騎士の矜持⑨
エドワードがゲス軍曹を倒し、キャティにご褒美を受けていた頃、校庭ではレドモンドがリーナとルシアを人質にしたゼト少佐と対峙していた。
獣人兵を一蹴したレドモンドであったが、2人を人質にされては動きが取れず、さりとて隙を見つけて倒そうにも彼女らを人間の盾とされていては、それもままならず膠着状態が続いていた。
「さて村人共、道を開けてもらおうか」
「レ、レドモンドさん…」
「くそっ!」
「早くしないとこの母娘がどうなってもいいのか!」
「きゃぁ!」
「リーナ! ルシアさん!」
勝ち誇った顔で村人たちに道を開ける様に言ったゼト少佐。このままではリーナが連れ去られてしまう。レドモンドもその背後でゼト少佐を睨みつけるユピトも打つ手が思いつかない。手をこまねいて見ているだけの自分に腹が立ってギリっと歯を食いしばる。
しかし、ゼト少佐たちの暴虐に怒りを覚えていたのはレドモンドたちだけではない。その場にいた村人たちも同じ思いだった。大切な家族を傷つけられ、仲の良い隣人や役場職員、警備隊員を殺され、皆に愛される村長に重傷を負わせた。その怒りがついに爆発した。
ゼト少佐の注意がレドモンドに向いている中、手に手に得物を持った何人かの男性がそろ~っと少佐の背後に近づき、せーので得物(ひのきの棒)を少佐の背中に叩きつけた!
「この野郎! よくも村をやってくれたな!!」
「ルシアとリーナを離しやがれ!」
「ぐはぁ!」
連続で叩きつけられた打撃にさすがのゼト少佐も悲鳴を上げてつんのめり、体勢を崩してルシアとリーナを手放してしまった。悲鳴を上げて転びそうになった彼女らをレドモンドとユピトが受け止めた。
一方、思いがけない反撃で逃亡の切り札だったリーナとルシアを奪還されたゼト少佐は、憤怒の表情も露わに、手にしていたロングソードを水平薙ぎして村人たちを斬りつけた。
「やってくれたなキサマらぁ! 殺してやる!!」
「ひゃああああっ!?」
村の男たちが手にしていた得物(ひのきの棒)がスパスパと斬り飛ばされた。怪我はなかったが驚いて何人かが尻もちをついてしまった。ゼト少佐がロングソードを上段に構えた。村の男たちは恐怖に顔を引き攣らせ、後ずさりするが少佐はゆっくりと迫っていく。他の村人たちもロングソードが怖くて近づけない。
「覚悟しろウジ虫ども…」
「ひっ、ひぃいいいっ!」
腰を抜かした村の男たちにロングソードの鋭い刃が迫る。ゼト少佐は血飛沫が舞う光景を思い浮かべ口角を上げて笑みを浮かべた。
「死ね!」
「そうはさせん!」
「なにィ!」
バキィイン!と金属がぶつかり合う甲高い音とともに激しい火花が散った。驚く村の男たちの前にレドモンドが割って入り、ゼト少佐の斬撃をロングソード+8で受け止めていたのだった。
「あんたら、オレがこいつを抑えているうちに早く逃げろ!」
「た、助かった。ありがよ、猫耳マニアのあんちゃん!」
レドモンドはゼト少佐の剣を押し返して愛剣を向けて相手を牽制する。少佐はギリリと歯を食いしばる音をさせながら目を吊り上げて睨みつけてきた。レドモンドは村の男たちが安全な場所まで移動したのを確認すると、剣を正中に構え直した。
「勝負だ、ゼト少佐。いや、ウルの亡霊!」
「貴様…、貴様のせいで俺の野望が、ハルワタート様の悲願が無に帰した! こうなれば、貴様を殺して再起を図るしかない! 死ね、ラファールの騎士!」
ゼト少佐が凄まじい剣速で切りつけてきた。流石ウルの高級軍人。常人では絶対に躱せない一撃だ。しかし、レドモンドは愛剣を相手の剣の腹に当てて軌道を逸らす。
「くそっ!」
少佐は悪態をつきながら軌道を変えられた剣を強引に立て直し、横薙ぎにレドモンドの胴を狙うが、レドモンドも剣を切り上げて防ぐと、そのまま相手に振り下ろす。しかし、少佐はこれを読んでバックステップで空を切らせ、袈裟懸けに斬り下ろしてきたが、レドモンドも剣で受け止めて見せた。
この勝負を見ていたリーナやルシア、その場に集まっていた村の人たちは驚愕していた。
「す、凄いぞ猫耳マニアのアンちゃん。あの一撃を躱して反撃したぞ」
「しかし、あの軍人も腕が立つぜ。勝てるかな」
「獣人兵たちを圧倒したんだ。勝つさ、猫耳マニアは」
「猫耳マニアってひどい! レドモンドさんはマニアじゃないモン! リーナの事好きって言ってくれたし…。それに、レドモンドさんは必ず勝つよ!」
ゼト少佐の高速の斬撃が嵐のようにレドモンドに襲い掛かるが、レドモンドはその全てに剣を合わせて捌き冷静に反撃の機会を伺っていた。
ことごとく攻撃を防がれ、苛立ったゼト少佐は勝負を決めるため大技を仕掛けてきた。バックステップで距離を取ると大きく振りかぶって剣を上段に構えた。レドモンドは愛剣ロングソード+8を顔の前で横に持ち、迎撃の姿勢を取った。両者の動きが止まった。
「う、動かなくなっちゃった…」(リーナ)
静まり返る校庭。誰もが勝負の結末を見ようと、瞬きするのすら惜しくふたりを見つめ、咳ひとつしない。リーナはレドモンドの無事を祈って胸の前で手を組み、神様にお祈りする。しかし、ついに我慢できず叫んでしまった。
「レドモンドさぁーん! 負けるなぁーっ!!」
「リーナ…。おうっ! オレは負けん!!」
「ほざけ若造。喰らえ、ウル国剣技烈破斬!」
レドモンド目がけて猛速の振り下ろしが襲ってきた。剣を素早く頭上に掲げて受け止める。「ガキィイイイン!」と激しく甲高い金属音がして火花が飛ぶ。
「な、なにィ!」
「終りだ、ゼト少佐」
「うおッ!」
腕の筋肉に力を入れてゼト少佐の剣を押し返した。バランスを崩した少佐の剣にロングソード+8を叩きつけた。「バキン!」と金属が割れる音がして少佐の持つ剣が根元から折れて地面に突き刺さる。一瞬意識を折れた剣に向けた少佐の隙を見逃さず、その懐に飛び込んで体当たりし、体勢を崩させたところで腹に蹴りを入れ、体がくの字に折れたところで後頭部に剣の柄を打ち付けた。
「が…がは…っ」
腹部と頭部に受けた衝撃によって一瞬で意識を刈り取られたゼト少佐は、口から泡を吹きながら地面に倒れた。
「ふう…。流石ラスボス。結構手ごわかったぜ」
「レドモンドさん!」
「おうっ!?」
愛剣を鞘に納めたレドモンドに下着姿のリーナがぼすっと飛び込んできた。捕まった恐怖と好きな人に助けてもらった安堵感で顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
「なんだよ、ひでぇ顔だな」
「だって…、だってぇ…。怖かったし、嬉しかったんだもん…」
「なんだよ、そりゃ」
優しくリーナを抱き止めたレドモンドの周りにルシアをはじめ、村の人たちが集まって口々に感謝の言葉を述べてくれた。また、意識を回復させた村長の指示で、ポーティアの警備隊に状況報告に何人か行くことになり、護衛としてユピトも同行した。
村の男たちによってギチギチに縛られ、女たちにポカスカ蹴りを入れられているゼト少佐を眺めていると、校舎の方から「おーい」と声が聞こえてきた。
皆が声の方を向くとエドワードが手を振って近づいているのが見えた。しかし、何故か怒り顔のキャティに魔蒼石のショートスピアで小突かれている。また、キャティはシーツでぐるぐるに簀巻きにされたゲス軍曹を連れていた。その後ろからアリシアに肩を抱えられたエマと、怪我をした校長先生や男性教諭を支える女性教諭たちも姿を見せた(幸いなことに先生たちに死人はいなかった)。
「よお、こっちも終わったようだな。校舎の方は制圧したぞ。獣人兵は総勢6人。うち5人は戦闘で殺した。こいつはゲス軍曹というやつだ」
「おお、流石だな。エドワー…ド? なんだぁ、お前その顔。お前がボコボコにされるなんざぁ、相当激しい戦いだったようだな。それに、なんでキャティが怒ってるんだ?」
近づいたエドワードの顔を見て仰天驚いた。その顔はあちこち腫れてお化けのようになっている。泣き止んだリーナも「うわぁ…」とドン引きし、メアリやマリー、ソルといった生徒たちが集まって口々に何があったのか問いかける。
「で、何があったんだよ」
「実は…」
エドワードはウル兵のごときは瞬殺し、エマを人質に取ったゲス軍曹の腕を斬り飛ばして取り押さえたこと。捕縛するのに適当な紐がなかったことから、キャティのブラを代わりにしようと貸してくれるよう頼んだものの断られたこと。その際、「ド貧乳だからブラなんていらないだろ」と余計な一言をいってしまい、キャティの逆鱗に触れ、今に至ることを話した。その間、キャティはぷんぷんと怒り続け、アリシアが宥めるものの、全然収まらないのだった。
「わははは! バカかお前」(レドモンド)
「エドワードさん、最低…」(リーナ以下女子中学生たち)
笑いを必死に堪える村の人たち。キャティは泣きそうになったがグッと我慢した。
「いいんだもん。ロティはあたしの体好きだって言ってくれたから」
「…彼氏はマニアックだな…」(エドワード)
「なにっ!?」
「いえ、何でもありません!」
サヴォアコロネ村を襲った大事件は二人の護衛騎士のお陰で解決した。しかし、村人に多くの犠牲者が出てしまい、素直には喜べなかった。村の人たちは亡くなった人たちを1か所に集めて荼毘に付す準備をし、壊された建物の後片付けをする。また、怪我をした人たちの手当のため、公民館を臨時の病院として解放した。
一方、獣人兵の死体はポーティアから警備隊が来るまで校庭の1か所に集め置かれた(ゼト少佐とゲス軍曹は警備隊駐在所でキャティの取り調べを受け、同署内の留置場に入れられた)。
翌日にはポーティアから共和国警備隊の治安部隊が大挙して村に来て、死んだ獣人兵の見分と被害状況やけが人の調査、駐在所と役場の生き残りであるキャティ並びにアルベール村長ほか関係した村人からの聞き取り調査等が行われた。特にレドモンドとエドワードは長時間取り調べを受けた。村人を守り人質を救出し、事件を解決したとはいえ、多数の獣人兵を殺害したのだから当然の事であったが、キャティやリーナを始め、村の人たちが擁護してくれたお陰で正当防衛が認められ、お咎めは無しとなった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さらに数日が経過し、やっと事情聴取から解放されたレドモンドとエドワードは新緑亭の客室のベッドでぐったりとしていた。既に貰った休暇の日数をオーバーしている。現在は無断欠勤状態。早いとこ帝都に留学中のレグルスの元に戻らないと減給だけではすまないかもしれない。一応、スクルド共和国警備隊本部からアルテルフ侯爵とレグルスのお屋敷には連絡を入れてくれるとの話ではあったが…。
「よお、エドワード」
「ん~?」
「そろそろ、潮時だな。明日には村を出ねぇか?」
「…ああ。帰るのは賛成だが、お前、リーナはどうするんだよ」
「どーしよ。って、そーいうお前だってどうすんだよ」
「どーしよ」
漢ふたりがベッドの上で煩悶横転していると、部屋の戸がトントンとノックされた。レドモンドがベッドから起き上がって戸を開けるとルシアが立っていた。
「レドモンドさんとエドワードさん。村を、リーナを救ってくれてありがとうございます。改めてお礼いたします。あの…、おふたりはもうお帰りになられるんですよね」
「ああ、明日には出ようと思ってる」
「そう言われると思ってました。それでですね、夕方からお礼とお別れ会を兼ねた、ささやかなパーティをしようと思うのですけど、ご参加していただけますか?」
「パーティ?」
「ええ。ここの食堂でですけど」
「いいけど…。あんまり気を遣わなくても…」
「いえいえ。リーナが是非お礼したいって言うものですから。では、6時に食堂でお待ちしています。あ、エマ先生とアリシアさん、キャティさんも来ますので♡」
ルシアはニコッといい笑顔で礼をしてから部屋を出て行った。閉じられた戸を見つめてエドワードがボソッと呟く。
「…ケリをつけるか…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕方、時間に合わせてレドモンド、エドワードは一番いい私服に着替えて食堂に降りて行った。食堂では既に皆が集まっていて、ふたりが来るのを待っていた。ちなみに、参集していたのはリーナとルシア母娘、ルシアの再婚予定相手のレオンという名の男性。エマとアリシア、キャティとその恋人のロティという警備隊巡査長、最後に怪我が癒えた村長のアルベールの計8人だった。
「待ってたよ。はい、こっち来て坐って!」
リーナがトコトコとやってきて、ふたりの手を取って主賓席に座らせた。リーナはカワイイチェック柄のワンピースドレスに大きなリボン。ナチュラルメイクもしていて、少し大人っぽい雰囲気の美少女に変身している。また、エマとアリシアも美しく着飾っていて思わず見惚れてしまいそうになる。ふたりが着座したのを見計らってアルベールが挨拶を述べた。
「本当におふたりには感謝してもし切れんわい。もし、お前さん方が居なかったら、この村はあやつらに支配されて大変な目に遭っていたじゃろう。村を、村人を救ってくれた英雄に感謝いたしますぞ。本当にありがとう。そうそう、おふたりの活躍に感謝の気持ちを込めて石像を作ることに決定したんじゃ。熊殺しちゃんの隣に設置する予定じゃから、楽しみにしてておくれ」
「ありがとう村長さん。気持ちだけで嬉しいので石像は止めてくれ」
「どんな像になるか想像がつくな…」
「ほっほっほ」と笑うアルベールがジョッキを持って乾杯の音頭を取った。
「ふたりの英雄に乾杯」
「かんぱーい!」
アルベールの音頭に、皆一斉に乾杯の声を上げ、ジョッキからごくごくと酒を飲む(リーナはジュース)。その後はルシアとリーナが用意した心づくしの料理を食べ、飲み物を飲みながら楽しく歓談した。自然、話題はウルの残党を鎧袖一触にしたふたりの活躍になる。ロティからはキャティを助けてくれたお礼を言われ、ゼト少佐とゲス軍曹の今後の処遇について聞かされた。
「彼らは内務省とスクルド軍の取り調べを受けた後に正式に裁判に掛けられることになる。一応、弁護人はつくけど殺人罪と強盗傷害罪、内乱誘発罪が適用されて極刑は免れないだろうね。それと、軍はイザヴェルやビフレストにもウルの残党が暗躍するする可能性があることを通達する予定だそうだよ」
「そうか…。まあ、そうなるだろうな…」
「しゃあねえんじゃねぇか? アイツらがやろうとしていた事は非道卑劣、鬼畜の所業だ」
「あたし本当に危なかったんだからね。エドワードのド変態が助けてくれたけど、本当はロティに助けて貰いたかったな。ロティ、もうあたしから目を離さないでね。チュッ♡」
「キャティ。ああ、絶対に離さない」
「うん…♡」
「助けたのがオレで申し訳なかったな。なんだよ、ド変態って」(エドワード)
「イチャイチャしくさって…。ぶっ飛ばしたろか?」(レドモンド)
楽しい歓談は続く。レオンやアルベールと美味い酒を飲んでは盛り上がり、リーナはかいがいしくレドモンドの世話を焼き、ルシアはその姿を微笑ましく見つめている。一方、エマとアリシアはお互いを牽制し合い、顔を向き合わせて酒をぐいぐい飲む。
パーティが始まって約2時間が経過し、全員いい感じになったところでお開きの時間となった。ルシアがリーナを呼んでレドモンドの前に立たせた。ルシアはリーナの肩に手を添えて優しく囁いた。
「さ、リーナ。お別れをしましょうね」
「う、うん…」
リーナは半分べそをかきそうな顔でレドモンドを見つめる。それでも無理に笑顔を作ると、ぺこりと頭を下げた。
「っと…、あの…、えへへ…。レドモンドさん。危ないところを助けてくれて、本当にありがとうございました。あの…実はあたし、レドモンドさんの事が好きなの。初めて会ったとき、一目惚れしちゃったんだ。この気持ちが強くなったのは溺れて死にかけたあたしを助けてくれた時。ただ、ファーストキスを覚えていないのは残念だったな。えへへ」
「あたし、男の人を好きになったのは初めてだったの。だから、悪人の手から好きな人に救い出してもらって本当にうれしかった。悪者からお姫様を助け出す王子様みたいだった。下着姿を見られたのは恥ずかしかったけど…」
「…………」
「えへへ…。それにね、助けてくれる時、リーナはオレの大切な子で、恋人同士のお付き合いを経て3年後に結婚することになっているって言ってくれたよね。助けるときの方便だったとしても、とっても嬉しかったの」
「リーナ…」
「だからね、ここでお別れしたとしても悲しくないよ。あたしの大切な思い出として心の中にしまって置くから。あたしの大切な初恋の思い出として…。レドモンドさん、あたしに思い出をくれてありがとう。向こうに行っても頑張ってお仕事してください。あと、時々この村とあたしを思い出してくれると嬉しいです」
話しながら、ぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちる。それでも笑顔を崩さずに最後まで言い切ってぺこりともう一度頭を下げた。ルシアが優しくリーナに「よく頑張ったわね。偉いわ」と声をかけ、リーナは頷きながら涙を拭った。そして、レドモンドの前から去ろうとしたところで、レドモンドがリーナを呼び止めた。
「リーナ! 待ってくれ。オレも、オレもお前が好きだ!」




