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エヴァリーナのロディニア追憶の旅④

「という訳で、ユウキさんのお陰でこの孤児院は救われたのです。レンとユウキさんの出会いは、この孤児院を不憫に思ったエリス様のお導きだと私は信じています」

「そんな事情があったのですか。とても心が温まるお話で、感動いたしました」

「凄くユウキらしいな。絶対に困ってる人を見捨てられないんだよね」

「あの、レンさんはおられますか? お会いしてみたいのですけど」


「レンはこの孤児院を出て行きました。同い年のミュラと一緒に」

「ええっ!? それはどうして…」

「ふふっ。レンも14歳になって一人前になりましたから。今はエリス市でミュラと一緒にパン屋さんで修行をしてます。なんでも、ふたりで世界一美味しいパン屋を開くのが夢だとかで」

「まあ、ステキな夢ですこと」


 エヴァリーナは笑いながら考えた。レンとユウキが出会ったのは偶然に過ぎないが、その偶然がなければこの孤児院は廃院となり、子どもたちは行き場を失ってストリートチルドレンと化し、レンは犯罪に手を染め、ミュラは体を売って日銭を稼いでいたかもしれない。そこには当然、夢や希望というものは無く、絶望と虚無だけがあったであろう。レナが言った通り、ユウキという人物に出会ったのは奇跡であり、正に神のお導きだったのかも知れない。そう思わずにはいられなかった。


「あの、ひとつ聞いてもいいかしら?」

「ユウキから、ここの孤児院はシスターがひとりで運営していると聞いてました。アレックスさんはどういう経緯でここに来られたんですか?」


 カロリーナの突然の質問に、アレックスは少し難しい顔をした後、ここに来た経緯を話し始めた(番外編「ある冒険者の想い」参照)。

 人生に絶望し、冒険者を引退した自分。ユウキからの依頼を仕方なく受けたこと。アリステアとの出会いと旅。孤児院に住む子供たちとの生活。自分と孤児院を狙う冒険者との戦い。そして、自分の生きる意味と子どもたちやアリステアへの想い…。エヴァリーナやカロリーナたちはアレックスの身の上話に感動するとともに、ユウキの何気ない依頼がアレックスとアリステアの人生まで変えたことに大きな驚きを覚えた。


「アレックスさんは、今ではここに住む子どもたちのお父さんなんですよ。この孤児院には欠かせない人なんです」

「ああ、それでお父さん…」


 レナとアリステアの周りに子どもたちが集まってきた。また、アレックスの膝の上にアトリアと呼ばれた女の子がちょこんと乗ってきた。エヴァリーナは真面目な顔に戻ると、本題を切り出した。


「シスター、実はユウキ様からここの孤児院に対して重要なお話をいただいてきたんです」

「重要なお話とは?」

「はい、まずはこれを…」


 エヴァリーナが目で合図するとレオンハルトが小型のアタッシェケースをテーブルの上に置いて開けた。中には共和国紙幣の1万ギルダー札(銀貨1枚相当=約10,000円)がびっしりと詰まっており、見たこともない札束の量にレナたちは驚いた。


「全部で5千万ギルダーあります。当面の孤児院の運営費です」

「こっ、こここ、こんな金額…いただけません!」

「いえ、ぜひ受け取ってください。ユウキ様からのお願いなのです」

「ユウキさんの、ですか?」


「そうです。ユウキ様はこの孤児院の経営権を買い取りたいとおっしゃってます。そうなれば、運営経費は帝国皇室から出ることになりますので、資金確保に苦慮することは無くなります。また、ユウキ様はお金は出すが実際の運営はシスターにお任せするとのことで、口出しは一切しないとの事です」

「い、今まで通りに孤児院を運営してよいと…?」

「そうです。ユウキ様は、ご両親とシスターの思い入れのある孤児院を守りたい。子どもたちの未来を守りたい。だから、是非申し出を受け取っていただきたいとおっしゃってました」


 レナは暫く考え込んだ後、ぽろぽろと涙を流し始めた。子どもたちが心配そうに寄り添ってくる。アレックスはレナの肩に手を置いて優しく言った。


「シスター、この申し出は受けるべきだと思うぞ。オレは旅の途中でユウキ…様の噂をいくつも聞いた。彼女は英雄だと、人の生き方変え、未来を守る英雄だとな。今の話を聞いて確信した。彼女こそ本物の英雄だ。オレなんぞ到底足元にも及ばん」

「はい…。どんなに遠く離れていてもユウキさんは孤児院を気にかけてくださっている。その気持ちが嬉しくて…。感謝の気持ちが抑えきれなくて…。ああ、神様。エリス様、ユウキさんと出会わせてくれた奇跡に感謝いたします。ただ…」


「何かご懸念でも?」

「エリス教会本部が何と言うか…」

「それなら大丈夫ですわ。実はここに来る前に教会本部に行きまして、大司教様と話をしてきましたの。大司教様もこの孤児院の事を気にかけておられてまして、特に問題はない、従前どおり寄付額の1割を本部に納めてくれればよいとおっしゃっておられましたわ」

「本当ですか? 何から何まで、本当にありがとうございます」


「ただ、ひとつだけ条件がありますの」

「条件…?」

「はい。親や住む家を失った子を見かけたら、積極的に孤児院で保護してほしいとユウキ様からシスターに伝えてほしいと言われまして…。これを預かってまいりました」


 エヴァリーナは、バッグから1枚の紙を取り出してレナに渡した。受け取った紙を訝し気に見たレナは驚愕して失神しそうになり、アレックスが慌てて支えて転ぶのを防いだ。


「こっ、ここ、こここっ…」

「こけこっこ?」

「ニワトリのマネじゃないです! これって小切手で、1億ギルダーって書いてありますよ!?」

「はい。そのお金はユウキ様からです。子供を預かるには施設の拡張が必要だろうと。孤児院施設の増改築費用にお使いくださいとのことです」

「でも、こんな大金…」

「子どもたちを安心して育てるには、必要なお金だと思いますわ。見たところ、この孤児院は古くて大分傷んでいるようです。修繕が必要なのではないですか?」

「………。わかりました。これも神の思し召し。条件をお受けします。お金も有難く使わせていただきます」

「ふふっ。ユウキ様も喜びますわ。あと、子どもたちにお土産をもって参りましたの」

「お土産…、ですか?」


 それまで後ろに控えていたメイドのスピカとミラ、ヤル気のない護衛兵が大きな鞄とキャリングケースを食堂に運び入れて蓋を開けた。中身を見た子どもたちが「わっ!」と大きな歓声を上げた。鞄の中には子ども用の服や下着、ケースの中には絵本、文房具におもちゃがぎっしりと入っていたのだ。服やおもちゃを手に取って喜ぶ子どもたちに目を潤ませるレナを見て、エヴァリーナやカロリーナは来た甲斐があったと思ったのであった。


 その後、エヴァリーナとカロリーナは子どもたちにせがまれて、ヘロヘロになるまで遊びの相手をし、レオンハルトほか護衛兵はアレックスと一緒にアトリアという女の子の指揮のもと、施設の修繕作業を、スピカとミラは孤児院の掃除を手伝った。


 夕方になり、名残を惜しむ子どもたちから別れを受け、レナの孤児院を後にしたエヴァリーナ様御一行。船に向かいながら、誰も知らないラミディア大陸に来る前のユウキの足跡を知ることができ、感慨深いものがあった。特にカロリーナはハウメアーで別れて以来、手紙で断片的に知らされていたものの、実際にその足跡を知ると自分もその場にいたかったと思うのであった。


 船に戻り、食堂で食事をしながら留守をしていたセバスチャンたち使用人に、孤児院であったことを話すと、セバスチャンは深く感銘を受けたようで、何度も頷いていた。

 なお、町に飲みに出たハイデルン大尉たちは未だ帰ってきていないとのこと。初っ端からの気の緩みにエヴァリーナのこめかみに青筋が立ってピキっと鳴った。帰ってきたらお説教よとプンスカしながら食事を続けるエヴァリーナ。せっかくの良い気分も台無しになったのだった。


 翌日、インペリアル・クイーン号は定刻通りエリス港を出港した。次は最終目的地、ロディニア王国の港湾都市リーズリット。船縁に立って離れていくエリス市を、不機嫌な様子で眺めていたエヴァリーナは、「はぁ~」と大きなため息をついて振り返った。目の前には困惑した表情のレオンハルトと、笑いを堪えるのに必死なメイドたちがいた。しかし、エヴァリーナの視線はメイドたちではなく、直立不動で敬礼をしている護衛兵の二人、ロウとガイに向けられている。


「で?」

「ハッ、報告します! ハイデルン大尉以下5名はエリス市の飲み屋で気勢を上げ、泥酔して騒乱(漢のはだか祭り)で盛り上がった挙句、共和国警備隊に確保され、留置場に収監されましたッ!」

「それで?」

「大尉以下5名は留置場で爆眠してしまい、結果、乗船に間に合わず乗り遅れた次第であります!」

「あります! じゃねーよ! あのクソバカトンキチどもめ~。せっかくユウキさんが名誉挽回のチャンスを与えてくれたというのに~。もうどうなっても知りません!」


 レオンハルトはエヴァリーナの逆鱗に触れて冷や汗をかいている2人の護衛兵に声をかけ、新たな命令を下した。


「ロウ上等兵、ガイ一等兵」

「ハッ!」

「お前らに改めて命令する。ロディニア王国訪問施設の護衛の任を責任を持って全うせよ。貴様らの上官の汚名を晴らせよ、まったく」


「ハッ! 心を入れ替え誠心誠意、任を務めさせていただきます! エヴァリーナ様の貧乳いじりも慎みます! 多分!」

「お前ら…。オレの妻をバカにするのはやめろ! 今度妻を貶めたり、ふざけたマネをしやがったら帝国に帰り次第、マーガレット様とカロリーネ様(メイド長)に預けて再教育させるからな!」

「そ、それだけは御勘弁ください、中佐殿(泣)」

「だったら真面目にやれ!」


 ロウとガイに説教するレオンハルトに、エヴァリーナはやっぱり夫はステキ…と思わずにはいられなかった。まあ、ハイデルン大尉たちの件はマッサリアの帝国領事館に任せるとして、遠ざかるエルヴァ島でも眺めようかと気持ちを切り替えた彼女は、船縁に肘をついてぼんやりと海を眺めているカロリーナに気付いた。


「どうかされたんですの、カロリーナさん。ぼんやりして海を眺めて…」

「え? ああ、うん…」

「ユウキさんの事ですか?」

「まあね。私、ロディニアではずっとユウキと一緒だったの。最後の戦いまでずっと…。ユウキってこっちでも色々な経験をして、たくさんの人々との出会いがあったんでしょ。私も一緒に旅したかったなあってね」

「カロリーナさん…」


 カロリーナはユウキとの出会いから王国高等学校や下宿先での生活、ユウキの世話係のアンデッドとの交流、魔物戦争での活躍と迫害、魔女と化したことなどを話して聞かせた。レオンハルトからあらましは聞いていたものの、詳しく聞くのは初めてだった。話を聞いているうちに、ユウキの時折見せた寂しげな顔を思い出し、彼女の歩んできた軌跡を辿りたいという思いを強くするのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 航海は順調に進み、エルヴァ島を出港して2日目にロディニア王国最南端の港湾都市、リーズリットに到着した。岸壁に接岸したインペリアル・クイーン号の舷側に、港湾労働者がタラップを接舷させた。乗客は南とは違う北の大陸の空気を感じながら、タラップを降りていく。エヴァリーナもラタップを降り、生まれて初めて北の大陸に足を踏み入れた。

 一行はリーズリット港から市内に入り、今日の宿に向かうことにした。初めて見る異大陸の街並み。やはり帝国ともスクルド共和国とも違う景色にエヴァリーナの心は高鳴った。それはスピカやミラ、セバスチャンたちも同様なようで、物珍しそうに街並みや道行く人々を眺めていた。


「ここがユウキさんの故郷ロディニア王国ですのね。うん、やっぱり帝国とは空気の感じが違いますね。言葉では言い表せないですけど」

「オレも戦争直後にラミディアに来たからな。3年近く振りか? 何か懐かしい感じだな」

「私は時折、ハウメアーの実家に行ったりするから特に感じないわ。でも、ロディニア市に入るのはあの戦争後初めてだから、少し緊張するわね。なんてったって私も魔女の仲間として死刑宣告を受けた身だから」


「カロリーナさん…」

「まあ、そこら辺はレウルス様が上手くやってくれたようだから、気にしないで行こうぜ」

「うん。そうよね、私らしくもない」


 レオンハルトはカロリーナの肩をポンと叩いてニヤッと笑って見せた。


(やはり。夫もそうですけど、ユウキさんと深く関わった人たちは心に何かしらの思いを抱いています。私もこの国でユウキさんと関わった人たちを訪ねて、思いを聞いてみたいです)


 そんな事を考えながら大通りを歩いていると、スピカとミラがエヴァリーナの背中に隠れるようにこそこそしだした。


「どうかされましたの?」

「え…えっと、何か街の人たちがわたしたちをジロジロ見て来るので、その…なんでかなって思いまして」

「あまり好意的な視線じゃないような…。変ですね、こんなに美人で巨乳なのに」


 そう言われて周囲を見回すと、確かにスピカとミラに向けられる視線はとげとげしく、悪意があるというほどではないが、あまり良い感じではない。


「ユウキさんが言っていた通りですわね。この国は亜人に対して良い印象を持っていないようです」

「まあ、それには理由もあるんだがな」


 レオンハルトが語ったところによると、もともとロディニア大陸は獣人や亜人が少なく、人々と接する機会がほとんどなかったため、珍しい存在という認識でしかなく、普通に交流も行われていた。しかしある時期(200年くらい前)、獣人からなる海賊集団が大陸沿岸を荒らしまわり、拠点を作っては強盗、殺人、誘拐、人身売買など非道の限りを尽くし、村ごと消滅したのも数多く、大きな被害と数えきれない悲劇を生んで人々の憎しみを買ったとのこと。

 これに対し、ロディニアの国々も手をこまねいていたわけではなく、討伐軍を送ったりしていたが、海上に逃亡されたり、先手を打たれて逆襲されたりと、必ずしも効果を上げることはできなかった(貴族から貢物と引き換えに情報をもらっていたらしい)。

 あまりの被害に業を煮やした各国は連合軍を組織し、逃亡ルートを封鎖した上で、陸海から海賊(この頃には1万人規模にまで膨らんでいた)を攻め、数多の死傷者を出しながらやっとの思いで駆逐したのだという。


「そんな歴史もあって、ロディニア大陸の人々には獣人アレルギーが刷り込まれ、排斥の対象になっているんだ。だから、マッサリアではよく見た獣人亜人の港湾労働者もリーズリットにはいないだろ。スクルド資本の船舶運行会社や荷受け業者はそれがわかっているから、リーズリットには人間やドワーフの労働者しか置かないのさ。馬鹿な話だよ」


「スピカさん、ミラさん。大丈夫ですわ。あなた方がしっかりと任を務めれば、自然に人々の見る目も違ってきます。それに、ロディニア王家の方々は獣人だ、亜人だと差別はしません。むしろ、来てくれたことで喜ぶと思います。堂々と行きましょう。堂々と」

「エヴァリーナ様…。はい! わたしたち頑張ります!」


 スピカとミラは笑顔になるとグッと胸を張った。途端に強調される二人のビッグバスト。エヴァリーナは自分のささやかバストと比較して、心の中で「胸は堂々としなくてもよいのよ」と呟いた。ちなみに、主張激しい巨乳にカロリーナは嫉妬の炎を燃やし、爆乳専科への出禁命令を食らったレオンハルトは、妻にばれないようにちらちらと横目で巨乳を覗き見るのであった。

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