廃嫡姫の夢⑨
グリフィン王子の言葉はその場の全員を驚かせるには十分なものだった。部屋の中はしんと静まり返り、毛布の端をぎゅっと握り締めて俯くプルメリアを見ている。
「は…ははは、悪い冗談だぜ。プリムが皇女様だって? そんなはずねぇよ。だって、プリムはガリガリに痩せ干からびて、ボロ雑巾より汚ねぇ格好で道端に倒れていたんだぜ。皇女様がそんな状態になるかっての」
「そうだそうだと言いましたー」
スバルは自分の期待を込めて否定し、ナナミも同調の声を上げる。しかし、グリフィン王子は話を続けた。
「私は一度、プルメリア様をお見かけしたことがある」
「ど、どこでだよ…」
「半年前に終結したウルと大陸国家連合との戦争の戦犯収容所だ」
「戦犯収容所? 戦犯って、戦争犯罪者のことだよな。何でそんなとこに?」
「プルメリア様は先の戦争で帝国第2皇子のミハイル様とともにウル側に着き、我々と敵対した側の人間なのだ。戦争終結時に捕えられ、一時的に収容所に収監された。私はたまたま用事があって収容所を訪れた際にお見かけしたのだ。その後、裁判が行われ、死刑は免れたものの、皇籍と皇位継承権を剥奪され、追放されたと聞いていたが、まさかこんな所まで流れていたとはな…」
「ま…、まさか…。ウソ…だろ」
「……その方が言ったことは本当よ…」
「プリム!」
「スバルには知られたくなかった…。でも、もう隠せない。全て話すわ…」
「わたしはカルディア帝国の皇女だったの。正妃では無く、側妃の子だったけど皇位継承順位は6位と地位は高かったわ。あの頃のわたしは、高慢ちきで周りの子に意地悪ばかりし、権威を笠に着て威張り散らしていたイヤな女だった。市井の人々をクズと蔑み、貴族のために一生を捧げる家畜だと思っていた。あの頃のわたしを見たら、きっと誰もが軽蔑したと思うわ。本当にイヤで最低な女だったもの。今なら言える。本当のクズはわたしだったと…。ははっ、笑っちゃうね」
プルメリアは自虐的に笑うと続けて話し出した。帝国での生活、第2皇子であるミハイルとは仲が良かったこと、ミハイルは第1皇子のミュラーと継承権争いをしており、優勢であったものの、ある出来事がきっかけで継承争いに負け、失脚したこと…。
「ウルは邪龍ガルガを復活させ、世界征服を企てようとしたことは知ってるでしょ。ミハイル兄様は優秀な人だったから、力を貸してほしいとウルに招聘されたの。兄様はそれに乗った。そして、ウルはわたしに兄様を逃がすように協力を求めて来た。わたしは兄様を逃がし、一緒に着いて行った…」
「兄様は再起を賭け乾坤一擲の勝負に出た。ウルのハルワタート王子とともに、帝国を始めとする連合国軍と戦った。でも結果は知っての通り…。結局、兄様は捕えられて収容所内で自殺した。一方、わたしはグリフィン様の言う通り、命は助けられたけど、帝国からは追放されたの…」
「どうしてプリムはミハイル様に付いていったんだ?」
「そうよ。なんでそんな事をしてまでウルに行ったの?」
「兄様が好き…だったから。ずっと一緒にいたかった…。それだけの理由…」
その場にいた全員が言葉も発せないほど驚いた。ウル側についた理由が政治・野心ではなく感情に任せたものだということに。シトリはちらとスバルを見た。スバルの顔は青いを通り越して真っ白になっている。
プルメリアは大きな目からポト、ポトと涙を零し始め、涙声で話を続けた。小さな肩と毛布を握る手が震えている。
「わたしは僅かなお金を持たされただけで辺境に放り出された。大勢の使用人にかしづかれ、何でもしてもらった生活から自分で何とかしなければならない生活は、わたしにとって難しかった。今までのプライドが邪魔をして人に頭を下げることができなかったわたしは、仕事に就いても長続きせず、やがて路頭を彷徨い始め、ゴミを漁りながら当てもなく歩き続けるしかなかったの」
「生きる気力を失って道端に倒れたわたしをスバルとナナミが助けてくれた。わたしが何者か、なぜ倒れていたのか聞かず、家に置いてくれた。その優しさがわたしにはとても有難かったし、スバルとナナミとの一緒の生活はとても新鮮で毎日が楽しかった。村の生活に慣れ、人々の優しさに触れて行くうちに、わたしの歪んだ性根が消え去り、普通の人間になって行くのが実感できた。人として生きるって、人の幸せってこういう事なんだとわかった。でも…」
「わたしは怖かった…。本当のわたしを知ったら皆は、スバルはどう思うだろうかっていつも考えてた。この世界の人々を滅ぼそうとした側に立ったことが知れたら、きっとわたしを軽蔑するに違いない。それが怖かったの…。だから何も言えなくて…」
(そうだったんだ…。これがプリムちゃんを苦しめていた思いだったんだ…)
ナナミはプルメリアの手をぎゅっと握った。その手に涙の雫が一粒、二粒と落ちてくる。ナナミはプルメリアの顔を見た。
(なんて苦しそうで、悲しそうな顔なんだろう…)
「わたし…、わたし…。スバルが好きなの…。わたしを助けてくれ、人の暮らしを教えてくれ、人として生きる道を示してくれた優しいスバルが大好き…。だからこそ、スバルには知られたくなかった…」
「わたし、もう皇室にも皇位継承権にも貴族の特権なんてものに未練はないの。この村で過ごす穏やかな日常こそが本当の宝だと知ったから。スバルがいて、ナナミがいて、村のみんながいて、心豊かに生きていける幸せをずっと感じていたかった…。でも、もう無理ね…。わたしの正体を知ったら、一緒にいられる訳ないもの…」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたプルメリアはベッドから出ると、溢れる涙を手の甲で拭いながら部屋を出ようとした。
「さよなら、スバル…。たまにはわたしのこと、思い出してね…」
「ま、待てよプリム」
「キャッ…」
部屋を出ようとしたプルメリアの腕を咄嗟に掴んだスバル。小さく悲鳴を上げたプルメリアはスバルに背を向けたまま、俯いて涙を流している。
「どこに行こうって言うんだ」
「……………」
スバルはプルメリアの肩を回して、体を自分の方に向けて力強く抱きしめた。そして、優しく自分の言葉を伝えた。
「どこにも行くアテなんか無いくせに。バカだなプリムは。お前の家はここだろ」
「だって…、だって…、わたしは戦争犯罪人なのよ。罪深い女なのよ。こんなわたしが、スバルたちと一緒にいられる訳無い…」
「戦争犯罪人? そんなヤツ、何処にいるんだよ。オレの目の前にいるのは道端で倒れてた女の子「プリム」だ。プルメリアなんて名前の子じゃねぇよ。グリフィン様は人違いをなさってるんだ。そうだろ、ナナミ」
「そうよ。プリムちゃんはプリムちゃん。あたしの大好きなお姉さんだよ!」
「ナナミ…」
「プリム、聞いてくれ。オレもお前が好きだ。一人の女の子として好きなんだ。最初は行き倒れの可哀そうな女の子と、同情心でしか見てなかったが、一緒に作業をしたり、一生懸命ナナミたちの世話をしてくれたり、村の人たちにも関わろうとしてくれたり、健気で頑張る姿を見ていたら、いつしかずっと側にいて守ってあげたくなっちまった」
「完全に俺たち置いてかれたな」(ミッキー)
「しっ…、これからいいところになるんだから黙ってて」(シトリ)
「ステキねー」(シルディ)
「プリム、これからもずっとこの家にいてくれないか。愛してるんだ。どこにも行って欲しくない。オレの…、オレの嫁さんになって、ずっと一緒に居てくれないか」
「スバル…。ほんとうに、ほんとうにわたしでいいの? わたしなんかでいいの?」
「わたしなんかって言うなって言ってるだろ。プリムじゃなきゃダメなんだ」
「嬉しい…。スバル、わたしも愛してる。スバル、スバル~ッ! うわああああん!」
「プリム…」
プルメリアの目から大粒の涙が滝のように流れ落ちる。しかし、その涙は先程までの冷たい涙ではなく、優しさに救われた温かい涙だった。スバルは愛しい人を優しく、包み込むように抱きしめる。プルメリアは今まで我慢してきた心の閊えが全て解放され、その嬉しさと愛する人の思いが伝わってきたことの喜びで感無量となり、大声で泣いた。
「お兄ちゃん、よく頑張った。プリムちゃん…ううん、今からお姉ちゃんと呼ばなきゃ。本当によかったねー」
「やった! よかったなスバル!」
「プリムちゃん。幸せそうな顔しちゃって…。妬ましい」
「いいなー。私も素敵な彼氏が欲しいよー」
「スバルの野郎、カッコつけやがって。プリム、俺は以前言ったな、村はお前を歓迎すると。覚えてるか」
「は、はい」
「今一度言うぞ! 村娘プリム!」
「はい」
「村長レオンの名において、村はお前を歓迎する。これから「も」よろしくな! ガーッハッハッハ!」
「はい! ありがとう、村長さん」
豪快に笑うレオンの脇でポリポリと頭を掻くグリフィン王子。いたずらっ子の様にプルメリアにウィンクして見せた。
「さて、私の用事は終わったようだな。どうやら、私の勘違いだったようだ。本物のプルメリア様は確か、目が吊り上がった、見るからに性格が悪そうで、陰険な顔の女性だったよなぁ。君のような優しい顔の美人ではなかった。いや、変なことを言って悪かった」
「は…はぁ…(間違いにするためとはいえ、本人を前にして酷くないですか…)」
「村長、私はレーマンに帰るよ。今までお世話になった」
「ハッ、村の門までお見送りいたします!」
「スバル君、プリムさん、お幸せにな」
グリフィン王子は部屋にいた全員と握手すると、颯爽と部屋を出て行った。レオンもその後を追い、ミッキーたちも気をきかせて出て行った。残った邪魔者はナナミ1人。
「はいはい。邪魔者は出ていきますよーっと。ミクちゃんの家に遊びに行こうっと。ここにいたら、恋の炎に当てられそうだもんねー。行ってきまーす」
「あいつ…」
「くすっ」
「やっと笑ったな」
「うん…」
見つめ合う2人。潤んだ瞳のプルメリアを見て、スバルはとても綺麗だと思った。プルメリアが目を閉じた。2人の顔が近づく。
「言い忘れたけど、今日、ミクちゃんちに泊って来るからねー。ごゆっくりー」
「キャアアー」
急にナナミが声をかけてきたので、びっくりしたプルメリアとスバルは、頭と頭をごっちんこさせてしまった。あまりの痛みで目がちかちかする。
「いっったーい!」
「ナナミーッ!」
ナナミによって、すっかりいい雰囲気が台無しにされてしまった。プルメリアとスバルは顔を見合わせる。そして、大声で笑い合うのであった。
その夜、プルメリアとスバルは結ばれた。逞しい腕に抱かれたプルメリアは、心の中が満たされるのを感じた。ミハイルと一緒だった時には得られなかった充足感…。愛したと言っても、所詮兄妹のこと。他人である異性との愛とは比較にならない。プルメリアは心の中でミハイルに永遠の別れを告げ、愛するスバルに初めてを捧げ、彼の全てを受け入れたのであった。
「スバル…」
「なんだ、プリム」
「愛してる」
「オレもだ…」
プルメリアはスバルに体を密着させた。豊かな胸の圧迫感を感じながらスバルはプルメリアを優しく抱き寄せる。お互いの温もりを感じながら、いつしか2人は眠りについた。その顔は愛する者同士結ばれた幸せに満ち溢れていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
プルメリアとスバルが結ばれて数日が経過した。2人の純愛を見て羨ましくなったシルディは軍を辞め、村に残ってミッキーの家に居候している。怪我から回復したウォーレンはシトリに告白し付き合い始めた。スバルやミッキーはフラグが立たなくてよかったと思った。復興が進む村には子供たちの声が響き、女性たちは井戸端会議に勤しむ。食料品店の親父のボースは、村の女性の尻を撫でては奥方様にビンタされ、雑貨屋のババアは不気味な笑い声を上げている。村はいつもの平和な雰囲気を取り戻しつつあった。
そしてスバルの家でも…
「おはよぉ~。お兄ちゃん、お姉ちゃん。ふぁああ~っ」
「おはよう、ナナミ。朝ごはん出来てるわよ」
「なんだよ、眠そうだな」
「だってさぁ…」
ナナミはトテテと小走りにプルメリアとスバルの側に行くと、にやっと笑みを浮かべた。
「むひひ…。昨夜は随分とお楽しみでしたね♡」
「ブッハーーッ! げほっげほっ!!」
「やっ…ヤダ。何言ってるの!?」
飲んでたお茶を盛大に噴き出して咽ながら死にそうになるスバルと、茹でたカニの様に真っ赤な顔でエプロンの裾を持ってもじもじするプルメリア。2人の前で指を振って呆れたように話すナナミ。
「だってさぁ、プリムお姉ちゃんのアノ声が大きいんだよ~。ナナミ、気になって全然寝れなかったんだよ」
「ナッ…ナナミ!?」
「そうだ、今日学校帰りに雑貨屋の婆ちゃんのとこで耳栓買ってこよーっと。あら、もう時間だから学校行くね。にしし…」
「もう、ナナミったら大人をからかうんじゃありませーん!」
「アハハーッ、いってきまーす」
羞恥心MAXのプルメリアはお玉を振り回しながらナナミを追いかけるが、ナナミはテーブル上のジャムトーストを素早く手にすると、口に咥えてカバンを背負いながら家を出て行った。
「ホントにおませさんなんだから…」
「げほっげほっ…。あいつめ、本当にしょうがねぇヤツだな。ったく…」
プルメリアとスバルは顔を見合わせて笑いあった。今日も幸せな1日が始まる。スバルは出かける支度をするとプルメリアに声を掛けた。
「プリム、今日の午後、時間はあるか」
「大丈夫よ」
「役場に行って婚姻届け出して来ようぜ」
婚姻届けという言葉にプルメリアは顔を輝かせた。
「うん! じゃあ、現場にお弁当届けるから、食べ終えたら行きましょう!」
「ああ、じゃあ行ってくる」
「行ってらっしゃーい!」
スバルは役場倉庫の復旧工事の現場に向かった。次第に小さくなる背中に手を振って見送ったプルメリアは、今日のお弁当はスバルの好物をたくさん入れてあげようかなと考え、う~んと背伸びをして空を見上げた。
(キレイな青空…。今のわたしの心のよう…。やっと見つけたな。わたしの幸せ…)
見上げた空はどこまでも青く高く、遠くまで広がっていた。空を見上げるプルメリアの上を瑠璃色をした鳥が群れを成して飛んでいった。キラキラと輝く宝石のような美しさにプルメリアは「わあ」と歓声を上げた。鳥の群れはプルメリアの頭の上をぐるっと回って空高く飛び去った。彼女が掴んだ幸せを祝福するように…。
本編ではユウキやセラフィーナに敵対した性格最悪で嫌な女の代表格だったプルメリア。番外編の候補にもしなかった彼女について、書いてみようと思ったのは本当に偶然と言うか、気まぐれでした。話も1話か2話程度の分量で収まるだろうと思っていたのですが、書いてみれば、あっという間に彼女に感情移入してしまい、9話もの長編になってしまいました(これでも大分考えたエピソードをカットして短くしたんです)。
本編では最終的に惨めに落ちぶれたプルメリアでしたけど、彼女だって幸せになっても良いんじゃないかと思って書いたこの話、皆さまはどうでしたでしょうか。やっぱり、誰も不幸にはなってほしくないですよね。あと、食料品店の波平頭のオヤジ「死神ボース」をもっと活躍させれば良かったかなと思いましたね。作者の筆力の無さが如実に表れてしまいました。
次の番外編はどんな話になるでしょうか。お楽しみに。
(感想もお待ちしてます。番外編に書いて欲しい人物のリクエストなんかもあったら嬉しいです)




