エヴァリーナのロディニア追憶の旅➂
爆乳専科♡バインパイン騒動から1週間後、エヴァリーナたちロディニア王国派遣軍…もとい、戴冠式招待者御一行様は大型高速旅客船「インペリアル・クイーン号」の甲板上から遠ざかるマッサリアの街並みを眺めていた。
インペリアル・クイーン号はスクルド共和国のマッサリア港とエリス島を経由してロディニア王国の玄関口のリーズリット港に向かう旅客船で、行程は5日間ほどだ。船に付いてくる海鳥の群れに感嘆の声を上げていると、海鳥が落とした爆撃弾(糞)が肩の部分に直撃し、べチャッとイヤな音を立てた。
「きゃあっ!? イヤだわ、もう…」
「エヴァリーナ様、どうかなされましたか?」
悲鳴に気付いたメイドのスピカが声をかけてきた。泣きそうな顔で右肩をちょいちょいと指さすと、見事に海鳥の糞がくっ付いていた。スピカは周囲を見回すと船縁に掃除用の空のバケツが置いてあるのに気付いた。
「エヴァリーナ様、魔法で水を出してバケツに入れてくれませんか?」
「はい…」
いい気分を台無しにされ、しょぼんとしたエヴァリーナがバケツに水を入れると、スピカはポケットから清潔な布を出し、水で濡らして糞で汚れた部分を拭き取り始めた。
「すみません、スピカさん」
「仕事ですから…って、表面しか拭きとれませんね。エヴァリーナ様、着替えたほうが良いと思います」
「それがよさそうですね。申し訳ありませんがスピカさん、手伝っていただけますか?」
「はい。では船室に…」
二人が船室に戻ろうとしたとき、ドカドカと足音を立てて護衛の任に就いているハイデルン大尉が近づいてきて、デカい声でエヴァリーナに声をかけた。
「エヴァ…、ウンコリーナ様! レオンハルト中佐がお呼びです!」
「誰がウンコですか! 見てましたわね、全く。で、夫はどこに?」
「船室におられます!」
「わかりました。きっと今後の予定の事ですわね。大尉、あなたも一緒に話を聞いてください」
「メンドクサイので、全力で拒絶したいのですが!」
「何を言ってるんですの!? 拒否権はありません、来なさい!」
「ハッ! 承知したくありませんが、承知しました!!」
ビシッと見事な敬礼をするハイデルン大尉を見て、スピカは下手な劇場の漫才より面白く、思わず笑ってしまった。見ると周囲の船客も二人のやり取りが面白かったのか、くすくすと笑っている。
甲板上にいる船客の注目を浴び、羞恥心で真っ赤になるエヴァリーナ。足早に船室に戻るその後をスピカが追い、ハイデルン大尉は悠然とした態度で続くのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お待たせしました。あなた」
「おう、じゃあ始めるか」
運(糞)が付いた服を着替え、レオンハルトの待つ船室内の応接セットにやってきたエヴァリーナ。既にカロリーナ、メイドのスピカとミラ、護衛隊長のハイデルン大尉の他に、使用人の取りまとめ役で執事のセバスチャンが待っていた。ちなみに、セバスチャンは年齢52歳、ロマンスグレーで鼻の下に立派な口ひげを生やした紳士で、細身の体にスーツをビシッと着こんでいる。
全員が揃ったのを確認したレオンハルトは、テーブルの上に置かれたバインダーを手に取ると挟んである文書を読みながら説明を始めた。
「皆も承知していると思うが、オレたちの目的はロディニア王国の新国王戴冠式に出席することだ。世界最強の帝国代表として、どの国よりも堂々としていようぜ」
「はい。心してかかりますわ」
エヴァリーナは力強く返事をした。しかし、カロリーナは不安げな顔をしている。あの悲劇的な戦争の後、ユウキと共に戦犯となった彼女はロディニア市や王宮に足を踏み入れるのは、戦争後これが初めてになる。表情に気付いたレオンハルトは心配ないとカロリーナの肩に手を置いた。
「大丈夫だ、カロリーナちゃん。王権交代と併せてユウキちゃんとカロリーナちゃんの名誉は回復されたとレウルス様より通信が送られている。オレたちは堂々として乗り込もうじゃないか。まあ、かくゆうオレもちょっと不安ではあるがな」
「あはは…。ゴメンね、気を遣わせちゃって。大丈夫よ」
照れたように笑うカロリーナに頷き返したレオンハルトは、再びバインダーに目を落とした。
「では、今後の予定を説明するぞ。このインペリアル・クイーン号は明日朝8時にエルヴァ島のエリスに寄港する予定だ。停泊時間は24時間。明後日の朝8時にリーズリットに向けて出港する」
「エリス市の孤児院あてにユウキさんから用事を頼まれます。到着したら早速行動した方が良いですわね。荷物もありますし」
「そのとおりだ。だが、大勢でぞろぞろ行くのも相手に迷惑だ。なので、ここはエヴァとオレ。スピカとミラ、荷物運びに護衛兵から二人ほど出してもらおう」
「私たちはどうすればいいかしら」
「カロリーナちゃんはそうだな…。一緒に来てもらうか。後の者たちは自由にしてくれ。観光してもいいし、飲みに行ってもいい。ただし、羽目を外しすぎるなよ」
「うおっしゃーッ!!」
「ありがとうございます!」
万歳とガッツポーズで喜びを全身で表したハイデルン大尉たち護衛兵にエヴァリーナとレオンハルトは何となく不安になるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マッサリアを出発した翌朝、インペリアル・クイーン号は予定より1時間遅れでエルヴァ島のエリス港に接岸した。船員から一時下船する乗客に対する注意が行われた後、タラップが降ろされて客たちが三々五々上陸し、護衛兵たちもいい笑顔でエヴァリーナたちに敬礼をすると、足並み揃った駆け足で町中に消えて行った。恐らく彼らの頭からは護衛と言う二文字は既に消えているだろう。エヴァリーナは深呼吸して気持ちを落ち着かせると、荷物運びが来ているか確認した。
「私たちも出発しましょうか。えーと、荷物持ちの護衛兵はどこかしら?」
「ハッ! 乾坤一擲のくじに負けた敗北者たる荷物持ち、ここにおります!」
「いちいち前置きが長いのですわ。あなた方、お名前は?」
「ハッ! ロウ上等兵であります!」
「ガイ一等兵であります!」
「お二人にはそこの荷物をお願いします。では行きましょうか、あなた」
エヴァリーナは留守をセバスチャンに任せると、ロウとガイ、二人のメイドに荷物を持たせ、レオンハルトとカロリーナと一緒にエリス市内に出かけた。始めにエリス本教会を訪れて用事を済ませ、早めのお昼を食べてから目的の孤児院がある丘に続く緩やかな登り道を歩いている。道の両脇に広がる閑静な住宅街を抜けると、粗末な家々がまばらに点在するようになり、雰囲気が悪くなってきたような気がする。レオンハルトは列の先頭に立ち、警戒しながら進むが、強心臓のエヴァリーナはそんな雰囲気も何のその。のんきに空を眺めながら景色を楽しんでいる。
「ああ~さすが海洋性気候ですわね~。風が清々しいですわ~」
「そうね。空も濃い青でとてもキレイだわ」
「この先に孤児院があるのですよね。ユウキさんが随分と気にかけておられる様ですけど、カロリーナさんは理由をご存じですか?」
「ううん。私もユウキがロディニアを出国した後の行動はよく知らないの。だから、ちょっと楽しみなのよね。ユウキがどんな生き方をしてきたのか。その一端に触れるような気がして」
「そうですね。私も同じ思いです」
エヴァリーナとカロリーナは顔を見合わせてウフフと笑うが、荷物持ちのスピカとミラは緩い上り坂とはいえキツく、太ももの筋肉が震え、膝がガクガク笑い始めている。一方、ロウとガイはさすがに地獄の訓練で鍛えられた帝国兵だけあり、スピカたちの3倍の荷物を背負っていても全く平気で坂を上っている。むしろ、前を歩くメイドふたりの左右に揺れる張りの良い尻をガン見して精神を集中させている。
「見えてきたぞ」
レオンハルトが振り向いて崖の上に立つ小さな教会を指さした。青い空に浮かぶ古びた教会は幻想的な美しさで童話の世界に迷い込んだようだ。
「わあ、絵画の世界みたいですね」
「誰か人がいるわね」
カロリーナの指摘にエヴァリーナが見てみると、教会の側には柵で囲われた畑があって数人の子どもが草むしりや水やりをしているようだ。また、大人の男性も混じっていて、壊れた柵を直していた。
「行ってみようぜ」
「ええ」
一人の子供が教会に向かってくるエヴァリーナたちに気付いて、柵の修繕をしていた男性に知らせた。男性は壁に立て掛けていた剣を手に持つとエヴァリーナたちの方に歩いてきた。柵の内側では子どもたちが心配そうに見つめている。男性は豊かな白髪の髪を七三に整え、面長の精悍な顔つきをしており、口の周りに短く刈上げた白い髭を生やしている。一見してただモノではない風格を感じさせている。
「あんたたちは? 孤児院に何か用か?」
「私たちはシスターレナにお会いしたくて伺いました。シスターにお会いできますでしょうか」
「…………」
「あの…。もしかしてご不在とか…」
「名前と用事を伺ってもいいか?」
「はい。私はエヴァリーナ・フレイヤ・クライスと申します。カルディア帝国の貴族です。隣は夫のレオンハルト。伺ったのは、帝国皇太子妃であらせられますユウキ・カルディア様より孤児院に関することで依頼を受けたからですの」
「ユウキ? ユウキと言ったのか?」
「えと、そうですけど。ユウキ様は以前この孤児院にお邪魔したことがあると伺っております。あの、あなたは…?」
「…オレの名はアレックスだ。少し待っててくれ」
アレックスは柵の方に向かって手招きをすると、一人の女の子が走ってきた。
「アトリア、シスターにお客さんだと伝えてきてくれ」
「うん。わかった、お父さん!!」
「お父さん?」
アトリアと呼ばれた女の子は元気よく返事をすると、教会に向かって走って行った。アレックスはエヴァリーナたちに「こっちだ」と手で合図した。
教会の前に到着すると畑仕事をしていた子どもたちが、ジーっと見つめてくる。年齢は5歳位から10歳位までで、皆カワイイ顔をしている。エヴァリーナはニコッと笑って手を振ると、子どもたちも照れたような笑いを浮かべて手を振り返してきた。ほっこりした気持ちになっていると、ガタッと音がして入口の戸が開き、二人の女性が出てきた。一人は神官服を着た40代半ば位の女性。もう一人は淡い黄緑色のワンピースを着たエルフの女性で腕に赤ちゃんを抱いている。神官服の女性が声をかけてきた。
「私がこの教会と孤児院を管理しているシスター・レナです。何か、この孤児院に御用がおありだとか…」
エヴァリーナは自己紹介した後、帝国皇太子妃となったユウキから、この孤児院にぜひ伝えてほしいことがあると説明した。ユウキと聞いてレナは非常に驚いて、一行を教会の中に招き入れた。
孤児院の食堂に案内したレナは改めて自己紹介した。
「改めて自己紹介しますね。私はこの孤児院を経営しているレナと申します。こちらは…」
「アレックスだ。元冒険者で、訳あって今は孤児院で働かせてもらっている」
「わたしはアレックスさんの妻で、アリステアです! この子は息子のアルスといいます。えへへ、可愛いでしょ」
アリステアと赤ん坊のお日様のような笑顔にエヴァリーナやカロリーナも笑顔になる。コホンと咳払いしたエヴァリーナが代表して一行を紹介した。
「私はエヴァリーナ・フレイヤ・クライスです。カルディア帝国クライス公爵家の娘でユウキ様とは親友同士なのですわ。こちらは、夫のレオンハルト、私たちの友人、カロリーナ様です。それとメイドのスピカとミラにその他大勢です」
「その他大勢は酷いっす、ペタリーナ様のイケず! まな板胸!」
「誰がまな板胸じゃ、誰が!」
「エヴァリーナ様です!!」
「ちょっとはあるわい! このスカども!!」
「ぷっ…、くすくすくす」
見た目と反して御令嬢らしくない言葉遣いとやり取りのギャップにやられたレナが吹き出してしまった。アレックスはどう反応したらよいのか分からず、貧乳系のアリステアも苦笑いしてしまう。エヴァリーナは恥かしさで真っ赤になって俯いた。レナは笑いを収めると、椅子に座るよう促した。
「あの…、ユウキさんからのお使いとお聞きしたのですが、ユウキさんは今なにを? お元気なのでしょうか」
「はい。ユウキ様は御健勝であらせられます。帝国第1皇子のミュラー様と御成婚されまして、皇太子妃となられたんですの。国民からも凄く愛されていて、それはもうお幸せな毎日を過ごされてますのよ」
「まあ、なんという慶事なのでしょう! よかった。ユウキさんは自分の居場所を見つけられたのですね」
「あの、シスター。ユウキと孤児院はどのような関係があったのですか?」
カロリーナの問いにレナはゆっくりと話し出した。




