。侯爵様のご指示ですので」


「アンジェリカ。オレは構わないぞ」

「しかし、でも…。すみません…」


 リシャールは少し怒り気味のアンジェリカを抑え、先に進もうとハンスを促した。まあ、申し訳なさそうに恐縮するハンスとメイド達を見て、怒るに怒れないといった方が正しかったが。ただ、ジェスもまた、二人に対する対応に少しばかり怒りを抱いていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こちらです」


 メイヤー侯の執務室前に到着したアンジェリカ達。ハンスはトントンとノックして到着したことを告げると、少しして「入りなさい」と声がかかった。ハンスは扉を開けて中に入るように促す。


 先にアンジェリカが入り、リシャール、ジェスと続いて中に入った。執務室の奥では豪華な彫り物で装飾された執務机の脇に立ち、鋭い視線で3人を見つめている白髪の初老の男性が立っていた。その後ろに、20代半ば位の男性、10代後半の女性と男性が並んで立っていた。


「ご、ご無沙汰しておりました、お父様。私、この度、こちらにおられるお方と結婚いたしました。事後になり、大変申し訳ありませんでしたが、どうしてもお父様にご挨拶いたした…く…」


 メイヤー侯爵は手を上げてアンジェリカの言葉を遮った。


「…どの面下げて帰ってきたと思えば、そのような事か。お前はこの家から放逐された身、どこで何をしようが私達の知ったことではない」

「そうだ。アンジェリカ、お前はジュリアス殿下の件で我が家名に泥を塗ったのだ。それにより、我が侯爵家の権威は失墜した。名誉を回復させるために、我々親子がどれだけ苦労したか、お前に分かるのか!」


「ス、ステファン兄様…。でも、それは…」


「本来なら儂はお前をこの家に踏み入れさせたくはなかった。しかし、お前が伴侶を得たという手紙を読んで、ジュリアス様に捨てられたお前が、どんな下賤の者と結婚したのか見たくなったのだ」


 メイヤー侯爵はジロジロと嘗め回すようにリシャールを見た。あれから2年以上も経つのいまだ権威主義に囚われ、自分を責める父や兄に、アンジェリカは悔しいやら情けないやらで悲しくなる。しかし、リシャールは平然として構えていた。


「ふん…。一人前に着飾ってはいるが、何の気品も感じぬ。所詮どこかしかの辺境豪族か何かの田舎者であろう。馬子にも衣装が痛々しいわ。もうよい、さっさと出ていけ!」


「だ、旦那様。それではあまりにご無体でございます。アンジェリカ様のお話も聞いて…」

「黙れハンス! 使用人の分際で儂に意見するか!!」


 アンジェリカは何か言い返そうとしたが、リシャールはそれを制して1歩前に出た。


「まあまあ、そういきり立っては頭の血管が切れますぞ。少しは落ち着かれよ。私はアンジェリカの夫で名をリシャールと申します。イザヴェル王国という、ど田舎国の出身で、母の名はグレイス。以後、お見知りおきを。メイヤー侯爵殿」

「………。(わあ、凄い嫌味ったらしい言い方。相当頭に来てるわね、我が旦那様は)」


「イザヴェル王国出身か。やはり田舎…ん? グレイス?」


 メイヤー侯爵が聞き覚えのある名前に「はて?」と首を傾げた時、ステファンが「あーっ!」と声を上げた。


「あなたは、もしや邪龍戦争で連合軍の指揮を執ったイザヴェル王国のリシャール王子では!?」

「貴殿はステファン殿と申したか、私をご存じで?」


「は…はい。私の所属するアレシア公国騎士団もスバルーバル連合諸王国軍の一員として参戦しましたから。ただ、私は後方支援部隊で戦闘には携わらなかったので、直接お目にかかったことはありませんでしたが、各国軍をまとめ、勇猛果敢な指揮ぶりは流石だったとの噂は聞いておりました」


「思い出した…。グレイスとはイザヴェル王国の女王の名だ」 


 アンジェリカが連れてきた男は予想もしない大物だった事にメイヤー侯爵は驚き、青ざめた。イザヴェル王国と言えば小国ながら充実した国力を持ち、先の戦争でも連合軍最大の戦力を派遣し、勝利に貢献した国だ。しかも、ラファール魔族国と並び、カルディア帝国の最重要同盟国の一つでもある。その国の王子を田舎者と罵ってバカにしてしまった。下手をすれば外交問題にもなりかねない。侯爵たちは慌てて礼をした。それを見てアンジェリカは顔は平静を保ちつつ、心の中でガッツポーズをしたのだった。

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