エピソード⑦ 宰相閣下の献策
「いたた…。もう、妹相手に本気で殴ることないじゃない…」
マクシミリアンと壮絶な殴り合い(一方的にフェーリスが殴られただけ)をして鼻血で体が汚れたフェーリスは、メイド達に担ぎ出され、怪我をしているからと風呂には入れられず、体を拭いただけで寝間着に着替えさせられてベッドに寝かされた。
「全くもう…。何をしてるんだか。フェーリス様らしいですけど」
「ごゆっくりお休みください」
フェーリスに布団を掛け、メイドは笑いを堪えた顔で礼をして下がって行った。扉の向こうから「青タン凄いね」とか「王様も容赦ないなぁ。女の子だよ」いう声が聞こえてくる。フェーリスは、ぐぬぬ…と唸りながら痛む体を起こして、脇卓の上に置かれたペンダントを手に取って魔力を通した。蒼い光の中から3体の魔物、エドモンズ三世とヴォルフ(馬無し)にルピナス(アルラウネモード)が現れた。
『全く、何をやっておるんじゃか…。あ~あ、顔中青アザだらけじゃないか。ホレ、治療してやるから、横になりんしゃい』
「お願いします…」
『顔は女の子の命なんじゃぞ。傷が残ったら大変じゃろうが、バカモノめ』
「ごめんなさい…」
エドモンズ三世は治癒魔法を発動させて、フェーリスの傷を丁寧に治していった。十数分後、傷はすっかり治り、痛みも消えて楽になった。
「ありがとう。エドモンズさん」
『なんの。キレイに治って良かったわい。しかし、なんじゃな。お主も大変じゃのう』
『ユウキに対してあれほどの敵意を示す奴も珍しいな。吾輩もびっくりだ』
『ホントよね。あたしの大好きなユウキ様をあんなふうに言って。許せないわ』
『しかし、奴の思いも分からん訳ではなく、仕方ない部分もあるとは思うのじゃが…。いつまでもそれに囚われてはイカンのう…』
「そうなんですよね。愛する人を失った心の傷は深く、今だ救われてはいないんだなって気付かされました。でも、でもですよ。今のお兄様には支えてくれるお后のルイーズ様がおられます。いつまでもイングリッド様に縛られていては、ルイーズ様がお可哀そう。その点でも、お兄様には前を向いて欲しいんです」
『フェーリス様って優しいんだね。ルピナス、優しい人大好き』
「えへへ、ありがと。私もルピナスちゃんが大好きよ」
ルピナスとフェーリスは「えへへ」と笑い合った。ほのぼのとした雰囲気を壊すように、ド変態の双璧が口を挟んできた。
『ユウキの事を忘れられるように、吾輩がロリ巨乳愛の沼に引きずり込もうか?』
「止めてよ、お兄様をド変態にしないで」
『じゃあ、儂が思春期美少女の使用済みパンツくんくん愛好会に勧誘しようかの。あ奴、意外とそういうのが好きかもしれんぞ』
「そんなことない! それになんなの、その性癖が捻じ曲がったド変態の集まりは!? 今度その会の集まりがあったら教えなさい。ロディニア王国騎士団全軍で殲滅するから!」
『ワッハッハ! ジョークじゃよ、ジョーク。アンデッド・ジョークってヤツじゃよ。そう目くじらを立てるものではない。カワイイお顔が台無しじゃぞ』
「もう、からかわないでよ。私は真剣に悩んでいるんですからね!」
『わかっとるって。さーて、そろそろいいのではないか、レウルス殿』
「えっ!?」
エドモンズ三世がドアの方を向くと、レウルスが中に入ってきて、内側から鍵をかけた。そして、部屋の隅に置かれていた丸椅子を手にすると、ベッドの傍に来て腰かけた。
「フェーリス」
「はい」
「傷を治してくださったエドモンズ様に、ちゃんとお礼を言ったか? 全く、お前の思いは分からんでもないが、少しはマクシミリアンの気持ちも考えろ」
「はい…。スミマセンでした…」
しょぼんとするフェーリスの頭をポンポンと撫でたレウルスは、優しい笑顔向けたあと、真剣な表情に戻して、フェーリスの目を見て口を開いた。
「フェーリス、今からとても大事なことを話す。心して聞いてくれ」
「は、はい(な、なに? こんな真剣なレウルス兄様初めてかも…)」
「私はマクシミリアンを退位させ、お前を王位につけようと考えている。いや、考えているではないな。フェーリス、お前を王にするつもりだ」
「へ?」
「分からなかったか? フェーリス、お前がこの国の王になれ」
「ど、どどど、どうして…。え? なにをおっしゃって…」
「いいか、よく聞んだ。この国の将来を考えた時、マクシミリアンではだめだ。あいつは物事を柔軟に見る視点に欠けている。視野狭窄で、しかも頑なだ。戦時ではあいつの勇猛さと果断さ、判断力は大いに力になり、兵たちに勇気をもたらす。しかし、平時ではそれが生かされることは無い。むしろ、邪魔だ」
「でも、でもマクシミリアン兄様は国民に人気があるし、私が王なんてとても…」
「人気がある点ではフェーリスだって同じだ。それに私は王の資質はマクシミリアンよりフェーリス、お前の方が持っていると思っている」
『そうじゃな。儂もレウルス殿と同意見じゃ。フェーちゃんはどこか、ミュラーと通じるものがある。人々を引き付ける魅力、敵対した者にさえ手を差し伸べる優しさと包容力。万人に好かれるのはフェーちゃんの方じゃと思うがな』
『吾輩もそう思うな。吾輩は戦乱にこそ生きがいを見つけたが、国の運営は全く褒められたものではなかった。戦費で国は疲弊し、若者は戦で命を落とす。常勝無敗などと言ってはいるが、国の運営という面では敗北者だ。その点、エドモンズ殿は戦を避け国をうまく運営し、大いに発展させた。歴史家はどちらを名君と呼ぶか。自明の理であろう』
「お2人の言う通りだ。これからの時代、他国との国交を活発にして、人の交流だけでなく、優れた文化、技術を導入して行かなければならない。それが出来るのはフェーリス、お前だ。それに、帝国との交流がなされれば、ユウキ様もこの国に、故郷に足を踏み入れることができると思わんか?」
『そーいえば、フェーリス様は皇帝陛下ともお友達になりましたもんねぇ。既に交流はバッチリ?』
「友達っていうか、一方的に笑われてただけだけど…」
「それだよ、フェーリス」
「どういうことですか?」
「知らずに相手の心に強い印象を植え付ける。それは一種の才能だ。ミュラー様もそうだが、フェーリスにもその才がある。それは王の資質として大切な要素だよ。如何せん、マクシミリアンにはそれが無い」
「フェーリス、この歴史あるロディニア王国で、最高の王と呼ばれた我が父上も人の心を掴むのが非常に上手かった。相手の懐に入り、親身になって話を聞いた。そんな父上を私は誇りにずっと思ってた。一方で、そのような事が出来る父上を羨ましくもあった。その父上の血を一番強く受け継いでいるのはフェーリス、お前だ」
「…………」
「もう一度言うぞ。この国の王となれフェーリス。段取りは全て私がやる。エドモンズ様達も手伝ってくださると言っている」
「…………。(私が王に…。本当にできるの? でも、私が王になれば帝国とも友好を繋げる。そうすればこの国が発展する可能性も、人々がもっと幸せになる可能性もある。帝国みたいに色々な人種の方が交流する機会も増える。そうしたらあのBBQ大会のような光景もこの国で見られるかも知れない。私1人では絶対無理だけど、レウルス兄様がいてくれれば可能かも知れない。なら、やってみる!)」
「分かりました兄様。私、この国の王になります」
「そうか! 決断してくれたか! 段取りは任せろ。エドモンズ様、ヴォルフ様にルピナスさんもよろしくお願いします」
『うむ、任せておけ。ウワハハハ、楽しくなって来たのう、ヴォルフよ!』
『全くだ! 吾輩はマクシミリアンの首を狩ればよいのだな! 楽勝、楽勝-ッ!!』
『狩っちゃダメ!!』(フェーリス&ルピナス)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
フェーリスの決意から何日か経ったある日、国王のスケジュールを調整して午後の半日を空けたレウルスは、マクシミリアンを外に誘った。こんな事は今までなかった。マクシミリアンは訝しがりながらも、久しぶりに話をする機会ではないかと思い、誘いを承諾した。
レウルスとマクシミリアンは護衛に親衛隊長のラブマン1人連れて王宮を出発した。その様子を不安げな様子で、王宮の窓から遠目に見ていた王妃ルイーズの肩をそっと抱いたフィーアは、
「王妃様、心配しなくても大丈夫です。万事、うちの夫に任せておけばいいのですわ」
と言って、門を出て行くレウルスとマクシミリアンの背中を見送った。
(あなた、よろしくお願いしますね…)
見送るフィーアは空を見上げた。空には厚い雨雲が覆っており、今にも雨が降りそうだ。
(雨が来そうですわね。不吉だわ。エドモンズ様、夫を助け…ううん、邪魔だけはしないでくださいね)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タスカローザの丘に到着したレウルスとマクシミリアンは、頂上に続く山道の麓にラブマンを待たせ、2人で頂上に向け馬を歩かせた。
「レウルス兄さん、こんな所にまでオレを連れて来てどういうつもりだ? 話があるのではないのか?」
今は2人きりなので、兄弟の話し方になっている。
「ついて来ればわかる」
「……。(暗殺するつもりではなかろうな。まさかな…)」
1時間ほど登った先に頂上広場が見えて来た。2人は馬を降りると手近な木の幹に手綱を結びつけ、広場の中央付近まで歩いて行き、そして、向かい合った。空は厚い雲に覆われ、周囲は深い木々に囲まれているため、昼なのに薄暗い。
「…話とはなんだ?」
「まあ、待て。もう1人来る」
「なに?」
マクシミリアンの背後から草を踏む足音が聞こえた。振り向くと現れたのは妹のフェーリスだった。フェーリスはマクシミリアンの背後を抜け、レウルスの隣に並んだ。
「マクシミリアン、腹の探り合いなどせん。単刀直入に話す。私はお前を退位させ、フェーリスを王位につけることに決めた。フェーリスも承知している」
「な…、なん、だと…!?」
「これは勧告だ。お前は王から降りろ。この国の舵取りはフェーリスが行う」
「お兄様、申し訳ありません。この国の将来を考えた場合、お兄様では無理だと言う事です。私がお兄様の跡を継ぎ、レウルス兄様とこの国を導いていきます」
「貴様ら…、何を言い出すかと思えば。戯言を語りやがって。悪質な冗談を聞かせるつもりなら、帰らせてもらう!」
「戯言ではない。私は本気だ」
「私もです。お兄様」
「下らん、付き合い切れん!」
「話を聞け、マクシミリアン」
「うるさい!」
レウルスたちに背を向けたマクシミリアンの目の前に、美しい王冠を被り杖を手にした骸骨姿のアンデッド、装甲を纏った巨大な首無し馬に跨った首無しの騎士、美しい虹色の花が咲いた植物の上に超絶美少女の体が乗った3体の魔物が現れた。マクシミリアンは一瞬驚き、次いでワナワナと震えながら口を開いた。
「お前ら…。お前らもマルムトと同じか! 魔物を使って肉親を殺し、王位を簒奪しようとするのか。貴様らの自由にはさせんぞ!」
マクシミリアンは剣を抜いてレウルスに斬りかかった。「ガキイーン!」と甲高い金属音がして、剣は首無し騎士の差し出した槍に止められた。首無し騎士は槍をグルンと回して剣を絡め取り、遠くに跳ね飛ばした。槍の鋭い刃がマクシミリアンの首に突きつけられる。
血の気が引いた顔で槍の鋭い刃を見つめるマクシミリアンの前にレウルスが進み出て、サッと手を上げると首無し騎士が槍を下げた。
「くっ、レウルス…、貴様…」
「マクシミリアン。よく聞け、確かにお前は数々の戦争で功績を上げ、国を守った救国の英雄だ。しかし、今後、国家を揺るがすような戦争は起きない。魔物の討伐程度はあるだろうが、それは騎士団や冒険者の役目でお前が出る話ではない」
「…何が言いたい」
「これからの国家運営にお前は必要無いと言っている。お前は物事を柔軟に見る視点に欠けている。視野狭窄で、自分の意に沿わないと頑なに否定し、発言者の人格まで攻撃する。以前のお前はそうでは無かったはずだ。私の敬愛した自慢の弟は、万人に優しかったマクシミリアンはどこに行ったんだ! この大バカ野郎!!」
タスカローザの丘に王国宰相レウルスの魂の叫びが響き渡る。




