エヴァリーナのロディニア追憶の旅⑩
『エッ、エヴァリーナ! も、戻ったんじゃな。ハ、ハハハ…』
「これは何の騒ぎです?」
エヴァリーナは室内を見回した。テーブルに突っ伏してメソメソ泣いているスピカ。ヴォルフに羽交い絞めされて大泣きしているミラ。神剣に巻かれた鎖を外そうとして、逆に自分が巻かれてしまったカロリーナ。ちなみにスカートが捲れ上がって熊の刺繍入りパンツが丸見え。そして、諸悪の元凶と思われる、愛想笑いを浮かべたエドモンズ三世。
事情を察したエヴァリーナは、背後のレオンハルトの前に、右手のひらを上に向けて差し出した。レオンハルトは無言でマジックバッグからある物を取り出して、恭しく手渡す。それを見たエドモンズ三世とヴォルフは小さく悲鳴を上げた。
エヴァリーナの手に渡されたのは、ギラリと日の光を反射して輝く銀色のハリセン。エヴァリーナが改良に改良を重ねて作り出した、薄くて丈夫で弾力性のある金属製の恐怖の武器「シルバー・ショック」だった。
『エッ、エヴァリーナ様。これは…ちっ、違うんじゃよ!』
「問答無用! 散りなさい、女の敵!!」
『でじゃぶっ!』
シルバー・ショックがエドモンズ三世の頭骨を激しく打ち据え、打撃力を移動力に変換して全身を床に叩きつけた。ズガァアアン!という衝撃音と共に、エドモンズ三世の体が糸が切れた操り人形のように、何度も床をバウンドして転がった。しかも、頭蓋骨は頸骨から外れてどこかに飛んで行った。余りの破壊力に流石のヴォルフも身が竦み、泣き止んだミラは恐怖で失禁してしまった。
「ミラを離しなさい」
『ハイッ!』
ヴォルフはパッとミラを離した。すとんと床にペタンコ座りしたミラを見て、エヴァリーナはシルバー・ショックを上段に構えた。
『ひっ!?』
小さく悲鳴を上げたヴォルフの兜にシルバー・ショックが叩きつけられた。ガキィイン!と鋭い金属音が響くと同時に、兜は床を突き破って地面にめり込んだ。頭を失った本体は力なく背中から床に倒れ、ピクリとも動かなくなった。
「さすが熊殺し。あのド変態の双璧を瞬殺するとは…」
「カロリーナちゃん、大丈夫か? 酷い格好だな、今、解いてやるから」
「レオンハルトさん。助かったわ」
カロリーナがエヴァリーナの猛者ぶりに感心していると、レオンハルトが来て体に絡まった鎖を外し始めた。ただ、結構しっかりと絡まってしまったらしく、解くのに手間取ってしまっている。おかげで、レオンハルトの手が体のあちこちに触れてしまい、思わず変な声が出るカロリーナだった。
「ひゃあああ…ん…ッ」
「へ、変な声出すなよ」
「だ、だって…」
声に焦ったレオンハルトは何とか鎖を解こうと必死になる。なぜなら背後に、ひたひたと静かに近づく足音と殺気を感じているからだった。その足音がレオンハルトの直ぐ後ろで止まった。恐る恐る振り向くと、無表情で見下ろす妻の視線と目が合った。
「…何をしてらっしゃるの?」
「エッ、エヴァ!? 誤解するなよ。俺はだな、カロリーナちゃんの鎖を解こうとして」
「へえ…。それが解こうとしている格好なのですか?」
絶対零度の妻の視線に、レオンハルトはカロリーナを見て驚いた。解いているはずだったのに、カロリーナは何故か亀甲縛り状態になって、頬を紅潮させてハアハアと喘いでいる。体を捩る度に股に食い込んだ鎖が微妙な部分を刺激して、甘美な喜びが体中を走り抜けているようだ。ちなみに、パンツはぐっしょり濡れている。
「ち、違う。違うんだエヴァ、話を聞いてくれ!」
「天誅!!」
「ガハァ!」
シルバー・ショックを脳天に食らったレオンハルトもまた、エドモンズ三世たちと同様、床に沈んだのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『全く、酷い目に遭うたわい』
『はっはっは。エドモンズ殿とヴォルフ殿は真に面白いお方よ。アンデッドでこれ程楽しませてくれるお方は初めてだ』
『バルコム様に醜態を晒し、面目次第もございません。このヴォルフ、一生の不覚』
「酷い目にあったのはスピカさんたちでしょう。フェーリス様から聞いてますわよ。ユウキさんが居ないことをいい事に、王宮内のメイドさんや親衛隊の女兵士さんの秘密を暴きに暴いて泣かせまくった挙句、ストライキ寸前までいったそうじゃないですか。レウルス様がどれだけ苦労されて宥められたか知っているんですの!」
「それに、ロディニアの街で「巨乳狩り」と称して女の子(巨乳限定)の尻を追いかけ回してるって聞きましたわよ。帝国の恥ですわ。あなた方の行動が帝国の品位を下げることに何故気づかないんですか!」
『へーい、すんませんでしたー』
『ロリ巨乳狩りの対象じゃ無いお方に言われてもねー。心に響かんのですわ』
「き、貴様ら…。許さん!」
『まあまあ、落ち着け、エヴァリーナ殿。彼らに大事な話があるのではなかったのか?』
「あ…はい、そうでした。お見苦しい所をお見せしてスミマセン」
エヴァリーナたちはユウキの家の前の広場に机と椅子を運び(壊した床はスケルトンたちが修繕中)、皆で集まってお茶している所であった。ただ、秘密の性癖を暴かれたスピカとミラはどよーんとして俯き、痴態を晒してパンツを濡らしたカロリーナは、替えのパンツが無いため、スカートの下はノーパン状態で恥ずかしそうにもじもじしている。三人の様子に、ため息が止まらないエヴァリーナであった。
バルコムの従魔であるメイドゾンビ(美少女)が紅茶のお代わりをカップに注いで回り、全員に行き渡ったところで「えへん」と咳払いをしたエヴァリーナが改めて話をし始めた。
「さて、ユウキさんから皆さんを帝都に連れ帰るよう仰せつかっております。皆さんは私たちと一緒に帝国に戻っていただきます」
『えー、もっと王国を堪能したいのじゃー』
『理想のロリ巨乳美少女との邂逅がまだなのだー』
エドモンズ三世とヴォルフがブーブー言い出した。ルピナスも意外と居心地が良くて帰りたくなかったが、エヴァリーナが怖くて口には出さない。
「お黙りなさい! 実はですね、アース君の事もあるのです」
『アース君がどうかしたのか?』
エヴァリーナが語った内容は、エドモンズ三世らがロディニアに出かけて不在になったため、皇太子宮の庭園とセットになっていた眷属たちとのふれ合いの場が無くなり、住民や観光客が落胆したため、ユウキの配慮でアース君を観光の目玉として出したところ、これがまた大受けし、日々多くの人が集まる結果となってしまった。
『アルフィーネはどうしたのじゃ?』
「メリーベルさんと一緒に創薬研究所で薬草畑の管理をしているそうですわ」
『そうか、あたしがこっち来てるから…。やっぱ、帰らないとダメだね。残念だなぁ…』
「アース君ですが、あまりにも観光客受けが凄くて、背中に乗って帝都の観光地巡りをするのがブームになってまして、大勢の観光客を背中に乗せて、日に何度も大通りを移動するアース君の姿が帝国の名物になってしまってるんですの。このせいで、アース君、見てて気の毒になるくらい疲弊してしまって…。早くエドモンズ様たちに帰ってきてほしいって、ユウキさんに泣きついたそうですわ」
『少々の事では物事に動じず、常に泰然自若としていたアース君が…』
『ユウキに泣きつくとは、よっぽどだな』
『ヤダ、かわいそう』
『仕方ない、ヴォルフよ。儂らも帝都に戻ろうぞ』
『そうだな。ロディニアには、また来る機会もあるだろう』
「決まりですわね。では、一度ロディニアに戻りましょう。フェーリス様にお別れの挨拶をしなければならないですし」
『では、儂が転移魔法で送ってあげよう』
「バルコム様、ありがとうございます」
『なんの。エヴァリーナ殿、孫の件、よろしく頼むぞ』
「うふふ、承知しております。あの、バルコム様」
『なにかな?』
「カロリーナさんみたいに、私も時々指輪に話しかけてもよろしいでしょうか。私もバルコム様の友人になりたいなあって思ってしまいまして…。ご迷惑でしょうか」
『いや、願ってもないことだ。儂こそお願いしたい。話し相手になってはくれまいか』
「うふっ。嬉しいです。色々と相談しちゃおうっと。レオンハルトへの折檻方法とか」
夫を睨む妻の冷たい視線に背筋が凍るレオンハルトであった。
(だから、カロリーナちゃんのは不可抗力だって…。勘弁してくれよ)
机と椅子を家の中に片付け、全員でノゾミの墓をお参りした後、バルコムの転移魔法でロディニア市の近郊に送ってもらった。ホテルに戻ると、セバスチャンが待っていて、帰国の準備が整ったことと、王室から連絡があったと1枚の紙を渡してきた。エヴァリーナは内容に目を通すと、フェーリス女王との面談が決定したことが記載してあった。
「えーと、明日の午前10時に王宮に来てほしいと書かれてますわ。セバスチャン、帰りの船はいつでしたかしら」
「4日後の午後でございます」
「なら問題ありませんわね。明後日にはロディニアを出てリーズリットに向かいましょう。セバスチャン、馬車の手配は大丈夫ですか?」
「既に済んでおります」
出来る使用人、セバスチャンの返事に満足したエヴァリーナはレオンハルトとともに部屋に戻った。
(ロディニアの旅では本当に色々な話を聞けて良かったです。ユウキさんは、本当に皆様から大切にされていたのですね。バルコム様とお会いできたのも僥倖でした。帰ったらユウキさんに真っ先にお話ししなくては。ふふっ、どんな顔をするかしら。楽しみです)
ベッドに入って、この旅で経験した様々な出来事を話して聞かせた時、ユウキはどんな顔をするだろうと想像していると自然に笑いが込み上げて来る。早くユウキに会いたいと思うエヴァリーナであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、朝食を終えたエヴァリーナは、スピカとミラに手伝ってもらいながら出かけるための身支度を整えていた。ただ、二人のメイドの顔色が優れないのが気になった。また、ユウキの家での一件以降、二人の間がギクシャクしているように感じている。エヴァリーナは小さくため息をつくと、エドモンズ三世にはユウキからキツイお仕置きをしてもらわねばと思うのであった。
準備を終えると、レオンハルトと連れ立ってロビーに降りた。ロビーではエドモンズ三世と人型モードになったヴォルフ、ルピナスが待っていた。また、ホテル前には王宮差し回しの馬車が待機していて、エヴァリーナはエドモンズ三世らに朝の挨拶をすると一緒に馬車に乗り込んだ。
王宮に向かう馬車から市街を眺める。戴冠式の日前後は外国からの観光客も大勢いて街中は大変賑わっていたが、1週間以上過ぎた現在は日常の落ち着きを取り戻していた。
「大分市内も静かになったな。ジョゼット王女もガリウス様ご夫妻も国に帰ってしまわれたし、最後まで残ってるのはオレたちだけだな」
「そうですわね。そういえば、カロリーナさんは?」
『ハウメアー市の実家に行くと言って、朝早くに連絡馬車で出かけたぞ。帝都には吾輩らとは別便の船で帰ってくるそうだ』
「そうなのですか」
『カロリーナには実家の農園で働いている恋人がいてな。きっと会いに行ったのだろうて』
「まあ! それは知りませんでした。後でぎっちり締め上げて白状させましょう」
「ぎっちりって…。怖いぞ、我が妻よ…」
エドモンズ三世からカロリーナの話を聞きながら馬車に揺られていると、間もなく王宮の正門前に到着した。馬車から降り、御者にお礼を言って王宮内に入ろうとした所で、王国高等学校の制服を着た女子学生が大泣きしながら駆け寄り、ルピナスにいきなり抱き着いてきた。
『わあ、びっくりした』
「ルピナスちゃーん! 帰っちゃうってホント!? 本当に帰っちゃうの? 嫌だよぉ~、帰らないでぇ~。ふぇええええん! わぁああああん! 帰っちゃダメェ~」
「あの、この方はどなたですの?」
『こ奴はルミエル。コナハト神聖国の留学生でな、フェーちゃんに果たし状を送ったメンバーの一人じゃ。性格がキツくて意地悪そうに見えるが、その実態は花を愛する心優しい娘でな、小さいころ読んだ本がきっかけで、アルラウネが大好きなのだそうじゃ』
「まあ…。そうなのですか」
『ルピナスの大切なお友達なんだ』
「ふぇえええん。帰らないでぇ~」
ルピナスはグスグス泣くルミエルを優しく抱きしめると、人形からアルラウネモードにチェンジした。そして優しく話して聞かせる。
『ゴメンね。あたしも寂しいけど、帝国にはアルフィーネとメリーベルという名の姉妹がいるの。彼女たち、わたしが不在でとても大変なんだって。だから、帰ってあげなくちゃいけないの』
「でも、でもぉ…。せっかくアルラウネに、ルピナスちゃんに会えてお友達になれたのにぃ、ここでお別れなんて悲しいよぉ。ルピナスちゃんに会えないなら私、ここで自決する!」
「極端ですわね、この子」(エヴァリーナ)
『ありがとうね、ルミエル。嬉しいよ。でも、やっぱりお別れしなきゃ』
「イヤだ、イヤだよぉ~別れたくないよぉ~。うわぁあああん!」
『ねえルミエル、あたしの手を見て』
「…ふぇ」
涙でぐしょぐしょになった顔を上げたルミエルは、言われた通りルピナスの手を見た。そこには、玉ねぎ位の大きさの緑色をした球体があった。
『これはアルラウネの幼体だよ』
「アルラウネの…幼体…?」
『そう。アルラウネは何年かに1度、自分の分身を生み出すの。それが大きくなるとわたしのようなアルラウネになるんだ』
「ほ、本当に!? アルラウネちゃんが生まれるの!?」
「そうなのですか? 初めて聞きました」(エヴァリーナ)
「アルラウネについては知らない事が多いからな」(レオンハルト)
「ど、どの位育てればアルラウネちゃんになるの?」(ルミエル)
『えっと、100年から150年かな』
「……ダメよ。その前に私が死んじゃうもの。結局死んでお別れするしかない…」
アルラウネの幼体を手に入れても、大きくなるまでの時間が長すぎる。ルミエルはがっくりと肩を下して、再び泣き始めた。ルピナスは幼体を手で包むと魔力を注ぎ込む。柔らかく暖かい緑色の光がロディニア王宮の正面玄関前に溢れた。魔力の光に気づいた人たちや警備兵が「なんだなんだ」と集まってくる。エヴァリーナたちも何が起こるのか固唾を飲んで見守っていた。
緑色の光が消えて、辺りが見渡せるようになった時、その場にいた人たちは驚きの声を上げた。なぜなら、ルピナスとルミエルの間に、小さなアルラウネの少女が現れたからだ。驚きの余り声が出せないルミエル。
小さなアルラウネは身長120cm位で、緑色の植物体の上に10歳くらいの超絶美少女の上半身が乗っている。肌の色は驚くほど白く、緑色の髪の毛は背中の中ほどまで伸びていて、胸はささやかな膨らみが確認できる程度のぺったんこ。それをベージュ色の布で覆っていた。
「こ…これは…」
『どう、あたしの魔力のほとんどと、庭園のお花さんの力を借りて成長させてみたの。この子をあたしだと思って育ててくれないかな』
「う、うん! 育てる。ルピナスちゃんと思って大切にする!」
『よかった』
ルミエルは小さいアルラウネに近づくと、体を屈めて優しく話しかけた。
「あなた、お名前は?」
『…ない』
「そう。じゃあ、私が付けてあげる。そうね…、今からあなたは「カトレア」ちゃんよ!」
『カトレア…。あたしの名はカトレア…。カトレア、気に入りました』
「よかった。よろしくね、カトレアちゃん!」
ルミエルはカトレアにガバッと抱き着いた。カトレアも手をルミエルの背中に回して目を閉じ、笑みを浮かべながら優しく抱きしめる。周囲に集まった人々や警備兵から盛大な拍手が送られ、エヴァリーナもレオンハルトも一緒に拍手するのであった。エヴァリーナはちらっとルピナスを見た。その目に涙が浮かんでいるのに気付く。
(ふふっ、魔物も人と心を通じ合わせることができる。これこそが、これからの世界のあるべき姿なのかも知れませんね。まあ、ゴブリンやオークみたいな魔物とは無理ですけど)




