エヴァリーナのロディニア追憶の旅⑦
戴冠式が始まるまでの間、出席する来賓は用意されていた控室に通された。城の係官に案内されたエヴァリーナが中に入ると、控室内は各国代表や国内外の有力者からなる招待客で一杯だった。
「カルディア帝国代表、クライス公爵家エヴァリーナ・フレイヤ・クライス様、レオンハルト・クライス様御到着!」
係官が控室内全体に聞こえるように到着を報告すると一斉に視線がエヴァリーナに向けられた。エヴァリーナはドレスの裾をつまんで少し持ち上げ、頭を下げて礼をした。早速イザヴェル王国のジョゼット王女が寄ってきて、にこやかな笑顔で改めて挨拶をする。それを切っ掛けに、ラミディア大陸の国々の代表が挨拶をしてきた。何せエヴァリーナは天下のカルディア帝国筆頭貴族であり、宰相ヴィルヘルムのご令嬢。彼女の機嫌を損ねては国交にも影響するとあって皆真剣だ。
(ご機嫌取りも大変だよな。それに礼を返すのも大変だ)
レオンハルトは挨拶を返しながら思ったのだった。ふと彼は隣で挨拶をしている妻を見て、ある違和感を感じた。それは一体何だろうと、エヴァリーナをじっと見て気付いた。
(む、胸が成長している! 何故だ!? 今朝まではペッタンコだったはず!?)
そう、エヴァリーナのバストが「貧乳」から「豊乳」に成長していたのだ。自己を主張する妻のバストにレオンハルトが混乱していると、メイドのスピカがそっと近づいて耳打ちしてきた。
「落ち着いてください、レオンハルト様。あれは「パッド」です」
「パ、パッド!?」
「そうです。貧乳女子が胸を大きく見せて男を欺く最終兵器です。男が嬉々として脱がせたときの脱力感が半端なくなるという副作用を持つ諸刃の剣でもあります。エヴァリーナ様はそれを2枚重ねで使用しているのです」
「そ、そうか。それでか…。了解した」
違和感の謎が解けてホッとしたレオンハルトだった。ふうと額の汗を拭いた彼に声が掛けられた。声の主を見るとラファール国のガリウス王太子と妻のアストレアだった。レオンハルトはビシッと敬礼する。
「ガリウス様、アストレア様、お久しぶりでございます」
「ワハハハハ! 貴族風の言い回しが板について来たな。しかし、帝国とラファールの仲だ。気を使わなくて良いぞ」
「ははは…。そう言っていただくと助かります」
「まあ、ガリウス様ではありませんか。ラファール国からはおふたりが?」
「エヴァリーナ様もご機嫌麗しゅう。いつもながらお綺麗ですな」
「うふふ。お世辞でも嬉しいですわ。ところで、アルフレド様はご一緒ではないのですか?」
「流石に連れて来るわけにはいかないのでな。大人しく留守番するように言ったのだが…」
「何か、問題でも?」
「自分も行きたいと駄々をこねまして…。ダメならお姉ちゃんのところに遊びに行きたいと言い出してしまい、大人しく待つように言っても聞かなくて。困ってしまって仕方なくユウキ様に相談したら、是非にとおっしゃってくださったので、私たちがこちらに来ている間、預かっていただくことになったんです」
「まあ! 微笑ましいですね」
「ユウキも体が大変な時期なのに申し訳なくてな」
ガリウスたちと談話していたエヴァリーナに背後から声が掛けられた。振り向くと、清楚なワンピースドレスに着飾ったカロリーナと黒の礼服に身を包んだ初老の紳士が立っていた。この紳士はどこかで見たことがある。
「エヴァ」
「カロリーナさん。来ておられたのですね。あの、そちらの紳士は…」
「以前、お会いした事があったでしょ。フォンス伯爵よ」
「改めましてご挨拶を。フォンスです」
カロリーナはフォンス伯爵のお屋敷に泊めていただいている事、独身の伯爵の同伴者として戴冠式に出席することを話してくれた。
(カロリーナさんの目的って、伯爵様とお会いする事だったんですね。伯爵様はユウキさんとも縁の深かったお方と聞いたことがあります。確か、エドモンズ様も同行されたはず。後でぎっちり締め上げて話を聞いてみましょう)
カロリーナと別れた後、ロディニアの国々の代表や有力者がカルディア帝国との知己を得ようと次々と挨拶してきた。一人一人に丁寧に挨拶を返していたがきりが無い。段々疲れてきたところで、係官が控室に来て戴冠式の時間になり、大広間に移動するよう伝えて来た。これで挨拶地獄から解放されるとエヴァリーナはホッとするのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
いよいよロディニア王国初となる女王就任の戴冠式が始まる。約1,000㎡の広さがある大広間も新女王を迎える人でいっぱいだ。
エヴァリーナは頭の中で、事前に説明された式典の内容を思い出してみる。まず、エリス教会の大司教が祈祷し、国王は宣誓して「運命の石|(Stone of Destiny)」がはめ込まれた戴冠式の椅子「フォルクス一世王の椅子」に着座する。大司教は、国王に向かって再び祈祷し、手に聖水を注ぐ。
次に、国王は絹の法衣をまとい、宝剣と王笏、王杖、指輪、手袋などを授けられ、先代国王マクシミリアンの手により王冠をかぶせられる。国王は椅子に戻り、列席の貴族たちの祝辞を受けるという流れだった。
大広間の正面に新国王が座る椅子が鎮座し、椅子を挟んで左右にマクシミリアン夫妻とレウルス夫妻、政府の要人が並んでいる。また、広間の入口から椅子に向かって赤絨毯が敷かれ、椅子に向かって右側にロディニア王国の貴族、左側に各国の招待者が並んでいる。そのほか、式典係員や新聞記者など大勢の人が、新国王の登場を今や遅しと待っていた。
エヴァリーナは初めて前国王マクシミリアンを見た。優し気な顔の中に芯の強さも感じさせる、国王としての威厳を持った中々の人物ではないかと思った。しかし、王としての資質は見た目ではわからない。チラッと隣に並ぶ夫を見ると、表情は変えないものの、厳しい目つきで前国王を見つめている。
(夫はまだ許せていないのですね…。まあ、仕方ないと言えば仕方ないですが…)
やがて、荘厳な鐘の音が鳴ると大広間の扉が開いて、大司教を先頭に、神官の列が進み出て来た。列の最後から女官を従えた高貴な紫のドレスを着たフェーリスが現れた。美しい新女王の登場に、大きなどよめきが沸き起こり、広間のそこかしこから感嘆の声と美しさを褒め称える声が聞こえて来た。しかし、エヴァリーナは皇太子宮でパールたちと豪快に乱闘した姿と今の姿が一致せず、思わず小さな笑いを零してしまった。レオンハルトも同じように感じたらしく、隣から押し殺したような笑い声が聞こえてくる。
大司教は運命の椅子の背後に設けられた祭壇で至高神エリスに新国王の元、王国の繁栄を願う祝詞を上げ、神への祈りを捧げた。祝詞が終わるとフェーリスは、建国の始祖、フォルクス一世の名が冠せられた椅子に着座した。大司教はフェーリスに向かって国家の安寧を祈る祈祷を述べ、聖水の雫を手に振りかけた。
一連の儀式が終わるとフェーリスが立ち上がり、エリス教会の神官が絹の法衣を背中から羽織わせ、他の神官から宝剣と王笏、王杖、指輪、手袋などを授けられた。最後に、先代国王マクシミリアンの手により、国宝の王冠を被せられた。
「フェーリス、お前ならこの国をもっと豊かにできるだろう。期待している。頑張れよ」
「はい、お兄様。お父様やお兄様が守って来たこの国の未来を必ずや守ります」
マクシミリアンは満足そうに頷いて下がった。フェーリスは集まった人々に向かって宣言した。
「兄から託された、国土と国民という偉大な財産を、未来永劫繁栄に導くのが私に引き継がれた君主としての任務と重責であると深く認識しています。この責務を果たすに当たり、私は、ロディニア王国の君主として、この国の人々、そして世界の国々と平和、調和、繁栄を求めるという、歴代の国王が歩んできた素晴らしい模範に従うよう努力します。皆様、どうか私に力をお貸しください」
「フェーリス様に永遠の忠誠を!」
「忠誠を!!」
人々が一斉に忠誠を誓う声を上げ、拍手をもって答えた。フェーリスはホッとしたように笑みを浮かべるとフォルクス一世王の椅子に着座した。その後、ロディニア王国の貴族や有力者からの挨拶を受け、続いて各国の招待者が挨拶を述べる番になった。順番が来たエヴァリーナとレオンハルトは、並んでフェーリス王女の前に進んで挨拶を述べた。
「フェーリス様。国王就任おめでとうございます。帝国皇帝及び皇太子に成り代わり、お祝い申し上げます」
「ありがとうございます。あの、ユウキ様はお元気ですか?」
「はい。それはもう元気過ぎて。お腹の子ももう7か月になります。どんな可愛い子が生まれるのだろうかと、今から皆で楽しみにしているんですのよ」
「わあ、私も赤ちゃん生まれたらみてみたいなぁ。あの、エヴァリーナ様は暫くこの国に滞在すると兄から聞きました。時間が取れたらゆっくりお話を聞かせてもらえませんか?」
「喜んで。都合が良い時がいつか、後でお教えください」
「はい!」
エヴァリーナは一礼して下がった。続いてイザヴェル王国のジョゼットが前に進んだ。レオンハルトは、あのお転婆姫が変わるもんだなと感慨深げに口にした。それを聞いたエヴァリーナはプッと吹き出してしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戴冠式が終わった翌々日、エヴァリーナはカロリーナの案内で旧市街に来ていた。折角なのでメイドのスピカとミラも連れている。今日の二人はいつものメイド服ではなく普段着で、スタイル抜群の亜人美女と言う事もあって非常に目立ち、道行く人の注目を浴びている。当然声をかけてナニに持ち込もうと狙うドスケベな不届き者もいるが、戴冠式直後で他国からの観光客も多いことから、国家憲兵隊の市中警備が厳しく、巡査が常に目を光らせているため、手を出してくることは無かった。
「全くもう。どこにでも不埒者はいるのですね。ところで、何処に案内してくださるのですか? カロリーナさん」
「うん。ユウキと私やフィーア、ユーリカが下宿していた家よ。今は別の方が住んでいるけど、その人たちもユウキの友人一家なのよ」
「まあ! それは楽しみです!」
ユウキがロディニア時代を過ごした家…。果たしてどんな場所であったのだろうか。期待に胸膨らますエヴァリーナであった(ダブルパッドは引き続き着用中)。
大通りから路地に入り、裏通りの商店が立ち並ぶ区画に入った。裏通りとはいえ買い物目当ての人出はそこそこあり、通りを歩く人はスピカとミラを見て珍しそうに視線を向けてくる。ただ、ふたりはそのような視線は慣れっこになったのか、まったく気にしてない。
やがて、1軒のモルタルで壁を白く塗った2階建ての店舗の前まで来た。入り口の壁にフレッド魔道具販売店と看板が掲げられている。
「ここよ」
カロリーナは店の入口の戸を開けて中に入った。エヴァリーナと二人のメイドも後に続いた。店内は壁に沿って展示台と棚が据え付けられ、様々な魔道具が並べられていた。
「いらっしゃいま…せ」
「シャル。元気だった? 久しぶり」
「リースちゃんから聞いてはいたけど…。本当にカロリーナなんだね。お化けじゃないん…だよね。うぐっ…うう…うわぁあああん!」
「シャル…。ぐすっ、会いたかった。会いたかったよぉ~っ」
シャルロットはカロリーナにヒシッ!と抱き着くと大声で泣き出した。カロリーナもまた懐かしい友人との再会が叶ってボロボロと涙を零す。騒ぎに気付いたフレッドとリースの兄妹が店舗に顔を出すと、抱き合って泣く二人を見つけ優しく微笑むのであった。
食堂に案内されたエヴァリーナたち。フレッドの両親は店を閉めると、気を利かせて食事に行くといって外出した。
テーブルを挟んでフレッド、シャルロット、リースが座り、対面にエヴァリーナとカロリーナ、メイドの二人が座った。テーブルにはシャルロット心づくしの焼き菓子と紅茶が供されていた。
「じゃあ、紹介するわね」
「こちらは、エヴァリーナ様。カルディア帝国筆頭貴族クライス公爵家のご令嬢で、ユウキとは深い信頼関係で結ばれている親友なの。この間の戴冠式にて帝国代表として来られたのだけど、ユウキがロディニアでどんな生活を、青春を送って来たのか知りたいとご希望なのよ」
「初めまして。リース様はお久しぶりって言った方が良いのかしら。エヴァリーナ・フレイヤ・クライスです。貴重なお時間をいただき、感謝申し上げますわ。色々とお話を聞かせていただければ嬉しいです。それと、隣の二人はメイドのスピカとミラ。ユウキ様の専属メイドなのですわ」
スピカとミラは丁寧に挨拶した。フレッドとシャルロットは思いもかけない高貴な人物の来訪に驚いた表情をしている。
「僕の名はフレッドと言います。隣は妻のシャルロット。僕たちはユウキさんの同級生で友人です。ただ、シャルロットは2年生の時からかな。一緒に遊び始めたのは」
「そうね。学校の課外学習で廃城探索のグループで一緒になったのがきっかけだった」
フレッドとシャルロットは廃城を住処としていたオークの群れとの戦い、臨海学校での楽しい思い出、学園祭での演劇と美少女コンテスト等々、ユウキと一緒に遊び、経験したエピソードを思いつくままに話して聞かせた。その一つ一つがとても面白く、エヴァリーナは場面場面を想像しては声を上げて笑ってしまうのであった。
しかし、ユウキの迫害、魔物戦争、誰よりも大切にしていた友人を失い、全てに絶望して魔女と化した事に話が及ぶと、皆シンと静まり返る。
「あの時、僕らは無力だった。友人だったはずなのに、彼女を助けてあげられなかった」
「そう…。結局戦うしかできなかった…。ユウキを救ったのはカロリーナ、あなただけだった」
「…………。そんなこと無いわ。ユウキを救ったのはノゾミさんとララよ。ユウキから教えてもらったの。暗黒の力に支配された自分の心を救ってくれたのは「お姉ちゃんとララ」だったって。私はただ彼女に寄り添うしかできなかった。その点ではフレッド君やシャルと同じよ…」
「それだけでも凄いことだよ。僕らにはできなかった」
「ま、まあまあ…。私が言うのも何ですが、ユウキさんは生きておられますし、今やカルディア帝国の皇太子妃になられました。国民の人気も高く、皇室、貴族、軍に至るまで、誰からも愛されて、本当に幸せそうに日々を過ごされてます。この国の経験がユウキさん自身を成長させ、自分の生きる意味を見つける結果になったのだと私は思いますわ。ま、結果オーライってヤツです。それに、ユウキさんがラミディアに来なければ私と知り合うことも無かったですし、そう意味ではラッキーでした」
「エヴァリーナ様…」
「さあ、暗い話はヤメヤメ。楽しいお話を聞かせてくださいな。ユウキさんをいじるネタにしますので。そうだ、リースさんからもお話を伺いたいですわ」
エヴァリーナは場を盛り上げるよう、皆を見回して笑った。フレッドたちは救われたような顔をした後、再びユウキとの学園生活を話し始めるのだった。話を聞きながら、ユウキと関わった人々の心の枷を外してあげるのも自分の役目なのではないかと思い始めるエヴァリーナであった。
(話の流れで、サヴォアコロネの熊殺しのネタを振るのは止めて欲しいです、カロリーナさん。皆さん滅茶苦茶笑ってるし、私を見る目が残念な人になってるではありませんか~)
「そういえばさ、シャルに聞きたいんだけど…」
「ん? なに?」
「アンタ、その胸…どうしたの? まさか、黒魔術? それとも悪魔と取引して豊胸したとか…(バルコムさんでさえ魔法で豊胸はできないって言ってたよ。あの時は泣いたね)」
「違うよ。よくわかんないけど、1~2年前から急に育ってきたんだよね」
「サイズは!」
「怖いよカロ…。えーと、88のEだったかな…」
「き、貴様。許さん!!」
「カロリーナさん。どうしてそれほど怒っているのですか?」
「シャルロットは私ら以上のど貧乳女だったの。膨らみすらナッシングの地平線胸。付いたあだ名が「平甲板」。だから安心して友人付き合いが出来たのに~。裏切者ぉ~(泣)」
「なんですと! それが本当なら理由を聞かせてください。納得できる理由を聞くまでは帰りませんわよ!」
「か、勘弁してよぉ。自然に大きくなったんだってばぁ~」
「信じられるか貴様! さぁ吐け! ゲロするのじゃ!」
「二人とも目が怖いよ。ゲロって、わたし犯罪者じゃないってばぁ~。そうだ、フレッドと結婚したからよ。揉まれて大きくなった。きっとそうだよ!」
「ウソだ! 私も毎晩夫に愛撫されますが、全然成長しません! 揉めば大きくなるなんて絶対にウソに決まってますわ! さあ教えて! 巨乳化の秘術を教えるのです!!」
「ひええぇ~」
シャルロットの襟首を締めあげて詰問するカロリーナとエヴァリーナ。おろおろと慌てるフレッドに、唖然とするスピカとミラ。リースはため息をついて暴れる女たちを見て呟いた。
「やっぱりこうなった。思い出話をするんじゃなかったのかな…」




