オーガの里
アンジェリカたち御一行様は3日ほど帝都に滞在して観光を楽しんだ。リシャールとアンジェリカ夫妻は滞在期間中、皇帝陛下と謁見し、マーガレットやセラフィーナなど、戦争で共に戦った盟友とも再会し、お互いの健勝を喜び近況を報告し合った。
一方、シェリーとジャンは護衛の3人をお供に、ぜひ行ってみたかったというセイレン・ウォーターパークに遊びに出かけ、大いに遊び楽しんだ。そこは、お淑やか系美少女でF級バストを持つナイスバディのシェリー王女。ユウキから貰ったちょっと危ない系の水着を着た彼女の破壊力は半端なく凄く、パークに来ていた漢どもの視線を釘付けにした。このため、ジェスとリムは発情した漢どもを追い払うので遊びどころではなかった。一方、ジャンはラビィと一緒にウォータースライダーを満喫したのだった(ラビィのビキニ水着が破れて全裸御開帳というお約束もバッチリでした)。
そんなこんなで帝都を離れる日、アンジェリカ達は皇太子宮でミュラーとユウキ&ノゾミ、エドモンズ三世らの見送りを受けていた。
「ユウキ、本当に世話になった。今度はイザヴェルに招待するよ」
「ふふっ。ぜひ」
「ミュラー様、馬車まで提供してくれて感謝します」
「なに、いいってことよ(アレの件、頼むな)」
お礼を述べたリシャールに近づいたミュラーは、周りに聞こえないようにこそっと囁いた。
「アンジェ、お願いがあるの」
「なんだ?」
「実は、アース君とメリーベルも旅に連れて行ってほしいの」
ユウキはアンジェリカに深蒼色の宝石が飾られたネックレスを手渡したしながら、アース君とメリーベルを同行させてもらえないかお願いしてきた。理由を聞いたアンジェリカに、エドモンズ三世らがロディニアに行っている間、アース君が観光名物と化して観光客の相手をして疲弊してしまったこと。エドモンズ三世らが帰って来たので、その役を交代させ、休ませてあげたいと考えてることなどを説明すると、アンジェリカは苦笑いを浮かべた。
「…という訳で、アース君を休ませてあげたいのよ。オルノスの荒野で思いっきり走らせてあげて欲しいの。メリーベルは、3姉妹の中でどこにも行かせてあげられていないから。ね、お願い。アース君とメリーベルはそのペンダントに収容してるの。魔力を通せばいつでも呼び出せるし、身に着けていれば念話で話もできるわ」
「なんだかな~。でもわかった。私もアース君には世話になったし、承ったよ」
「やった! よろしくね。旅を終えたら返してもらえばいいから」
アンジェリカはそっと宝石に手を触れて心の中で話しかけた。
(よろしくね、アース君、メリーベル。せっかくだし、旅を楽しもう!)
宝石の中から嬉しそうな波動が感じられる。ネックレスを首に掛けとしたとき、うらやましそうな視線でアンジェリカを見るシェリーと目が合った。アンジェリカは「ふふっ」と笑ってネックレスをシェリーの首に掛けた。驚くシェリーに、
「旅の間、シェリー様にアース君とメリーベルを預けます。いっぱいお話をしてあげてくださいね」
と言って笑った。シェリーは義姉の心遣いが嬉しく、何度もありがとうを言った。
別れを終えたアンジェリカ達は、いよいよ南へ出発することにした。馬車の御者席にジェスとラビィが座り、車両後方の小さな荷台スペースにリムが乗って見張りを行う。全員が乗り込んだところでリシャールが出発の合図をした。アンジェリカは窓を開けて身を乗り出し、ユウキやミュラーに向かって大きく手を振った。
「行ってきまーす! お土産話、期待しててねー!!」
ユウキも笑顔で手を振り返して来た。アンジェリカはユウキの姿が見えなくなるまで手を振るのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帝都を出発して半日。天気は晴れでどこまでも青い空が広がっている。南に向かう大きな街道は意外に往来が多く、連絡馬車や大きな荷車を引いた馬車が結構な数走っている。
「南方方面の鉄道は計画段階なんだそうだ。今は北方と西方方面を優先させているみたいだな。いずれは帝都を中心として。東西南北に走らせる計画だそうだ」
リシャールはミュラーから聞いた話を皆に聞かせた。アンジェリカとジャンはイザヴェルの王都まで鉄道が伸びれば、帝国との交流が盛んになってもっと発展するだろうなと話しながら想像を膨らませる。一方、シェリーは街道沿いの美しい並木や広大な麦畑、放牧地を見て感嘆の声を上げていた。
手綱を握るジェスは地図を確認しながら馬車を進め、ヴェルゼン山の麓から山に向かう脇道に馬車を乗り入れた。脇道とはいえ、そこそこ幅広い上、しっかりと舗装整備され、馬車が通るには何ら支障がない。
やがて周囲の林が開け、道の先に木製の柵が見えて来た。
「リシャール様、到着しました」
ジェスは馬車を入口で止めた。乗降口を開けてリシャールとアンジェリカ、シェリー、ジャンの順に降り、リムが周囲を警戒する。
「ここがオーガの里か…」
「ユウキから話は聞いていましたが、こんなだったとは…」
「兄さん、見て! オーガが来るよ」
ジャンが指差すと、1人のオーガが手を振りながら歩いて来た。身長は2m近くもあり、胸板も厚く筋骨隆々の体をしている。表情から敵意はないようだが、リムは腰の短剣に手を伸ばして王子達を庇う体勢を取り、ジェスも手綱をラビィに任せると馬車から降りてリムの隣に並んだ。
『おーい。アンタら里に用があるでヤンスか?』
「ふむ…。敵意はないようだな。ジェス、リム。下がれ」
「ハッ。しかし、リシャール様。相手はオーガ。十分にお気を付けを」
「わかっている」
『オッス。オラ、パイルダー。門番さ』
「私の名はリシャール。こちらはオレの連れだ。旅の途中なんだが、噂のオレンジ豚というのを食べてみたくてな。皆で連れ立って来たって訳だ」
『おう、そうでヤンスか! 歓迎するでヤンス。馬車は向こうに預り所があるので、預けるがよいでゲスよ。1日帝国銀貨1枚か10ターラー紙幣1枚(約1万円相当)でヤンス。良かったら、あっしが連れて行くでヤンスが。今日は里にお泊りで?』
「そのつもりだが」
『なら、後で宿に引換証をお持ちするでヤンス』
「悪いな。ありがとう」
『なんのでヤンス。そうそう、肉を食うならオススメはカグヤの店でヤンスよ。じゃあ、楽しんでくださいでヤンスー!』
パイルダーはひらひらと手を振って、馬車の手綱をラビィから受け取って馬車を里外れの方に曳いて行った。オーガの気さくの良さにしばしポカンとしていたリシャールたちであった。
「いやぁ、驚き、桃の木、サンショの木ですねぇ。あんなオーガさん見た事ないですよぅ」
「ですねえ。人と魔物が交流するなんて驚きです」
ラビィはびっくり眼でおどけたように言い、シェリーもまた魔物が人と共存している事に驚く。しかし、冷静なジャンは二人に、
「でもシェリー姉、ラビィ。ステラはハーフオーガだよ。驚く事あるかな。人と魔物の交流は既に知っているだろ」
と言った。そういえばそうだったとラビィはポンとを叩いたが、ジャンはステラとの付き合いが一番長いくせにと、少々呆れながらもラビィらしいと笑うのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
オーガの里に足を踏み入れたリシャールやアンジェリカたち。オーガの里を眺めてその整然とした造りに驚いた。
「こりゃ驚いたな…」
「以前ユウキに聞いた時は、雑然としたいかにも朴訥とした感じの小規模な里って話だったけど、全然そんな感じはないな。素朴な中に洗練された雰囲気がしますね」
「ミュラー様が言うには、この里は宰相府直轄地として管理され、特産のオレンジを使った産業の育成に力を入れているらしいな。国務省の出張所もあって、里の整備も進めているとのことだ」
目の前に広がる家並みは、里というよりちょっとした規模の村だった。入口から奥の大きな家(長老、今は村長の家)まで真っすぐに伸びる石畳で舗装された大通り(幅6m)が伸びており、村の中心付近に円形の花壇があって、石造りの謎のモニュメントが立っている。
この通りの両側には木造の平屋や二階建ての家や店舗、3階建てのオフィスが立ち並んでいる。また、通りを見るとオーガだけでなく、人間もいて買い物をしたり、忙しそうに歩いていたりしている。
「噂通りですね。人とオーガが普通に暮らしています」
「見て、シェリー姉。あそこ!」
ジャンが指差した方を皆で見ると、制服を着て鞄を背負ったオーガと人間の子供たちが楽しそうに走って行った。どうやら学校帰りらしい。
呆気に取られて道行く人々を眺めているリシャールたちに気付いた村人が、どうしたのかと聞いて来たので、自分達は旅人で、オーガと人が普通に暮らしているのに驚いたこと。オレンジ豚を食べに来て、門番からカグヤの店を紹介されたが場所が分からない事を話すと、村人は笑いながら店の場所を教えてくれた。
「あ! ここみたいですよぉ!」
ラビィが1軒の食堂を指差した。入り口上の看板にはカグヤ食堂と掲げられている。
「おお…、いい匂いがするなぁ」
「ホント。お腹が空いてきます」
「早速入りましょう!」
「あたし、もうお腹ぺこぺこっこです!」
「おい、待て!」
シェリーが中に入ろうと急かし、ラビィが入口を開けようと伸ばした手をジェスが掴んで止めた。驚くラビィの手を引いて後ろに下がらせ、リムに目線で合図を送る。リムは小さく頷くと入口扉を開けて中に入った。その間もジェスは危険が無いか周囲を監視する。
少ししてリムが入口扉から顔を出した。
「問題ありません。王子、どうぞ中に」
「うん。皆行こうか」
リシャールを先頭に全員中に入ると、リムが空いている席に皆を誘導する。店員さんが4人掛けテーブルを2つくっつけて、8人掛けにしていた。腹ペコラビィが真っ先に座ろうとしたが、ジェスに首根っこを掴まれて後ろに下げられた。
「あ~、お腹すい…グエッ!」
「お前は最後だバカ! リシャール様達が先だろーが!」
「ホント、バカよね。バカウサ」
「ふぇええん。ごめんなさいぃ」
「まあまあ、その位にしておけ。さあ、座ろう」
「はい。シェリー様、ジャン様こちらに。ジェスたちも座っていいわよ」
「は…。お前はこっちだ、ドジウサ」
「もう名前で呼んでもらえない…。悲しいッス」
全員着座するとエプロン姿のカワイイオーグリスの少女がメニューと水を持ってきた。ジェスがちらりと見ると胸は貧乳系。よしよしと頷くリム。
『いらっしゃいませー。ご注文お聞きしまーす♡』
メニューを見ても、見たこと無い料理名で、どんな料理か全く持って謎。アンジェリカは店員の少女にオススメを聞いてみた。
「えーと、私達オレンジ豚を食べに来たんだけど、メニューを見てもよくわからないんだ。この店のオススメを教えてくれないかな?」
『オススメですか? そりゃなんてったって、店長カグヤの特製カツ定食ですよ。この店の一番人気なんです』
「じゃあ、それを人数分頼む」
『承りましたー。出来上がるまで少しお待ちくださいねー』
店員の女の子はメモを取ってにっこり笑うと、店の奥にある厨房に入って行った。
「明るい子だなー」
「本当に。それにカワイイ。姿以外は人と変わりませんね。エドがいたら狂喜乱舞しそう」
「ハハハ、そうだな」
木造2階建ての店内は1階が店舗で4人掛けと6人掛けのテーブルが合わせて10卓あり、お昼を過ぎているということもあってか、制服姿の役所職員が数人遅めの昼食を摂っていた。料理が運ばれてくる間、ぼんやりと役人達を眺めていると何やら難しい顔をして話をしている。
(ユウキとの旅の経験からして、何となーくイヤな予感がする。触らぬ神に祟り無しとはユウキの言葉だっけか。そっと無視無視…)
アンジェリカは役人達から目を逸らしてリシャールと役人の雰囲気が悪いと話をしていたら、オーグリスの店員さんが特製カツ定食をワゴンに乗せて運んできた。料理を見て全員「わっ!」と驚いた。そして次に出た言葉は…。
「デカい…」
『くすくすくすっ。初めて見たお客様はみんなそういうんですよー。この特製ソースを掛けて召し上がってくださいね。カラシはお好みで。では、ごゆっくり~♡』
目の前に並べられた特製カツ定食は想像以上にデカかった。黄金色に輝く衣に覆われたカツは大人のオーガの手のひらより大きくてぶ厚い。肉の厚さは2cm以上あるだろう。それが申し訳程度に添えられた雑穀ご飯と卵スープ、サラダとともに各自の前に鎮座している。その圧倒的ボリューム感にさすがのリシャールも怖気づいた。だが、意を決してカツを口に入れた。
「ぬうッ!!」
「お、美味しいッ!」
「ぎゃふん!」
カツを口に入れた瞬間、口内に広がる肉の旨味と甘味、さらに適度な酸味の油がするっと肉を喉の奥に運んでくれる。また、咀嚼する度にオレンジの香り?が鼻孔をくすぐって食欲をそそる。
リシャールだけではなく、アンジェリカやシェリーといった食の細い女子も一心不乱に肉を口に運び、雑穀ご飯と卵スープをかき込んで胃袋に送り込んだ。特に賠償金返済による極貧生活が確定しているラビィはここぞとばかりに肉をかき込み、お代わりまでした。
「ラビィ、少しは遠慮しろ!」
「イヤです。極貧生活が確定している今、貧困に耐えるため皮下脂肪を蓄えるんだから!」
「お前はクマか? 色気も何もねぇな。胸にも栄養いってねぇし。栄養効率悪いんじゃねえか?」
「酷いっす! ジェスさんのイケず~。うわあああん、もぐもぐ…」
「泣くか食うかどっちかにしろよ」
カツのデカさに一時はどうなるかと思ったが、あまりの美味しさに全員完食してしまった。お腹がぽっこり膨らんで、満足感に浸っていると三角巾を頭に巻いて、可愛いオレンジ柄のエプロンをした一人のオーグリスが笑顔でやってきた。
『この里自慢のオレンジ豚。ご満足いただけましたか?』
「あなたは?」
『この店の店長で、カグヤと申します』
「満足も満足。こんな美味い肉を食べたことがない」
『それは良かったです』
リシャールはオレンジ豚の特製カツの美味しさを褒め称え、滅多に人を褒める事がないジェスまで頻りに美味いと語っている。アンジェリカはカグヤをじっと見て思った。
(あの方がヴァルター様の現地妻のカグヤさん。確かに美人で巨乳だ。あの笑顔を見てると男なら惚れちゃうのもわかるわ~。リシャール様は…よし、大丈夫そうね。意識は食い気の方に行ってる。もし浮気したら絶対に許さないんだから…)




