騎士の矜持②
翌日、2人は朝風呂に入って寝汗を流し、スッキリしたところで朝食を食べながら今日の予定を話し合った。とはいっても何もない(あるのは熊殺しの巨大石像だけ)村の事、とりあえず散策しようという話に落ち着き、食事のあと着替えて宿を出た。そして、宿を出たところで制服姿で、鞄を背負ったリーナが声をかけてきた。
「おーい、お兄ちゃんたちー!」
「お、リーナちゃん。今から学校か?」
「おはようさん」
「うん! お母さんから聞いたんだけど、お兄ちゃんたちってさ、どっかの貴族のお抱え騎士さんなんですってね」
「…まあ、そうだな」
「イヤな予感がする」
「騎士さんかぁ~。カッコいいなぁ。ねぇ、あたしを学校までエスコートしてよ!」
「はあ!? なんでだよ!」
「予感的中。いきなりきたな。女子中学生の発想はぶっ飛んでる典型だ」
「だって、美少女を護衛する騎士なんてカッコいいじゃない。女の子なら憧れるシチュエーションだよ。ね、お願い!」
「まあ、暇だからいいけど…」
「オレたち普段着だぞ」
「いいの、いいの。気分的なものだから。さあ、行きますわよ。しっかりリーナを護衛するんですのよーっ!」
「へいへい」
「くくっ。可愛いじゃねぇか。さて、しっかり護衛しますか」
「リーナが猫耳ちゃんだったら、全身全霊全愛を込めて護衛するんだがな~」
「お前…、最悪だな」
「褒めるなよ、相棒」
「褒めてねーよ!」
青空広がる良い天気の中、川沿いの村道をリーナを真ん中にして歩く。季節は夏で標高の高い山間の村でも日差しが強く、歩いているだけで汗ばんでくる。リーナから村の様子や生活など話を聞きながら学校に向かっていると、男に挟まれて歩くリーナを見つけた通学途中の小学生や中学生がわらわらと集まってきて、滅茶苦茶質問してきた。リーナはニコニコ笑顔で「あたしの騎士さん」とか、誤解を招くような言い方で説明してる。しかし、レドモンドとエドワードは笑って好きなようにさせていた。日々、同じような生活をしている子供たちにとって、自分たちは日常を変化させる存在だと思ったからだった。
「おや? おい、見ろよ」
「オーガの子だな」
「ああ、あの子? ソル君と言ってあたしの同級生だよ。昨日話したオーガのユピトさんの息子さんだよ。皆とも仲いいのよ」
「そうなんだな。ま、いい事じゃねぇか。人類皆兄弟ってか?」
「よく見ると獣人や亜人の子も結構いるな」
「えへへ。この村は悪人以外はだれでも受け入れるんだよ。村長さんの方針なの」
「へえ…。人格者なんだな。ここの村長さんは」
「そうなの! だからみんな村長さんが大好きなの!」
20人ほど集まった子供たちと色々な話をしながら朝日を浴びて川沿いの道を歩く。やがて集落の中ほどまで来ると、リーナがレドモンドの腕に抱きついて、村の施設を説明しだした。膨らみかけの胸が腕に押し付けられ、レドモンドはちょっとドギマギしてしまう。
「あれが村役場で、こっちが警備隊の駐在所。向こうに見える変な色の屋根は村1軒の食堂で、その隣が雑貨屋さん!」
「お、おいリーナ。離れろよ」
「え~、ヤダぁ~♡ 嬉しいくせに~」
「嬉しくねぇし、オレはロリコンじゃねぇっての。おい、エドワード何とかしてくれ」
「無理だ。むしろ、オレが助けて欲しい」
見るとエドワードには多数の小学生が群がっていて、肩車と抱っこをせがまれていたのだった。ため息をつくレドモンドにニコニコ笑顔のリーナ。朝から死にそうなエドワードに元気な子供たち。変化のない毎日に突然現れた変化に、何事かと眺めていた村人も笑顔で挨拶してきた。
「おおーい、子供たち! 今日は楽しそうだねー」
レドモンドとエドワードは声の主を見た。集団の前方からピンクのポロシャツに浅黄色のホットパンツを穿き、ショルダーバッグを肩にかけた若い女性が歩いてきた。よく見ると大きなネコ耳に長い尻尾が見える。まごうことなき猫の亜人の女性だった。
なお、体型はスレンダー系だが、ポロシャツの胸の部分が小さな小山を描いてるのが、とても魅力的である。憧れの猫耳美人の出現にレドモンドの心臓は高鳴り、相棒の興奮を感じ取ったエドワードは呆れたように小さく笑い、リーナはヤキモチを焼いたのかジト目で見ている。
「あー、キャティねーちゃんだー。おはようー!」
「キャティちゃん、おはよう」
「おはよう、みんな! んん? この人たちは?」
「この2人は昨日からウチに泊ってるお客さんだよ。レドモンドさんとエドワードさん」
「へえ…。っと、あたしはキャティ。共和国警備隊サヴォアコロネ村駐在所の巡査。今は出勤途中なの」
リーナがレドモンドとエドワードを紹介すると、相手も自己紹介してきた。エドワードは中々の美人だなと思いつつ、挨拶のため右手を差し出した。キャティもニコッと笑顔を返して握手しようと手を伸ばしたが、サッとその手を取ったのはレドモンド。もう片方の手をキャティの腰に回し、グイっと体を引き寄せた。
「キャッ!?」
「美しい…。顔も、大きなネコ耳も、しなやかなボディラインも毛並みの良いネコ尻尾も、なにかも美しい…。君、もし君に恋人がいないのなら、僕が立候補しても良いだろうか。僕のハートは既に囚われてしまった。キャティ、君という美しい檻にね…。僕の名はレドモンド。生涯の伴侶となるネコ耳美女を求め旅する永遠の旅人…」
「何言ってんだコイツ。ネコ耳が好きすぎて、ついに狂ったか?」(エドワード)
「むかっ!」(リーナ)
これ以上ないイケメンスマイルでキャティを見つめるレドモンド。キャティはビックリした顔からニコッと可愛らしい笑顔を返すと、レドモンドの腕を取って体を回し、背負い投げで地面に叩きつけた。
「ぐはぁ!?」
仰向けで地面に倒れたレドモンドを冷たい視線で見下げるキャティ。そして、何故かぷんすかしてレドモンドの体を足で小突きまくるリーナ。蹴るたびにスカートの中、白いパンツがちらちら見えるが、意外と蹴りのダメージがデカく、パンツ鑑賞の余裕はない。
「あたし、軽そうな男嫌いなの。おまけにスケベそうだし。じゃあね、バイバイ」
「うごご…」
キャティはパンパンと手をはたきながら職場に向かっていった。リーナやその友人はレドモンドの手を引いて起こし立たせた。
「ありがとう。リーナちゃん、メアリちゃん。いやー、酷い目に遭った。マジでケツが痛ぇ。さすが警備隊巡査、一瞬でやられちまったよ」
「アホか? 自業自得だろ」
「ホントよね、側にこんな可愛い子がいるのにさ」
「可愛い子って?」
リーナはドヤ顔でちょいちょいと自分で自分を指さす。それが何だか可笑しくてレドモンドとエドワードは笑ってしまった。
「イヤ、悪ぃ悪ぃ。つい理想のネコ耳ちゃんに出会って舞い上がっちまった」
「お前は、本当に見境がないな」
「そういうエドワードだって巨乳大好きじゃねぇか。村の女に巨乳はいないなーって呟いていたの、オレは知ってるぞ」
「お、お前、今ここでいう事じゃねーだろ!」
「2人ともサイテーだね! 行こうメアリちゃん。ぷんぷん!!」
「あっ、待ってよリーナちゃん」
怒ったリーナはメアリを連れて先に行ってしまった。レドモンドとエドワードは顔を見合わせて苦笑いを浮かべ、残った子供たちと一緒に学校まで向かうのだった。その辺は律儀にリーナとの約束を果たす2人であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「へえ、これが学校か」
「小中合同とはいえ、田舎の村にしては規模が大きいな」
レドモンドとエドワードは子供たちと一緒に学校までやってきた。校門を抜けると広いグラウンドがあって奥に木造2階建ての建物が建っていた。子供たちが1階は小学生の教室で2階が中学生の教室だと教えてくれた。しかし、2人が気にしたのは立地だった。
学校は村から少し離れた外れの山の麓にあり、集落から数十mほど高台に造られていて、校庭の端に立つと村が一望できる。また、村道に面し、校門が置かれている以外の3方向は木々が生い茂った山に囲まれている。
「天然の要害に囲まれた城だな。こりゃ」
「ああ。村に何かあった場合の最後の砦ってやつか。災害時の避難所にピッタリだな」
校門前で2人が村を見下ろしながら感想を話し合っていると、背後から声がかけられた。
「みんな、おはよう!」
「おはようございます。エマ先生!」
レドモンドとエドワードが振り向くと若い女性がニコニコと笑顔で子供たちに挨拶していた。エマ先生と呼ばれた女性は2人に気づくと子供たちに校舎に入るように言って近づいてきた。エマは20代半ば位。美しい金髪を後ろでお団子にしている、目鼻立ちの整った凄い美人だ。着ているチェック柄のワンピースまた良く似合っている。そして…
「エ、エウリア…?」
「エドワード?」
呆然とエマを見ているエドワードに訝し気に声をかけたレドモンド。その声にハッとしたエドワードはぶんぶんと頭を振った。
(一瞬、死んだエウリアが現れたかと思った。よく見りゃ全然似てないじゃないか。しっかりしろ、エドワード)
「大丈夫か?」
「何でもない。大丈夫だ」
「あ、あの…」
エマは恐る恐るといった感じで2人に声をかけてきた。生徒以外の人間が学校に来るのは保護者か荷物を届ける業者さんしかいない。しかし、2人とも村では見かけない顔をしている。不審者だったらどうしようと考えるエマだった。
「私はこの学校の教師でエマと言います。あの、あなた方は?」
「オレたち? オレたちは…」
エドワードが口を開いた時、校舎に行ったと思っていたリーナが、いつの間にか戻って来ていて、エマの背後からツンとした顔で答えた。
「エマ先生。この2人はウチのお客さんでーす。こっちがレドモンドさん。顔を見たらわかるとおりロリコンドスケベで、あたしを見る目がすっごくいやらしいんで、あたし狙われちゃってるかも。そっちがエドワードさん。落ち着いた感じに見えるいい男風だけど、何でも女は巨乳じゃないとダメらしい偏見に満ちたむっつりスケベです。でも、根はいい人たちですよ。たぶん」
「まあ…」
「いつの間に来たんだよリーナ! お前、出まかせを言うんじゃねぇよ。誤解されるだろ!!」
「出まかせじゃないモーン」
「別にオレは巨乳にこだわるわけじゃないぞ。小さいよりは好きだが。それにむっつりではない。オレは堂々とエロ話をするぞ。健全な男たるものエロが好きなのは当然だ」
「エドワード…。おま、ここでそれを言うか?」
「ね? スケベでしょ」(リーナ)
「………。あの、子供たちの教育に悪いので、関係のない部外者はさっさと出て行ってくれませんか?」(エマ)
両手を腰に当て、迷惑顔で校舎外に出て行くようにエマが言ってきた。登校してきた子供たちがレドモンドとエドワードを不思議そうに眺めては校舎に入っていく。見るとエマの後ろでリーナが口に手を当てて「プププ…」と笑っている。2人は「コノヤロウ…」と思ったが、部外者であることは事実なので、ここは大人しく引き下がるしかない。
「申し訳なかった。オレたちは出ていくよ」
「じゃあな、リーナちゃん。もうオレたちを誘うなよ」
「バイバーイ!」
校門を出た2人の背中に向かって、リーナが大きな声でお礼を言ってきた。
「2人とも、ここまで護衛してくれてありがとー! 帰りも迎えに来てねーッ!」
「誰が来るかー!!」
と叫んだものの、結局夕方になったら、学校に迎えに行く律儀な2人だった。




