邂逅④ 帝都シュロス・アードラー
水平線の向こうに陸地が見えてきた、レウルス率いるロディニアの面白軍団は、船縁に寄って歓声を上げる。船が進路を変え陸地に向かって航走し始めると、どんどん陸地が大きくなり、それに伴って巨大な都市が見えてきた。ちなみに北半球のロディニア大陸は冬だったが南半球のラミディア大陸は夏である。
「うわぁ~! 大きな都市ですねえ!!」
「ホントね~。ロディニアよりずっと大きい」
リースとフェーリスが感嘆の声を上げると、レウルスが笑いながら側に来て説明してくれた。
「カルディア帝国の首都シュロス・アードラー市は人口300万を誇る世界一の大都市なんだ。帝国そのものも人口2億人を超える大国だよ」
「ほえ~、首都だけでもロディニア市の4倍の人口があるなんて、凄い」
「そうだね。世界一の大国と言われるだけあるよ。この国は周囲の国々とも良好な外交関係を築いていて、この大陸の平和と安定に尽力している。世界の安定こそ人々の豊かな生活に寄与するって言ってね。帝国皇帝も次期皇帝たるミュラー皇太子も素晴らしい人格者だって聞いてる。ぜひ一度会ってみたいが、私的な旅行じゃ無理だなぁ」
「お兄様…」
「ははは、そんな顔しないでくれよフェーリス。私的でもここに来れた事だけで嬉しいんだ。もちろん、君たちもだろ?」
「はい!」
レウルスはポンとフェーリスの頭に手を置くと、フィーアたちの許に戻っていった。フェーリスは再びシュロス・アードラー市を眺めた。徐々に大きな港が近づいて来る。あそこに夢にまで見た姉と慕った人がいる。
「フェーリスの小さな胸は、期待に満ち溢れたが膨らむことはなかった」
「リース貴様、ケンカ売っとんのか! 誰が膨らみの無い小さな胸じゃ!」
「フェーリス様」
「むきぃ~っ!」
「あの2人仲がいいですね~」(ユーリカ)
「ほんと、微笑ましいです」(フィーア)
「そうなのか? 取っ組み合ってるぞ。止めたほうがいいんじゃ?」
「モーガン殿、頼みます」
「はあ…、わかりました。王女様、リースちゃん、もうやめやめ」
「王族秘技! 毒蝮卍地獄固め!!」
「ぬぉおおおーーっ!!」
「超絶美少女奥義 悩殺極楽責め!」
「ひぃいいいーっ!!」
渋々止めに入ったモーガンが逆に美少女たちに卍固めをかけられ、色香責めに変な声を上げる。ロリータ美少女の肉段責めを受け、にやける王国第1騎士団長のモーガン。夫の不甲斐ない姿にヤキモチを爆発させ参戦してぼかすか殴りまくるユーリカ。目的地到着で喜ぶ人々で溢れる客船の前甲板で繰り広げられる狂態に、乗船客から苦情が飛び、船員が集まってくるが暴力の嵐は止まらない。呆れたレウルスとフィーア夫妻は頷きあうと、そっとその場を離れるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっと到着しました。疲れたなぁ…」
「ホントです。フェーリス様のせいで全精力を使い果たしてしまいました」
「私のせいなの!?」
「誰のせいだと思ってたの? byユーリカ」
船員総出で取り押えられ、帝国国家憲兵隊に突き出されて取り調べを受け、身内の事なのでと注意だけで解放された。身元引受人となったレウルスは笑って許してくれたが、フィーアは滅茶苦茶怒って、憲兵隊港湾支部の事務所の床に正座させ、散々怒鳴りつけた。一国の王女が正座して土下座する姿に憲兵隊の職員はドン引きしていた。そんな騒ぎに時間を取られてしまったことから、庁舎を出た頃には日が大きく傾いていたため、予約していたホテルに入って休むことにした。
市内循環の馬車に乗り、中央官庁街と繁華街に近い場所にある帝都一と名高い「エンパイア・ホテル」に入り、ロビーで手続きを済ませると、フロアマネージャーが出てきて丁寧に挨拶をしてくれた。そして、ボーイに荷物を運ぶように命じて最上階のスイートルームに案内した。
フェーリスとリースはスイートルームのあまりに豪華なしつらえに驚いて歓声を上げた。早速部屋の設備をいじくりまわし、ふかふかのベッドで跳ねまわって、感心したり、笑ったりして楽しんだ。しばらくして遊び疲れた2人は、ばたんとベッドに大の字になって寝転んだ。
「帝都ってすごいね。町の発展度、大勢の人々、大きな建物が林立した景観。ロディニア市も大きいけど、ケタが違うっていうか…。このホテルにしたって魔導エレベーターが何台もあって、凄いというか何というか。レウルス兄様がこの国との交流を推進していたのがよくわかるわ」
「それに、人間だけでなく亜人や獣人が大勢生活しているのも驚きました。私たちの国では絶対に考えられませんから」
「だよね。私たちの国は人間至上主義だから。エルフやドワーフは別格だけど、亜人さんや獣人さんは迫害されちゃうからね」
「ホテルの前で出会ったネコ耳の母娘かわいかったですね~」
「そうそう、マヤさんが見たら発狂しそう」
「確かに」
アハハとお腹を抱えて笑った2人はふと真顔になり、ぽそっと呟いた。
「マヤさんにも見せてあげたかったわね」
「はい…」
ちょっぴりしんみりした2人が壁掛け時計を見ると、時刻はもう6時半近い。レウルスたちと約束していた時間になり、慌てて部屋を出ると1階のレストランに急いだのであった。
「明日の予定だが」
美味しい食事をたらふく食べ終えて、食後の飲み物を飲みながら、まったりしているとレウルスが翌日からの予定をどうするか話してきた。フェーリスとしては真っ先にユウキに会いに行きたいところだが…。
「皆も思うところがあるだろうが、私としてはせっかく帝都に来たんだから、皆で観光したいと思うんだ。帝都は見どころも多いし、美味いモノもある。女性陣は買い物もしたいだろう。なんたってカルディアのファッションは世界最先端と言われているからな」
「…そうですね。せっかく来たのですし、楽しむことも必要ですわ」
女性陣は少し悩んだが、ユウキの動向もわからない中で動き回るのもどうかということになり、観光しながらその辺の情報も収集することになったのだった。
翌日、一行は朝から帝都市内を観光しまくる事にした。午前中は帝国美術館に博物館、皇宮見学をした。美術館では素晴らしい絵画や芸術彫刻に感動し、博物館では王国とは異なる歴史文化に感心した。また、皇帝が住まう皇宮を見学してその巨大さ荘厳さに驚いた。ロディニア王宮の数倍は大きい。衛兵の鎧の豪華さもロディニア王国とは比較にならず、レウルスは国力の違いに圧倒されるとともに、この国と友好を結び技術交流を果たさなければロディニアの未来はないと痛感するのであった。そして、国王マクシミリアンの視野の狭さに落胆する。
「あなた、大丈夫?」
「あ、ああ…何でもない。さあ、昼食に行こう」
「…ええ」
妻のフィーアに不安そうな顔を見せたことに、しまったと思ったレウルスは、直ぐににこやかな顔に戻ると、皆に昼食に行こうと言った。
昼食は帝国でも1、2を争う有名なレストランで、帝国特産のオレンジ豚のステーキが美味しいという事で皆で注文した。そして、並べられたぶ厚いステーキを一口食べて、皆弾かれたように背筋を伸ばして目を見開いた。そして、全員同じように叫んだ。
『う、美味ーーい!!』
「な、なんだこの美味さは。油は濃いのに全くしつこく無く、微かにオレンジの香りがして食欲をそそる。しかも、豚肉は硬いのに、この肉は柔らかくて噛めば噛むほど肉汁がじゅわっと口中に広がって、肉と油のハーモニーが繰り広げられるっ! 美味し! 実に美味しっ!!」
「モーガンさん、意外と食通?」
「いつもの旦那じゃない…」
皆がガツガツとオレンジ豚を食べていると、シェフの1人が近づいてきてニコニコと話しかけてきた。
「ご満足いただけたようで、ありがとうございます」
「とても美味しい肉ですね。これはどこの産地で生産されたものですか?」
「これは帝国の南方、オーガの村で生産されたオレンジ豚です」
「オーガ? オーガって、あの魔物の?」
「そうです。わたしも詳しくは知らないのですが、2年ほど前にオーガと帝国の交流が果たされまして、国の直轄地として管理されているんです。わたしも肉の仕入れのため訪れた事がありますが、気のいいオーガたちで、すっかり仲良くなってしまいましたよ」
「そんなことが…。あの、オレンジ豚って?」
「オーガの里は良質なオレンジの産地なんです。出荷の際、販売できない傷モノを飼ってた豚の餌に混ぜて与えたところ、劇的に肉質が良くなったとかで、農務省のテコ入れで特産品にしたそうです。うちの店ではその中でも特上の5Aを使ってます」
礼をして厨房に戻っていったシェフの話に全員ショックを受けていた。魔物であるオーガが人間と交流している。その事実に頭が付いていかない。
「帝国に来てから驚くことが多いな。魔物との交流…か」
「ロディニアでは絶対に考えられませんわね。魔物は全て敵とこの身に叩き込まれていますから」
「しかも、政府機関が入って産業振興を図るとは…。全くもって信じられません。というか想像する事すら困難です」
「是非この目で見てみたい」
レウルスの言葉にモーガンが同意とばかりに頷いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
食事後、レウルスは行く所があるといって、モーガンを連れて中央官庁街に行ってしまった。残されたフィーアたち女性陣は帝国ファッションを堪能しようと帝国デパートへ行こうと歩き出した。しかし、大都会の慣れない道のこと、迷ってしまってうっかり人通りの少ない裏道に入り込んでしまった。
「あら、道を間違えたようですわね」(フィーア)
「本当だ、観光ガイドの地図を見間違えたかしら?」(ユーリカ)
「ユーリカさん、地図が逆さまです!」(フェーリス)
「……。(おっぱいに栄養が行き過ぎ)」(リース)
アハハと照れ笑いしながら地図を元に戻して現在地を確認しようとした4人の前に、テンプレどおり、にやけ笑いのチンピラがどやどやと現れた。途端に険しい顔になるユーリカにあわあわするフェーリス。
「よお、ネーチャンたち、道に迷ったのか? オレらが案内してやろうか?」
「その前に、ちょーっと寄り道するかも知んねェがな。ゲヒャヒャ!」
リーダーらしい小太りでニキビ面をした男の下品な笑いに同調してチンピラたちも大声で笑い始めた。
「間に合ってますわ」
「こんなヤツ、どこにでもいるのね」
「やだ…。この人たち、鏡で顔を見たことあるのかしら」
「ブサイクはお呼びじゃありません!」
フィーアは心底嫌そうに顔を顰めた。一方、ゲヒャヒャと下品に笑っていた小太りの男はバカにされたことで頭に血が上り、手下どもに向かって襲うように命令した。
「こっちが下手に出てりゃ、生意気な女どもだな。オメェら、構わねぇ犯っちまえ!」
「ヒャッハー!」
「オラー! 姦せ、姦せー!!」
チンピラの中から何人かが叫びながら前に出て、一番近い場所にいたフェーリスとフィーアに掴みかかって来た。フェーリスが顔を引き攣らせて悲鳴を上げたが、サッとその前に黒い影が入ってチンピラに右ストレートを入れて吹っ飛ばした!
「ぷげらっぴ!」
「ユーリカさん!?」
チンピラを殴り飛ばしたのはユーリカだった。殴られた男は二度三度地面にバウンドすると首と胴を変な方向に曲げて転がり、白目を剥いて泡を吹きピクリとも動かなくなった。その様子に驚いた男たちだったが、怒りに任せて奇声を上げて飛び掛かって来た。そのうちの1人をユーリカが投げ飛ばす。しかし、隙をついてフェーリスを捕まえようと男が飛びかかって来た。恐怖に足がすくむフェーリスとチンピラの前にリースが割り込んできた。
「リースちゃん!」
「王女様に触れるな、下郎!」
リースはチンピラが腰にぶら下げていた短剣を素早く抜くと、ピタリと顎下に剣先を向けた。その素早い動きは歴戦の戦士のようで、チンピラは動きを止めると、顔中に脂汗を浮かべてごくりとつばを飲み込んだ。動きの止まった男の金的を蹴り上げて轟沈させたリースは、ユーリカの背後から襲い掛かろうとしたチンピラに向かって、くるりと体を回転させて短剣を投擲する。短剣はグサッと音を立てて右肩に突き刺さり、チンピラは悲鳴を上げて蹲った。あっという間に数人の仲間を倒された小太りの男は一瞬呆然とした後「ギリッ」と唇を噛んだ。
「テメェら…。テメェら許さねえ! お前ら全員で一斉にかかれ!」
チンピラどもがゆフィーアたちを取り囲む。ユーリカとリースは、フィーアとフェーリスを守る構えを取った。チンピラたちが一斉に襲い掛かろうとしたその時、男たち後から制止する声が響いた。
「お前たち、何をしている!」




