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帝都シュロス・アードラー

 カルディア帝国首都シュロス・アードラー市。人口300万人を誇る世界一の大都市であり、世界有数の魔法技術の粋を集めた近代的都市である。イザヴェル王国を出発したリシャールとアンジェリカほか、総勢7名は帝国側の国境の町サンタイザベルから帝都まで、最近完成した鉄道を利用して到着し、帝都中央駅に降り立った。


「いやぁ、鉄道と言うのは凄く便利だなあ。馬車とは比べ物にならない速さだし、大勢の旅客を運搬できるなんて驚きしかないな。我が国にも導入を図りたいものだ」

「どういう原理で走っているのかしら」

「シェリー姉。何でも魔導発電機で電気を起こして、モーターというもので車輪を回して進むらしいよ。最高時速50kmだって。何を言ってるか分からないけど、凄い発明だね」

「そうですねぇ。でも、ユウキが生まれた日本という国では、千数百人も乗せて時速300kmで走る列車があるそうですよ。それに、何百人も乗せて空を飛ぶ乗り物もあるんだって聞いたことがあります」


「本当ですか!? 想像もできないです」

「古代魔法文明でも空を飛ぶ魔導機械は作れなかったと文献にあった。恐らく、この世界では将来的にも無理な話だろう。ユウキの元居た世界は凄いんだな。どんな世界なのか見て見たい気がする。きっと、人生観が変わるんだろうな」

「ですねぇ」


「リシャール様、何か騒乱が起きているようです。ご注意を」

「騒乱? 帝都でか?」

「ああ、ジェスが戻ってまいりました」


 大勢の人が行き交うターミナルを出たところでリムは馬車乗り場の付近で何かが起こっている事に気付いた。そこに先行して市内循環馬車乗り場を確認してきたジェスとラビィが戻って来た。ラビィは何故か首根っこを掴まれ引きずられている。


「ほら、しゃっきり歩け。このへっぽこドジウサギ!」

「うう、酷いですよ~。あたしだって、頑張ってるのにぃ」

「大勢の人に迷惑をかけやがって、あんなの頑張ってるって言わねぇだろ!」

「うわーん! ジェスさんのいけず~。ロリコンスケベ! 制服姿の女子小学生を熱い視線で見ているの知ってるんだから~」

「テメェ、なに言い出しやがる!」


「ジェス、向こうが騒がしいようだが、何があったんだ」

「ハッ! 馬車停を確認してたら、このへっぽこウサギ女が突然コケて馬車待ちの列に突っ込みやがって、並んでた人を将棋倒しにした上に、停留所案内を全部倒して訳が分からん状態にしてしまったんです」


「なん…だと…」

「ぷふっ。やっぱりラビィだ」


 リシャールとジェス、リム以外の全員が笑い出した。遠目に見ても大分現場は混乱しているらしい。ターミナルの駅員や国家憲兵隊、たまたま通りかかった帝国軍の部隊が集まって、将棋倒しになった人々の救助活動をし、散らばった案内を直している。怒号と悲鳴が飛び交う現場の様子は阿鼻叫喚の修羅場と化しているようだ。シェリーたちの笑いは直ぐに止まり、騒動の大きさに顔から血の気が引いてくるのが分かる。


「リシャール様、これは少々不味いのでは…」(アンジェリカ)

「来た早々これか…」(リシャール)

「ラビィ~」(リム)

「ヤバい。おしっこちびりそう。ってか、少し漏れたった」(ラビィ)


 目撃者の話から原因が一人のウサ耳女と聞いた憲兵隊員数人が、呆然と佇むリシャールたちの中にラビィが居るのを目ざとく見つけ、近づいて来た。アンジェリカは、アルムダートで経験したひまわり亭での惨劇を思い出し、膝がガクガク震えて来た。


「よろしいですか」

「あ、ああ…」


 制服を着た憲兵隊員の中から黒のスーツをビシッと着こなした角刈りでいかつい顔の壮年男性が現れた。男性は警部の身分証を見せた。


「その亜人の女性は皆様のお連れですか?」

「あ、ああ。そうだが」

「馬車乗り場で起こった転倒事故ですが、ウサギの亜人女性が発端と目撃者の証言がありましてね。申し訳ないですが、少々お話を伺いたいので、皆さま本署にご同行願います」


 警部が合図すると憲兵隊員がリシャールたちを取り囲み誘導し始めた。ターミナル近くに立つ国家憲兵隊本部に移動する間も、タンカを担ぎながら血相を変えて現場に向かう大勢の隊員だけでなく、大事故と聞いて集まって来た新聞記者とも擦れ違った。これには、邪竜戦争で絶対多数の魔物にも動じず勇敢に指揮を執った英雄リシャール王子といえど、がっくりと項垂れ、ジェスとリムはラビィの背中にパンチをくれている。


(ああ、もう…。早くも前途多難だ。早くユウキに会いたいのに…)


 アンジェリカは心の中で呟き、大きなため息をつくのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 逃走の恐れなしとして一旦ホテルに宿泊を許されたリシャールたち(ラビィだけは留置場に宿泊)は、翌日の早くから憲兵隊本部に出頭していた。中に入ると直ぐに会議室に通される。少し待つと意外と元気そうな顔のラビィが捜査課の隊員に連れられて入って来た。


「お、おはよ~ございまっす。なんか皆さんもお疲れですね」

「誰のせいだと思ってるんだ!」

「そうよ! このドジウサギ!」

「酷いっす!」


 あまり反省していないように見えるラビィに、疲労と寝不足も加わってイラッと来たジェスとリムの怒りが爆発する。二人に首を絞められ、ギブギブと喚くラビィにリシャールたちは諦め交じりのため息をつくのであった。

 ガチャリと入口扉が開いて昨日の警部と数人の強面の捜査官が入って来た。リシャールたちに会議机の椅子を進めると、自分も対面に座った。


「さて…」


 警部は一行をじろりと見回してから口を開いた。


「目撃者の聞き取りと状況捜査の結果、ラビィさんの行為は故意でない事が分かりました。よって、罪には問わず内務省からの書面による厳重注意となります。何せ我が国の最重要同盟国であるイザヴェル王国の王族の関係者ですからね。内務省は大事にする気は無いというのが本音です」

「済まない。本当に迷惑をかけた」


「ただ…」

「?」


「壊れた市内循環馬車の案内表示板の修繕費用と運航が止まったことに対する損害賠償請求をしたいと運航会社が申しておりましてね。応じない場合は民事裁判を起こすと言っているのです」

「…仕方ない。王国で弁償しよう」

「そうしていただければ幸いです」

「国が立て替えた分はラビィの借金とし、給料から天引きする」

「ひょぇええ~、あっという間に極貧街道まっしぐら! 再びパン耳生活に逆戻りぃ!」

「自業自得よ。バカウサギ!」


 突然の借金と無収入のフルコンボに絶望したラビィが床を転げまわり、ゲシゲシとリムが蹴りを入れる。


「皆さんの身元保証と引き受けをいただいた方がお迎えに来ております」


 警部が合図すると捜査官の一人が会議室を出て行った。少しして捜査官が戻って来ると、警部達は一斉に入口に整列して深々と頭を下げた。入って来たのは数人の護衛騎士を引き連れた皇太子ミュラーだった。


「わはははは! 久しぶりだな。リシャール、アンジェリカ!」

「ミュラー様!?」

「来る早々、やってくれるじゃねーか。さすがオレと嫁の友だな!」

「いや、迷惑をかけて申し訳ない」

「すみませんでした…」


 豪快に笑うミュラーを前に、恐縮するだけのリシャールとアンジェリカ達だった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「あははははっ! 新聞読んだけど、やっぱり原因はラビィだったかぁ。訪問メンバーの中に名前があったから絶対に何かやらかすと思ったのよ」

「ばぶ…ばぶ…」


 リシャールとアンジェリカは皇太子宮に招待され、昼食を御馳走になっていた。メイドのミウが空になった食器を下げ、デザートのケーキとコーヒー(ユウキはアップルジュース)を配膳した。やっと笑いが収まったユウキは笑い涙を拭きながら、アンジェリカとの再会を喜ぶ。


「アンジェとは戦争の叙勲式以来だから約2年ぶりかしらね。元気そうで良かったわ」

「ユウキもな。しっかりお母さんしてて驚いたよ」

「えへへ…。まあね」

「ノゾミちゃん、カワイイな~。ユウキそっくりだ。将来は凄い美人になるぞ」

「ふふっ。ありがと♡ 抱いてみる?」

「いいのか!?」


 アンジェリカはユウキの隣に移動してノゾミを受け取り抱いてみた。ほのかに匂うミルクの香りと小さく柔らかな体。腕の中でねむねむになっている顔を見ていると母性本能が揺り起こされるようだ。


「ノゾミちゃんを見ていると、私も子供が欲しくなるなぁ」

「じゃあ、この旅行でたっぷり可愛がってもらいなさいよ」

「あ…ああ。がんばる」

「ふふっ。アンジェはカワイイね」

「や、やめろよ…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ユウキとアンジェリカが話している少し離れた場所で、リシャールとミュラーが話をしていた。


「リシャールたちは、スバルーバル諸王国連合まで足を運ぶんだって?」

「はい。アレシア公国の妻の実家に行こうかと。その後、聖都オフィーリアで聖王様と聖女スバル様にお目通りし、戦争協力の御礼をする予定です」

「そうか…」


「ああ、そうそう。ユウキ様と妻が南の果てオルノスを冒険した話を聞きまして、レードンを少し超えた辺りまで足を延ばそうかと思っています。何もない広大な荒野なんて、イザヴェルでは見ることができませんからね。楽しみにしてるんですよ」


「なあ、ひとつ相談があるんだが」

「相談? なんでしょう」

「実は…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 食事をしたテーブルからソファに移動して歓談しているのはシェリー。相手は鷹揚にふんぞり返っているデュラハン・ヴォルフ。


『ふぉおおう! シェリー王女はカワユイのう。ツンデレ気質は無いモノの、B90(F)W60H85のナイスボディ。顔もロリっぽくて吾輩好み。ゾクゾク来るわ。吾輩と結婚せんか?』

「い、いやです。アンジェリカお義姉様が、ヴォルフ様は生意気ツンデレ系ロリ巨乳美少女に執着する、究極のドスケベで、話していると変態が移るとおっしゃってましたけど、直ぐに理由が分かりました。エッチです。エッチなお化けは嫌いです」


『くそ、あのアマ~。仮にも吾輩は元ラファール国の王だった漢だぞ。それをスケべだ変態だと好き放題言いやがって…』

「…あの。エッチな話は別にして、実はわたし、各国の歴史に興味があって、歴史書をよく読むのですけど、内容が客観的に書かれているものかどうかよく分からなくて。なので、ヴォルフ様の生前の話聞きたいです。何でも古今無双の常勝将軍だったとか…」


『何と、吾輩の話を聞きたいとな!? エドモンズ殿が言っていた通り、シェリーちゃんは真に心優しいのう。吾輩の話を聞きたいと言ってくれたのはシェリーちゃんが初めてだ。よーし、おじさん張り切って話しちゃうぞー』


「うふふ、よろしくお願いします♡」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


『ラビィは本当にやらかすのう。お主、全然進歩しとらんのじゃないか。来た早々大勢の人に迷惑をかけおってからに。バカモノめ』

「全くよ。この、へっぽこラビィ」

「目の前でキレイに人が倒れていくのは、ある意味感動したな」


 エドモンズ三世の呆れたような口調にリムが同意してラビィを小突き、将棋倒しの美しさを思い出したジェスが感慨深げに頷く。


「いやぁ~、相変わらずキッツいですねぇ。グロモント三世さんは。あたしだって、精一杯頑張っているんですよぉ。そこは認めて欲しいんですよ~」

『誰がグロモントじゃ! 儂はエドモンズ! 「ン」しか合っとらんではないか。大体じゃな、お主、技能と心を磨けと言った儂の忠告を忘れたのか? 精神もおっぱいも全然成長しとらんし、相変わらず右の乳首に乳毛が1本伸びとるぞ。キチンとお手入れせんか!』


「どうせ見てくれる彼氏もいないし、いいんですよーだ」

『ホントにこやつは変わらんのう。せっかく技能スキルや近接戦闘スキルなどの潜在能力はいいもの持っとるのに。全くもってもったいない。これじゃ専業主婦なんて夢のまた夢じゃぞ』


「ホントかよ…」(ジェス)

「絶対にウソだ」(リム)


「まあまあ、あまりラビィを虐めないであげてよ。確かにラビィは超絶ドジで年の割には間抜けのおたんこなすだけど、優しいし面白くてボクやシェリー姉のお世話を一生懸命してくれる友達なんだ。先日の事故だってホントは反省してるんだよ。そうでしょ、ラビィ」

「お、王子…。こんなあたしを庇ってくれるだけじゃなく友達って…。嬉しいっす! ラビィ感激。一生ついていきます。なんならお嫁さん(専業主婦)にしてくだしゃい!」


「お嫁さんは無理」

「がーん!」


「ジャン王子の評価もどうかと思うがな…」

「ラビィに悪気はないのはわかっているけど、ドジが過ぎるわ」


『監獄塔ではユウキも酷い目に合っているからのう』

「例えば?」


 エドモンズ三世はユウキから聞いたラビィのへっぽこぶりを話して聞かせた。スカウトの癖に罠の解除に何度も失敗してはユウキを殺しかけ、同行していたアンリ王子とステラに呆れられて呼び捨てにされ、戦闘の弾除け位しか役に立たなかったことなど。


「そりゃ酷い」


『でもまあ、根は素直で優しい娘じゃ。頑張ろうという気持ちが空回りしているだけじゃよ。本気になれば優秀なはずなんじゃ。だから、見限らんでやってほしい。ヤツもユウキの大切な友人の一人じゃからな』


「そんなこと、分かってるわよ…」

「仕方ないか。しばらくは共に旅をする仲間だからな。だけどなぁ…」


 テーブルに置かれた新聞を見てため息をつくジェスとリム。1面にはターミナルの騒動に関する記事がでかでかと載っていた。初っ端からこれでは思いやられる。

 凄腕の暗殺者&密偵としてイザヴェル王国にその人ありと名を馳せる二人であるが、この旅でラビィに関わってしまった結果、次第にポンコツになる。その恐怖に二人はまだ気づいていない


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