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廃嫡姫の夢⑤

 共同作業が始まって1週間が過ぎた。天候にも恵まれ、作業は順調に進んでいる。予定の6割は収穫が終わり、男たちも先が見えて来たと麦刈りをする手にも力が入る。

 プルメリアは麦畑に近い広場で、村の女たち数名と一緒に、刈取り班の昼食を準備する係として大鍋で肉野菜スープを作っていた。腕が疲れスープをかき混ぜる手を休めて麦畑を見ると、男たちの中にスバルの姿を見つけた。


(スバル、頑張ってるな…)


 共同作業が始まった頃、スバルとの些細な話から自分の歩んできた道を思い出し、この村の人々、特にスバルとナナミの優しさの狭間で苦しんだ。いや、今も苦しんでいる。しかし、作業が始まり、食事の準備や雑用を行っていると忙しさで悩んでいる暇が無くなり、また、休憩時間に村の女たちとの井戸端会議で子供の成長や旦那への愚痴、姑の悪口を聞いていると何だか可笑しくて、沈んだ心が少しずつ晴れて行くような気がした。


「おーい、プリムちゃん。スープが出来たらこっち手伝って」

「は、はーい」


 忙しそうに走り回りながら作業をするプルメリアを遠目に見たスバルは、彼女の顔に浮かぶ笑顔に安心するのであった。


 太陽が天頂に差し掛かった頃、作業を指揮監督していた村長のレオンが昼食にしようと号令をかけ、男たちが三々五々、広場に集まってきた。プルメリアは肉野菜スープを男たちに配膳して行き、ミッキーたちと一緒にシートに座って汗を拭いているスバルにもスープを持って行った。


「はい、スバルの分よ」

「お、悪ぃな。へえ、こりゃ美味そうなスープだ。プリムが作ったのか?」

「う、うん。そう…」

「プリムのスープは塩味が効いてて美味いんだよな」

「うふふ、たくさん食べてね」


「ありゃ、プリムちゃん。俺たちの椀に比べてスバルの椀、大きくてスープもいっぱい入ってないか?」

「なんですと!? うむ、確かにオレのより多い…。明らかな差別と断定する!」

「ち、違うわ。みんなと同じよ(汗)」

「へー、ほー、ふーん。ほんとかなぁ~」

「もうっ、知らないっ!」


 真っ赤な顔をお盆で隠して鍋の方に戻っていくプルメリアの後姿を見ながら大笑いする男たちを余所に、スバルは黙々とスープを食べ始めた。しかし、スバルの顔も真っ赤っかになっており、気づいた男たちが囃し立てる。しかし、スバル自身、真っ赤になったのは熱々のスープでそうなったのか、別な原因でそうなったのか、よくわからなかった。


(どうしてもプリムを意識しちまう。なんだろうな、この気持ち…)


 さらに数日が経って麦刈りが終わった後、挽砕ばんさいされた小麦を村人全員で袋詰めし、役場の倉庫に運び込んだ。倉庫の中に1袋60kg入りが300袋も積み重ねられた様子は圧巻だった。村長のレオンから感謝と労いの挨拶があった後、役場職員から働いた内容と日数に応じた金額の賃金を受け取った村人たちは、疲れてくたくたになった体を引きずりながら、それぞれの家に帰って行った。スバルとプルメリアも、ミッキーやウォーレン、シトリに挨拶するとよろよろと家路についた。


「いやー、この共同作業は疲れるよなぁ。プリムも大変じゃなかったか?」

「うん。初めての体験だったから…。みんな、こうやって働いて、国に税を納めてるのね。わたし、よく知らなかったから勉強になったわ」

「そうなのか? まあ、徴税の方法は国によって様々というからな」

「えっと…、そうなのよ」


「しかし、麦刈りに袋詰めに運搬…。レオンの髭おやじ、村人をこき使い過ぎだぞ」

「わたしはずっと食事と片付け係だったから、立ちっぱなしで足が痛いわ」

「おや、足が随分と太くなったんじゃねえか?」

「そ、そんなことないわ! ちょっと浮腫むくんでるだけよ。スバルのいじわる!」

「あははは、ごめんごめん」

「もう…、知らない!」

「悪いって…。さあ、ナナミが待ってる。早く帰ろうぜ」


 畑に挟まれた村道を仲良く並んで歩くプルメリアとスバル。太陽が山々に沈み始め、茜色に染まった空が2人を優しく照らす。いつしか2人は自然に寄り添い、手を繋ぐのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 共同作業が終わり、10日程経ったある日の休日、朝食を食べ終えたスバルとプルメリアとナナミがお茶を飲みながらゆっくりしていると、ミッキーとウォーレンが尋ねて来た。


「悪いな、休んでいるところにお邪魔して」

「なんかあったのか?」

「国の徴税官が来たらしいぜ。村長が小麦袋の搬出を手伝えってさ」

「もう来たのかよ。仕方ねえなぁ…。行って来るか」


「気を付けてね、スバル」

「お兄ちゃん、いってらっしゃーい!」


「気を付けてね、スバル♡ だってさ」

「かーっ、いいねぇ。俺もあんなカワイ子ちゃんに言われてぇ」

「う、うるせえ!」

「ははは、照れるな照れるな」


 ミッキーとウォーレンに背中をどつかれながら村役場の方に歩いていくスバルを見送った後、プルメリアとナナミも作業の様子を見に行ってみようかという話になり、家を閉めて出かけることにした。


「おお~、やってるやってる」

「大勢いるね(スバルはどこかな…)」


 プルメリアとナナミが到着すると、役場前の広場には見物人も含めて大勢の人がいた。2人が倉庫前に移動すると、多頭曳きの大型馬車が何台も停まっており、動員された村人がバケツリレー方式で運搬し、馬車の荷台に積み重ねている。プルメリアが探すとスバルはミッキーたちと一緒に荷台の上で受け取った小麦袋を手際よく積み重ねていた。


「ナナミ、ほらスバルいたわよ」

「どこどこ…、ホントだ! おおーい、おにいちゃーん!!」


 ナナミの甲高い声に気付いたスバルが手を振ってきた。作業の手が止まり、荷台の下で60kgの小麦袋を抱えたままプルプルしているオジサンが怒鳴り声を上げた。


「ス、スバル! サボんな、バカヤロウ! 重くて死ぬ」

「あっ! す、すまねぇ…」


「ヤダ、お兄ちゃん、ダッサ…」

「いや、今のはナナミが悪いと思うわよ」


 2人でくすくす笑っていると、書類を挟んだバインダーを持ったスーツ姿で眼鏡の中年男性と軍装姿でロングソードを帯剣した青年がプルメリアとナナミの前にやって来た。


「君たち、作業の邪魔をしないでくれないか。スケジュールに遅れが出ると困る」

「す、すみません…」


 中年男性が眼鏡の奥をキラリと光らせ、キツイ口調で2人を注意してきた。思わず頭を下げてごめんなさいする。中年男性は「ふん…」と鼻を鳴らして荷馬車の方に歩いて行った。青年もその後を追おうとしたが、プルメリアの顔を見て動きを止めた。


「君…、どこかで見た事があるような…。名前を聞いてもいいかな?」

「……………」

「プリムちゃん、あっち行こ」


 プルメリアが困惑したような表情で後ずさりする。不穏な気配を感じたナナミは、その場から離れるためプルメリアの手を取って、村の女性たちが集まっている場所に移動した。そこに村長のレオンが近づいてきてプルメリアに声を掛けてきた。


「よう、プリム、ナナミ。来てたんだな」

「村長さん、あの人たち誰?」


 ナナミが指差した方をレオンが見ると、作業をする村人にあれこれ指示する中年男性とまだこっちを見ている青年がいた。


「あのメガネは国の徴税官さ。一緒に居るのはスバルーバル連合諸王国の聖王国の王族に連なる人物だとさ。何でも諸国を回ってお勉強の最中らしい」

「ふーん。あのおじさん陰険そうで嫌いだな。若いお兄さんもプリムちゃんをじろじろ見てヤな感じ。ナナミ、あまり好きじゃないな」

「ナナミったら…」

「ガハハハッ! 子供は正直だな。だが、オレも同意見だ」

「村長さんまで…」

「ワハハハハ! おっと、その陰険野郎が呼んでらぁ。じゃあ、オレは行くわ。危ない場所に近づくんじゃねえぞ。じゃあな」


 そう言ってレオンは徴税官の方に歩いて行った。残されたプルメリアは、この後どうしようかと考える。同じように様子を見に集まったおばちゃんたちは井戸端会議に夢中でプルメリアが入り込む余地がない。同年代のシトリもいないし、ただ、真っすぐ家に帰るのも味気ない。ふと、思いついたことをナナミに話してみる。


「ナナミ、お天気も良いし、少しお散歩しようか」

「うん、いいよー。わーい、お散歩だー」


 プルメリアはナナミと手を繋いだまま、村の中の小道を歩き出した。道端に咲く花を眺めたり、落ちているドングリを拾ったりして楽しく遊んだ。やがて村の周囲を囲う柵の付近までやって来た。


「ねえ、あれ見てプリムちゃん」

「あれは…、兵士?」


 村の出入口付近に集まっていたのは完全武装の兵士が20名ほど集まって周囲を警戒していた。


「…きっと、護衛の兵士さんたちだね」

「ほ~、かっこいいね~」

「も、もう行こう…」

「あっ、プリムちゃん!」


 早足で兵士たちから離れ、早足で役場倉庫前まで戻って来たプルメリアとナナミ。はあはあと荒い呼吸を整えていると作業を終えたスバルが戻って来た。


「作業終わったぞって…、どうしたんだ、息を切らせて?」

「うん、ちょっとね…」

「そうか? それならいいんだけど。見ろよ、あいつら出発するぜ」

「わあ、凄いねー」


 大量の小麦袋を積載した荷車を荷駄用の大型馬が引き始めた。5~6頭の馬が1台の荷車を牽引する。プルメリアの胴体より太い足が力強く1歩1歩踏み出され、荷車がゆっくりと動き出した。何台もの荷車が列をなして進む光景は圧巻の一言。ナナミは一生懸命手を振って見送っている。最後に徴税官と王族の青年が乗った小型馬車が続いて、村の一大イベントとなった納税作業は終了した。


「さ、オレたちも帰ろうぜ。疲れちまったよ」

「そういえばさぁ、お兄ちゃん怒られてたね」

「あれは急に声をかけて来たお前が悪いんだろ!」

「ヤダね~、妹のせいにするなんて」

「あのな…」

「うふふっ、まあまあ…。そうだ、作業を頑張ったスバルにご褒美しなくちゃ。家に帰ったらお肉焼いてあげるわね。とっておきがあるの」

「やったぜ!」

「良かったね、お兄ちゃん。ところで、お肉食べて精力つけてナニするのかな~」

「…えっ!?」

「バッ、バカヤロ! なにもしねえよ!!」

「へえ~ホントかなあ。そうだ、ナナミ今日は早く寝るね。ひ・と・り・で!」

「いい加減にしろよ!」

「しないもーん」

「もう…。ナナミっておませさんだね。うふふっ」


 他愛もない話をしながら家路につく3人。自然にナナミを真ん中にして手を繋いで歩く。こんなに心が安らぐのはいつの日以来だろう…。もう思い出せない位遠い日のようだった気がする。プルメリアはこの優しい日々がいつまでも続くといいなと思った。既に皇室にも皇位継承権にも貴族の特権にも何も未練はない。この穏やかな日常こそが宝なのだと思っている。そんな事を考えていると、ナナミが笑顔を向けて来た。プルメリアも笑顔を返す。3人の家まではもうすぐだ。スバルに何を作ってあげようかなと考えるプルメリアは、今初めて生きる幸せというものを噛みしめていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 一方、村を出た輸送隊は順調に徴税した小麦袋を運んでいた。既に村とレーマン市の中間地点に到達している。周囲は刈り取られた小麦畑が延々と広がり、傾いた太陽の光が斜めに入ってとても幻想的な風景を見せていた。


「グリフィン様、ここらで少し休憩を取りたいと思います」

「ああ。その辺の采配は君に任せるよ」

「はい」


 徴税官は馬車の窓を開けて、馬に乗って並走している兵士に休憩する旨伝達してもらいたいと話した。了解した兵士は馬に鞭を入れると前方に向かって馬を走らせた。

 少し行った先の広い草原を休憩場所として馬と兵士を休ませることにして、徴税官とグリフィンと呼ばれた王族の青年はシートの上に用意された椅子に腰かけ、お茶を飲み始めた。麦畑を渡る風が気持ちよく、落ち穂を食べに来た鳥たちの鳴き声が耳に優しく響く。


 30分ほど休憩を取って出発しようと徴税官とグリフィンが立ち上がった時、周囲の警戒に出ていた兵士が血相を変えて飛び込んできて、グリフィンの前に平伏した。


「も、申し上げます!」

「どうした? 何かあったのか?」

「こ、ここから1kmほど離れた麦畑の中をゴブリンの群れが移動しています。その数200以上、恐らく300はいます。また、群れの中にホブゴブリンの姿も確認されました!」

「何だと!? 行先はどっちだ!」

「我々が徴税を終えた村の方角です!」

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