エヴァリーナのロディニア追憶の旅⑤
リーズリットのホテルで1泊したエヴァリーナたちは、ホテルの前で王都まで運んでくれる迎えの馬車が来るのを待っていた。王国宰相レウルスは戴冠式に出席する各国の要人や国内の貴族が滞りなく王都に到着できるよう、馬車や宿泊所を手配していたのだった。リーズリットにもラミディアからの出席者を迎えるべく、連絡所を設けており、エヴァリーナたちも連絡所で宿泊先を案内され、迎えの馬車が手配済であることを知らされた。
「さすがレウルス様は配慮が行き届いていますわね」
「ああ。あの方がいる限り、この国は安泰だな」
「本当に。ミュラーに爪のアカでも飲ませたいですわ。マジでそう思います」
「ぷっ…。あははは、私はミュラー様好きだけどな。面白くて。さすがユウキが選んだだけあると思うわ」
「カロリーナさんは、あいつの馬鹿さ加減を知らないからそう思えるのですわ」
エヴァリーナはミュラーの失態談とそれにより被った迷惑談を話して聞かせた。ヤツのせいで何度土下座したことがあったか。ミュラーの余りの馬鹿さ加減にカロリーナの腹筋は崩壊し、大笑いしてしまった。スピカやミラ、セバスチャンたち使用人も必死に笑いを堪えている。皆の楽しそうな顔にエヴァリーナも大満足だった。
「おはようございます。何やら楽しそうですね」
エヴァリーナが振り向くと、声の主はイザヴェル王国のジョゼット王女だった。ジョゼットも同じホテルに宿泊手配されており、夕食の時間が一緒であったため自己紹介し合い、お互いユウキやエドモンズ三世の関係者ということで意気投合したのだった。ジョゼットは調整役の事務官のほか、世話係のメイドや護衛兵が合わせて十数人ほどを従えている。
「おはようございます。ジョゼット様も出発ですか?」
「はい。この時間にロビーに集合するように言われましたので」
「まあ。私たちもそうですのよ。きっと、一緒の馬車なのかも知れませんわね」
「ふふっ。楽しくなりそうで嬉しいです」
ロビーのソファに座って雑談をしながら待っていると、連絡所の事務官がやってきて、恭しく礼をするとエヴァリーナとジョゼットに迎えの馬車が来たことを知らせた。
「馬車の構成は多頭引きの大型が2台。こちらにはカルディア、イザヴェル両国の付き添いの方々がご乗車ください。荷物もその馬車にお願いします。ご来賓の方々には特別車両を1台用意してございます」
「まあ! 特別車両ですか。それは有難いです。ちなみにどんな車両なのですか?」
「えっ!? あ、あの…その…。え~と…き、来たらわかります。ハイ」
「気になりますわね」
「どっ、どうかお気になさらずに! どうぞ付き添いの方々は馬車にお乗りください。では私はこれで失礼しますッ!」
事務官は何故か慌てた様子でぴゅーっとホテルを出て行った。エヴァリーナとジョゼットは顔を見合わせて「?」となるが、馬車を待たせてはいけないと思い、使用人や護衛兵たちに馬車に乗るように声をかけた。ホテルの前には大型馬車が縦列で待機しており、1台目の車両には帝国関係者が荷物とともに乗り込み、2台目の車両にはイザヴェル王国の関係者が乗り込んだ。それぞれの御者が乗車終えたことを確認すると、エヴァリーナたちに街道入り口で待つと伝えて馬車を出発させた。残ったのはエヴァリーナ、レオンハルト、カロリーナにジョゼットの4人だけになった。
「私たちの馬車はいつ来るのでしょう?」(エヴァリーナ)
「さあ…」(ジョゼット)
「レオンハルトさん。私、イヤな予感がする」
「奇遇だな、カロリーナちゃん。俺もだ」
4人がきょろきょろ辺りを見回していると、いつの間にか霧が出て来てあっという間に周囲が見えなくなるほど濃くなった。エヴァリーナが驚いていると、ガタガタと車輪の音が聞こえ、ホテルの前で止まった。と同時に霧がサーッと晴れて、目の前にご来賓用の馬車が停車していた。その馬車を見てエヴァリーナは唖然とし、レオンハルトは頭を抱え、カロリーナは爆笑する。
そう、4人の目の前には漆黒の鎧を全身に纏った巨大な首無し馬「黒大丸」に跨った首無し騎士デュラハンのヴォルフが「しゅたん!」と手を上げて挨拶してきたのだった。しかも、黒大丸が曳いている馬車は地獄か魔界の大王が乗るような禍々しさ極まりない色と装飾が施された、乗れば絶対に誤解されそうな…というより、絶対に乗りたくない怪しさ満点の車両だった。
「ヴォルフ様!?」
『よっ、エヴァちゃんおひさ!』
素っ頓狂な声を上げたエヴァリーナに、首無し馬から降りたデュラハンのヴォルフが手を振りながら歩み寄って来た。突然現れた魔物に通りを歩いていたリーズリット市民や観光客がざわざわし始め、また、来賓警備のため集まっていた国家憲兵隊もヴォルフがフェーリス王女と仲が良い事は知っているため、渋い顔で遠巻きに眺めているだけだ。
「よっ! じゃありません。どうしてヴォルフ様がここに!?」
『いや、エヴァちゃんがユウキの代理で来ると知ってな。エドモンズ殿と一緒にお迎えの役に志願したのだ。フェーちゃんにはイヤな顔をされたが気にしないモン! ちな、この馬車はリースちゃんデザインの特注品だぞ』
「なんじゃこりゃ。スゲェ趣味だなぁ」(レオンハルト)
「私の知ってるリースちゃんじゃない。何が彼女を変えたのかしら」(カロリーナ)
「えっ! えっ!? なにあれ、デュラハン? なんで?」(ジョゼット)
多数の髑髏に枠どられ、真ん中に十字架に磔にされて項垂れる男が装飾がされた禍々しい乗降扉が「ガチャ…」と不気味な音を立てて開いた。エヴァリーナたちが注目すると、車両の中からカラフルな蛍光色のミニスカ、肩出しブラウスといった魔法少女衣装を身に着け、先端の魔法石をハートとキラキラ星で囲ったステッキを持った骸骨が現れた!
『ウフッ♡ 魔法骸骨☆ラヴリーエドちゃん、只今さ・ん・じょーッ♡』
ミニスカから伸びる細い大腿骨に脛の骨、ブラウスの肩口から剥き出しの肩甲骨、大きくあいた胸元から除くただの肋骨に胸骨。そして、大きなリボンを付けたカツラを被った不気味な髑髏。可愛らしい服と骸骨のアンバランスさが見る者全ての腹筋を崩壊させた。
「…ぶはぁ!!」
「っ! どわはははははっ!!」
「あははははは! なにあれ…お腹痛い!」
「エッ、エドモンズ様~!? ぶはははっ、ダメ。腹筋が、腹筋がぁ!!」
エドモンズ三世は満足そうに頷くと、爆笑しているエヴァリーナたちに内股歩きで近づいてきた。その滑稽な動きに笑いが止まらない。エドモンズ三世は「しゅたん!」と手を上げて声をかけてきた。
『久しいな、皆の衆。元気だったか?』
「あははっ、ひーひーふー…。エ、エドモンズ様はお元気そうですわね」
『まあな。ヴォルフやルピナスと一緒にロディニア生活を満喫しておるわ。カーッハッハッハ! ん? ソコにいるのはジョゼットではないか?』
「御無沙汰しております、エドモンズ様。しかし、何なんです、その恰好は?」
『ホッホッホ。 最近コスプレとやらにハマっておってな。ルピナスと一緒にイベント等にも参加しておるのじゃ。ところで、グレイスは息災かの?』
「はい、元気にしております。たまには遊びに来てください。母も喜びます」
『ホッホッホ。そのうち、寄らせてもらうかの。さて、儂はお主らを迎えに来たのじゃ。ホレ、いつまでも笑っておらんで、馬車に乗るのじゃ』
その瞬間、急に真顔になるエヴァリーナたち。この趣味最悪の禍々しい装飾の馬車に乗ってロディニア市に行くというのか? 笑いを止めたエヴァリーナやレオンハルトの顔からも血の気が引いた。しかし、歩いていくわけにいかない。また、市外では先行したセバスチャンたちが待っている。諦めて乗り込んだが…。
彼らを出迎えたのは、禍々しい外装から一転、キラキラの装飾をされたメルヘンチックな内装だった。シートカバーは色とりどりの花が刺繍され、ウサギやネコ等のクッションが置かれ、天井と側面の壁はハート柄の壁紙が張られている。クロスシートに2人ずつ並んで座るが、外と中のギャップが激しく、全く落ち着かない。エヴァリーナとレオンハルトが座ったシートにエドモンズ三世も座ると、ヴォルフに出発するよう合図した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なあ、オッサン。これもリースちゃんの趣味なのか」
『そうじゃ。お主らを迎えるため、気合を入れてデザインしとったぞ。儂の衣装とシートカバーとクッションはリースと友人のニーナの手作りなのじゃぞ。壁紙は儂の趣味じゃ』
「そうか…。いや、実に有難いな…」
全く有難そうではないレオンハルトの隣で、エドモンズ三世がカラカラと笑う。リーズリット市を出たところで、先行したセバスチャンたち使用人と荷物を乗せた馬車と合流して王都ロディニアに向かった。リーズリットからロディニアまで距離約60km、途中休憩を挟んでも、馬車で約5時間~6時間といったところだ。
初めて見る北の大地の風景を物珍しそうに眺めているエヴァリーナとジョゼットに、カロリーナがあれこれ教えている。一方、レオンハルトは内装のメルヘンさに落ち着かず、尻をもぞもぞさせていた。
『落ち着かぬようじゃの』
「あ、ああ…。ちょっとな」
『丁度良い。レウルス殿からスケジュール表を預かってきておる。読んでおくがよい』
エドモンズ三世は魔法少女衣装の胸元から封書を取り出した。受け取ったレオンハルトが中身を読んでみると、宿泊場所、戴冠式当日の王宮登城時間と受付方法、控室の場所が城の見取り図と共に入っていた。併せて夕食への招待状も同封されていた。
「今日の夕方か…。場所はオプティムス侯爵家とあるな。フィーアちゃんの家か。なら、断る理由は無いな」
レオンハルトは招待状をエヴァリーナに見せて招待を受けるがよいかと話すとエヴァリーナは「是非」と頷いた。
「カロリーナさんもご一緒にどうですか?」
「……。ううん、私は行かないわ。別に行きたいところがあるの。戴冠式までの宿泊もそこにお願いするつもり。ゴメンね、勝手で」
エヴァリーナはカロリーナに声をかけたが、別に行きたい場所があると言って断られた。ただ、エドモンズ三世はカロリーナの心を読み、行き先を知った上で同行を申し出た。
『カロリーナよ。儂も同行しても良いかの』
「いいわよ。ヴォルフさんも来てもらいたいかな。あと、ルピナスちゃんも連れて行きたいわ」
(一体どこに行くのでしょうか? ユウキさんとカロリーナさんには、私の知らない事柄が多いです。この旅でその一端にも触れていければよいのですが…)
エヴァリーナは、ちらっと隣に座る夫を見た。レオンハルトは目を閉じて寝たふりをしている。問いかけてもきっと答えてはくれないだろうなと思うと、夫婦なのに少し寂しいなと思うと同時に、この国でユウキの身に起こった事柄は、それだけ二人の心に影を落としているのだろうと思った。
(よし! この旅で夫とカロリーナさんの心の枷も解き放ってあげましょう。それが、ユウキさん第一の親友を自負する私の役目ですわ!)
ふんす!と気合を入れたエヴァリーナだったが、ジョゼット王女が大人しいのに気づき、どうしたのだろうかと様子を伺うと、ジョゼットは「カワイイ! カワイイよぉ~」と何度もつぶやきながら、ニーナ手作りのウサギのクッションをにへら~と緩んだ顔で幸せそうにすりすりしながら、ギュ~ッと抱きしめていたのだった。
「ジョゼット様、大丈夫ですか、頭…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
リーズリットを出発したその日の夕方、一行はロディニア王国の王都、ロディニア市に到着した。ロディニア市は人口70万人で、北の大陸最大の都市であり、社会・文化・商業の中心地であることから、各国からの留学生や商工業関係者なども大勢訪れている。また、魔女戦争において戦場となって大きな被害を受けたが、王国関係者の努力によって新たな都市計画の元に復興を果たし、戦争から3年近く経った今では、機能的で美しい街並みを取り戻したのだった。この復興計画には王国宰相レウルスの手腕によるものが大きかった。
「わあ! 綺麗な街並みですわね。通りも整然とされてて素敵ですわ!」(エヴァ)
「本当に。さすが北の大陸の盟主が治める都市ですね」(ジョゼット)
「すっかり雰囲気が変わったな」
「そうね。あの雑然とした町並みも嫌いじゃなかったけど」
エヴァリーナとジョゼットは馬車の窓を開け、顔を出して初めて見る町並みを眺めては歓声を上げていた。そのうち、はたと気が付いた。通りを歩く人々の視線が恐れ慄いていることに。そして気づいた。自分たちが乗っているのはデュラハンに曳かれた、地獄の亡者が乗るような禍々しい外装の馬車であることに(中は乙女チックだが)。
二人は顔を引っ込めると窓を閉め、そっとカーテンを引いて外から中が見えないようにするのであった。
「リースさんに会ったら、絶対に文句を言ってやりますわ」
「外も見れないなんて、悲しいです」
『カカカッ! これでお主らも「帝国変態喜劇団」の仲間入りじゃな』
「なんですか、それ。エドモンズ様と一緒にされたくありません!」
『照れるな照れるな。ホレ、ホテルに到着したぞな』
到着したのはロディニア市で最高級と称されるヴィクトリアホテルだった。馬車の到着と同時にホテル関係者がわらわらと出て来て、帝国宰相家令嬢夫妻とイザヴェル王国第1王女の前で恭しく礼をした。責任者らしき人の指示でボーイたちが馬車から荷物を運び出し、エヴァリーナ夫妻とジョゼット王女を最上階のスウィートルームに案内した。また、護衛兵や使用人たちも宛がわれた部屋に移動した。
エヴァリーナたちがホテルに入ったのを見届けたカロリーナは、再び禍々馬車に乗り込み、ヴォルフに声を掛けて出発させ、静かに町中に消えて行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の晩、オプティムス侯爵家を訪れたエヴァリーナとレオンハルトは、侯爵夫妻とフィーア、レウルス夫妻の歓迎を受けた。美味しい夕食をいただきながら、今回の王権譲渡のいきさつを話してくれた(番外編10参照)。
「まあ、そんな事が…。でも、これで帝国と王国の交流は果たされますわね」
「フェーリス姫は帝国貴族界でも人気だからな。乱闘王女として。今度は乱闘女王か」
フェーリスのお転婆ぶりに全員が笑った後、フィーアがエヴァリーナとユウキの関係を聞いてきたので、マッサリアでの出会いと大陸最強戦士決定戦の話。兄との関係回復をユウキが果たしてくれたことの感謝と、魔族と人間のハーフで友人が少なかった自分を友と呼んでくれてうれしかった事などを話して聞かせた。
「エヴァリーナ様とユウキさんは良い出会いをされ、友情を刻んだのですね」
「はい。ユウキさんとの出会いは、私の一生の宝物ですわ」
「そう…。私もそうです」
「フィーア様?」
フィーアは、王国高等学校時代の話を始めた。ユウキや仲間たちとの学校生活、下宿での楽しい日常、ユウキの父親代わりだったダスティンという名のドワーフに、皆の生活を見てくれたマヤという名のアンデッドお姉さんと過ごした日々…。
「私、ユウキさんたちと過ごす日常がずっと続くものだと思っておりました。でも、王国の王位簒奪を目論む男が仕掛けた魔物戦争。それを発端として全てがおかしくなってしまった。結果、ユウキさんは全てに絶望し、魔女となって王国の敵になってしまった」
「…………」
「私はユウキさんを助けたかった。そしてこの国を守りたかった。ただ、それだけだったのに敵味方に分かれて戦ってしまった。最後に相対したとき、正気を取り戻したユウキさんを逃がすという選択肢もあった。でも、私は…ユウキさんを大罪人として後悔させながら生き続けさせるよりは…、死なせた方が…よいと…。ううっ…」
最後に見せたユウキの悲しみに満ちた顔を思い出し、泣き崩れたフィーアをレウルスが優しく抱きかかえ、ハンカチで涙を拭いてあげた。嗚咽を漏らすフィーアにエヴァリーナは優しく声をかけた。
「フィーア様。泣く必要なんてありませんわ。私は当事者ではないので、気の利いた言葉をかけることはできません。でも、ユウキさんは生きていますわ。そして、この国での出来事を糧にして様々な出会いと冒険をして、最高の幸せをつかみ取りました。夫となった男はドスケベ馬鹿ですけど」
「先般、帝国にお出でになった際にユウキさんと思いを伝えあったのでしょう? そして和解をされた。それで良いではありませんか。あのBBQでは思い切りユウキさんと笑っていたじゃないですか。できれば、もっとユウキさんとの面白いエピソードを聞かせていただきたいですわ」
「エヴァリーナ様…。ええ、喜んで!」
笑顔を取り戻したフィーアは、高等学校時代のエピソードを次々と話し始めた。その話題は尽きることがなく、夜が更けるまで続き、絶えず笑い声が響くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「旦那様、お客様がお見えです」
「客? 今日は誰の訪問予定は無かったはずだが…。まあよい。応接室に通しなさい」
「はい」
古くからこの家に仕えている執事は、礼をすると扉を閉めて出て行った。
「こんな時間に誰なのか…」
旦那様と呼ばれた人物は訝しげに顎をさすると、応接室に続く扉を開け、中に入ると4人の人物が待っていた。その中で、一番背が小さい女性が近づいて来て挨拶した。
「ご無沙汰してます。フォンス伯爵様」




