ルゥルゥの結婚狂騒曲(窮途末路編)
ついにその日が来た。ルゥルゥの目の前には3階建ての立派な御殿(お屋敷)がそびえ立っている。ルゥルゥは大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、改めて自分の姿を確認した。服は白を基調とした上質なシルク製の清楚な半袖ワンピース。スカートの裾には色彩豊かな花々があしらわれていてとても可愛らしい。また、胸元には銀のネックレスが輝き、帝国の有名ブランドのバッグを手にしている。さらに、練習の甲斐あってメイクも完璧。どこから見ても良いとこのお嬢様のようだ。当然、街を歩く爆乳美少女を男どもが見逃すはずがない。ここに来るまでの間、頭の中は交尾しか考えてないような多くの男から声をかけられ、あしらうのが大変だった。
(うん、我ながら貯金(100帝国マルク(帝国金貨1枚分=約100万円))を全部はたいて買い揃えた甲斐があるってものよね。これなら、ウルの田舎娘って笑われることないと思ふ。で、では行くわよ。うう、心の臓がドキドキしちゃってるよ~。もう一度深呼吸、深呼吸…。スーハー、スーハー)
「よ、よし、行きますわよ」
ガチガチに緊張し、言動がおかしくなったルゥルゥは玄関の呼び鈴の紐を引っ張った。カランカランと音が鳴って間もなく屋敷のメイドが顔を出したので、要件を言うと話が通っていたらしく、直ぐにリューリィが出てきた。
「やあ、良く来てくれました」
「こ、こんにちは」
「わあ、凄くかわいい服ですね。見惚れてしまいます」
「そ、そう?」
「ええ。ユウキ様にもエヴァリーナ様にも負けない美人さんです」
「お、おだてないでよ。恥ずかしいから」
「ふふ、どうぞ中に。両親も待ってます」
「お邪魔します…」
お屋敷の廊下をリューリィの後に続いて歩いていると、通りすがりのメイドさんや使用人がじろじろと見てきて恥ずかしい。純情娘のルゥルゥは思わず顔がか~っと赤くなってしまうのであった。そして、いよいよリューリィの両親が待つ部屋に到着した。
「ここです」
リューリィは扉をノックして到着したことを告げると、中から「入りなさい」と声がかかった。いよいよその時が来た。既にルゥルゥの胸は限界まで高鳴っている。
扉を開けたリューリィがルゥルゥに中に入るよう促した。中では2人の男女が立って待っていた。男性は年齢40代後半位。短髪は綺麗なオールバック、鼻の下に髭を整えており、痩身の体にはビシッとスーツを着こんでいる。そして、カミソリのような鋭い眼光でルゥルゥを見つめている。その隣には、スタイルの良い体を薄桃色のロングドレスに包んだ女性。金色の髪を後ろでアップにしている。しかし、ルゥルゥは彼女の顔から眼が離せない。それもそのはず、頬には大きな刀傷があり、ズバッと存在を主張していて、鋭い眼光は餓狼のようで、ウルの勇猛な戦士でさえ怖気を振るって逃げ出しそうだ。当然、体とおっぱいは大きいが気が小さいルゥルゥはビビって失禁しそうになる。しかし、膀胱と尿道をギュッと締めて耐えた。そして、ようやくある噂を思い出す。
(お、思い出した。確かメイド長って、帝国第1海兵隊の部隊長時代「カルディアの女豹」って呼ばれた猛者だったって。マーガレット様と併せて「帝国の歩く破壊衝動」って呼ばれているって)
青ざめた顔のルゥルゥに、紳士が声をかけた。
「どうかしたかね?」
「ひぇ! な、なんでもありません。本日はお時間を取っていただき、ありがとうございます。これ、つまらないものですけど…」
「これは、ご丁寧にどうも。ほう、ユーリバ産の最高級メロンですか。ありがとうございます。高かったでしょう」
「い、いえ。お気になさらずに…」
「……(ふむ、最低限の礼儀は身に着けているようだな)」
紳士はメイドに手土産を渡すと、自己紹介してきた。
「私はアーデルベルト・フォン・ヴレーベ。この家の当主で、リューリィの父です。こちらは妻の…」
「カロリーネよ」
「あの、ルゥルゥといいます」
アーデルベルトに促され、ソファに着座したルゥルゥの隣にリューリィが座り、テーブルを挟んで両親が座った。場が一気に緊張感に包まれる。ルゥルゥがふと隣を見ると、いつも飄々としているリューリィも緊張しているのか、表情は硬く、膝に置いた拳が小刻みに震えている。
(リューリィ君…)
メイドが4人の前に紅茶とケーキを置き、礼をして下がった。メイドが退室したのを見計らってリューリィは両親を真っ直ぐ見据えてから口を開いた。
「お父様、お母様、本日はお願いがあります。ここにいるルゥルゥさんとボクは愛し合っています。どうか、ボクたちの結婚をお許しください。戦争が終わって約1年、父上と母上の指導の下、修行を続け男として認めていただきました。この修行で鍛えられ、妻を娶る自信もつきました。どうかお願いします!」
「あ、あの! あた…じゃなくて、あたしからもお願いします。あたしもリューリィ君が大好きなんです。結婚を許してください!」
「ふむ…」(父)
「………」(母)
リューリィとルゥルゥが結婚の許可をお願いするが、両親は難しい顔をして黙り込んでしまう。沈黙に耐えられずルゥルゥは声を上げた。
「あ、あの。もしかしてあたしがウルの出身で、亜人だからすぐにお返事をいただけないんですか?」
「……それもある」
「そ、そんな…」
「何故そんなことを言うのですか!? ルゥルゥさんは確かにウルの出身ですが、邪龍復活を阻止するため、我々の側に立って戦ってくれたと何度も言ったでしょう! どうしてわかってくれないのです!!」
「違うよ、リューリィ」
「お母様、何が違うのです!」
「黙りな!」
カロリーネが否定の言葉を放ち、リューリィが反論しようとするが、鋭い視線と口調で黙らせ、ルゥルゥはビクッとして顔を青ざめさせる。2人をじっと見つめてアーデルベルトは静かに口を開いた。
「リューリィ、我がヴレーベ家は先祖代々皇家に仕える由緒ある家柄だ。だからこそ、跡取りの嫁は品位・血筋に優れた家からであることはもとより、礼儀、気品を身に付け、容姿に優れ、さらには身を挺して皇家の方々を守るため、戦闘能力に長けた者から選ばねばならん」
「そんな時代錯誤な…。今の世は人も亜人も平等ではなかったのではないですか!?」
「おだまり! 家には家の伝統ってものがあるんだよ! リューリィ、お前はそれを守る義務があるんだ」
「ボクは…、納得できません」
アーデルベルトは軽く咳払いをして、リューリィに向かって衝撃的な発言をした。
「リューリィ。実はお前に結婚の申し込みの話がある」
「ええっ!?」
リューリィとルゥルゥは同時に驚いた声を上げた。それもそのはず、当事者は何も聞かされていないのだから。ルゥルゥの目にじわっと涙が浮かんでくる。
「相手は帝国アンスバッハ子爵の御令嬢で名はアナベル。歳は17歳。礼儀作法に料理家事、貴族としての所作も完璧。気立てもよくて美人だ。お前の嫁に相応しいと私は思っている。私としてはこの話、受けたいと考えている。勿論、カロリーネも同意見だ」
「……。ボクは納得できません。その話はお断りしてください。ボクはルゥルゥさんを愛している。ボクの妻には彼女しかいない!」
「リューリィ君。嬉しい…」
「リューリィ、親の言うことが聞けないっていうのかい!」
「聞けないものは聞けません! ボクはあなた方の傀儡じゃない!!」
「なんだって!」
その後も、リューリィと両親(特に母親)の言い争いが続き、ルゥルゥは何とか落ち着かせようとするが、3人はヒートアップするばかりで収集がつかなくなってきた。騒ぎを聞きつけたメイドさんたちも集まってきたが「カルディアの女豹」の眼光にビビって誰も近づけない。
暫く言い争った後、アーデルベルトはいきり立つカロリーネを手で制し、リューリィに問い正してきた。
「女に興味を示そうとしなかったお前がここまで、ルゥルゥさんに入れ込むのは何故だ?」
リューリィはチラっとルゥルゥを見た。不安そうに自分を見つめるルゥルゥに「心配しないで」と言って両親に向かい合った。その姿は美少女然としたいつもの雰囲気はなく、凄く男らしくてカッコいい。ルゥルゥの大きなお胸がキュン♡となって顔が赤くなった。
「お父様、お母様。確かにルゥルゥさんは礼儀作法には疎いし、料理もウル料理は完璧ですが帝国料理はあまりできません。しかし、ルゥルゥさんはそれを補って余りある素晴らしいものを持っているのです」
「それはなんだ?」
「優しさと人を思いやる心です」
リューリィはレアシル廃鉱山前でウル親衛隊に襲われた際、怯えるアルテナ姫を守るため奮戦し、大怪我を負いながらもその身を案じて安心させるために言葉をかけ続けていた事や、先日の公園で亜人の子に邪龍戦争で親を亡くした人間の子が非難の声を上げていた場面に居合わせたルゥルゥが優しく諭して仲直りをさせた件など、ルゥルゥの思いやりと優しさあふれるエピソードをいくつか話して聞かせた。
「ユウキ様やエヴァリーナ様も人々に優しく、万人に好かれる資質をお持ちです。ですが、ルゥルゥさんもまた、お2人に負けない優しさと人を慈しむ心を持っています。ボクはその優しさに満ち溢れた美しい心に惹かれたのです!」
「………。(リューリィ君、褒め過ぎだよ。恥ずかしいよ)」
「お父様、お母様。ボクはキチンとこの家の跡を継ぎ、皇室の執事として跡を継ぐことを約束します。ですから、ルゥルゥさんとの結婚を認めてください。お願いします!」
「あ、あたしからもお願いします。あたし、こんなに男の人を好きになったことないんです。リューリィ君に会えないだけで死にそうになるくらい苦しいんです。どうか、あたしの恋を叶えるお許しを下さい…」
「はぁ~」
「…ったく、こいつらは…」
アーデルベルトとカロリーネは深いため息をつくと、困ったように眉を顰めた。騒ぎに集まったメイドや使用人たちはハラハラした様子で成り行きを見ている。応接間に沈黙が訪れ、静寂に包まれる。暫くしてそれを破ったのはカロリーネだった。
カロリーネはドレスの胸元から何やら紙を取り出すと、バンとテーブルに叩きつけた。それは3枚あり、表は伏せられ、何も書かれていない裏面が上になっている。リューリィとルゥルゥは不思議そうに顔を見合わせた。カロリーネは凄みのある笑みを浮かべると、ルゥルゥを見た。
「そこまで言うなら覚悟を見せてもらおうじゃないか」
「覚悟…ですか?」
「そう。アンタが我が家の嫁に相応しいか見極めてやろうじゃないか」
「お母様、そんな勝負して何の意味もないでしょう!」
「リューリィ、わたしらだって判断する基準が欲しいんだよ。わたしらが提案する試練に打ち勝ったら結婚を認めてやろうじゃないか。いいね、あなたも」
「いいだろう」
「リューリィ君、あたし頑張る。試練に打ち勝ってリューリィ君との結婚を認めてもらう」
「ルゥルゥさん、無理しなくても(フラグを立てちゃったようだし…)」
「試練とはなんですか? 掃除洗濯家事の腕前や礼儀作法ですか?」
「ふん、あたしを誰だと思っているんだい。そんなもんじゃないよ。この3枚の紙に試練の内容が書いてある。1枚選びな。そして、その内容に打ち勝ってみせるんだよ」
凄みのある顔で睨みつけるカロリーネにビビるルゥルゥ。
(そ、そういえばお母さんって、死をも恐れぬ帝国海兵隊の部隊長だった人だよ。と、言うことはこの物語のこの先ってバトル系!? あたいの一番ダメな奴じゃん。どうしよう…)
青い顔をして脂汗をだらだら流すルゥルゥを心配そうに見るリューリィと、怖い顔でじいっと見つめるアーデルベルトとカロリーネ。そして、話の流れにワクワクしているメイドさんたち。
「どうした、受けるのか? やめるのか?」
「うう…」
アーデルベルトがルゥルゥにどうするか問うてきた。勝ち誇ったようなその顔を見たルゥルゥは何故か猛烈に怒りが湧いてきた。何故、好きな男性と一緒になりたいと願うだけなのに、ここまで否定され、貶められなければならないのか。そう、今の自分は愛に生きる女なのだ。ルゥルゥは覚悟を決め、大きく息を吸って「バン!」とテーブルを叩いた。
「その試練、受けます!」
ルゥルゥの手の下には真ん中の紙があった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「経過はわかりました。で、何故に私たちまで巻き込まれなければならんのです?」
「だって…。この試練? 1チーム4人参加が必須だっていうし、あたい、知ってる友達少ないから…。ソフィやティラだったら手伝ってくれるかなって」
「冥府魔道を行く女ティラ、久々に登場」
「アルテナは完全に部外者と思うのだ。帰っていい?」
「だめだよ。あたいの幸せのためにお手伝いしてよ」
「他人の幸せより自分の幸せが大事なのだ」
「うわ、ド正論」
「まあまあ。手伝うのは構いませんが、ここって…」
ルゥルゥに集められた3人の精鋭たち。帝国兵で絶賛彼氏募集中のソフィ。冥府魔道を行く修羅の女で、やっぱり彼氏募集中のティラ。帝国に留学中で中学生になったウルの姫君アルテナ。3人は会場を見上げる。そこは帝国最大の室内プール「セイレン・ウォーター・パーク」。そして、入口に掲げられた看板にはこう書かれていた。
『改装2周年記念 飛び散る汗と弾ける肉体 ドキッ♡丸ごと水着♡女だらけの水上悩殺武闘大会!! 君は羞恥心に耐えることができるかッ!?』
「どう見ても、マトモな武闘大会ではありませんよね」(ソフィ)
「会場に入る男たち、目が異様にギラギラしてて怖いのだ…」(アルテナ)
「水着か…。貧乳にはキツイ。何故にこれが試練なん?」(ティラ)
「提示された3枚の紙のうち、エイヤで取ったのがこれだったの」
「ちなみに、他の2枚の内容は?」
「えーと、「帝国地下闘技場名物 地獄の金網デスマッチトーナメントをマイクロビキニで優勝」と「スクルド大陸最強戦士決定戦をsexyボンテージ女王様スタイルで優勝」だったかな」
「なんですか、それ。水上悩殺武闘大会がかなりマシに思えてきました」
「だよね。自分の運に感謝してるよ。ホント」
見た目に反して純情乙女のルゥルゥはマイクロビキニやsexy女王様の恰好をした自分の姿を想像して身悶える。適当に集められた3人組は覚悟を決めたのか、ため息をついて会場に向かう事にした。
「じゃあ、行きますか。私らだって女豹の餌食になりたくないですからね」(ソフィ)
「ティラも頑張る。スレンダー美女の魅力で勝ちあがる!」
「ルゥルゥはアルテナを助けてくれたから、今度はアルテナが助ける番なのだ!」
「ありがとう、みんな。持つべきものは友達だよ。グスン」(ルゥルゥ)
4人は「えいえいおー!」とヤル気のない気勢を上げて会場に歩を進めた。ルゥルゥの結婚という目標のため、熱いが薄い友情(?)で結ばれた女たちの恥辱にまみれた戦いが今始まったのだ。その姿を物陰からそっと見つめる1人の男リューリィ。自分の力のなさをここまで呪ったことはない。ただ、愛する人の背中に声をかけるだけだ。
「ルゥルゥさん…。お願いします、頑張ってください」
そっと呟いたリューリイの首根っこがグイと掴まれる。
「ぐえ!?」
「行くよ。リューリィ」
リューリィは両親に引きずられて会場に入った。




