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廃嫡姫の夢⑧

「はあ、はあ、はあ…。ウインドカッターッ」

『ギョエェーッ!』


 真空の刃に切り刻まれたゴブリンが絶叫して地面に斃れる。プルメリアに襲い掛かろうとしたゴブリンの死体が何頭も転がっているが、目の前にいる数は絶望的に多い。


「キリがない…。もう、ダメなのかな…。ううん、負けちゃいけない。ミハイル兄様だって最後の最後まで諦めなかった。わたしだって兄様に負けられない」


『ギョワワーッ!』

「ウィンドカッター!」

『ヒギャブツ!』


『ギョギョギョーッ!』

「あっ!? しまっ…」


 目の前に迫ったゴブリンを魔法で切り刻んだプルメリアだったが、左右両横からゴブリンが短剣を振りかざして飛びかかってきた。一瞬の隙をつかれたプルメリアは魔法を撃つタイミングを逸してしまった。醜い顔を歪めて襲い掛かる魔物にプルメリアは絶望と恐怖で悲鳴を上げた。


「きゃあああっ!」

「そうはさせるかよ!」

『ギャベシッ!』


 プルメリアに襲い掛かろうとした2頭のゴブリンのうち、1頭は胴体を両断されて地面に叩き付けられ、もう1頭は胸を槍に貫かれ、仰向けに斃れた。一体何が起きたのか…、唖然とするプルメリアに、この数か月常に側にいてくれた男性の力強い声が聞こえた。


「プリム、大丈夫か!?」

「ス…スバル…。どうして…。う…うああああん!」

「よしよし、もう大丈夫だからな」

「うん…、うん…」


「スバル、ナナミちゃんも無事だ。小屋の中にいるぜ」

「そうか、良かった。2人とも無事で。プリム、ナナミを助けてくれてありがとう。でも、武器も持ってないのにどうやってゴブ公を倒したんだ?」

「わたし、魔法が使えるから…」

「魔法だって!? すげえなプリム。最高だぜ!」


 ぎゅっと抱きしめられたプルメリアはスバルの胸の中で小さく頷いた。逞しくて温かい胸に抱かれていると安心して涙が浮かんでしまう。


「あなたたち、再会を喜んでいる暇はないわよ。見て、ゴブリンが迫って来るわ」


 見ると、仲間を殺された怒りで、ゴブリンが一斉に襲い掛かろうとしている。それよりも、聞きなれない女性の声の方がプルメリアには気になった。


「スバル、あの女は誰?」

「あの女とは酷い言われようね。私はレードン軍の見習士官でシルディよ」

「というヤツだ。勝手にオレたちに着いてきたんだよ」

「そう…。美人な人ね」


「プリムちゃん大丈夫だぞ。スバルはプリムちゃん一筋だからな。それよりもゴブリンどもが来るぜ。どうするよ」

「とにかく、ヤツらの攻撃を凌いで、隙を見て脱出するしかないわ」

「だな。プリム、チャンスがあったらすぐ逃げられるように、ナナミを小屋から出しておいてくれ」

「う、うん(スバル、わたし一筋を否定しなかった…)」


「ミッキー、シルディ、行くぞ! おりゃあああっ!」

「っしゃー! 村人の恐ろしさ思い知れ!」

「あの娘の私を見る目、怖いんだけど…」


 3人はシルディを真ん中にして並列に立ち、接近してきたゴブリンを迎撃し始めた。その間、プルメリアは小屋の鍵を開け、ナナミを外に連れ出した。


「ナナミ、スバルが来てくれたわ」

「お兄ちゃんが!?」

「うん。今、外でゴブリンと戦ってる。チャンスを見て逃げようって」

「わかった!」


 ナナミを外に出したプルメリアは、再度小屋の出入り口に南京錠を掛けた。これでヤギが襲われることはない。後は、タイミングを見て逃げ出すだけだが…。


「くそっ、こいつらしつけぇ!」

「やべぇぞスバル。ヤツら嵩に懸って攻めて来やがった!」

「まずいわ、これじゃ逃げられない」


 スバルはハルバードを振り回してゴブリンを切りつけ、ミッキーは槍で接近を牽制して動きを鈍らせ、シルディがスモールソードで動きが鈍ったゴブリンの首を跳ね飛ばす。ナナミを抱いたプルメリアもチャンスを見ては魔法を放ってゴブリンを切り刻む。しかし、ゴブリンの数は多く、徐々に家畜小屋に追い詰められてきた。


「くそ、これじゃ…」

「危ないスバル! ウインドカッター!」

「うお!」


 ゴブリンの数に圧倒されたスバルが油断した隙を狙って、背後からゴブリンが飛びかかった。ミッキーもシルディも目の前の敵を捌くので精一杯で、スバルのフォローに入れない。そのゴブリンを無数の真空の刃が襲い、ズタズタに切り刻んだ。


「大丈夫、スバル」

「あ、ああ。助かったぜ、サンキューな」

「でも、このままじゃ…」

「……………。(くそ、何としてもプリムとナナミを助けないと。しゃーねぇ、覚悟を決めるか…)」


 一瞬の危機は去ったが、ざっと見ゴブリンは数十はいる。プルメリアやスバルたちによって20~30は倒したが、数は全然減ってない。スバルはギリっと奥歯を噛み、プルメリアと青い顔をして震えるナナミを見た。この2人だけは助けなければならない。


「ミッキー! シルディ!」

「おう、言いたいことは分かったぜ!」

「仕方ないわね。これでも私は軍人の端くれだから、責務は理解してるわよ」

「プリム、ナナミ。オレたちが突っ込んでヤツらを食い止める。その間に2人は逃げてくれ。プリム、ナナミを頼むぞ」


 プルメリアは自分を見つめるスバルの瞳を見てドキッとした。あの目は…慈愛に満ちた愛する人を助けたいと想う目は、あの日のミハイルの目とそっくりだった…。


「だ、ダメよスバル。逃げるのは皆一緒に…」

「お兄ちゃん、無茶は止めて!」


「うおおおおおっ!」


 雄叫びを上げて3人はゴブリンの群れに突っ込んでいった。ハルバードで蹴散らし、槍で貫き、スモールソードで斬り付ける。勢いに任せて戦う3人にゴブリンは怯むが勢いだけの戦いは体力を消耗させるばかり。疲れが見え始めてきた3人をゴブリンが包囲し始めた。このままではそう長くはもたないだろう。


「プリム! 早く、早くナナミを連れて逃げろーっ!」

「プリムちゃん、俺たちを無駄死にさせないでくれー」

「死ぬ前に彼氏が欲しかったー」


「で…でも」


 スバルたちはそう長くはもたないだろう。ゴブリンに切りつけられ、傷も負い始め、痛みで顔を歪ませている。プルメリアはスバルを置いては行けないと思った。ナナミも同様に感じているだろう。でもどうやったら彼らを助けられるだろう。そして気が付いた。


(魔法だ…。高度な広範囲魔法なら一気にゴブリンを殲滅させられる。でも、わたしが使える魔法は威力が低い単発ものばかり。とても広範囲魔法は使えない。どうしたら…)


「ぐわっ!」

「ミッキー!」

「きゃあっ!」

「シルディ! こなくそっ!」


 ミッキーが足を斬られ、シルディに複数のゴブリンが取り付こうとしている。スバルもまた腕に傷を負い、苦しそうだ。このままでは数分と持たないだろう。プルメリアの目に涙が浮かんでくる。


(い…いや…。このままじゃスバルが死んじゃう。スバルが死ぬなんていや! わたし…スバルが好き。だから死なせたくない! 神様、至高神エリス様、お願いです。わたしに力を貸してください。スバルを助ける力をください。わたしは罪深い女です。だからここで死んでも構いません。だけど、愛する人だけは助けたいんです。ミハイル兄様の様に見殺しにはしたくないんです。お願いですエリス様。わたしに…、わたしに力を貸してください。お願いします。スバルを…スバルを助けて!!)


 涙を流しながら神に祈るプルメリアの体の中で、魔力がどんどん高まっていくのを感じた。魔力はやがて温かな光に包まれて神秘的な輝きを放つ。魔力を高める訓練でもこのような感じを抱いたことはない。魔力の光はプルメリアの心の奥に優しく語りかけてきた。


(この力で、あなたの愛する人を助けなさい)


 心の中に一瞬だけ、美しい女神の姿が見えたような気がした。


(エリス様、ありがとうございます! 罪深い私にお慈悲をお与え下さり、感謝します)


 光の力を得たプルメリアはナナミを放して後ろに下がるように言った。ナナミは何かを感じたのか大人しく下がった。そして、プルメリアの体がうっすらと黄金色に輝いているのに気付き、ごくりと唾を飲み込んだ。


「スバル、今助ける! 神々の雷よ、轟雷となりて敵を撃て! サンダー・レイン!!」


 プルメリアの体が黄金色に眩しく輝くと同時に、空を覆っていた厚い雲の中に雷光がいくつも走り、超高温が空気を膨張させて凄まじい雷鳴を響かせた。その音に驚いたゴブリンが一斉に上を見上げた。次の瞬間、膨大な数の稲妻が地面に降り注ぎ、ゴブリンに直撃して一瞬のうちに焼きつくし、ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく黒焦げになって砕け散っていった。


 プルメリアが放った電撃魔法は非常に広範囲に広がり、厚い雲を伝って村の中心付近で一斉攻撃を掛けようと集結していたゴブリンの一部も巻き込んで、一瞬のうちに焼きつくし、自ら前線に立って戦っていたグリフィン王子や村長のレオンを驚かせた。一方、群れの大部分を失ったゴブリンは恐慌状態を起こして逃げ出した。


「一匹たりとも逃がすな、追え!」

『ギャギャ…ギャヒッ…』


 逃げるゴブリンを追撃するグリフィンたち。しかし、逃げに入ったゴブリンは足が速い。このままでは逃がしてしまうだろう。しかし、ゴブリンたちの前に連絡を受け、先行して駆けつけたレードン軍の先遣隊300人が立ち塞がり、掃討戦を展開したため、ゴブリンは瞬く間に駆逐されたのだった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 プルメリアの魔法で群れのほとんどが殲滅され、完全に戦意を喪失した生き残りのゴブリン数頭は尻尾を巻いて逃げ出した。しかし、プルメリアは見逃さず、再び雷の魔法を唱える。


「逃がさないわ。ライトニング・ボルト!」


 必死に逃げる数体のゴブリンだったが、魔法の射程外に逃れる前に強烈な電撃に襲われ、高熱によって血液が沸騰し、その圧力で体の内側から爆発して砕け散った。


 プルメリアが放った魔法の凄まじさに理解が追い付かなかったスバルたちだったが、目の前のゴブリンが全て消え去ったことで、やっと現実にあったことだとわかった。スバルたちは怪我で痛む体を引きずってプルメリアの側に行く。


「プリム、おまえ…」

「スバル。よかっ…た」

「あっ、プリム!」


 魔力を使い果たし、倒れそうになったプルメリアをスバルが抱き止めた。スバルとナナミが自分の名を呼ぶ声が聞こえるが、自身の能力以上の力を使ったことで、目の前が真っ暗になって、意識は闇の底に沈んでいき、自分を呼ぶ声も聞こえなくなったのだった。



「う…うう…ん」

「あっ、気が付いた!」

「こ、ここは…。ナナミ…」

「おにいちゃーん! シャロンせんせーい! プリムちゃんが目を覚ましたよーっ!」


 プルメリアが寝かされていたのは、スバルの家の自分のベッドだった。シャロン先生の診察を受けた結果、体内の魔力を限界を超えて使ったことによる高次精神疲労が生じて倒れたとのことで、安静にしていれば治ると話してくれた。


「まあ、しばらく無理はしない事だね。栄養のある食べ物を摂って、ゆっくり休みな」

「…はい」


 ナナミに見送られ、シャロン先生が出ていくとスバルとミッキー、シトリが入ってきた。さらに、グリフィン王子、村長レオン、何故かシルディまでついてきた。


「スバル…」

「プリム。よかった目を覚まして。中々目を覚まさないから心配したぜ」

「…ごめんなさい」


 スバルから話を聞くと、あれからもう5日ほど経っていたとのこと。ゴブリンによって村の被害は大きかったが、復興に向けた作業は始まっていて、また、重症者はいるものの死者は無く、その点ではよかったと話してくれた。また、プルメリアが放った魔法によってゴブリンのほとんどが倒され、わずかに残った個体も駆けつけたレードン軍によって殲滅したとのことで、レオンから感謝の言葉も貰った。


「オレもナナミもプリムに命を助けてもらったな。ほんとにありがとうな」

「プリムちゃん。ごめんね、あたしがあんな無茶しなければ…」

「いいのよ。2人が無事で、本当に嬉しいわ」


 ナナミがぽすんとベッドにダイブしてきた。プルメリアは優しい笑顔を浮かべ、ナナミの頭を撫でてあげると、ナナミは嬉しそうに笑った。


「それにしても、プリムちゃんが攻撃魔法を使えるなんて、びっくりしたわ」

「ホント、それな。一体、プリムって何者なんだ?」

「……………」


 シトリとミッキーが驚いたように聞いてきた。プルメリアは顔を曇らせて俯いた。そこにグリフィン王子が進み出てきて話しかけてきた。


「本当に、あの電撃魔法は君が放ったのかな」

「……はい…」


「攻撃魔法というのは特殊でね、魔力に優れた魔族やエルフには攻撃魔法の使い手が多い。しかし、魔力が低い人間はそうは行かないんだ。魔法を使える者は限られ、使い手の家系は血統を維持するのに心血を注ぐ。王家や貴族は連綿と血統を守り、攻撃魔法を維持し、民を守ってきた者の末裔なのだ」


「それがどうかしたのか? プリムと何の関係があるんだ」

「大有りだ。あれほどの攻撃魔法の使い手は特に限られる。私が知る限りでは、暗黒の魔女ユウキ様と聖王国の聖女スバル様」


「お兄ちゃんと同じ名前だね」

「ナナミちゃん。ちょっと黙ってようね」

「…ごめんなさい」


 ナナミがのんきな事を言い、シトリに注意されてしょぼんとなる。グリフィン王子は気にした様子も無く話を続けた。


「それと、カルディア帝国の皇女たちがそうだ」

「……………」


グリフィン王子はプルメリアを真っ直ぐに見て言った。


「貴女はカルディア帝国皇女のプルメリア様ですね」

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