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エヴァリーナのロディニア追憶の旅⑧

 フレッドの家で大暴れした数日後、エヴァリーナはカロリーナの案内で、王国北方の町、ラナンを訪れていた。同行するのは夫のレオンハルトにスピカとミラの他、エドモンズ三世、ヴォルフとルピナスのユウキの眷属たちだった(後のメンバーは王都で待機。観光中)。


 ラナンまでは、デキる使用人セバスチャンが王宮から大型馬車を借り受け、自ら手綱を取って移動してきた。一緒に御者席に座っていたカロリーナは、町の郊外の方に向かうよう道を案内した。郊外に広がる公共墓地に到着すると馬車を止めさせ、全員を馬車から降ろした。


(ここは墓地?)


「こっちよ」


 カロリーナが先導し皆が後に続く。サクサクと枯葉を踏む足音と吹き抜ける風の音しか聞こえない墓地の中を歩いているとやがて、オスマンサス(キンモクセイ)の木が植えられた場所に到着した。


「ここよ」


 オスマンサスの脇に小さな墓石が置かれている。カロリーナは持参した花束を墓の前に置くと小さな声で言った。


「ここはララという女の子のお墓なの」

「ララさん…。聞いたことがあります。ユウキさんの親友だった方ですよね。レオンハルトも存じておられた方ですか?」

「ああ…。ララちゃんも武器店に下宿していたからな。よく話をしたよ。明るくて素直で良い子だった。魔道具作りの才があって、よくダスティンのオヤジの手伝いをしていたっけ。確か、お父さんの魔道具店を手伝うのが夢だったって言ってたなあ…」


「ユウキにとってララは特別だったの。彼女だけの悩みを相談できる相手はララだけだった。私でもフィーアでもユーリカでもない。ララだけが本当の彼女の支えだった…」

「カロリーナさん…」


 カロリーナはユウキとララの関係について、知る限りのことを話した。ユウキとララがいかにお互いを大切にしていたか。そのララの死がユウキに与えたショックは如何ほどのモノだったか…。


『…………。(ユウキの魔女化には、ララという娘の死が一番大きかったのは、そういう訳じゃったか)』


『だが、ララという娘がいなければ、身を呈してユウキを庇わなければ死んでいたのはユウキだった。ユウキが暗黒の魔女として覚醒したのは、この国にとって不幸であったかも知れん。だが、ユウキが死んでいたら、生きていても暗黒の力を覚醒させていなければ、吾輩やエドモンズ殿を救うことは出来ず、ルピナスたちもゴブリンに喰われ全滅し、ウルの野望と邪龍ガルガによって南北両大陸の人間世界は焼き尽くされていただろう』


「だから何なの。何が言いたいのよ」

『吾輩はこう思うのだ。ユウキが暗黒の魔女として覚醒したのは、何か大いなる力が働いた結果ではなかろうかとな。ララという少女の命を賭した献身こそが、そのトリガーであったのではと考えられないだろうか』


「…………」


「そうですわね…。経過はどうあれ、ユウキさんが生きていたからこそ、私たちもまた生きていられるのです。そして、カルディア帝国とロディニア王国が真の同盟を結ぶ事が出来たのですわ。ユウキさんにとっては辛い思い出でしょうが、その事によって世界の変革が成されようとしていると思わざるを得ません」

『吾輩らはララという少女の名を記憶に留めなければなるまい。ルピナス、ララという名の英雄に手向けの花を差し上げてはくれないだろうか』


『ヴォルフさん…。うん、任せて』


 ルピナスがサッと手を振るとララの墓石の周辺が金色の粒子に包まれ、それが消えると墓の周辺が一斉に色とりどりの花に包まれた。また、枝だけになっていたオスマンサスも緑の葉が生い茂り満開の花から良い香りが漂ってくる。何もない場所に花を咲かせるアルラウネの魔法の力を初めて見たスピカとミラは驚くばかり。


「ううっ…ぐすっ…」


 カロリーナが嗚咽を漏らし始めた。エヴァリーナはそっと小さく震える肩を抱いた。


『泣くでない、カロリーナよ。ララは自らの意志でユウキを守ったのじゃ。満足しているじゃろう。次に生まれ変わるときには、きっと幸せな人生を送るに違いない。ララに生かされたユウキのようにな。だから、悲しんでばかりいるとララに叱られるぞ』

「…エドモンズさん。ぐす…」


『なんなら、直接叱ってもらうか? 儂の力で墓の下から呼び出せば直ぐじゃぞ』

「やめてよね! そんなのいらんから!!(ララの遺骸って上半身だけだから、不気味なだけだよ~)」


「いい話で纏まりそうだったのに…。全て台無しです!」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その後、ララの父であるアドルの死の経緯を聞き、愛娘を失った父親の悲しみに涙しながら墓に花を手向け、皆でラナンの町を散策しながらララの実家を訪れた。ララの家は未だ空き家で、ガラス窓から中をのぞくと棚に置かれた売り物だった魔道具の上に埃が積み重なり、所々に蜘蛛の巣が張っていて、とても寂しく感じられる。カロリーナは悲しそうな顔でこの家での思い出を話してくれた。話を聞き終えたエヴァリーナは改めて家の中を見て思った。


(この家でも普通の幸せな生活が営まれていた。家の主たちはその日常がずっと続くと思っていたに違いありませんわ。ですが、これでは余りにも寂しすぎます。何とか出来ないものかしら)


 そう思っていたのはレオンハルトも同じだったらしく、神妙な顔でエヴァリーナに話しかけてきた。


「エヴァ。提案なんだが、この家、クライス家で買い取って帝国からの輸入品か何かを売る店にしたらと思うんだがどうだろうか」

「そうですね。私も同じ事を考えてました。国に戻ったらお父様と相談してみましょう」


 くすっと小さな笑みを漏らしたエヴァリーナに、怪訝な顔をしたレオンハルトがどうしたのかと聞いてきた。


「いえ、夫婦で同じ事を考えていた事が嬉しかったのですわ」


 エヴァリーナはにっこりと笑顔で答え、レオンハルトはテレながらも笑い返すのであった。その様子を見ていたエドモンズ三世はほっこりした気持ちになった。


(儂のお節介も役に立ったのう。幸せそうな二人をみていると、あの時レオンハルトに決意させてよかったわい)


 ラナンの訪問を終え、セバスチャンと馬車をロディニアに帰すと、残ったメンバーで街道を北に向かった。どこに行くのか聞いても、カロリーナはニヤッと笑みを浮かべるだけで答えない。仕方なく着いていくことにした。暫く道なりに進むと家屋も畑も無くなり、見渡す限りの草原が広がる場所に出た。


「ここらでいいかな?」

「カロリーナさん、ここで休憩ですか? 私たちどこに向かっているのです?」

「この先はイソマルト村だな。オレが初めてユウキちゃんと出会った場所だ。だが、まだ大分距離があるぞ。馬車を帰して良かったのか?」


「ふふっ。目的地はイソマルト村じゃないわ。もちろんユウキに関係する場所に間違いないのだけど、驚くこと間違いなしよ。っていうか、一生分の驚きを使っちゃうかもね」

「何でしょう…。イヤな感じですわね」


 エドモンズ三世とヴォルフは目的地についてピンときたが、カロリーナが何も言わないので敢えて黙っていた。そこら辺は空気を読む二人であった。


 カロリーナは皆から少し離れると、なにやら手を口元に持って行ってぼそぼそ独り言を言い始めた。


「あの…、カロリーナさん?」


 不審に思ったエヴァリーナが声をかけた次の瞬間、全員の足元、地面の上に直径10mにもなる大きな魔法陣が出現した。


「えっ! なにごと!?」

「ま、魔法陣!?」


 突然の出来事にエヴァリーナたちが驚いていると、魔法陣が眩しく輝き、光の洪水が全員を包み込んだ。余りの眩しさにエヴァリーナは目を閉じて隣のレオンハルトにしがみ付いた。やがて光が消え、周囲が見渡せるようになった。


「みんな、ここよ」


 全員周囲の景色を見て驚いた。エヴァリーナたちが立っているのは高い崖の上の開けた場所で、はるか下に広大な森が遥か遠くまで広がっており、まるで緑の海の上に浮かんでいるようだ。また、森の中には大小いくつかの河川も流れていて、川面が日の光を反射してキラキラ光っている。遠く、森の果てには山々の連なりがかすかに見え、絶景という言葉では言い表せないほどの美しい風景であった。


「わあ、凄い…。なんて美しいのでしょう」

「絶景だな。それ以外言葉がないぜ」

「緑の海って言ってもいいくらいですね。凄すぎて怖いくらい」(スピカ)


 崖の上から雄大な景色を見て感嘆の声を上げていたエヴァリーナたちに、カロリーナが声を掛けた。


「ビックリしたでしょ」

「ここは一体、どこなのですか?」

「答えはもうちょっと後。着いてきて」


  カロリーナとエドモンズ三世らは崖の反対側、台地の奥に向かって歩き出した。エヴァリーナとレオンハルトは顔を見合わせ、スピカとミラを伴って彼女らの後に続いた。


 300mほど歩くと、広い広場の奥に木造の古ぼけた平屋の家が1軒建っていた。


「あそこが目的地よ。案内するわね」

「こんな場所に家が…。誰の家なんです?」

「ユウキが小さいころ住んでいた家よ」

「ええっ! こんな所にですか!?」


 カロリーナは皆を案内して家の裏側に回った。そこには直径20mほどであろうか、大きめの円形の泉があり、きれいな水を湛えている。泉のほとりでは数体のスケルトンが水を汲んで家に運んだり、泉周辺の花畑に水を撒いていたりしているのが見えた。


「スケルトンが…」

「家や花畑の管理をしてるのか?」

「不思議な場所ですね…」


『わあ! ここのお花たち、みな優しく歓迎してくれてる。嬉しい!』


 ルピナスが嬉しそうに花壇の花々に話しかける。その様子を笑って眺めていたエヴァリーナは、泉の向こうに花に囲まれた小さな石板を見つけた。


「あれは?」

「誰かの墓…か?」


 石板に気づいたレオンハルトが墓石ではないかと言い、それを聞いたカロリーナが肯定した。


「そうよ。あれはお墓」

「一体誰の?」

「ノゾミさん。ユウキのお姉さんだった人」


「ノゾミ様…。ユウキさんから話は聞いていました。ユウキさんに未来を、幸せになりなさいと希望を託して、彼女を守るために亡くなった。ユウキさんの行動と意志の原点となる言葉を残した方…。そうですか、お姉さまのお墓はここにあったのですね」


「さあ、家に入りましょう。中であるお方が待っているわ」

「あるお方? どなたですか?」

「行けばわかるわ」


 カロリーナは家の正面に皆を案内して「どうぞ」という仕草をした。エヴァリーナとスピカ、ミラが玄関ドア前に進み、スピカがドアをノックして取っ手を引いた。ガチャリと音がしてドアが開いた瞬間…。


『待ちかねたぞ』


「ギャアアアアアーーッ!!」

「おっ、お化けぇ~ッ!!」

「イヤァアアアアーッ!!」


 家の中からヌウッと姿を現したのは、頭部には髪の毛がなく、顔の目の部分は黒く落ち窪み、奥から怪しげな光が見えている。鼻はなく骸骨のような鼻腔となっていて、口も骸骨のよう。皮膚があるが茶色く、光沢を放っている。また、全身を薄汚れたようなローブで身を包み木で出来た大きな杖を持っている恐ろしい容貌のアンデッドであった。


「あわ…あわあわ…あわ…」

「な、なんだ…」


 ユウキの家ということで、油断していたエヴァリーナとスピカ、ミラは突然目の前に現れたアンデッドに絶叫すると同時に腰が抜けてしまい、パンツもちょっぴり濡らしてしまった。レオンハルトはアンデッドに驚きながらも妻を介抱しながらカロリーナを見た。お腹を抱えて笑っている彼女に「?」となっていると、エドモンズ三世とヴォルフがアンデッドの前で膝を折って平伏したではないか。


『偉大なる不死の王「リッチー」のバルコム様に久方ぶりにお会いできましたこと、幸甚の至りであります。エドモンズ三世に御座います』

『バルコム様に置かれましては御健勝のご様子。このヴォルフ、欣快きんかいの極みに存じます』


『え? えっと、あの…どうしちゃったの、ふたりとも…』

『ルピナス。このお方はリッチーのバルコム様。アンデッドの神であり、至高の存在であらせられる御方よ。ほれ、お主も早く挨拶せぬか』


『よいよいエドモンズ殿。ルピナス、以前会ったアルフィーネに似ているな。姉妹か何かか? それに、お主もユウキの眷属なのか?』

『アルフィーネは、わたしのお姉さんです。ユウキ様はわたしの大切なお友だちです!』

『そうかそうか、ユウキの友だちか。これからもユウキをよろしくな』

『はい!』


 現れたアンデッドにかしづくエドモンズ三世らを見て、腰を抜かしたままのペタンコ座りで驚く顔のエヴァリーナたち。くすくす笑いながらバルコムの隣に移動したカロリーナが正体を明かしてくれた。


「この方はバルコムさん。聞いての通り「リッチー」なの。バルコムさんはユウキの育ての親で、この家でとても大切に育ててこられたのよ。私とは大の仲良しなの」


『バルコムだ。お主の事はユウキから聞いている。エヴァリーナと言ったな。ラミディアの地でユウキと縁を結んでくれて感謝するぞ』


「え…えと。エヴァリーナ・フレイヤ・クライスと申します。こちらは夫のレオンハルト。バ、お、お目にかかれて嬉しいです…わ」


(リ、リッチーですって!? 神に匹敵する力を持つというアンデッドがユウキさんの育ての親!? リッチーって物語の中の存在とばかり思ってました。もう、訳が分かりません!!)


 ロディニアの禁則地、黒の大森林の中でエヴァリーナを待っていたのは想像もしなかった存在だった。

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