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ヴェルゼン山のアルラウネ

 翌日の朝食後、散歩がてら少し里の中を見て回ろうかという話になり、皆で一緒に宿を出た。オレンジの花の香りが漂う外を歩くと、心が安らぐような気がしてくる。集落を見て回りながら通りの中ほど、謎のモニュメントがある付近まで来ると、大勢の人が集まっているのに気づいて立ち止まった。


「一体何だろうな」(リシャール)

「ええ。(嫌な予感がする)」(アンジェリカ)


 モニュメント周りに集まっていたのは、物々しく武装した帝国軍兵士と制服姿の国家憲兵隊員に国務省のお役人さん。それに、武器を持った冒険者やオーガたち。少し離れた場所で女性や子供達が不安そうに武装集団を眺めている。


「ちょっと聞いてきます。リム、周囲を警戒しろ」

「わかった」


 ジェスは一行から離れると、武装集団の方に行き、兵士や憲兵隊員に話しかけ始めた。その間リムはいつでも短剣を抜けるように身構えながら、周囲に目を光らせる。少しして、ジェスが戻って来ると、聞いてきた内容を話し始めた。


「一昨日の晩、里の周辺でゴブリンとオークが目撃されたそうです。それで、帝国兵が捜索したところ、ヴェルゼン山の方向、里からあまり離れてない場所に、ゴブリンとオークの営巣地を見つけたそうで、この里を襲撃する可能性もあるとのことで、今から討伐隊を編成して営巣地に向かうとのことです」

「魔物の数はどの位だ?」

「約100匹から150匹程度だとか」

「きっと、前の戦争から逃げ出した残党だろう。だが、その程度なら彼らで十分対処できるはずだ。私らの助力は必要ないだろう」

「そうですね。帝国兵も20人程いますし、里のオーガや冒険者と合わせると70~80人にはなりそうです。2倍の相手でも苦戦することは無いでしょう」


 旅をしている自分達が助力を申し出ても余計なお世話だろうと考えたリシャールとアンジェリカは関わらないようにする事に決めた。何せ今は新婚旅行中なのだ。そのうち、帝国軍の士官らしい男性が合図を送り、討伐隊は里からヴェルゼン山方面へ出発して行った。


 討伐隊を見送っていると、シェリーが困惑した表情でアンジェリカに声をかけてきた。


「お義姉様、メリーベルが何か話したいって言ってます」

「メリーベルが?」

「あっ!?」


 シェリーが掛けていたネックレスのが突然青い光を放つと、光の中から1体の美しい魔物、ハイ・アルラウネのメリーベルが現れ出てきた。メリーベルは緑色の豊かで長い髪を編み込んで前に垂らした、やや垂れ目気味の優しい顔をした超絶美人で、バルンと自己主張するビッグバストが男性たちの目を引く。


「どうしたんだ、メリーベル。急に出てきちゃダメじゃないか」

『す、すみません、皆様。あの…』

「ん? なんだ?」


『あ、あの…。ゴブリン…』

「ゴブリンがどうかしたのか?」

『あの…、その…。ヴェルゼン山の山頂付近のお花畑に、わたしの姉妹がいるんです。大丈夫なのかなって…』


「そういえばユウキから聞いたことがあります。ヴェルゼン山に巣食うゴブリンが、その地に生息していたアルラウネを喰い荒らし、全滅寸前だったところをユウキとエドが助け、そのお礼にアルフィーネが眷属となったと」

「なるほど…。メリーベルさんは、姉妹さんが心配なのですね」


 シェリーの言葉にメリーベルはこくんと頷いた。


「ふむ…。ジェス、そこのところはどうなんだ?」

「ハッ。その点は特に…。魔物の営巣地は中腹付近にあり、頂上では確認されたという話はありませんでしたが…」

「兵士達に追われて頂上付近に逃げ込む可能性があるかも知れないな。アルラウネ達が襲われる恐れも考えられるか。だが…」

「何かご懸念でも?」

「ヴェルゼン山に登るには、魔物の営巣地を通る必要がある。そこは戦場だ。通り抜けは困難だ。ジェス、他に道はないのか」

「里のオーガに聞いたところ、他に道はありません」


『そんなぁ~。うう…』

「メリーベル。泣かないで」 


 アンジェリカがメリーベルを慰める。その時、ペンダントの中からアース君がシェリーに語りかけて来た。


「お兄様、アース君が皆さんに話したいことがあるそうです」

「アース君が?」

「はい。どこか人目が無く、広い場所に移動してもらいたいって言ってます」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 リシャールたちは里から徒歩で1時間ほど離れた木々に囲まれた人気のない草原くさはらにやってきた。ここなら、誰にも見られる場所が無い。シェリーはペンダントに魔力を通した。次の瞬間、ペンダントが眩しく輝き、中から巨大な魔法生物がズズン!と地響きを立てて現れた。アンジェリカとリシャール以外の者は初めて目にする巨大魔法生物アースロプレウラのアース君だった。全長50m、全幅5m、全高3mに及ぶ圧倒的巨体の迫力にシェリーとジャンは茫然と姿を見上げ、ラビィは腰を抜かしてお漏らしし、少々のことでは驚かないジェスとリムも言葉を失っている。


「久しぶり、アース君。元気だった?」

『アンジェリカは元気そうだな。我は余り元気ではない』


「聞いたよ。すっかり帝都の観光名物になったとか」

『止めてくれ。アレはもうこりごりだ。保育園の遠足の乗り物として駆り出された時は本気で泣きそうになった。体にめちゃくちゃラクガキされたし、女の子は泥団子を食べさせようとグイグイ口に突っ込んでくるんだぞ。さすがの我も心がへし折れた』


「あはははははっ! アース君が子供達に圧倒されている姿、想像するだけでおかしいよ」

『笑い事ではないのだが…』


 久しぶりにアース君に会ったアンジェリカは、会話を済ませて大笑いすると、茫然として佇むシェリーたちにアース君を紹介した。そこは気のいい魔法生物のアース君。危険な生き物ではないと分かるとシェリーやジャンとあっという間にお友達になるのだった。ただ、メリーベルだけは沈んだ表情で俯いていて、リシャールは彼女の手を取ってアース君の側に連れて来た。


「ところで、オレたちに話があるのではなかったか?」

『そうだった』


 きりの良い所でリシャールが呼び出した理由をアース君に聞いてみた。アース君が言うには、自分は以前ユウキと一緒にヴェルゼン山のアルラウネが棲むお花畑に行ったことがある。目標の位置はインプットされているから、空間移動魔法で連れて行くことができる。なので、メリーベルの願いを聞いて欲しいと話した。


「そういう事であれば…」

「リシャール様。私からもお願いします。アルラウネに危険が迫るのなら助けたいです」

「もちろんだ。メリーベル、案内を頼めるか?」

『は、はい! ありがとうございますぅ~。ぐすっ…』


「シェリーとジャンは里で待っていろ。ラビィ、お前も残れ。二人を頼むぞ」

「はい! 喜んで!!」(ラビィ)


「イヤです! 私とジャンも行きます!」

「兄さん、仲間外れにしないで。ボクら、もう一人前だよ。シェリー姉は攻撃魔法を使えるし、ボクも兄さんの助けになりたいと剣の修業を積んできた。ボクらもメリーベルの姉妹を助けたいんだ。連れて行ってくれ」

「あ、あたしは留守番がいいんですけど。留守番部隊を志願します!」(ラビィ)


「しかし、どんな危険があるか…」

「リシャール様、連れてきましょう。お二人も色々な経験を積むいい機会です。それに、メリーベルの姉妹を助けたいという気持ちは私たちと一緒です」

「…わかった。ただし、絶対に無理はするなよ」

「はい! ありがとう、お兄様!」


「ジェス、リム、ラビィ。お前らも一緒に来い」

「ハッ!」

「ひょえぇええ~っ。留守番できると思ったのにぃ~。ご無体な」


 一行の方針が決まったところで、アース君の触角の助けを借りて全員背中に乗った(嫌がるラビィはジェスが首根っこをつかんで引き上げた)。全員乗ったのを確認したアース君は空間転移魔法を発動させた。


『ディメンション・タイド!』


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ヴェルゼン山の8合目付近。6合目から7合目まで山肌を覆っていた低木マツの樹林帯と9合目から頂上までのガレ場との僅かな間に高山植物からなるお花畑は広がっていた。色とりどりの花の可憐さ、美しさに全員目を奪われ、ため息が出る。ちなみに、アース君は巨体過ぎて花畑を荒らす危険性があるのでペンダントに収容済み。中から適宜アドバイスを貰うことにした。


「わあ。なんて奇麗なの…」(シェリー)

「本当に。言葉が出ないわ」(アンジェリカ)

「メリーベル、姉妹たちはどこだ?」(リシャール)


 メリーベルは両手を組んで目を閉じて気配探知にて仲間を探す。その間、ジェスとリムは周囲を警戒しながらアルラウネの姿を探すが、小さな鳥などはいるものの、大型の生き物の姿は全く見つけられない。


『おかしいです。姉妹達の気配が感じられません。ここには十数体はいたはずなのに…』

「ジェス、リム。どうだ?」


 ジェスとリムも何も見つけられないとばかりに首を振る。その時、視力の良いラビィが何かを見つけた。


「あ! あれ見てください。あそこ!」


 ラビィが指し示す方を見ると、何か植物の残骸のようなものがうず高く積まれている。メリーベルが何かに気づいて走り出した。


『あれは…。まさか、まさかっ!』

「あ! メリーベル!?」


 慌てて皆でメリーベルを追う。そのメリーベルは残骸のような物の側で両手で顔を覆って声を出して泣いていた。追いついたアンジェリカはそれを見て戦慄した。植物の残骸に見えた物は、食い散らかされた多数のアルラウネの残骸だった。あまりの惨状に全員言葉を失い、シェリーもショックで泣き出した。


「こ、これは…。何ということだ…」

「惨い…」


『うわぁあああん! どうして、どうしてこんなことに…。わぁあああっ!!』

「メリーベル…ぐすっ。泣かないで…ふぇええん…」


「くそ、ゴブリンの奴ら。ここを餌場にしやがったな。極めて希少な魔物で、心優しいアルラウネをこんな風にしやがって。絶対に許さん!」


 その時、岩場の陰から何かが姿を現した。気づいたジャスとリムが短剣を抜いて身構える。しかし、現れたのは2体のアルラウネだった。


『アリッサ! プリムラ!!』

『メ、メリーベル。メリーベルなの!?』

『わぁあああん! 生きていた。生きていたよぉ~』


 メリーベルが生き残っていたアルラウネを抱きかかえてわんわん泣き出した。アリッサ、プリムラと呼ばれたアルラウネも泣いている。その光景に意外と涙もろいアンジェリカの目にも涙が浮かぶ。


『一体、これはどういうことなの?』

『それが…』


 アリッサとプリムラが話すには、数か月位前からヴェルゼン山の中腹にゴブリンとオークが住み着き、食料として山の動物や弱い魔物を狩るようになった。それらが減ると山の上まで来て食料を探し始め、アルラウネの生息地が見つかってしまった。大型の魔物であるが、戦う力のないアルラウネは格好の餌食となり、あっという間に姉妹達は狩りつくされてしまった。自分達はなんとか逃げ延びて、低木マツの茂みに隠れていたとの事だった。


『アリッサとプリムラが生きていただけでもよかった…。本当に良かった』

『わたし達もあなたに会えて嬉しい。メリーベルはどうしてここに? この人たちは?』


 メリーベルは、アンジェリカ達を紹介し、自分との関係、帝都での生活、旅に同行させてもらっていること等を説明した。

 アルラウネ達が話している間、リシャールはジェスとリムを偵察に出したが、2人はすぐに戻ってきた。


「リシャール様、まずいです。帝国兵や里の者に追われたゴブリンとオークがここに向かっています」

「なにっ、数は?」

「およそ30ほどかと…」


「よし、我々で討伐する。ヤツらを生かしておいてはこの地の安全が確保できん。後顧の憂いを断つためにもな。全員武器を取れ。シェリーはここでメリーベル達を守れ。ジャン、お前は一緒に来い!」


「わ、わたしもここでメリーベルさん達を守りますぅ~」

「バカウサギ! お前も来るんだよ!」

「しっかりしなさいよね。ドジウサ!」

「ひょえええ~。弾除けにされた監獄塔の悪夢がぁ。絶対同じ目に合いそうだよ~」


「ほら、ラビィ。ボクと一緒に戦おう。手を握れば怖くないよ」

「うわーん。ジャン様だけですよぉ、わたしに優しいの。惚れてしまいそう」

「惚れなくていいから。さあ、行くよ」

「速攻撃沈っす!」


 ジェスの先導でアンジェリカ達はゴブリンとオークが登って来る山道を駆け降りる。リシャールの指示で低木マツと森林地帯の境界付近で迎撃する予定だ。


(ユウキやポポとの旅もこんな感じだったなぁ。必ず何かしらのトラブルに巻き込まれて、酷い目に合ったっけ。命のやり取りも多かった。あれで、私も随分鍛えられたなあ。精神面でだけど。なんだか、懐かしい気がする…)


 アンジェリカは、意外な展開が続く新婚旅行に、トラブルの連続だったユウキとの旅を重ね合わせ、何故か懐かしく思うのだった(後日この想いを凄く後悔する事になる)。

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