騎士の矜持④
「きゃーっ!」
「わーっ! あははっ!」
「やったなー! それっ」
「きゃあ! 冷たーい!」
「あははははー!」
夏の川面に子供たちの楽しそうな歓声が響き渡る。仲の良い友達同士水を掛け合ったり、魚を追いかけて捕まえたり、バチャバチャと泳いだりして楽しそうだ。遊泳区域の瀬は深くても大人の膝下までであり、流れも速くなく。また、村によって遊泳区域の上流と下流に旗が立てられており、この範囲(距離約100m程)で遊ぶ分には危険が少ない。
ただし、旗より下流は川がカーブして深い(水深3~5m)淵になっていて、過去には悲しい水難事故も起こっている。このため、キャティやエマたちは旗の下流には絶対に行かないよう口を酸っぱくして注意していた。
「レドモンドさん、こっちこっち! ほら、淡水ガニがいるよ。捕まえよう!」
「お、おい。手を引っ張るなよリーナ。危ないだろ」
「ほら、ソル君たちも!」
「聞いちゃいねぇ…」
レドモンドはリーナ、メアリ、ソル、マリーと一緒にカニを捕まえ始めた。用意のいいことにソルは籠を準備しており、捕まえたカニを次々と籠に入れる。
「このカニは茹でて食べると美味いんだぜ」
「ほう、それは興味あるが…。いてっ、いててっ!」
「あはははっ。油断してるからだよー」
「うふふっ。リーナ、楽しそう」
カニに手の指を挟まれ、外そうと悪戦苦闘苦闘するレドモンドだったが、意外とカニの力が強い。そうこうしているうちに川底の石に足を滑らせ、ジャボン!と仰向けに倒れた。
「ガボッ! ガハッ、ガボゴボボォッ!?」
「わあ! あははははっ!!」
水流に飲まれ溺れそうになるレドモンドを見て大笑いする子供たち。しかし、当の本人はそれどころではない。マジで死にそうになりながら何とか四つん這いになると、水面上に上半身を持ち上げた。水没した際、たっぷりと水を飲んだため、苦しくて仕方がない。
「ゲホッ、ゲホッ、ガハッ。しっ、死ぬ!」
「もう…。大丈夫? カニに挟まれて溺れるなんて、情けないわね~」
「ゲホゲホ…。いつもすまねぇな、おっかさん」
「おっかさんじゃないよ!」
「アハハハハ。面白いね、レドモンド…だっけ? ほら、手を貸すよ」
咽るレドモンドの側に寄って背中をトントンしてあげてたリーナはその声に顔を上げた。いつの間にか、様子を見ていたキャティが笑いながら近づいてきてレドモンドの腕を取って立たせ、肩を貸した。女性特有の体の柔らかさといい匂いに、先程の苦しみも忘れ「ドキッ!」と心の臓が高まるレドモンドであった。だらしない顔のレドモンドを見てムッとするリーナ。それを知ってか知らずかキャティはレドモンドを休ませるため河川敷に連れて行った。
「クスクスクス。いい大人が張り切りすぎだよ。さあ、河川敷で休みましょう。傷の手当もしてあげる」
「あ、ああ。すまないな。キャティちゃんは優しいな。ホレそうだぜ」
「おだててもダメ。さあ行くわよ。しっかりつかまって」
「むぅ…。なんなのよ、あたしが介抱しようと思ったのに…。それになんなの? レドモンドさんのあのだらしない顔は。もう知らないっ!」
「リーナ、いいからソル君たちと遊ぼ」
ぷんすか怒るリーナの肩をぽんぽんしたメアリは彼女の手を取ると、水を掛け合って遊ぶソルやマリーたちの方に引っ張っていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん、手を握っててよ」
「大丈夫。ちゃんと握ってるよ」
「アリシア姉ちゃん、ボクちゃんと泳げてる?」
「うん、上手よ。泳げてる!」
レドモンドが淡水ガニに敗北して浅瀬で溺れている頃、相棒のエドワードはというと役場事務員のアリシアにお願いされ、瀬の下流、流れが緩くなったやや深くなった(といっても、水深50~60cm位)場所で小学生低学年の子供たちに泳ぎを教えていた。何故、こんなことをしているか。それは、子供たちに泳ぎを教えるのに1人では大変だから手伝って欲しいとアリシアに頼まれたのだ。
一旦は固辞した(理由:面倒くさいから)のだが、お願いしますと頭を下げたアリシアの下を向いた巨乳の谷間に目が釘付けとなり、思わず頷いた恰好になってしまったのだ。結果、今に至っている。
今、エドワードは狐耳の女の子の手を引いてバタ足の練習をさせていた。隣ではアリシアが5歳位の男の子の体を押えながら泳ぎの練習をさせていた。
「あははっ! アド君、上手上手!」
「キャハハッ!」
エドワードは、楽しそうにはしゃぐアド君を見て明るく笑うアリシアの可愛らしい笑顔と悩ましく揺れるビッグバストから目が離せない。しかし、エスコートしている女の子(ターナちゃん)を疎かにはしない。しっかりと泳ぎについてアドバイスするのは流石だった。
「エドワードさんて、教えるのが上手だね。ターナちゃんあっという間に上手になった」
「まあな、騎士団では泳ぎも徹底的に叩きこまれるからな」
「へえ、騎士って剣でカンカンって打ち合うイメージしかないけど、泳ぎもするんだね」
「そりゃそうさ、どんな状況になっても戦えるように何でも訓練するぞ。ちなみに、鎧を着たまま泳ぐ訓練ってのもさせられるんだ」
「え~っ、ウソだぁ~。鎧着たまま水に入ったら沈むんじゃないのぉ?」
「だから必死だよ。フルプレートって20kg近くあるんだぜ。普通に死ぬっての」
「面白そう! 今度、鎧着て泳いで見せて」
「イヤだ。面白くもなんともねぇっての!」
「お兄ちゃんも、お姉ちゃんもお話してないで泳ごうよ! えーい!!」
「おわッ!」
「きゃぁ!」
子供たちがわらわらと集まってきて、エドワードとアリシアの背中や腕、足に絡みついてきた。子供たちの怒涛の波状攻撃にエドワードの変態ビキニパンツが下げられ、アリシアのブラが剥ぎ取られ2人同時に秘部が露わになった。子どもたちがエドモンドの股間とアリシアのおっぱいを指さして大笑いする。2人は秘部を手で隠し、体をくねくねとよじって叫んだ。
『いやぁ~ん! まいっちんぐぅ~!!』
「あははっ! お兄ちゃんのちんちん、キモーい!」
「お姉ちゃんのおっぱい牛さんみたいー。おもしろーい!」
『面白くも何ともなぁーい!!』
「キャハハハハーーッ!!」
綺麗に声がハモったエドワードとアリシアが面白くて子供たちが大爆笑し、散り散りになって逃げ出した。二人は「ガオー!」と言いながら追いかけ、子供たちは益々はしゃぎまわる。一方、少し離れた場所で中学生たちが危険な場所に行かないか見ていたエマは、子どもたちと楽しそうに遊ぶエドワードとアリシアをじっと見つめていた。
(アリシアさんとエドワードさん、楽しそうだな。なんだろう、この気持ち…。彼はリーナさんの宿のお客さん。リーナさんを送迎する彼と私とは学校で挨拶するだけの関係。それだけなのに、あの2人を見てると心がもやもやして仕方ない。どうして?)
「先生…?」
「えっ!?」
「どうしたんですか、ぼーっとして」
難しい顔でエドワードたちを見ていたエマにソルとマリーが話しかけてきた。
「なんか考え事してた? ん?」
「いっ…いや、何でもないわよ。みんな気を付けて遊ぶのよ」
「変な先生」
2人は訝し気な顔でエマを見つめていたが、エマが黙っていたので友人たちの方に行ってしまった。ひとり残されたエマはため息をつくと、再び歓声を上げて遊ぶ子どもたちを、手を繋いで追いかけるエドワードとアリシアを見つめるのっだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いてて…」
「待ってて。今傷薬を塗ってあげる」
「悪ぃな。キャティ…さん?」
「なに、その呼び方。キャティでいいよ」
「じゃあ、オレもレドモンドと呼んでくれ。レー君でもいいぞ」
「あはははっ! 面白い人だね、レー君」
「まあな」
「うふふっ。ほい、終了っと」
「ありがとな」
カニに挟まれた傷に薬を塗ってくれたキャティにお礼を言う。キャティはポットからマグカップにお茶を注ぎ、レドモンドに渡してきた。
「随分とリーナちゃんに好かれてるね。あなたたち、ただの湯治に来たお客さんでしょう。どうして毎日学校まで送り迎えしてるの?」
「まあ…成り行きってヤツ?」
「ふーん。ああ毎日じゃ大変じゃないの?」
「大変っちゃあ大変だが、日々に変化があって楽しいかな。それに毎日なにかしらの出会いがある。キャティに出会ったのもそうだしな」
「そうね。いきなり付き合ってくれって言って来たのはビックリした。冗談にしても初対面の女性に告白するなんて、帝国じゃそれが流行ってるの?」
「流行ってはいない。オレはいつでも本気だ」
「余計たち悪いわ!」
「ネコ耳女子が大好きなのだ!」
「ド変態だにゃん♡」
「おぅふっ! 超ラブリィーッ♡」
「アハハハハ! 面白いね君。残念だけどあたし、彼氏いるんだよねー」
「マジ!?」
「マジ♡」
「ふ…憤死…。憤死も憤死、大爆死。オレの失恋記録また更新www」
「アハハハハ!」
河川敷に大の字になって手足をバタバタさせるレドモンドのお腹をつんつんしてキャティがとても楽しそうに笑っている。河川敷から離れた場所でその様子を見ていたリーナは面白くない。
(なによ、せっかく一緒に遊ぼうと思ってたのにさ。キャティさんとイチャイチャしちゃって…。レドモンドさんのバカ! バカバカ! おたんこなす!!)
リーナはキャティと楽しそう(?)に話をしているレドモンドを見て少しだけ心が痛くなった。この感情は何なのだろうか…。考えても答えは出ない。悲しい気持ちだけが胸の中をぐるぐると渦巻くだけだった。リーナはため息をつくと友人たちから離れひとりで泳ごうと下流の方に向かってじゃぶじゃぶと川の中を歩いて行った。気が付くと大分友人たちから離れてしまっている。
「おーい、リーナさん」
「あ、エマ先生」
上流側からリーナを呼び止めるエマの声が聞こえた。
「そこから先は深みになっていて危険よ。上流に戻りなさーい」
「えっ? ホントだ」
リーナの目の前にはこの先遊泳禁止を示す赤旗が立っていた。考え事をしていたらいつの間にか遊泳区域の端まで来てしまったようだ。上流側ではエマとメアリたちが戻るように手を振っている。既に水深はリーナの胸の下辺りまでになっていた。リーナは戻ろうと体を上流側に反転させようとした。その時、水の抵抗によって足がよろけ、川底の石に着生していた苔で足を滑らせてしまい、ドボーンと水音を立てて転んでしまった。
「きゃ…、わぷっ、ごぼごぼっ。ぷは、やだ足が…、足が攣っちゃった。たっ助け…がぼっ、ごぼごぼごぼ…」
突然、体が水中に沈んだことでパニックになり水を飲んでしまった。息が詰まり苦しくて手足を動かすが、体は深みに向かって沈んでいくばかり。
(たっ…助けて。誰か助け…。だめ、ここで死ぬの…?)
「きゃあああっ! リーナぁ!!」
「ダメ! いけない!?」
メアリが真っ青になって悲鳴を上げ、エマはざぶざぶと下流に向かって走った。そして、リーナが沈んだ深みに向かって大きく息を吸い込むと、ジャブンと水中に飛び込んだ。
(どこ、どこにいるの…、あっ、いた!)
川底近い場所で必死に手足を動かしているリーナを見つけたエマは、一気に潜水してリーナに近づき、体を抱えた。リーナは溺れる恐怖でギュッとエマにしがみつく。その力は凄くエマは肺から空気をゴボゴボと吐き出してしまった。体の中の酸素が不足して苦しくなってきたが、歯を食いしばって水面に向かって一生懸命足を動かした。水面までもう少し…。あとちょっと…。
「ぷはぁ!」
「げほっ、ごほっ!」
「リーナさん、リーナさん大丈夫!?」
「あ…あ、あう…、せ、先生…」
「リーナさん、もう大丈夫よ」
水面に顔を出したリーナは飲んだ水を吐き出すと安心したのか涙を浮かべた。エマはリーナを背中に背負わせると浅瀬の方に移動しようとして足を動かした。しかし、急に無理な運動をしたせいで筋肉が痙攣し、鋭い痛みと共に動かなくなってしまった。
「あうっ!?」
「ま、まずい。足が…攣って…。痛っ…あっ、ゴボッ? ゲホッゲホッ。このままじゃ2人とも溺れてしまう。だ、誰か…」
「誰か助けてーっ!! ガボッ、ガハッ…。だっ、誰かーッ!!」
遊泳禁止区域から離れた深い淵で溺れ、必死に助けを呼ぶエマの声に子どもたちが気付いた。
「あーっ! エマ先生とリーナちゃんが溺れてる!?」
「ホントだ! どどど、どうしよう!?」
「キャティさんやアリシアちゃんに言ってくる!」
子どもたちは一斉に大人たちに声をかけに走った。河川敷で休んでいたレドモンド、エドワード、キャティにアリシアは急に騒がしくなったことで何事かと訝しがり、顔を見合わせた。そこに、息を切らせたメアリとソル、マリーたちが走りこんできて、下流を指さしながらエマとリーナが溺れていることを知らせてきた。レドモンドとエドワードは反射的に立ち上がると下流に向かって全速で駆け出した。一方、キャティは中学生以上の子たちを集めた。
「君たち、川に入っている子たちを全員河川敷に上げて。注意がエマたちに向かって、足元が疎かになり、二次遭難の危険がある!」
「は、はい!」
「ソル君待って。君足が速いよね。警備隊詰所に行って救助要請をして来て!」
「分かった!!」
「アリシア、あたしたちも救助に向かいましょう!」
「わ、わかった!」
キャティは子どもたちに指示を出すとアリシアを伴ってレドモンドとエドワードの後を追うのだった。
 




