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エピローグ① 希望の子

 エヴァリーナがロディニアを訪問して半年が過ぎたある日の晩、シュロス・アードラー市の高台に立つハイデルベルグ大宮殿の特別貴賓室は異様な雰囲気の中にあった。部屋の扉は内側から鍵で固く閉じられ、外側は屈強な親衛隊兵1個小隊が警備をして、何物も通さないようにしている。


 その貴賓室の中央で椅子に腰かけて微笑んでいるのはユウキ。その腕には可愛らしい赤ちゃんが抱かれている。側にはミュラーが立ってユウキの肩に手を置き、優しい眼差しで赤ちゃんを見ていた。これだけだと、生まれたばかりの子供を抱いた幸せな夫婦の肖像という感じだが、周りを取り囲む面々が異様さを醸し出している。


 その面々とは、皇室からは帝国皇帝フリードリヒと皇妃シャーロットに側妃マーガレット。第一皇女セラフィーナ。帝国宰相家からは当主ヴィルヘルムとその妻イレーネ、フォルトゥーナ。また、ヴァルターとその妻フラン(夫の女癖の悪さで顔色悪し)もいる。また、エヴァリーナとレオンハルトも参加しており、ユウキの側に立って色々と準備をしていた。なお、エヴァリーナは帰国後に妊娠が発覚し、お腹がぽっこりしている。


 さらに、ユウキの眷属たるエドモンズ三世、ラファールの獅子ヴォルフ、アルフィーネ。皇帝の護衛だからと護衛親衛師団長ローベルト大将。ギルド荒鷲のマスターであるオーウェンと事務長のリサ、その夫で帝国参謀本部勤務のベイツ中佐。その他大勢でガンテツ、メルティ、ラーメラ(人間モード)までいる。20人を超えるユウキの関係者たちで広い貴賓室といえど狭く感じる。しかし、その場に集まった人々は狭さも息苦しさも感じられないほど緊張していた。


「ユウキさん、よろしいですか?」

「うん。もう待ちきれないよ」


 エヴァリーナがユウキに確認した。ユウキは早くと急かす。


「皆さんもよろしいですか。今からお呼びする方は、ユウキさんの命の恩人で育ての親となられるお方です。決して失礼のないように、絶対に怒らせるような言動は控えてください。では、お呼びします」


 エヴァリーナは皆に背を向けて右手を口元に持っていって何事か呟き始めた。その姿にフリードリヒとマーガレット、フォルトゥーナはワクワクした顔を見せ、ヴィルヘルムとイレーネは不安で一杯になる。一体何が現れるのか。ちなみに、エヴァリーナは正体を説明していない。楽しみ(?)は後に取っていた方が面白いと思ったのだ(悪い顔)。


「お話がつきました。直ぐに来られるそうです」


 その声にエドモンズ三世と人型モードのヴォルフ、アルフィーネがユウキの前方に進み出て膝を折って平伏する。その行為にその場の全員が驚いた。ラーメラなど「え?え?」と混乱している。うろうろするラーメラにエドモンズ三世が声をかけた。


『ラーメラ、お主もここに来て平伏せんか!』

『え? どうしてですかー?』

『言われたとおりにせんか!』

『きゃ、怖い~。わかりましたよぅ…』


「ゴメンね、ラーメラちゃん。今回だけはエロモンの言うことを聞いてね」


 何が何だか分からないといった感じでラーメラもアルフィーネの隣に並んで同じように片膝付きの姿勢を取った。ユウキはくすくす笑いながら、ラーメラにエドモンズ三世たちの言うことを聞くように言った。


「一体何が現れるんでしょう?」(セラフィーナ)

「ワクワクするわぁ」(フォルトゥーナ)

「あんな、エドモンズ様見たことないわね」(マーガレット)


 やがて、エドモンズ三世らの前の空間が歪み始め、漆黒の霧が湧き出し、渦を巻き始めた。その渦が集まって球体になる。「ごくり」と人々のつばを飲み込む声が聞こえるようだ。


 人々の注目が集まる中、即刻の球体からヌウッと黄土色の薄汚れたようなローブを纏った人物が現れた。


「キャァアアアアーーーッ!!」


 シャーロットやイレーネ、メルティなど、その手の耐性がない女性が大きな悲鳴を上げ、さすがのフリードリヒに、マーガレット。奥さん以外には強いオーウェン、歴戦の雄のガンテツとローベルト大将までもが驚きで息を飲んだ。


  それもそのはず、現れたのは頭部には髪の毛がなく、顔の目の部分は黒く落ち窪み、奥から怪しげな光が見えている。鼻はなく骸骨のような鼻腔となっていて、口も骸骨のよう。皮膚があるが茶色く、光沢を放っている。また、全身を薄汚れたようなローブで身を包み木で出来た大きな杖を持っている恐ろしい容貌のアンデッドであったからだ。さらに、アンデッドから発せられる人知を超えた強大な魔力の波動によって、魔法を使う者たちは恐れと畏怖で圧倒され、腰が抜けそうになる。そのアンデッドに向かい、エドモンズ三世は頭を下げて平伏した。


『偉大なるアンデッドの神、リッチーのバルコム様にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます。我がユウキの眷属であるエドモンズ三世、ヴォルフ、アルフィーネ。バルコム様の御来訪、心より歓迎申し上げます』

『よいよい。面を上げなさいエドモンズ殿。アルフィーネ、久ぶりよの、元気にしておったか?』

『はい! アルフィーネはいつでも元気いっぱいです!』

『そうかそうか。ん? そこの娘は…。ほう、人の形をしているがスフィンクスか。珍しい魔物がいるな。お主、名はなんという』

『ひ…ひゃい! ラ、ラーメラですます』

『ラーメラと申すか。儂はバルコムだよろしくな』


 バルコムはラーメラの頭をぽんと一撫でするとユウキの前に立った。ユウキも椅子から立ち上がると、赤ちゃんをミュラーに預けてバルコムと対面する。しばらく無言で見つめ合った後、ユウキはニコッと笑いながらバルコムの胸に体を預けた。


「おじさん、久しぶり。わたし、ちゃんと幸せ見つけたよ…」

『うむ。エヴァリーナ殿から聞いてはいたが、お前のその幸せそうな笑顔を見てわかった。ユウキ、本当に良かったな。あの小さかったユウキがこんなにまで立派になって…儂は…儂は…』


「おじさん…」

『儂はずっと悩んでいた。儂はお前を生かすため、ノゾミの願いだからと禁呪でユウキの体を女子にした。だが、本当にそれで良かったのか、あの子は幸せになれるのだろうかとずっと悩んでおった。だが、今のお前の幸せいっぱいな顔を見て、心から安堵している。本当に良かったな、ユウキ』

「うん。わたし、本当に今幸せだよ」


 ユウキとバルコムはしっかりと抱き合いった。アンデッドのリッチーは涙を流すことはない。しかし、ユウキにはバルコムが心の中で涙を流しながら喜んでいるように思え、とても嬉しく感じるのであった。


「ば…ばぶ…」


 赤ちゃんが声を出した。ユウキはミュラーから赤ちゃんを受け取るとバルコムに見せた。赤ちゃんはバルコムをじいっと見つめ、「ばぶ…あ…」と言葉にならない声を出している。ユウキは赤ちゃんをバルコムに抱かせた。


『おお…おお…。ユウキの子を、儂の孫をこの手で抱けるとは感無量とは正にこのこと。ユウキが懐妊したと聞いて、どれほどこの時を待ち望んだことか。なんと可愛いらしい子だ。ユウキの幼い頃にそっくりではないか。おうおう、儂を見て笑っておる』


「うふふ。可愛いでしょう。女の子で、名前はね…「ノゾミ」って付けたの」

『姉の名を付けたのか?』

「うん。わたしに命を与えてくれたお姉ちゃんの名ってのもあるんだけど、わたしの生まれた日本では「ノゾミ」という名前は、人との繋がりを大事にしてほしい、希望に満ちた人生を送ってほしい、幸せになってほしい、誠実な人になってほしい、周囲の人から頼られる人に育ってほしいという意味が込められているの」


『………………』

「だから、この子には自分の大切なものを見つけ、それを守り抜く誠実な人に育ってもらいたい。そういう意味でも付けたの」


『ユウキらしいな。ノゾミか…。良い名ではないか。よし、この子に祝福を与えよう』

「祝福?」


 バルコムはノゾミに手をかざして魔力を込めた。若葉色の柔らかく温かい光がノゾミを包む。キャッキャッと笑うノゾミの中に光が吸い込まれていった。


『この子はこの世界の理の中に生きている。よって、ユウキのような暗黒魔法が使えん。だが、儂はこの子に再生の祝福を与えた。この子には四元魔法の素質がある。それに加えて治癒魔法も使えるようになった。治癒の力はこの子の未来に必要だろう』


『それとこれじゃ』


 バルコムは懐から銀色に輝く金属で出来たペンダントをユウキに手渡した。見ると7つの角を持つ星型多角形をしている不思議な形状のものだった。


「おじさん、これは?」

七芒星ヘプタグラムのペンダントだ。古代魔法文明の遺跡から見つけたものだ。儂が調べたところ、この形には不思議な力があるとされていて、魔除けのお守りとして子が生まれた際に、親が子の幸せを願って身に着けさせたという。儂からのプレゼントだ』


「ありがとう、おじさん。見て、ノゾミも喜んでる」

『そうかそうか。おうおう、笑顔がカワイイのう』


 ノゾミをあやすバルコムが何だか面白くてユウキはくすくすと笑う。そこに、驚きから立ち直ったフリードリヒがユウキに声をかけてきた。


「ユウキ、そろそろそのお方を紹介してはくれまいか」

「ハッ! そうでした!」


 ユウキはバルコムからノゾミを受け取り、ミュラーに預けると皆に紹介した。


「この方はバルコムさん。わたしの育ての親、お父さんだった方です。エロモンたちの様子からお分かりかと思いますが、バルコムおじさんはアンデッドの中でも別格の存在、「リッチー」なのです」


「リッチーだと。神に匹敵する力を持つ究極のアンデッドのリッチーが、ユウキの育ての親だと…? 信じられん」(フリードリヒ)

「さすがの私も驚きだわ。あのラーメラちゃんが怖くて涙目になってるし。どれだけの力があるのかしら」(マーガレット)


「リッチーは深い知識と見識を持つ至高の存在。教えを請えばこの国の文化発展に寄与する。何とか知己を得たいが…」(ヴィルヘルム)

「お父様。私、バルコム様と友人関係なのですよ。ご紹介しましょうか」(エヴァリーナ)

「えーーっ!? エヴァったらズルい!」(フォルトゥーナ)

「ユウキさんのお父様ならご挨拶しないと。こ、怖いけど…」(イレーネ)


「わあ! リッチーって物語の中の存在だと思ってました! あの、私はセラフィーナって言います。色々お話を聞かせてください!」


『皆、ユウキを大切に思ってくれた方と聞いている。儂の方こそお礼を申し上げたい』


 その一言でバルコムの周りに人だかりができた。あの人と交わるのを嫌い、孤独を好んだバルコムが積極的に関わろうとしている。ユウキはその光景を見て嬉しくなった。自分が変われたように、バルコムも変わった。幼い頃、自分がバルコムに教わったように、ノゾミもバルコムから色々と教えてもらえればいいなと思うのだった。


(ノゾミもおじさんの事、気に入ったみたいで良かった。ねえ、ノゾミ。あなたはどんな人生を送るのかな? たくさん良いお友達ができるといいね。そして、希望に満ちた人生を送って貰いたいな。それだけがわたしの…お母さんの願いだよ)


 ユウキはキャッ、キャッといい顔で笑うノゾミの将来がとても良いものになるように願った。そして、ため息をつくと、いまだ土下座しているド変態の双璧+ビビリスフィンクスに声をかけた。


「ところで、アンタらいい加減平伏するのやめたら?」

「ばぶー」


『いや…、なんか、止め時を見失って…』(エドモンズ三世)

『誰か声をかけてくれるのを待っていたのだ』(ヴォルフ)

『エッチなおじさん、酷いですよ。あんな大物が来るなら教えて下さいよ。怖いじゃないですかぁ~』(ラーメラ)


「全く…。ほら、ノゾミの面倒見てて。わたし、おじさんと話をしてくるから」

『おっととと…。おーほほほ、かわええのうノゾミちゃんは。将来はきっと巨乳美少女になること間違いなしじゃ。どれ、儂とお話でもするか?』

「ばぶっ!(イヤです!)」

『がーん!』


 ノゾミに拒絶され、意外と大きなダメージを受けたエドモンズ三世であった。

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