ルゥルゥの結婚狂騒曲(艱難辛苦編)
※ 邪龍戦争ではほとんど空気だったルゥルゥとリューリィのお話です。
ここはカルディア帝国首都シュロス・アードラー市にいくつかある公園のひとつ。空は青く晴れ上がり、初夏の爽やかな風が心地よく、休日ともあって大勢の市民が芝生に寝転んだり、お弁当を広げたり、屋台で好きなものを買ってベンチで食べたりしているなど、憩いのひとときを送っている。そんな明るい雰囲気の公園のベンチに、この世の終りでも来たような陰鬱な顔をして地面を歩くアリンコを見つめている女子がいた。
彼女の名はルゥルゥ。ウル国出身の18歳で珍しい虎の亜人だ。身長183cm、体重65kg、B107W64H89のビッグなわがままボディ。セミロングの髪は黄色がベースで毛先が黒のタイガーカラー。顔もややつり目がちの大きな目が可愛く、目鼻立ちが整った中々の美人なのだ。しかし、今の彼女はいつものはつらつさもなく憂いを帯びた暗い顔をして何度も何度もため息をついていた。
「戦争が終わってからリューリィ君と全く会えてない。一緒に冒険して発掘文書を調べて、最後の戦いにも参加したのに、ぱったりと会う事が無くなっちゃった…。結構いい感じだったと思ってたのは、あたいの勘違いだったのかなあ…。飽きられちゃったってことはないよね。それ以前にキスとか、エ、エッチとか何もしてないし…」
(何度かリューリィ君のお家に行ってみたことがあるけど、あまりに大きくて尻込みしてしまったんだよね…。あたいの実家なんて、リューリィ君のお家の物置より遥かに小さいよ。ははっ、惨めな気持ちだけが残っちゃった。それに、リューリィ君も会いに来てくれなかったし…)
膝の上に置いた手の上にぽつりと涙が落ちた。自分ってこんなに気弱な女の子だったろうかと思ってしまう。でも、悲しいのは悲しいのだ。ミュラーに振られた時よりダメージは大きいかもしれない。
「ぐすん…。ずずっ…、あっ、やだ…」
涙と共に鼻水が垂れそうになり、慌ててショルダーバッグから鼻紙を取り出してチーンとかんだ。思ったより鼻水の量が多く、鼻紙を破って手に付いた。指と指の間で糸を引く鼻水を見て自分のモノなのにドン引きする。
「ヤダ、ばっちい…。てか、公衆の面前で鼻をかんで手につけちゃう女って、色気とは無縁だし、全然可愛くないよね。こんなんだから、いつの間にか幻滅されたのかなぁ」
(もう、ウルの実家に帰ろうかな。せっかくエヴァリーナ様がお仕事斡旋してくれたけど、このまま帝都にいるのは辛いよ…)
ずずっと鼻をすすって、ベンチから立ち上がった。公園から出ようと歩き出したルゥルゥの耳に誰かが怒鳴り合う声が聞こえた。声の方に顔を向けると、中学生位の男女が同じ制服を着た亜人の女子に絡んでいるのが見えた。険悪な雰囲気に見過ごすことができず、諍いの場に近づいて、声をかけた。
「何をしてるん?」
「なんだよ、おま…え…」
中学生の女子たちは、自分らより頭ひとつ大きい大女の出現に驚き、男子たちは迫力満点のビッグバストとヒップに目を見張る。ルゥルゥは間に入って亜人の女の子をイジメていた側の男女に注意した。
「何が原因かわからないけど、大勢で女の子をイジメるのは良くないよ」
「う、うるせぇ! オレの父ちゃんはウルとの戦争で死んだんだ! 獣人や亜人共に殺されたんだよ!」
「そうよ、私のお兄ちゃんも…、大好きなお兄ちゃんも死んだのよ!」
「第17師団の小隊長だったボクの母さんも帰ってこなかった…」
「あたしのお父さんを返せ! アンタもウルの人間なの? ウルの獣人は嫌いよ!」
中学生たちは涙目でルゥルゥを睨んできた。思わず「ウッ!」となったが、一旦深呼吸をして、両ひざに手を置き、目線を合わせて努めて冷静に話しかけた。興奮して喚いていた中学生男子たちは、襟元からのぞく巨大な乳袋に視線が釘付けになり、一瞬で静かになった。一方、女の子たちは成長過程にある自らの胸に手を置いて格差社会に絶望する。男子たちのエッチな視線を感じながらもルゥルゥは優しく語りかけた。
「確かにあの戦争はウルが仕掛けたものだけど、だからって、ウルの獣人亜人全てが悪いわけじゃないよ。戦争を止めようとして努力した人たちだって多かったんだ。ただ、止めるまでの力が足りなかった。結果的に戦争は起こってしまった。不幸な事だけど…」
「その戦争を終わらすため、帝国をはじめとした多くの国が兵を出し、持てる力を振り絞って戦った。なんでだか分かる?」
「…そうしないと、みんなやられちゃうからだろ」
「そう。だから兵隊さんは必死に戦ったんだ。自分の国を守るため、そこに住む人々を守るためにね。君たちのお父さんやお母さん、お兄さんも愛する家族を、君たちを守るために戦ったんだよ。凄く立派だったと思う。こんなこと、あたいが言う義理ではないかも知れないし、悲しいかもだけど、君たちの平和を守ったお父さんたちを誇りに思おうよ」
「うう~っ」
「ぐすっ…」
「それにね、帝国軍には大勢の獣人や亜人の兵士もいて、ウルと戦ったんだよ。その事実にも目を向けてほしいな」
ルゥルゥに諭された中学生たちは、大好きだった家族の顔を思い出し、感極まって皆泣き出した。亜人の女の子は、そっと泣いている男の子の手を取って話しかけた。
「わたしはキャティ。帝国生まれの帝国育ちです。確かにわたしは猫の亜人ですけど、帝国の一員と思ってます。人だ亜人だではなく、同じ帝国を愛するものとして仲良くしてくれませんか?」
「あたしはメロディ。あたしのお父さんは帝国軍の兵士なんだ。お父さん、戦争から帰ってきたときこう言ったの。「お前たちの未来を守ってきたぞ!」って。お父さんはこの国を守るために戦ったよ。だから、人だ亜人だって言わないで。同じ国に住む仲間じゃない」
キャティとメロディは優しく語りかけた。男子も女子もグスグス泣きながら小さく頷いて「ごめんなさい」と謝ったのだった。亜人の子たちに慰められながら中学生たちは公園から出て行き、ルゥルゥは小さく手を振って見送った。
「よかった、ケンカにならなくて。でも、ウルはいろんな人の心に傷を負わせちゃったんだな…」
ホッとしながらも複雑な思いで中学生たちの背中を見送っていたルゥルゥだったが、不意に声をかけられてビックリ驚いた。
「相変わらず優しいんですね」
「わぁっ! びっくりしたぁ!?」
ビックリ顔で振り返ったルゥルゥの前に、スマートなメンズカジュアルファッション姿の超絶イケメン男性が立っていた。
「えっ!? だ、誰ですか?」
「酷いなぁ。ボクですよ。リューリィです」
「え、ええ~っ!? ウソ…。ぜ、全然分らなかった…」
それもそのはず。ルゥルゥ、いや、世間一般が知っているリューリィは男性なのに女子顔負けの超絶美少女のような顔に、サラサラの金髪を腰まで伸ばしており、女の子の服装を華麗に可愛らしく着こなしていた。しかし、今、目の前にいるのはカジュアルな男性ファッションに身を包み、髪はミディアムヘアに整えた超絶イケメン男性だった。その男性型リューリィはニコッとルゥルゥに笑顔を向けた。素敵な笑顔に「ドキッ!」と心臓と大きなおっぱいが高鳴る。
「お久しぶりです。元気でしたか?」
「…………」
「どうしました?」
「どうして…」
「ん?」
「どうして、戦争終わったら会ってくれなくなったの? あたい、リューリィ君と会いたかった。けど、全然連絡くれないし、お家に行っても会ってくれないし、あたいの事嫌いになったんじゃないかって思って…。凄く不安になって…ううっ。ひぐっ…」
ルゥルゥは今まで溜め込んだ想いを抑えきれなくなり、めそめそ泣き出した。リューリィはハンカチで溢れる涙を拭いてあげると、近くのベンチに連れて行って座らせ、自分も並んで座った。
「ボクの話を聞いてくれますか?」
「…うん」
「実は…」
リューリィの話した内容はこうだ。ウルとの戦争が終わり、かつての仲間たちは新たな人生を歩み出した。救国の英雄たるミュラーは皇太子となりユウキという最高の伴侶も得た。あのラピスにしたってそうだ。戦争で武勲を上げて皇族No.3の地位まで昇りつめた。セラフィーナも囮という任務を遂行し帝国軍の勝利に貢献したし、宰相家のエヴァリーナはハルワタートとの最終決戦で軍功を上げ、ヴァルターも軍を支えるために後方輸送支援を指揮して勝利に多大な貢献をしたと表彰された。しかし、自分はどうだ。最終決戦に参加したとはいえ、大きな軍功を上げた訳でもなく、マーガレットやセラフィーナが活躍するのを側で見ていただけだった。
「ボク、自分が情けなくて」
「そんなことないよ。それを言ったらあたしだって何の役にも立ってなかったよ」
「そんなことあるんです。ボクはミュラー様の側にいるのが役割だったハズなのに、いつの間にかそれを見失い、ミュラー様がボクを必要としている時に側にいなかった。皆が活躍しているのに、ボクは何もできなかった…というより、しなかったんです。それが悔しくて…」
「リューリィ君…」
「あの戦争の後、このままじゃダメだ。このままじゃ好きな女性も迎えに行けないって思って、父と母の側についてずっと修行をしてきたんです。自分が変わるために…」
「そうなんだ。あの…(聞け、聞くんだルゥルゥ。後悔しないためにも聞くのよ。くっ、涙が出そう。あたいってこんなに弱い子だった?)」
「リューリィ君。あの…、あの…その…、す、す…」
「す? スッパマン?」
「違くて、す、すー」
「わかった! ずるむけあかちんこ!!」
「ちっがーう! ちんこじゃないー! 好きな人ってだれーっ!!」
リューリィの想像外の答えに涙も吹き飛んだルゥルゥが拳を握り締めて叫んだ。公園を散歩していた人たちが「なんだなんだ」と2人を見てくる。ルゥルゥはあわあわと慌て、真っ赤になって俯いた。リューリィは優しく微笑むと、まっすぐ前を見て言った。
「ボクの好きな人は、目の前にいます」
「えっ!?」
「め、目の前って…、ええ~っ!? そこにいる小っちゃな子が好きなの!? リューリィ君って真正ロリコンだったの? ショック…」
「えっ?」
リューリィの目の前に5歳位の可愛らしい女の子が立っていて、ペロペロキャンディーを舐めながら不思議そうに2人を見つめていたのだった。
「わあ!? 違いますよ、この子じゃありません!」
「おにーちゃんとおねーちゃん、なにしてるのー? ずるむけあかちんこってなーにー?」
「え!? えっと、あの…」
「わぁ! す、すみませぇん!!」
女の子の問いに何と答えようかルゥルゥが焦っていると、母親らしい人が慌てた様子で現れ、女の子を抱っこして走り去っていった。去り際に「もう、いいとこだったのに。この子ったら!」と言っていたのが聞こえた。見られていたのかと、恥ずかしくなり、顔が真っ赤になる。そんなルゥルゥにリューリィはゴホンと咳払いして、はっきり聞こえるように言った。
「ボクが好きなのはルゥルゥさん。あなたです」
「…………」
「あの、ルゥルゥさん?」
「うう、ぐすっ…」
ルゥルゥはリューリィに会えた嬉しさと好きだって言ってくれたことに対する感激に加え、好きだったら何で今まで放置していたのかという怒りで心がぐしゃぐしゃになり、思わず泣き出した。そう、ルゥルゥは体も胸も普通の女の子より大きく、勝気な顔付きで気が強そうに見えるが、本来は気の弱い優しい女の子なのだ。それに喧嘩も滅法弱い!
「ぐすっ、うええぇーん(大泣き)」
「ルゥルゥさん…」
「ひどいよ、全然連絡も寄越さないし、どうして会ってくれなかったの? あたい、凄く不安だったんだよ。嫌われたんじゃないかって思って…。ぐすっ、うわぁあああん! ずびび~っ」
芸術ではなく、感情が爆発して大泣きするルゥルゥを何とか宥め、落ち着いたの確認したリューリィは何度も謝り、そして彼女の手を握ってこう言った。
「不安にさせてごめんなさい。言い訳がましいかも知れませんが、ボクも自信を失っていて、ルゥルゥさんを迎えに行くことができなかったんです。自分を鍛えてルゥルゥさんに相応しい男になるんだって。女の子の格好を止め男らしくなろう。そして迎えに行こうと決めたんです。でも、その結果、ルゥルゥさんを不安にさせてしまったのは、ボクの落ち度です。本当にごめんなさい」
「ううん、リューリィ君の気持ちが良く分かって嬉しい。あたいの事好きだって言ってくれて嬉しい。こうして、迎えに来てくれたことが嬉しい。グスッ…。あれ? おかしいな。嬉しいのに、涙が止まんないよ…」
「ルゥルゥさん…」
リューリィは服のポケットから新品のハンカチを取り出してルゥルゥの涙を拭いてあげた。この辺はさすが女心のツボをつかんでいる。
「ルゥルゥさん」
「なに、リューリィ君」
「ボクの両親に会ってくれませんか?」
「えっ!? それって…」
「はい。ボクが結婚したい相手にと両親に紹介したいんです」
「…………」
「どうしたんですか? 黙り込んで。もしかしてイヤですか?」
「…嫌じゃないんだけど、リューリィ君は帝国男爵家の御曹司だし、あたい、ウルの田舎者で亜人だし、釣り合わないって言うか…。確かにあたいも、リューリィ君の事は好きで好きで大好きで、結婚しくれたら嬉しいって思ってはいるんだけど…」
「つまらない事を気にしてるんですね。ルゥルゥさんらしくない」
「…でも」
「デモもストリップもありません! 両親に会って下さい。お願いします」
「う、うん。わかりました」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ルゥルゥが承諾したことから、2人は訪問日時を調整して、訪問日を両親が揃って休日の2週間後と決めた。その後、2人は場所を公園近くのカフェに移してお互いの近況を話し合った。ケーキを食べながらルゥルゥはふと気になったことを聞いてみた。
「そういえば、リューリィ君って修行をしていたんだよね。どんな修行をしていたの?」
「そうですね、執事としてのイロハのほか、格闘術に護身術を学びました。さらに母の指示で6か月ほど帝国第1海兵隊特別遠征大隊の特別訓練生として訓練をさせられました。あれはキツかったです。何度も死にかけ、自我を失い、ただひたすら敵を求めて前進・制圧する機械と化したようでした」
(噂で聞いたことがある。帝国第一海兵隊の遠征大隊って、常に最前線に投入される精鋭師団だって。ウル・邪龍戦争でも何倍もの魔物の群れに吶喊し、少数の被害だけで全滅させたって新聞に書いてあったような…。そういえば、何となく逞しくなった感じがするよ)
「リューリィ君のお母さまって、軍人なの?」
「いいえ、元ですね。今は皇宮のメイド長をしてます」
「そうなんだ」
(どういう経緯でメイドになったのか気になる。でも、お父さんが皇宮の執事長、お母さんがメイド長って、絶対に身だしなみやマナーに厳しいよね。ご訪問が不安になってきたよ~)
リューリィに好きだと告白され、結婚相手として親に紹介される事になったルゥルゥ。嬉しい気持ちで胸がいっぱいになり、とにかく認めてもらいたいと思う気持ちが先に立つ。このため、大事なことを失念していたのだった。そして、それがルゥルゥにとって大きな試練となって立ちはだかる事に彼女は気づいていなかった。
(あれ、そういえばメイド長って、誰かが何か言っていたような…。ま、いいか)




