ヴェルゼン山の迎撃戦
アンジェリカ達は6合目と7合目の境界付近、樹林帯と低木マツ帯との境界に到着した。ジェスの偵察によると、魔物の群れ6合目の入り口を通過して、後10分ほどでここを通るという。
「リシャール様、どのように迎撃しますか? ご指示をお願いします」
「そうだな、寡兵の我々が取れる選択肢は多くない。ここは大胆に釣り野伏戦法で行こうと思う」
「釣り野伏…ですか」
「そうだ。上手くいけば相手を混乱させ、一気に殲滅も可能だ。失敗したら目も当てられんが。だが、我々の力と能力ならできる!」
「具体的な方法だが、我々を3隊に分け、そのうち2隊をあらかじめ左右に伏せさせ、山道に囮役を置く。まず、この囮役が敵の正面から当たり、折を見て偽装退却、つまり敗走を装いながら後退する。そうすると敵が追撃するために前進するから、左右両側から伏兵で襲うという戦法だ」
「なるほど…。それなら寡兵でも戦えますね」
「そうだ。役割分担だが、伏兵はオレとジャン。ジェスとリムだ。重要な囮役はアンジェリカとラビィに任す。アンジェ、悪いがこの中で魔法を使えるのは君だけだ。本当は危険な囮役にしたくないのだが、君の冒険者としての豊富な経験値を期待している。いいかな?」
「もちろんです。リシャール様のご期待に添えるよう頑張ります」
「頼むよ。ただ無茶だけはしないでくれ。愛している。アンジェリカ」
「はい♡」
「ねぇねぇ! 王子様、わたしは。わたしには声を掛けてくれないんですか!?」
「ラビィ、アンジェリカの邪魔だけはするなよ」
「ヒドイっす!!」
「リシャール様、ゴブリン達が現れました。距離500m!」
「よし、作戦通り行くぞ!」
リシャールの声と同時に伏兵組は左右の樹林地帯に入り、木の幹や草の中に隠れ、それぞれ武器を持って構えた。囮役のアンジェリカはラビィが背負っているマジックバッグから魔法力を増強するオーラパワー・マジックライズ・リングと魔法杖マインを取り出して戦闘準備を整えた。ラビィも腰ベルトから短剣を抜いて構える。
アンジェリカは緊張で足が震えているラビィの背中をポンと叩いて笑いかけた。
「大丈夫だよ。私の魔法で奴らを足止めしたら、一旦後退しよう。その後はリシャール様たちの援護に徹する。私が魔法を撃っている間に魔物が近づいてきたら、ラビィが守ってくれ。何せ、私は武器戦闘がからっきしなんだ。期待しているよ」
「わ、わかりました。がっががが、頑張りまっす!」
ラビィは全身をガタガタ震わせ、ガチガチに引き攣った顔でアンジェリカに返事をした。その様子にアンジェリカは不安を抱く。
「あまり大丈夫じゃなさそうだね…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
営巣地から追われたゴブリンとオークはアルラウネの生息地で再起を期そうと、ギャアギャアと汚い声を上げながら一心不乱に山を登っていた。6合目の樹林帯を過ぎ、7合目から広がる低木マツ帯に差し掛かろうとしたとき、山道に人間と亜人の女がいるのに気づいた。
『ギャアギャア、ギャブブ(なんでこんなところに人間の女がいるんだ)』
『キュエッギョアア(知るか。だが、ずっと女日照りだったんだ。襲おうぜ)』
『ギョギョギョッ(オレ、我慢できねぇ!)』
ゴブリンとオークは何事か会話すると、涎を垂らしながらアンジェリカとラビィに向かって突っ込んできた。思わず引き攣った声を上げて後退りするラビィ。一方、アンジェリカは落ち着いて、魔法杖マインに魔力を通した。
「よくもアルラウネ達を殺してくれたな。その代償、命で贖え! アイスランス!!」
マインを中心に何本もの氷の槍が形成される。アンジェリカは杖に魔力を込め、氷の槍をゴブリンに向けて発射した! たちまちのうちに数体のゴブリンが体を貫かれて絶叫しながら地面に倒れる。アンジェリカは再度アイスランスの魔法を唱え、ゴブリン達を倒した。
予想外の出来事に驚いたゴブリン達だったが、倒れた仲間を見て頭に血が上ったのか、こん棒や短剣、バトルアックス等の得物を手にしてアンジェリカとラビィに襲い掛かった。アンジェリカは魔物の足元に氷の礫をばら撒きながら、ラビィを連れて後退する。氷の礫で足元が不安定になった魔物たちを見てチャンスと感じたリシャールは、ピーッ!と指笛を鳴らして樹林帯から飛び出した。ジャンやジェス、リムも後に続き、ゴブリン達を屠りにかかる。
「ジャン、油断はするな。周りをよく見ながら1体1体確実に叩くんだ!」
「わかったよ兄さん! 僕だって王子だ。大切な者を守る義務と責務があるんだ!」
「よし! オレに続けーッ!」
リシャールは愛用のロングソードでオークを袈裟懸けに斬り、返す刀で別のオークの胴体を両断した。2体のオークは何が起こったか分からないままに絶命する。ジェスとリムも素早い動きでゴブリン達の喉元を切り裂いて倒し、ジャンもまたゴブリンと切り結ぶ。
突然現れて攻撃してきた人間達に魔物の群れは混乱し、有効な反撃を行う間もなく斬り倒されていった。
そこに偽装退却していたアンジェリカとラビィが戻ってきた。リシャール達は優勢に戦っているものの、思った以上の乱戦状態に魔法での支援は難しいと悟る。
「狭い場所で、こう敵味方入り混じると魔法を放つのは難しいな。ということは、武器による近接戦闘か。ラビィ、君に決めた!」
「えーっ! ぜーったいにイヤです! 怖いモン!」
「四の五の言わず行けってーの! それ!!」
「ふぎゃあああーーーっ!」
アンジェリカはラビィの腕を取ると自分を軸にして回転した。遠心力で振り回されるラビィを魔物の群れに向かって放り投げる。ラビィは悲鳴を上げながら突っ込み、ジェスとリムを巻き込みながら魔物の群れを薙ぎ倒した!
「うおおっ!」
「きゃぁっ!」
『ギャベジンッ!』
ボーリングのピンのように吹っ飛ぶ魔物達とジェス、リム、ラビィ。リシャールとジャン、彼らと切り結んでいたオークとゴブリンも一体何が起こったのか茫然と立ち竦んだ。混乱に拍車をかけた原因を作ったアンジェリカは、しまったと頭を抱えてしゃがみ込む。
いち早く立ち直ったのはリシャール。棒立ちのオークとゴブリンを斬り倒し、ジャンに声を掛け、二人で地面に倒れてもがく魔物を一体残らず刺し殺した。最後の1体が始末された後、ジェスとリムがラビィの首根っこをつかまえて立ち上がる!
「この…へっぽこウサギ、何しやがる!!」
「痛いじゃないの! おっぱいが潰れちゃったわ!!」
「ぐるじい…ぐるじぃよお…。リムざんのおっぱいは最初からづぶれでますよぉ~」
「やかましいわ!」
「その位にしておけ。ラビィが突入したおかげで、一気に片が付いたんだ」
「ごめんなさい。ラビィを投げ飛ばしたのは私なの」
アンジェリカが申し訳なさそうに謝ってきたので、ジェスとリムは仕方なくラビィを離した。
「これで、この山に巣食う魔物はいなくなり、アルラウネ達の仇はとれた。ジャン、お前もよく頑張ったな。ゴブリンを何体倒した?」
「に、2体かな」
「初陣で2体は立派だ。経験を積めばもっと強くなる。強くなって兄を助けてくれよ。期待しているぞ」
「はい!」
リシャールが愛おしそうにジャンの頭を撫でた。それを見てアンジェリカも心が温かくなる。父と兄は自分に冷たかった。会話らしい会話もしたことが無い。ただ、母と妹だけが自分を気にかけてくれた。しかし、イザヴェル王国は違う。シェリーもジャンも、アンリにステラも自分を家族のように慕ってくれる。アンジェリカもジャンの成長がとても嬉しく感じたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
魔物の群れを全滅させたアンジェリカ達は再び花畑に戻ってきた。全員無事なのを見てシェリーやメリーベルはホッとした表情をする。そして、魔物の脅威が去ったことを伝えるとアリッサとプリムラは安堵の涙を流すのであった。
アルラウネの残骸を荼毘に付しながら、メリーベルはアリッサとプリムラに今後どうするのか聞いてみた。
『二人はこれからどうするのですか?』
『…………』
アリッサは花畑に向かってサッと手を振った。金色に輝く光の粒子が花畑を覆う。何が始まるのかと見ていると、地面のあちこちからボコッ、ボコッと緑色の球体が現れ出た。
「なんだ、あれは?」
「さあ?」
次にプリムラが胸の前で組んだ手を空に向かって大きく広げた。光の粒子が金色に輝きながら緑色の球体の上に降り注ぎ、花畑の花々がさわさわと揺れ動き、虹色の光の粒子が立ち昇る。アンジェリカ達が固唾を飲んで見守っていると、緑色の球体がむくむくと大きくなり、直径1m程になると頂上部に蕾ができ、パアっと咲いた。花の中から緑色の髪、ささやかな膨らみの胸をベージュ色の植物布で覆った、年齢10歳位の超絶美少女の上半身が現れた。それは、アルラウネの幼体だった。数えると20体ほどいて、美しい緑色の瞳でじっとアンジェリカ達を見つめている。
「な、なんと…」(リシャール、ジェス)
「キャーッ! カワイイ!!」(女性全員)
『魔物に襲われた姉妹達が死ぬ寸前、全ての魔力を使って種を残したんです。その種をお花達の力を借りて生長させました。姉妹達が繋いだ命が結実した希望の子達です』
『でも、この地のアルラウネは、もうわたし達とこの子達しかいなくなりました。今度また魔物に襲われたらもう…』
『アリッサ、プリムラ…』
暗い顔をして俯くメリーベルを不憫に思ったシェリーとジャンは、リシャールに助けられないかお願いした。アンジェリカも助けられるのなら、彼女達を助けたいと思った。
「兄さん」
「お兄様、何とか助けられませんか」
「うむ…。そうだな…」
「リシャール様、私からもお願いします」
リシャールは暫し考えたが、そこは即断即決の人。何かを思いついたらしく、アルラウネ達に話しかけた。
「アリッサとプリムラと言ったな。この山を離れる気はないか?」
『えっ!?』
「ここは花が咲き乱れる美しい場所だが危険が大きすぎる。考えたのだが、アルラウネの幼体達の半数をメリーベルのいる帝国に連れて行き、幼体半数とアリッサ、プリムラはイザヴェル王国に来たらよいと思うのだ」
「お兄様、それはいい考えです!」
「だろ。帝国の薬草園にはアルフィーネやルピナスもいるし、広大な敷地は緑に囲まれ、美しい湖もあってアルラウネ達も落ち着いて暮らせると思うんだ。何より、薬草園は帝国兵が厳重に警備している。ミュラー様やユウキならきっと受け入れに賛成してくれるさ」
「リシャール様、帝国は良いとして、イザヴェルではどこにするのです?」
「王室庭園さ」
「なるほど、あそこは王宮内にあって外部からの侵入は出来ませんし、お花や様々な植物、樹木がたくさんあります。アリッサ達も気に入ると思います!」
アリッサとプリムラは少しの間話し合うと、この地を離れて帝国とイザヴェルに行くことを了解した。
『そのお申し出、謹んで承りたいと思います。あたしたち、安心して暮らしたいです』
「ひとつ聞いていいか?」
『はい?』
「君たちが離れたらこの花畑はどうなる?」
『それは問題ありません。植物の生命力は強いもの。この地で命を繋いでいくでしょう。それに、ここのお花達は長い間アルラウネの魔力の影響を受けています。わたしたちがいなくても未来永劫お花を咲かせ続けるでしょう』
「それを聞いて安心した。君達の移住を歓迎しよう」
『ありがとうございます。妹達を助けてくれて』
「気にするなよメリーベル。オレたちもアルラウネが大好きなんだ。助けられて良かった。なあ、アンジェリカ。君もそう思うだろ」
「もちろんです。リシャール様の優しさ、益々好きになりました♡」
「ば、ばか。皆の前だぞ」
真っ赤になって照れるリシャールを見てその場の全員が笑った。その後、アリッサとプリムラ、幼体達は一時的にメリーベルの支配下に入った。これでシェリーのペンダントの中に入る事が出来るようになった。シェリーはペンダントに魔力を通してアルラウネ達を収容した。
「さあ、これでこの地での用は終わった。里で美味い肉を食ってゆっくり休み、英気を養ったらアレシアに向けて出発だ!」
「はーい!!」
シェリー達は元気よく返事をし、意気揚々と山を下りたのであった。




