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騎士の矜持⑥

 川の事故でリーナとエマを助けた日の夜、レドモンドとエドワードは村唯一の飲食店「メンタル・ハッピネス」で食事をしながら酒を飲んでいた。本来なら、2人を助けたお祝いで気勢を上げるところであったが、レドモンドはリーナの、エドワードはエマとアリシアの想いを聞いてしまった事が思いのほか心に圧し掛かっていて、とてもそんな気分になれず、交わす言葉も無く酒を呷るだけだった。


「いい村だよな、ここ」

「ああ。住んでる人たちもいい人ばかりだしな。子供たちも可愛いし」

「だけど、そろそろ潮時かなぁ」

「そうだな…。休暇も間もなく終わりだし、いいタイミングかもな…」


「リーナか…。リーナってかわいいよな…って、オレは猫耳派でロリコンじゃねぇ!」

「…………。(オレは…、オレの気持ちは…、どっちだ!?)」


 二人は同時にグイッと酒を呷った。空になったジョッキを厨房に向けてお代わりを頼もうと、おばさんに声をかけたが、おばさんは迷惑そうに店は終わりだと告げて来た。


「一体いつまで飲んでるんだい? もう店じまいの時間なんだ。お客もアンタらしかいないよ。お代を払って出て行ってくんないか?」

「わりぃ…。もう1杯だけ飲ませてくれ。そしたら出て行くから」

「もう、仕方ないねぇ。1杯だけだよ」


 おばさんからジョッキを受け取り、酒を飲み干したレドモンドとエドワードは、テーブルに代金を置くと、ふらふらと店を出た。「新緑亭」に戻る途中、広場に寄ってエヴァリーナ像を見上げた。ドヤ顔で天に向かって咆える像を見ていると、なんだか可笑しくなって笑いが込み上げてくる。レドモンドが像を見上げながら言った。


「明後日には村を出るか」

「…そうだな」


 満天の星空と金色に輝く月の光に照らされて、二人の男はこの村の出会いは心の奥底に思い出としてしまっておくことに決めたのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 サヴォアコロネ村から少し離れた山の中。今は使われておらず、人気もない炭焼き小屋にその者たちはいた。村の者たちに気付かれないよう、念入りに偵察した結果を書き込んだ紙を広げ、少佐と呼ばれた男に説明していた。


「御覧の通り、この村は四方を山に囲まれた盆地にあり、周囲の山は標高も高く深い森に覆われています。また、村に入る道は峠道の1本だけで側道はありません」

「最も近い町はポーティアですが距離は約20kmも離れています。よって、村の入り口を封鎖すればこの村は孤立し、救援を呼ぶことも出来ず制圧は容易です」


「見れば見るほど理想的だな。して、村の様子はどうだ?」

「村の人口はおよそ1,000人ほどと見込まれ、山間地の村にしては人口が多い印象です。また、このような村は高齢化率が高いのが常ですが、この村は若年から壮年層の比率が多く、小中校生合わせて100人と子どもの数も多いです。さらに10代後半から30代の女も結構な数を確認できました」


 その報告に男たちは卑下た笑い声を上げる。


「村は耕作地も広く、家畜も多く飼育されていて食料の問題もありません。村で聞いた話ですと、特産の紅花油の販売で財政も豊かとのこと。我々の拠点としてこれ以上無い条件かと…」

「ふむ…。制圧の際に障害となりそうなものはあるか?」

「村役場に隣接して、スクルド共和国警備隊の詰所があります」

「規模は?」

「巡査が5~6人ほど。我々の敵ではありません」


「…よし、皆よく聞け。我々の愛したウルは帝国を始めとする連合軍を後一歩まで追い込んだものの敗北し、ハルワタート様、タマモ様と共に滅びた。その後、ラサラス様が政権を担うことになったが、ヤツは人間どもに媚びを売る売国奴だ。そのような体制なぞ誇り高い獣人国家たるウルの姿ではなく、ハルワタート様の崇高な魂をドブに捨てるようなものだ。そんなウルの姿は俺はどうしても我慢できん! お前たちも同じ思いだろう」


 集まった兵士たちから嗚咽の声が聞こえてくる。少佐は、居並ぶ20名ほどの兵士を見渡しながら力強い声で話を続けた。


「ハルワタート様にウルの夢を託した我が伯父バルドゥスも戦死した。しかし、ウルは死なん! 我々がハルワタート様の魂を受け継ぎ、ラサラスを倒し獣人支配による新たな秩序を持った世界の構築を行うのだ!!」


『ウォオオオオオーーーッ!!!』


「そのためには、まず拠点が必要だ。手始めに我々はサヴォアコロネ村を制圧し拠点とする。抵抗する者は誰であろうが容赦なく殺し奴らの財産を奪え! 女子供は全て捕え人質にして男どもを服従させるのだ! 奴らは我々の奴隷として死ぬまで働いてもらう」


『ウォオオオオオーーーッ!!!』


 少佐は興奮する獣人兵を手で制した。


「では作戦を伝える。バドゥ軍曹!」

「ハッ!」


 一際巨体の熊の獣人が前に進み出た。


「貴様は配下の兵数名を連れて村の入口を封鎖しろ。誰も外に出してはならん」

「ハッ! 少佐、逃げようとした者がいた場合、いかが処理したらよろしいでしょうか!」

「殺せ。外部に知られてはならん」

「ご命令、受諾しました!」


「残りの者は俺とともに警備隊詰所と村役場を急襲し制圧する。警備隊員は全員殺せ。抵抗する役場職員も同様だ。その後は村人を捕縛しながら学校に向かう。お前たちの調査によると学校は我が司令部を置く拠点として最高の立地だ。学校制圧後、村人ども集めて絶対服従を誓わせる。子どもたちを始めとした人質の命を盾にすればヤツら抵抗する気も失せるだろう」


「いいか、我々の使命はウルの残党を集め糾合し、ラサラスからウルを取り戻すと同時に、再び帝国を始めとする人間国家に戦いを挑む事にある。そのための拠点としてここはどうしても必要な場所だ。失敗は許されん! 心してかかれ。作戦開始は明朝8時。子どもたちが学校に登校し終えた直後を見計らって実施する。準備を怠るなよ!」


『ゼト少佐に敬礼!!』


 ゼト少佐は満足そうに頷いた。準備に散った配下の兵を見ながら思う。あの戦いから生き残ったのは奇跡だと。帝国第6軍団との戦いでは伯父のバルドゥス将軍だけでなく、いとこのベンドゥ大佐も戦死した。自分自身も負傷し、死を覚悟したが奇跡的に生き残った。


(これは天命だ。天は俺に生きろと言った。ならば自分の信念に従い戦うまで。ハルワタート様のご無念を晴らし、彼の理想を実現させるために。そして何より、俺を信じてついてきた奴らのためにも必ず成功させる!)


 ゼト少佐はハルワタートの精悍な顔を瞼の裏に思い浮かべ、この村を足掛かりにして人間世界に打って出るその瞬間を想像してほくそ笑むのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 あの事故から2日目。リーナはすっかり回復し元気を取り戻した。レドモンドとエドワードは朝早くから叩き起こされ、護衛として学校までエスコートするように言い渡された。リーナの必殺上目遣いにお願いされては、断り切れない漢ふたりなのであった。

 べったりレドモンドにくっついて歩く娘の姿にルシアは、無理な事だと知りつつも、この幸せな時間がいつまでも続けばいいのにと神に願わずにはいられなかった。


「おいおい、いい加減離れろよ。歩きにくいだろ」

「ヤダもーん。ぺったり♡」

「リーナ、楽しそうだな」


 楽しそうと聞いてきたエドワードにいい笑顔を返すリーナ。頬が少し赤くなってテレている表情がとてもカワイイ。また、困ったような声を出すレドモンドも何となく満更ではないような表情をしている。エドワードは思った。


(このロリコンジョブチェンジ野郎が。もげちまえっての)


 リーナを学校に送り、新緑亭に戻ってきたレドモンドとエドワードは宿を出立するため、荷造りを始めているとルシアがやってきた。


「本当にお帰りになるんですか?」

「ああ、清算頼む」

「予約はまだ数日残ってますが…」

「まあそうなんだが、オレたちも雇われの身。いつまでものんびりしているとクビになるかも知れないんでね。申し訳ない」

「そうですか…。あの、本当は違うんじゃないですか? リーナが関係してる訳じゃないですよね?」

「…………」


「(そうなのね…。もしかしてあの話、聞かれたのかしら)せめて、リーナが帰って来るまでお待ちになっていただけませんか?」

「悪い、そうなると夜間の峠越えになってしまうからな。出立させてもらうよ」

「…わかりました(仕方ないか…。リーナ、泣いちゃうわね…)」


 清算のため、階段を下りていくルシアの後姿を見ながら無言で荷造りを再開し、帰る支度が整うと1階のカウンターでルシアに残りの宿泊代を支払った。暗い表情で宿代を受け取ったルシアを見て、ふたりは申し訳ない気持ちで一杯になる。


 新緑亭の玄関口まで見送りに出たルシアにお礼を言って外に出たところで、青い顔をした村人数名が慌てた様子で走りこんできた。ルシアが訝し気にどうしたのかと聞いてみると、村人は息も絶え絶えに震える声で話し始めた。


「ル、ルシアさん。た、たたた、大変だ! 大変なことが起っちまった!!」

「だから、何が起こったんです?」

「と、突然獣人の兵士が現れて村を襲い始めたんだ!」


「なんだって!!」

「獣人の兵士ってなんだ!!」

「く、苦しい…」


 レドモンドとエドワードは村人の首をつかんでがくがく揺さぶる。息が止まって死にそうになっている村人を見兼ねてルシアが助けに入った。


「ふ、ふたりとも、首をつかんで揺さぶったら死んじゃいますよ!」

「スマン、驚いちまって。で、何があったんだ?」


「何もかんも、突然十数人の獣人が武器を振り回しながらやってきて、村人たちを襲い始めたんだっぺ!」

「んだんだ。警備隊と役場も襲われて凄い悲鳴が聞こえてきたんだ。オラたちビックリしちまって…。慌てて逃げてきたんだよぉ。何人も血だらけで倒れてて…、隣のばあさんも斬られちまったんだよぉ! ううう…おーいおいおい(泣)」


「それから? 奴らはどうした!?」

「獣人たちは村の人たちを捕まえて学校の方に行ったようだっぺ…」

「くそっ! なんてこった!!」

「真っ先に警備隊と役場を襲撃した…。行き当たりばったりの盗賊ではないな。計画性を持った奴らだ。となると、街道出入り口も抑えられている可能性があるな」

「じゃあ、村から出られないってことですか!?」

「そうだ」

「何てこと…。はっ、そうだリーナ、リーナが危ないわ!」

「待て!」


 学校に向かって駆け出そうとしたルシアをレドモンドが止めた。


「離して! リーナを、リーナを助けないと!!」

「奴らは武器を持っている。ルシアさんが行ったって殺されるだけだ」

「でも…」

「大丈夫。オレたちが助けに行く」

「ああ! なんてったってオレたちはリーナの護衛騎士だからな。今だけだけど」

「ルシアさんはこの人たちと隠れてろ」

「行くぞ、エドワード。キャティやアリシアちゃんも心配だ」

「おう!」


 エドワードは荷物の中からリュックタイプの小型バッグを取り出すと背中に背負い、先に行ったレドモンドの後を追った。ルシアは一瞬逡巡したが、村人に新緑亭の中に隠れているよう言うと、学校に向かって駆け出した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「こりゃひでぇ…」


 警備隊の建物内は悲惨な状況になっていた。備品が全て破壊され、4名の警備隊員が多量の血を流しながら死んでいたのだ。室内を見回すと武器は壁に掛けられたままになっている。恐らく突然、予期しない攻撃を受けたことで反撃する間もなく制圧されたのだろう。


「キャティは…。おい、いないぞ!」

「今の時間だと出勤前だったのかもな」

「ということはまだ生きてる可能性があるか。よかった…」

「果たしてそうかな? 逃げてきたオッサンたちが言ってたじゃねえか。獣人たちは村人を次々と捕縛して学校に向かったと…」

「くそ! 学校か!? 追うぞ!」

「待て。先に役場だ」


 警備隊の向かいにある村役場もまた酷い状況になっていた。入口扉は破壊され、中の備品も何もかも滅茶苦茶になっていた。床には何人もの役場職員や手続きに来たと思われる村の老婆の死体が転がっている。


「何てことしやがる…」

「おおーい、誰かいないかー! アリシアー、村長さーん!!」

「アリシアー、無事なら返事してくれーっ!」


 誰かいないかと声を上げるが反応は全くない。エドワードは執務室を出て給湯室の方を確認していると、少し離れた場所から「カタン…」と音がした。エドワードは手招きでレドモンドを呼ぶと、足音を消して音の方に向かう。そこは女子トイレだった。中をのぞくと個室が3つある。入ってよいものか一瞬考えたが今は緊急事態だ。その時、一番奥の個室から小さな物音がしたような気がした。ハンドサインで合図するとレドモンドは中に入って、音を立てないようドア越しに様子を伺うと、確かに息を潜めた何者かの気配がする。


「うらぁ! 誰だ出てこい!!」

「きゃああああーっ! た、助けてぇーっ!!」


 レドモンドがドアノブ付近を全力で蹴とばした! 簡素な造りのとびらは「バガン!」と音を立てて蝶番が壊れて床に倒れた。エドワードが個室の中に飛び込むとそこにいたのは…。


「ひっ…。助けて。殺さないで…」

「アリシア!」

「えっ!?」


 個室の隅で蹲っていたのはアリシアだった。彼女はエドワードの姿を見上げると、ボロボロと涙を流し、その胸に飛び込んで大声で泣き始めた。


「うわわぁん! エドワードさぁん、怖かった、怖かったよぉーっ!」

「もう大丈夫だ。怪我はないか?」

「うん、うん…ぐすっ」

「よかった…。一体何があった?」


 時折嗚咽しながら話してくれたアリシアによると、朝の業務が始ったところに鎧を着た獣人兵が何人も乱入してきて、役場に用足しに来ていたおばあさんをあっという間に斬り殺し、驚いて止めに入った職員も次々に斬られたとのこと。たまたま湯沸かし室にいたアリシアは騒ぎに気付いて驚愕するとともに、トイレに隠れて息を潜めていたのだという。


「中に村長さんの死体はなかった。村長さんはどうした?」

「わかんない…。ずっと隠れていたから…」


「きっと、学校だ。ヤツら村の学校の位置的重要性を知っているに違いない。だから学校に向かっているんだ」

「くそ、人質を取って学校を占拠するつもりか?」

「リーナたちが危ない! アリシア、オレたちは学校に向かう。君は家に帰って隠れてろ」

「えっ!? イヤよ、わたしを置いてかないで。ひとりにしないで。お願い!」

「オレたちは危険な場所に行くんだ。言う事を聞いてくれ」

「…イヤ。お願い、わたし怖いの。だから連れてって」

「しかし…」


「エドワード、連れて行こうぜ。ここで問答している時間が惜しい」

「…仕方ない。オレから離れるなよ」

「わ、わかった…」


 青ざめながらもどこかホッとした様子のアリシアを連れ、亡くなられた人たちに黙祷を捧げた後に役場を出た3人は学校に向かって走り出した。


 途中、斬られて倒れている村人を何人も見た。遺骸に縋って泣き叫ぶ家族と思わしき大人や子供、傷を負って呻く人に必死に手当をする人々…。この争いとは無縁の平和な村で何故このようなことが起こったのか。そして、一体何者がこの村を襲ったのか。いずれにしても、このような事態を引き起こしたヤツらに対し、怒りが沸き起こるレドモンドとエドワードであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「見えてきたぞ!」

「村人が集まってる。何が起こっているんだ?」

「とにかく行ってみようぜ!」

「待て、レドモンド!」


 逸るレドモンドに声をかけ、持ってきたバッグを手に持ち、パンパンと叩いて見せた。アリシアが不思議そうにバッグを見る。


「そうだった!」

「なにがそうなの?」

「こいつは収納部が別空間に繋がっているマジックバッグだ。オレたちの主人からの借りものだけどな」


 ふたりはバッグから愛用の鎧と武器を取り出して装着し始めた。いかにも使い込まれた感がある銀色に輝くフルプレート、刀身に魔法文字が書かれている白銀に輝くロングソード、幻想的な蒼い輝きを放つ刃を持ったショートスピア。どれもこれも村では見たことのない装備にアリシアは息を飲み、目を見張り、そして見惚れていた。


(すごい…。カッコいい…。初めて見たけど、これが騎士様なんだ…)


 準備を整えたレドモンドとエドワードは頷き合うと、学校に向かう坂を上り始めた。

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