騎士の矜持⑧
一方、レドモンドと別れたエドワードはアリシアと共に裏口から学校校舎に突入していた。本来は、学校の敷地に入ったところでリーナたちが捕まっているのを見て、2人で突撃し、一気に救出しようとしていたのだが、ふたりの姿に気づいたメアリとソルの母親が近づいてきて、キャティを人質にした獣人兵数名が校舎内に入っていったこと、校舎内にはエマたち教職員が残っているらしいということを話してくれたことから、リーナたちはレドモンドに任せ、エドワードはキャティとエマを始めとする教職員の救出に向かったのであった。
「いたか?」
「ううん。こっちの小学生教室には見当たらなかったわ」
「職員室と保健室にもいなかった。残るは校長室と中学生教室か」
「校長室はこっちよ」
「よし、案内してくれ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おい、男共はどうした」
「校長室にぶち込んでおきました。軍曹」
「よし。じゃあ残ったのはここにいる女だけだな」
軍曹と呼ばれた灰色狼の獣人兵が目を細めていやらしい笑みを浮かべた。周りにいる獣人兵も目の前の獲物を前にして「ゲヒャゲヒャ」と卑下た笑い声を上げる。彼らの目線の先には女たちが数名。人質として連れてこられた警備隊巡査のキャティと学校の教員であるエマを含めた5名の女性教員だった。しかも全員服を引き裂かれ、下着姿にされている。
「村の奴らを絶対服従させるためには人質は多い方がいい。特に女と子供はなぁ」
「子供は少佐が全員連れて行った。今頃は親どもは土下座して少佐に忠誠を誓っているころだろうよ」
「そうですな、ゲス軍曹。我々もこいつらを連れて少佐の元に行かなければ」
「そうだな。だが、連れて行く前に…」
「犯りますか!」
獣人兵の言葉を聞いてエマたちは恐怖に引き攣った。キャティがエマたちを背中に庇い、軍曹を睨みつける。
「あなたたちは一体何者なの? こんなことして、警備隊が来たらどうなるかわかっているの!? 直ぐにあたしたちを解放なさい。そして、大人しくお縄につきなさい!」
「ウルセェ!」
「きゃああっ」
「キャティ、大丈夫っ!?」
ゲス軍曹はキャティの横っ面を思い切り引っ叩いた。衝撃で床に突っ伏したキャティをエマが抱き起こした。口が切れて端から血が滲んでいる。エマは怒りで「キッ」と獣人兵たちを睨んだ。
「酷い…。女性を叩くなんて。なんてことをするんです!」
「なんだコイツ。オレ様に意見するってか。生意気な女だぜ。自分らの立場ってのを分らせる必要があるようだなあ。なあ、お前ら」
「ギャハハハハ!」
「さぁて、早速その美味そうな体を味見するとするか」
ゲス軍曹はニヤニヤと笑いながらエマの手を取った。エマは立ち上がるまいと必死に抵抗するが、その動きがかえって煽情的でゲス軍曹の股間ははち切れんばかりに盛り上がっていて、エマの恐怖を一層増幅させる。
「おら、立ち上がれ!」
「軍曹の竿はとっくに勃ってますがな。ギャハハ!」
「ちげぇねえ。オレ様はこの女を貰う。残りの女はお前らで分けろや」
「ありがとうございます、軍曹!」
立ち上がらせたエマの鼻先に顔を近づけて舌なめずりをするゲス軍曹。こんなケダモノに貞操を奪われ、汚されると思ったら悔しくて、悲しくて涙が出る。それに好きな人にも顔向けできない。エマの足元ではキャティを始め、同僚たちに獣人兵が襲いかかっている。彼女らも捕まるまいと暴れるが、人間よりパワーに優れる獣人相手では全く無力だ。それでも下着を脱がされまいと必死に抵抗する。
(助けて…、誰か助けて。エドワードさん…)
エマの両目から涙がボロボロと零れ落ちた。その時、「ドガァアアン!」と凄まじい音を立てて教室の扉が吹き飛んだ。
「なんだ!? 何事だ!」
「軍曹、見てください!」
「こんな所に居やがったか。糞犬共が」
「エ、エドワードさん…」
教室の入口に立っていたのはエマが会いたいと願っていた人であった。胸に剣と杖、翼を広げたグリフォンの意匠が刻まれた白銀のフルプレートを装着し、妖しく輝く刃を装着した短槍を手にしたブロンド短髪で精悍な顔の男性。
「だ、誰だ貴様…」
「オレか? ではウルの下衆野郎にも分かるように教えてやろう。オレはラファール魔族国筆頭貴族、アルテルフ侯爵家護衛騎士エドワード・ノートンだ! 冥途の土産によく覚えとけ!!」
「侯爵家の護衛騎士だと? ギャハハハ! 馬鹿かコイツ。貴族お抱えのヘナチョコ騎士が元ウル正規軍のオレ様たちに敵うと思ってんのかよ。オレ様たちはよ、あの戦争で帝国第6軍と死闘を繰り広げた正規軍兵だぜ。地獄の戦場で生き残ったんだ。そんなオレ様たちにヘナチョコ騎士1人で何ができるっていうんだ? 乱交パーティに混ぜてほしいのか? 笑いすぎてヘソで茶を沸かすぜ」
獣人兵たちが「ギャハハハ」と下品な笑い声を上げるが、その声は直ぐに止んだ。エドワードが顔色も変えず微笑していたからだった。
「な、何が可笑しい!」
「いや。よくしゃべるワン公だと思ってな」
「貴族の騎士風情がバカにしやがって…。お前ら、コイツをブッ殺せ!」
『オオーッ!』
キャティたちに手をかけていた獣人兵たちが武器を手にして立ち上がり、エドワード目がけて一斉に襲い掛かってきた。その獣人兵に向かってエドワードは魔蒼石のショートスピアを全力で投擲した!
「うりゃあ!」
「があッ!」
「ぐほッ!」
速度の乗ったショートスピアが唸りを上げて飛び、先頭の獣人兵の胸板を鎧ごと打ち抜き、その後ろに続いていた亜人兵の胴体を貫いて、教室の壁に突き刺さった。魔蒼石で造られた刃は通常の鋼より何倍も強度が高い。その威力をまざまざと見せつけられたゲス軍曹は驚愕した。
ゲス軍曹の驚愕を他所にエドワードは帯剣していた予備武器のグラディウス+6(魔法文字によって強化された刃渡り50cm程の幅広両刃の片手剣。ユウキたちと潜ったダンジョンの宝物)を抜くと最も近い位置の獣人兵に素早く接近する。獣人兵はバトルアックスを叩きつけてきたが、ラウンドシールドで打撃を防ぎ、肩口からグラディウスの一撃を浴びせた。
「おりゃ!」
「ぎゃあああッ!」
獣人兵は鉄製の肩パッドとハーフプレートを装備していたが、魔法剣はそれらごと獣人兵の体を肩口から斬り裂いた。獣人兵は悲鳴を上げ、口から血を吐いて倒れた。そのエドワードの背後から別の獣人兵が槍を腰だめに構えて突っ込んで来る。エドワードは振り向き様に目の前に迫る槍の切っ先をグラディウスで弾いて方向を変え、獣人兵のバランスを崩させる。
「おぅわ!」
「甘いッ!」
「ぎゃあっ!」
力の方向を急に替えられた獣人兵は前方に投げ出されるようにつんのめった。エドワードは獣人兵の顔をラウンドシールドで殴りつけ、悲鳴を上げて仰け反ったところで首にグラディウスを突き刺した。その獣人兵は「ごふっ…」と気管から血を溢れさせ膝から崩れ落ちた。
瞬く間に4人の獣人兵を倒したエドワードに残った1人の亜人兵は怖気づき、ガタガタ震えてかかってこようとしない。エドワードは剣を持ったまま震える獣人兵にゆっくりと近づいていった。
「どうした、来ないのか?」
「た、助けてくれ。ゆ、許して…。た、頼むよ」
「できねぇ相談だな」
「そ、そんな…。頼むよ、もうしないから助けて。ぎゃあああーッ!」
エドワードは問答無用で亜人兵の心臓にグラディウスを突き刺して殺した。血で汚れたグラディウスを布で拭って鞘に納めると、壁に突き刺さった魔蒼石の槍を抜いてエマを抱えたまま呆然としているゲス軍曹に向かい合った。
「なんだテメェ…。その強さ、冷酷さ…ただの騎士じゃねぇな…何モンだ!」
「…最初に言ったろうが。オレはアルテルフ家の護衛騎士さ」
エドワードはゲス軍曹を睨みつけた。蛇に睨まれたカエルのように竦みあがるゲス軍曹。捕まっているエマもまた驚きの目でエドワードを見ていた。共和国であるスクルドには貴族制度がないため、騎士という職業はない。いるのは共和国軍兵士か治安部隊の警備隊員だけだ。初めて見る騎士。信じられないほどの強さ、戦う姿のカッコよさに見惚れてしまっていた。
「ゲス軍曹といったな。エマを返してもらおう」
「く、くそ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「大丈夫、みんな」
「アリシア!? どうしてここに?」
「わたしもエドワードさんたちに助けてもらったの。保健室からシーツを持ってきたわ。みんなの服はダメにされちゃったから、これを体に巻いて」
「ありがとう。あ、イテテ…」
「大丈夫? キャティ」
「うん。あの野郎、可憐なあたしを思い切り引っ叩きやがって。この恨みはらさでおくべきか。見てなさいよ」
「と、とりあえずここから逃げよう。先生たちもいい?」
アリシアとキャティは未だショックを受けている女性教諭たちを(小声で)叱咤激励して廊下の方に移動させて逃げる様に言った。
「皆さん、校長室に怪我をした校長先生や男先生たちが集められてるの。彼らを助け出して逃げてください」
「で、でも獣人兵がいたら…」
「大丈夫。確認したら獣人兵はこの教室以外にはいないわ。その獣人兵もエドワードさんが斃した。残るは1人だけよ。早く手当てしないと校長先生たちが危ないわ。お願い、急いで」
女性教員たちは顔を青ざめさせながらも頷くと、校長室の方に向かっていった。残ったアリシアとキャティはそっと廊下から教室の中を覗いた。そこではエドワードとエマを捉えたままのゲス軍曹が対峙している。
「くそ、たかが騎士ごときに精強なウル兵がやられるとは…」
「たかが騎士とは言ってくれるねぇ。畜生頭のお前にも分かるように教えてやらぁ。何故、オレたちが「騎士」ではなく、わざわざ「護衛騎士」と呼ばれるのかをな」
「なんだと…」
「護衛ってのはな、対象となるお方の身辺に常に付き添って守ることだ。オレたち護衛騎士は文字通り御主人を、守るべき対象者をあらゆる災難から命を懸けて守り抜く。ただそれだけが任務であり、使命なんだ!」
「だ、だから何だというんだ」
「分らんか? どんな不利な状況だろうが、多勢に無勢だろうが、相手が神や悪魔や魔獣であろうが関係ねぇ。守るべき人を生かすためなら全力で戦い、全身全霊をかけて守り抜く! それが護衛騎士の矜持ってヤツだ! 何が何でも守りたい人を守る。絶対にだ!」
エドワードの魂の叫びにゲス軍曹は言葉を失い、エマは捕えられているのも忘れ、感動して頬を赤らめ、アリシアはエマの顔を見て複雑な顔をし、キャティはなるほどと感心している。
「さて、お喋りはここまでだ。エマを返してもらう」
「く…、くそッ! こうなりゃもういい! この女をブッ殺してテメェも殺す!」
ゲス軍曹が刃渡り40cmダガーナイフを逆手に持ってエマの頭上に振り上げた。鈍く光る刃を上目で見たエマは恐怖で悲鳴を上げた。
「きゃああああーーっ!!」
「そうはさせないわ!」
「なにっ!?」
思いがけない声にゲス軍曹が振り向くと、入口からドドドッと猛烈な勢いで下着姿のままのキャティが突っ込んできて、軍曹の腰目がけて強烈な回し蹴りをお見舞いした。「バッシーン!」と肉を叩く音と共に衝撃波が全身を貫き、軍曹は声を上げて前方につんのめり、エマを離してしまった。
「キャッ!」
「ぐはぁ! しまっ…」
「さっき殴ってくれたお返しよ! エマは返してもらったからね!!」
「くそッ、舐めやがって!」
投げ出されたエマをキャティが受け止めてゲス軍曹から離れた。軍曹は再びダガーナイフを構えてキャティとエマを捕えるため襲い掛かろうとしたが、その前にエドワードが立ちはだかり、素早くショートスピアを一閃させた。「ザシュツ!」と肉を斬り裂く音がしてダガーナイフを握っていた軍曹の腕が空中に飛ぶ。ドサッと音がして床に落ちた腕を呆然と見るゲス軍曹。肘から先を失った右腕を見て絶叫した。
「ギャアアアアアッ! 腕が、腕があッ!?」
激痛で床に膝まづき、斬られた腕をもう1本の腕で押さえながら、涙目になって嗚咽を漏らすゲス軍曹の前にショートスピアが突き出された。
「た、助けて…。命だけは助けて…」
「テメェ、村の人たちだってそう声を上げていたはずだぜ。それなのにテメェらは平和な村を襲い、大勢の人を傷つけ、殺したじゃねえか。それなのにいざ自分が殺されようとなったら命乞いかよ。情けねぇ野郎だぜ」
「そんな事言わないで…。頼むよ、オレ様も本当はこんな事したくなかったんだ。命令されて仕方なくやったんだよ。お願いだ、殺さないでくれ…」
「ウソよ! そんな言い逃れ誰が信じるっていうの。ふざけないで!」
キャティが怒りも露わに叫んだ。エドワードは今にも飛び掛からんとする勢いの彼女を手で制し、ゲス軍曹から目線を離さず冷たく言い放った。
「お前は殺さねぇ」
「ほ、ホントか!」
「お前は警備隊に預ける。この国の司法によって裁かれるんだ。その下らねぇ言い分が通じるか試してみろ! そして、平和な村を襲った責任を取れ。その命でな!!」
「ひぃっ!?」
がっくりと項垂れるゲス軍曹を見下ろしながら、エドワードはキャティに向かって手を伸ばした。キャティは何の合図かと訝しがる。
「なに?」
「コイツを縛り上げるために紐か代わりになるものが必要だ。キャティ、お前のブラジャーを貸してくれ」
「はぁ!? イヤよ。何でブラ貸さなきゃなんないのよ。しかも、あたしの」
「いや、お前の胸の大きさならブラなんていらねぇだろ。リーナにも負けてる貧乳だし。だからコイツを縛る紐代わりに丁度いいかなと…」
「ち、丁度いいかなじゃ…ねぇーっ!」
「がはぁ!」
キャティ怒りのストレートがエドワードの顔面にヒットした。そのまま拳に捻りを入れて押し倒して床に叩きつける。呆然とするゲス軍曹の前に呻き声を上げて横たわるエドワード。左頬には拳の跡がくっきり残っている。さらにキャティは下着姿にも関わらずゲシゲシとエドワードのボディをストンピングアタックして踏みつけた。
「このドスケベ! あたしの生おっぱい見たいだけでしょーが! ヘンタイ!!」
「違う! オレは本当に紐の代わりにだな。それに、オレは巨乳が好きだ」
「余計許せんわ!」
「やめろ、やめ…ハッ!?」
エドワードの視線が何かを捉えた。それは、足を動かすたびに薄い布越しに見えるキャティの股間。踏みつけられながらも思わずニヤけるエドワードだった。
「い、今のうちに…」
先程まで自分らを圧倒していた護衛騎士が行動不能になっているのに気付いたゲス軍曹は斬られた腕先にベルトを巻いて血止めをすると、激しく痛む腕を庇いつつ教室から逃げ出そうとしていた。しかし、そこに立ちはだかるふたつの人影。ゲス軍曹の目の前には教室の備品である大型の木製三角定規を手にしたアリシアとその背中に怯えた表情で隠れるエマがいた。
「どこに行こうっていうの?」
アリシアが冷たい声で言い、三角定規を振りかぶった。ゲス軍曹はごくりとつばを飲み込んだ。次の瞬間、「ガツン!」という鈍い音とともに激しい衝撃が軍曹の頭蓋を貫いた。
「ひでぶ!」
「ふん、エマを怖い目に遭わせたお礼よ」
白目を剥いて気絶したゲス軍曹の上に三角定規を投げ捨てたアリシアは笑顔でキャティに踏まれているエドワードを見てため息をついた。
(もう…。好きな人のあんな顔見たくなかったなぁ…)
「行こう、エマ。先に行った先生たちと合流しよう」
「うん…。あの、助けに来てくれてありがとう」
「お礼はあそこでキャティに踏まれて喜んでいる人に言ってね」
「う、うん。そうね…」
(エドワードさん。ありがとう。お姫様を助ける王子様みたいにカッコよかったよ。ダメ、本気で好きになってしまった…。この事件が片付いたら告白しよう。私の想いを伝えよう)




