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邂逅② フィーアとユーリカ

 ここは王国第1騎士団の駐屯地内にある訓練場。今日も今日とて兵士が激しく戦闘訓練を行っている。男たちの怒声に混じって可憐な女性のかけ声が響く。


「たあっ! とうっ!!」

「ぐっ…まだまだぁ!」

「いい気合です。ですが…甘いっ!」

「ぬおう!(お、おっぱいがブルルンと激しく躍動!俺感動!)」


 上半身はレオタード、下半身はミニスカートの上にスケイルメイルを巻いただけの超軽装で訓練用の大型長柄斧バルディッシュを振るう女傑に大柄の男がひとたまりも無く吹っ飛ばされ、訓練場の壁に背中を打って倒れ伏す。斧を振る度に激しく躍動する爆乳を間近で拝もうと、女傑に向かって訓練希望者が殺到する。それらドスケベどもを瞬く間に叩きのめして一息ついたところで、女傑の耳にパチパチパチと拍手の音が聞こえて来た。


「流石「瞬殺の女王」ですね。ユーリカさん」


 女傑の正体はユーリカだった。20歳を迎えた彼女は現在王国第1騎士団長モーガンの妻として、また、その実力を買われ、第1騎士団副団長として訓練に勤しむ日々を送っている。勿論、妻として家庭の雑事も疎かにしていない。


「フィーアさんじゃないですか。お久しぶりです。どうしてここに?」

「うふふっ、近くを通ったものですから、久しぶりにお話がしたくって」


 フィーアはまじまじとユーリカを見る。騎士団での厳しい訓練の賜物か、体は一回り大きくなり腕も足も筋肉がしっかりつき、腹筋もしっかり割れている。それでいて彼女の特徴である爆乳(100cm、Gカップ)に安産型のお尻(86cm)は脂肪がしっかりついて丸くて形が良く、超絶に色っぽい。


 フィーアの視線に気づいたユーリカは頬を赤らめて、着替えてくると言って訓練場を出て行った。フィーアも兵士達に礼をすると、訓練場を出て待つことにした。駐屯地内の通路に立って待っていると、通りがかった兵士がギョッとした顔をして慌てて敬礼する。その顔が可笑しくて、ついプッと笑ってしまった。


「あら、何か楽しい事でもありました?」

「ユーリカさん! いえ、なんでも」


 ユーリカと合流したフィーアは、駐屯地を出てロディニア市の大通広場まで歩いて出て、中央広場の公園に面したカフェに入った。席に案内され、ウェイトレスにケーキセットを注文する。魔女戦争で瓦礫の山になった広場はすっかり元の様相を取り戻しつつある。2人は運ばれてきたコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めた。


「すっかり復興が進みましたわね。道行く人々の顔も明るくなってきました」

「ですね。これも宰相であるレウルス様の手腕の賜物です。さすがです」

「ふふっ。夫はデキる男ですから」

「建設省に指示して明確な都市計画のもとに効率的に復興事業を進めるなんて、並みの人間じゃできませんよ。それに、財務省と折衝しての予算の確保と振り分けまで指示しているって聞きました」

「夫はデキる男ですから。大事なことなので2回言いました」


 フィーアの夫であるレウルスは非常に優秀な男である。しかし、前国王の長子でありながら庶子であったため、王位継承順位は第1位の現国王マクシミリアンの一子、第2位のフェーリス王女に次いで第3位。しかも後になる事はあっても前になることは無い。それでも本人は気にせず、


『俺は王座なんて興味無い。あるのはこの国の発展と国民の幸せだけだ』


 と言って政務に精励する姿は国政に関わる者だけでなく、大勢の国民からも信頼厚く好意的に迎えられていた。また、家庭人としても優れており、子供はまだだが妻のフィーアも両親のオプティムス侯爵夫妻にも誠心誠意尽くしてくれるいい男だった。それに、妹フェーリスとも仲が良い。ちなみに、超イケメンで密かに憧れる女性も多い。


 テレテレとだらしない顔で惚気続けるフィーアを見てユーリカは微笑ましくなる。


(ユウキさんとカロリーナさんを討ったことを随分と気に病んでいましたが、もう完全に立ち直ったようですね。私だって時間がかかったですし…)


「ところで、ユーリカさんはどうですの? モーガン様とは」

「えっ!? あっあの、そうですね…。一言でいえば幸せです。私の事、凄く大切にしてくれるんですよ。普段はとっても優しいのに、夜は獣のように荒々しくて…」

「はい、ストップです!」


 ユーリカは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに笑った。2人はケーキを食べながらお互いの近況などを話していたが、不意にフィーアが真面目な顔で訊ねてきた。


「そういえば、今度騎士団の再編があるんだそうですね」

「耳が早いですね。まだ、正式に決まったわけではないのですが、現在の3個師団から部隊を抽出して、新たに師団を編成するのだそうです」

「大丈夫なのですか、部隊の人数を減らすなんて、弱体化に繋がりません?」

「そこは問題ないと思います。現在、1個師団の編成は2万人で以前より多いのです。ここから歩兵及び騎兵大隊など5千人を新編師団に編成し直し、1万5千人規模の師団を4個に増やし、国の東西南北に配置する計画なのです」

「なるほど…。でも、そうしたら王都の守りはどうするのです?」

「親衛隊を師団規模まで増員して対応するそうです。実はこの背景ってのがありまして…。フィーアさんは南の大陸にビフレスト国があるのを知ってますよね」

「傭兵国家の?」

「そうです。本当はそこから師団規模の傭兵を雇い入れて、戦力強化を図ろうとしたらしいんですけど…」

「何か問題でもあったんですか?」

「半年前、魔物の大群が襲ってきたことがありましたよね」

「はい」


 ロディニア大陸では邪龍ガルガによって呼び出された約10万もの魔物が襲い掛かり、西方エルトリア国は壊滅に瀕したものの、大陸東方のアルスター公国軍とコナハト神聖国の神聖騎士団と連合し、辛くも撃退したのだった。ロディニア王国軍もマクシミリアン王自ら全軍を率いて出陣した。フィーアは夫レウルスとともに大量の物資の補給のため、影ながら尽力したのだった。


「南の大陸では邪龍ガルガなる魔物が現れ、それはもう大変な戦になったらしくて、ビフレスト国も大きな被害を受けて傭兵団の活動は当面出来なくなり、派遣を断られてしまったんですよ。それで、親衛隊を師団に格上げすることにしたんです」

「そーなんですか…」

「そーなんです」


 最後のやり取りが可笑しくて、2人はプッと吹き出して笑ってしまった。笑いながらユーリカが思い出したように、こんな事を言い出した。


「そういえば知ってます?」

「いえ、全然」

「まだ何も言ってないですよぉ~」

「あはは、ごめんなさい」


「全くもう…。実はこの話は極秘情報なので軍の上層部、それも極一部しか知らない事なんですけど、邪龍ガルガなる魔物は何でも1人の人間、それも女性に倒されたんだそうですよ」

「え~っ、そんなまさか。ウソですよね」

「ウソかホントかは分りません。でも、その女性は黒い髪をしていて、自ら暗黒の魔女と呼称していたそうです」

「う、ウソです!!」


 フィーアは、ガタンとテーブルを叩いて立ち上がった。衝撃でコーヒーカップが倒れて中が零れ、テーブルの上に広がった。驚いた周囲の客が一斉にフィーアたちを注目し、ウェイトレスが慌てて布巾を持ってきてテーブルを拭いた。ユーリカはコーヒーのお代わりを注文すると、フィーアに落ち着くように言った。周囲に謝罪して椅子に腰かけたフィーアは難しい顔をして考え込み、ぼそりと口を開いた。


「でも、確かに彼女はジャッジメントの光の中で蒸発したはずです。カロリーナさんとともに。私は見ました。電撃の光に彼女たちが包まれる様を…」

「ですが、死体を確認した訳ではないでしょう?」

「え、ええ。そう、ですわね」

「どうです、興味ある話でしょう」

「……………」

「確かめたいと思いませんか?」

「どうやって?」

「カルディア帝国の皇太子がご成婚されたのは知ってますよね。王国でもお祝いの使節団を派遣しようかという話が出てるじゃないですか。それに同行できれば、確かめるチャンスがあるかも」


 ユーリカがニヤッと笑う。フィーアは最後に見せたユウキの悲しみに満ちた顔を思い浮かべながら、コクリと頷くのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お兄様! お兄様! お・に・いさまぁ~ん、ちょっと待ってぇ~ん♡」


 王宮の廊下を歩いていたロディニア王国宰相レウルスは、背後から呼び止める声に苦笑いを浮かべながら歩みを止め、振り向いた。


「フェーリス。その呼び方はなんなんだ」

「だって、お兄様が気づいてくれないんですもの」

「それにしても、その呼び方はないだろう。で、何か用か?」

「はい! お兄様は今から会議にご出席ですよね。議題は確か「カルディア帝国皇太子のご婚礼祝賀及び魔導技術交流に関する使節団派遣について」でしたよね」

「良く知ってるな」

「そりゃあ、私だって王族の一員ですから」

「ははは、そうだったな。それで?」

「その会議に私も出席させていただけませんか?」


 思ってもみなかった申し出にレウルスは驚いた。今まで政策決定に関する会議にフェーリスが自ら出たいと言った事はなかったからだ。急に言ってきた真意はどこにあるのか、じっと妹の顔を見ていると、何故かアセアセとした感じで曖昧な笑みを浮かべている。


(ん?)


 レウルスはフェーリスが後ろ手に何かを持っていることに気づいた。


「フェーリス、何を持っているんだ?」

「え、えっと。ただの新聞です」

「見せなさい」

「あの、えっと…」

「フェーリス」

「はい…」


 おずおずと差し出された新聞を受け取り、ガサガサと開いて目を通したレウルスは、赤マル印に囲まれた小さな囲み記事に気づいた。


(なるほど。これか)


 レウルスは新聞を丸めてポスンとフェーリスの頭を叩いた。ビクッと身をすくめるフェーリスを見て笑いながら言った。


「いいよ、一緒に来なさい」

「は、はいっ! ありがとう、お兄様!」


(うふふっ、やっぱりレウルス兄様は優しくて好き。マクシミリアン兄様は王様になってから話しかけてもそっけないし、偉そうな態度で上から目線で来るから嫌なのよね。まあ、確かに偉いんだから仕方ないんだけど、以前とは人が変わったというか何というか…、いけ好かない男になったよね。でも、救国の英雄だから国民には人気あるし…)


 フェーリスは前を歩く異母兄の背中を見た。異母ではあるが自分にも優しく接してくれる兄の事は好ましく思っている。小さい頃もよく遊んでくれたし、ユウキの件で引き籠りになった際も時間のある限りずっと寄り添ってくれた。ただ、戦争自体には参加しなかったため、国民から賞賛されたのは実兄のマクシミリアンだけだった。でも、フェーリスは知っている。本当の功労者は裏方の仕事を滞りなく行った、レウルス指揮下の作戦本部の補給部門だったことを。


(レウルス兄様ほど人間ができた人はいません。もし、ユウキさんとレウルス兄様が初めに出会っていたら、また違う展開があったのかなあ…)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 王宮の会議室に関係閣僚が集められ、国王マクシミリアンの入室を待っている。レウルスの隣に座ったフェーリスは周りを見回した。テーブルを囲んで財務大臣オプティムス公、内務大臣ザクセン、軍務大臣ゼクスほか国の重鎮たちがずらりと並んでいる。


 全員が揃ったところで、上座の扉が開き肩章がたくさん付いた衣装と緋色のマント、王冠を頭に載せた国王マクシミリアンが入室して着座した。後ろに親衛隊長ラブマンと主席幕僚シュトライト、次席幕僚モーデルが並んだ。

 マクシミリアンは席の中にフェーリスがいる事に目を止めたが、直ぐに閣僚全員を見回して1通の封書をテーブルの上に投げる様に置いて、忌々しそうに口を開いた。


「カルディア帝国皇太子の成婚祝賀使節団は送らないことにする」


 思ってもみない発言に、ざわっとその場が動揺した。

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