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邂逅⑤ バカは死ななきゃ治らない

「だっ、誰だ!?」

「うっ…、テメェはヴァルター。何でここに…」

「なに、たまたま通りを歩いていたら諍う声が聞こえたもんでね。シュヴァルツ、悪い事は言わん。さっさと仲間を連れてここから去れ。でないと…」


 フィーアたちが見ていると、ヴァルターと呼ばれた男性の背後から1人の美少女が現れ出た。可愛らしい半袖の花柄ワンピースを着た大人しそうな子に見えるが、眼光が狼のように鋭い。


「ゲッ、フラン…」

「お、おやビン。不味いっす」

「ちっ、行くぞお前ら」


 小太りニキビ面のシュヴァルツが去ったので、チンピラどもは転がっている仲間を背負って慌てて後を追った。チンピラたちの姿が見えなくなったところで、フィーアが助けてくれた男性にお礼を言った。


「ありがとうございます。お陰で助かりましたわ」

「何事も無くてよかった。裏通りはあまり治安が良くないから気を付けないと」

「はい。私たち旅行で来たんですけど、道に迷ってしまって」

「旅行者? どこから来たんだ?」

「ロディニアです。自己紹介が遅れましたわね、私フィーア・オプティムスと申します」

「私はフェーリス。こちらは友人のロースちゃん」

「リースです。決してお肉ではありません」

「ユーリカと申します」


「(ロディニアだと!?)私はヴァルター。こちらは妻のフラン」

「よろしく」


 ロディニアと聞いて一瞬顔色を変えたヴァルターに「おや?」と思ったフィーアはお礼を込めてお茶に誘う事にした。


「あの、私たちお茶にしようと思っているのですけど、ご一緒にいかがでしょうか。ぜひお礼をしたいのですわ」

「…有難くお受けしよう」


 大通りに出た一行は、ヴァルターの案内で帝都でも有名な高級カフェに入る事にした。入店したヴァルターを見て店のスタッフが恭しく頭を下げ、特別室に案内したので、フィーアたちは驚いてしまった。


「あの、ヴァルター様って何者ですの?」

「ははは、何者ってほども無いけど、私のフルネームはヴァルター・クライス。父は帝国宰相をしている」

「ええっ!」


 驚きの声が綺麗にハモる。それが可笑しくて大笑いしたヴァルターに、フィーアたちは改めてお礼を言ってその後は和やかに話が進んだ。そして、フィーアは旅行の目的を切り出した。


「ヴァルター様が宰相閣下のご子息でしたら、教えて欲しい事がありますの。よろしければ聞いていただけますでしょうか?」

「(いよいよきたか…)なんなりと」


「ヴァルター様ならご存じだと思うのですが、私たちの国は2年前に大きな戦乱がございました。その時、私たちは大切な友人と敵味方に分かれて戦ってしまった」


 フィーアの話にユーリカもフェーリスもユウキの悲しみに満ちた顔を思い出し、自然と涙が浮かんでしまい、慌ててハンカチで涙を拭った。ヴァルターとフランは黙って話を聞いている。


「その友人は戦争の終盤に王国側に討たれ、死亡したとされていたのですけど、最近生きていることが分かりました。それも帝国皇太子妃になられたという」

「その友人とはユウキ・タカシナと言うのではないか?」

「そ、そうです! ご存じなのですか?」

「ああ。彼女は一時我が家に下宿していたからね。私や私の妹とは友人づきあいをさせてもらっている」


 ヴァルターの言葉に全員驚いた。フェーリスが「バン!」とテーブルを叩いて立ち上がって、懇願するように大きな声を出した。


「あの! お願いです。ユウキさんに、ユウキさんに会わせていただくことはできないでしょうか。私、ユウキさんに会いたいんです」


 すとんと椅子に座り直したフェーリスは滔々(とうとう)と今まで抱いて来た自分の思いを、時折涙ぐみながら話し始めた。黙って聞いていたヴァルターは目の前のコーヒーを一口飲むと、静かに口を開いた。


「君たちの気持ちは分かった。だが、この件に関しては手助けする事は出来ない」

「え…っ?」

「現在、君たちの国とは微妙な関係にあってね。婚礼祝賀どころか、身柄引き渡しを求めて来たんだよ」

「なんですって!」


 こんどは「ドン!」とテーブルを叩いてフィーアが立ち上がり、大声を上げた。見るとフェーリスも真っ赤な顔をしてプルプル震え、ユーリカは青い顔で額を手で抑え、ため息をついている。


「あのバカ王、あれだけ夫がそれだけはするなと言ったのに…」

「…マクシミリアンのチンカスクソ野郎が…。バカバカ死んじゃえ!」

「フェーリス様、バカは死んでも治らないんだそうですよ」

「そうなの!?」

「(王女様とリースっていったか。可愛い顔して口が悪いな)そういう訳で政府関係者たる私が大っ平に手助けをする訳にはいかない。だが、居場所だけは教えてあげよう」


 ヴァルターはユーリカから観光ガイドを受け取ると。地図を開いて皇太子宮の場所を書き込んでから席を立った。その背中にフィーアは声をかけた。


「あの、帝国はユウキさんをどうするつもりです? まさか…」

「彼女はこの国…、いや世界の救世主だ。それに帝国皇帝から「光の聖女」の称号を賜っている。それに皇太子妃だよ。ロディニアに送り返すなんてする訳がない。むしろ、宣戦布告すべきだという意見が多く、抑えるのが大変だったよ。よって、文書は無視することに決まった」


「宣戦布告…」


 そうなった場合の結末に全員ゾッとするのであった。世界最強、王国の10倍以上の兵力と国力を持つ帝国が大挙して雪崩れ込んで来たら、あっという間に国は亡ぶであろう。そんな事も想像できないのかと、マクシミリアンの浅はかさに怒りが増すのであった。


 大通りに出たヴァルターは、ふとカフェの方を振り返り、少しの間思案すると妻のフランに声をかけた。


「フラン、少し用を頼まれてくれないか?」

「はい。なんでしょう?」


 ヴァルターはフランの耳元で何かを囁くと、フランはこくりと頷いて雑踏の中に消えて行った。妻の姿を見送った彼は宰相府に向かって歩き出した。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 その晩、全員揃ったところでホテルのレストランで夕食を取りながら、今日の出来事を話していると自然にヴァルターから聞いた話に及んだ。レウルスは難しい顔をして聞いた後、自分達は宰相府に行って宰相ヴィルヘルムに時間を取ってもらい、少しの間だけ話をすることができたと言った。夫の行動力に驚いたフィーアであったが、王国との技術交流は賛成だが、いまは時期が悪いと難色を示されたとの事だった。しかし、ユウキとの面会については可能な限り配慮すると話してくれた。


「と、いう訳でフィーアたちは皇太子宮に行ってみるといい」

「あなたはどうするんですの?」

「オーガの村に行って来る。明日、国務省の関係者が村に行くらしいんだ。ヴィルヘルム様の口添えで同行できることになったんだ」

「まあ、凄い。お気をつけて行ってらっしゃって下さいね」

「ああ。君たちもいい結果になるよう祈ってる」


 その晩、フェーリスはなかなか寝付かれず、ベッドの中で煩悶横転していた。気付いたリースが声をかける。


「フェーリス様、眠れないんですか?」

「う、うん…」

「まさか、ユーリカさんとモーガンさんの今夜のプレイが気になって…とか?」

「うん、実は…って違います!」

「違うんですか? わたしは後背乳房鷲掴み電撃ピストン突きに銀貨1枚です」

「えっと、私は騎乗位ローリング…って何言わせんのよ!」

「相変わらずツッコミがキレッキレですね」

「やかましいわ! もう寝る!」

「おやすみなさい」


「明日、ユウキさんと会えるといいですね」

「うん…。おやすみ…」


 フェーリスは布団をかぶると間もなくぐっすり眠ってしまった。眠りに落ちる直前、リースは不安がっていた自分が眠れるように、わざと気を使ってくれたんだと思ったのだった。


(でも、後背乳房鷲掴み電撃ピストン突きって、どんなプレイなんだろう。気になる)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、レウルスたちと別れたフェーリス、フィーア、ユーリカ、リースの4人は目いっぱいお洒落してユウキが住む皇太子宮目指して出かけた。市内循環馬車を乗り継いで広大な皇宮の敷地の一角、皇太子宮前の停留所で降りた。目の前に皇太子宮が「ででん!」と鎮座している。ロディニア王宮と同じくらい大きい建物の圧倒的迫力にびびる。しかも、道路を挟んだ向かい側は緑あふれる大きな公園になっていて、朝と言うのに大勢の市民や観光客がゆったりと散歩したり、大きな宮殿を眺めてははしゃいでいる。しかし、フェーリスたちはゆっくり周囲を見る余裕がない。全員緊張して青い顔をしている。


「いよいよですね」

「果たして会う事が叶いますかどうか」

「最初は何て言えばいいんだろう」

「オッス。オラ、フェー公。しくよろな」

「ハメハメ波!」


「バカな事言ってないで。行きますわよ」


 4人はフィーアを先頭に正門を警備する衛兵に声をかけた。


「あの…」

「ん? 見学者か。なら、そこの詰め所で手続きして」

「あ、はあ…」


 フィーアたちをただの観光客と思った衛兵は門の内側にある警備員詰所を指差すと、正面を向いて任務に戻った。見ると、柵の内側が庭園になっており、季節の花々や草木が咲き乱れており、遊歩道を家族連れや男女連れが楽しく遊んでいる。その人々の中に異形の者が混じっているのを見つけた。


「ねえ、あれ見てくださいな」

「えっ、あれって…」

「ア、アルラウネ…。ですよね」

「アルラウネって、幻の中の幻っていう魔物ですよね。なんでこんな場所にいるのでしょう。しかも、訪れている人たちと楽しそうに遊んでますよ」

「信じられない…」


 詰所の前でフィーアたちが驚いていると、警備兵が近づいてきて話しかけて来た。


「君たちは旅行者か? ならさぞ驚いたろう。あの娘は「アルフィーネ」っていう名のアルラウネでな。とっても気のいい娘なんだ」

「あの、どうしてアルラウネがここに?」

「ああ、彼女は皇太子妃ユウキ様の眷属なんだ」

「ユウキ様の、眷属ですって?」

「そう。ユウキ様には4人(?)の眷属が居て、そのうちの1人さ。ところで君たちも中庭を見学するなら、手続きをしてくれるか?」


 警備兵は詰所に来るように言ったが、フィーアはそれを止め、思い切って尋ねてみた。


「あの、私たちは見学に来たのではなくて、皇太子妃様にお目通り願えないかと来たのです」

「皇太子妃様に?」

「はい。どうか、お取次ぎ願えませんでしょうか?」

「面会の予約は?」

「…とっていません」

「なら、無理な話だなぁ。皇太子妃様は気さくな方だけど、アポなしで会うのは難しいよ。というか無理だな」

「そこをなんとか! 私たちは皇太子妃様の友人なんです」

「そういう人はいくらでも来るんだよ。中庭の見学は許可するからアルフィーネと遊んで帰りなさい」

「いいえ、皇太子妃様と会うまでは帰りません!」


 フィーアたちは警備兵を取り囲んで必死に会わせろと懇願する。ユーリカは爆乳を腕に押し付け、リースは甘えたように上目遣いですりすりして媚びを売る。しかし、警備兵も帝国の男、落ちそうで陥落しない。だが、女たちも諦めず両者必死の攻防が展開される。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 皇太子宮の最上階の部屋の窓からその様子を見下ろす1人の男性がいた。男性はサッとマントを翻して部屋の中に置かれた椅子に腰かけ、俯いて不安そうな顔をしている女性に声をかけた。


「どうやら来たようだぜ。フランが伝えて来た通りだったな。どうする、会うか?」


「迷ってる。わたし、怖いの。フィーアたちとは会いたい。でも、あの国にしたことを思うと、何を言われるのか恐ろしくて…」

「オレの意見を言ってもいいか?」

「…うん」

「なら会うべきだ。そして、今までの思いをぶつけ合って遺恨は全て水に流して再会を喜ぶんだ。まあ、オレが思うに悪いようにはならないと思うがな」

「…うん、わかった。ありがとうミュラー」


「ただ、簡単にはユウキちゃんには会わせねえぞ。ユウキちゃんを迫害した国のヤツ等だ。しかも、送り返せと無礼極まりない文書を恥ずかしげにも無く送るような国だ。少しばかり、可愛がってやらねばな」

「あの…、あんまり無茶はしないでね」

「わかってるって。さーて、エドモンズのオッサンに声をかけるかぁ。あとヴォルフだな」


 ミュラーは「あっはっは!」と笑いながら部屋を出て行った。残されたユウキは急に不安になって来た。


「フィーアたち、大丈夫かな。心が折れなければいいけど…」


 そう呟いて窓辺に寄り、カーテンの影に隠れながらそっと下を覗き見た。警備兵を取り囲んで懐かしい顔が見える。友人たちの元気そうな姿に懐かしさで涙が浮かんで来る。


(フィーア、ユーリカ。来てくれてありがとう。顔を合わせたら最初に何て言おう。ううん、言葉なんていらないよね…)

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