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廃嫡姫の夢③

 プルメリアがスバルとナナミの家に居候するようになって数日が経過した。ナナミが学校に行った後、家の床をモップ掛けしていたプルメリアにスバルが声をかけて来た。


「プリム、出かけるぞ」

「…どこに?」

「村の商店街。って言ったって食品店と雑貨屋が1軒ずつあるだけだけどな」

「……………」

「家の中にずっといてもつまんないだろ。それに、村の連中との顔合わせもしてえしな。ダメか?」

「…ううん、行くわ」


 準備を整え、買い物籠を持って家を出ると、先に出ていたスバルが待っていた。2人並んで村の中心に向かって村道を歩く。スバルの家は村から少し離れた所にあるため、15分ほど歩くと教えてくれた。村の中を流れる川に掛かる小さな橋を渡り、道を歩いていると徐々に人家が立ち並んできた。時折すれ違う村人がスバルに挨拶してくるが、隣を歩くプルメリアを見ると驚いた顔をしてジロジロと見て来た。プルメリアは何か居心地の悪さを感じ、俯きそうになるが、グッと顔を上げて村人を見返した。


「あまり気にするな。プリムが珍しいだけさ。じき慣れるよ」

「大丈夫。気にしないわ(浮浪者としてさ迷い歩いていた時に向けられた視線に比べれば何て事ないもの…)」


 村人の視線を感じながら、家々が並ぶ路を抜けるとちょっとした広場に出た。


「ここが村の中心だ」

「ここが…? しょぼ…あっ!」

「ははは、いいっていいって。なんせ見た通りの小せぇ村だからな。ただ、みんなの前で言うのはやめてくれよ」

「ご、ごめんなさい…」


 思わず帝都の中心街と比べてしまい、口に出してしまったことで、申し訳なさと恥ずかしさでいっぱいになった。スバルは、顔を赤くして俯くプルメリアの頭をポンポンして笑いかけ、建物の説明をしてくれた。


「あの2階建ての建物は村役場。村長はレオンというむさ苦しいオッサンだ。髭面でゴツイ悪人顔だがいい人だぞ」

「誰がむさ苦しくて、悪人面だ!」

「いってぇ~!」

「スバル!?」


 突然スバルの頭にげんこつが落とされた。ゴツンという鈍い音がして衝撃で蹲るスバルを見て驚くプルメリア。びっくり顔の彼女の前にマッチョな筋肉ボディに顔面髭面の強面の男が立ち塞がった。その厳めしい姿にプルメリアはビビる。


「ふーん。オメエがスバルが拾って来たヤツか。娘、名は何という!」

「プ、プルメリア…。プリムでいい…です」

「プリムだな! うむ、村はお前を歓迎するぞ!」


 凄い大声だ。レオンはニヤリと凄みのある笑みを浮かべるとバシーンとプルメリアの尻を叩いた。


「キャアアアッ」

「うむ! いい尻だ! 子供をぽろぽろ産めそうだな! ガーハッハ!!」


 レオンは高笑いを上げると、涙目で尻をさするプルメリアの肩をポンポンして役場の方に歩いて行った。


「いたた…。ひでぇ目に遭ったぜ」

「大丈夫? すごい音がしたけど…」

「心配ない。頭は人一倍頑丈なんだ。役場の奥に高い屋根の建物があるだろ」

「…うん」

「あそこは教会。この村は豊穣の女神アリステア様を信仰しているんだ」


「それと、あそこが食料品店。村一番のスケベオヤジが経営しているんだ。プリムならいっぱいオマケしてくれるかもな」

「…スケベオヤジ。わたし、きら…苦手だな」

「ははは、食料品店の隣が日用品を売ってる雑貨店だ。店番はババアなんだが…」

「?」

「まあ、後でわかるさ。行ってみようぜ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 スバルに案内された食料品店は、さしずめ村の台所といった様相で、様々な野菜や肉、川魚の干物、穀物に塩・調味料など、必要なものは一揃い売っているようであった。店の前では波平頭のオヤジがパンパンと手を叩きながら、景気よく客の呼び込みをしていて、主婦らしい人が何人か買い物に来て品定めをしていた。


「よお、ボースのオヤジ、買いに来たぜ」

「おう! スバルじゃねぇか。今日はいい鹿肉が入ってるぜ」

「んじゃ、鹿肉と鶏肉、キャベツにスバイモをくれ」

「毎度あり…って、おい、スバル。その娘は誰だ?」

「さすが目ざといな。この子は以前道端で倒れていた子で、今は一緒に住んでいるんだ」


「プルメリア…。プリムでいいわ」

「ほう、この子が噂の…。いや~、凄い美人さんだなぁおい! スバル、この野郎上手いことやりやがって。このスケベ野郎が!」

「スケベはボースだろ」

「いや~、こんな可愛い娘ならナンボでもオマケするがな。ほら、これも持ってけ! いや~、いい女だね~。ケツも大きくて最高じゃねぇか。でへへ…」


 ボースはプルメリアの買い物かごにドサドサと果物を入れて来た。籠が一気に重くなり、両手で持たないと支えきれない程だ。しかし…。


「親父さん、もういいわ。ありがとう。後ろ見て」


 後ろを振り向いたボースの視線に嫉妬に怒り、怒髪天を突いた奥方様が仁王立ちしていたのだった。


「お…お前~」

「アンタ、ちょっと来なさい!」


 バシーンとボースに平手打ちを食らわせた奥方は変な方向に首が曲がって腰を抜かしたボースをずるずると店の奥に引っ張って行った。見ればスバルや買い物に来た女性たちは腹を抱えて笑っている。笑いが収まったら今度は女性たちに囲まれ、色々と質問攻めにあった。あわあわするプルメリアの様子が可笑しくて暫く様子を見ていたスバルだったが、助け船を出すことにした。


「もういいだろ。プリムにも色々事情があるみてぇなんだが、そんな事どうでもいいじゃねえか。とにかく、プリムはここに住むんだ。仲良くしてくれねぇか」

「そうね。人生人それぞれ。よろしくね、プリム!」

「今度家にお茶飲みに来なさいよ。じゃあね」


 少し名残惜しそうに手を振る女性たちから離れ、今度は日用品等を売っている雑貨店に入ることにした。見送る女性たちをチラッと横目で見たプルメリア。人を疑う事を知らない純粋な村人たち…。薄汚れた道を歩んできた自分を受け入れてもらえるのだろうか…。不安になるプルメリアだった。


 そんなプルメリアの気持ちを知ってか知らずか、スバルはプルメリアを雑貨店の中に案内した。店内の棚には所狭しと日用品が区分ごとに置かれている。日用品だけでなく、鍋や包丁等の金物や木の桶、妖し気な陶器製の壺も売っていた。


「ここに来れば大概のものは揃う。今日は風呂で使う石鹸を買っていこうぜ。あと、化粧水とかプリムが欲しいと思ったものを買っていいぞ」

「…そんな、悪いわ」

「いいって。その位の金は持っている。それに…」

「?」

「プリムはもうオレとナナミの家族みてぇなもんだ。だから遠慮するなよ」

「スバル…」


「ヒャ~ッハッハハハ!」

「キャッ…」

「おうっ!? いたのかよ、バァさん。脅かすんじゃねえよ」


 店の奥の精算台にちょんと座っていた小さな皺だらけの老婆がヒャッヒャッっと笑っていた。猿の置物かと思っていたプルメリアは驚いて小さな悲鳴を上げた。


(置物じゃなかったんだ…)


「ヒャ~ッハッハハハ…。スバルのくせに一丁前に色気づきおって。店は女を口説く場所じゃないぞえ。ヒャッヒャッヒャ」

「そんなんじゃねえよ、クソババア!」

「ほう…そこにいるのが噂の娘か…。ヒャ~ッハハハ、えらい美人じゃのう。ワシの若い頃そっくりじゃ」

「ウソ言うんじゃねえよ」

「ふむ…。162cm、50kg、B90W58H84。中々のボディサイズじゃな」

「やだ、なんでわたしのサイズを…」

「90cmだと! プリムのおっぱいは90cm…。すげぇ」

「スバルのスケベ!」


「ヒャ~ッハッハ…。プリムと言うのか娘。お主…自ら過酷な運命を背負ってきたのう。これからお主は自らの人生を決める道を歩むことになろう。さて、お主の歩む道は幸か破滅か…。この婆にも読めぬ…。ヒャッヒャッヒャ!」

「なに予言めいた事いってんだ、このババア。ついにボケたか?」

「……………」

「ボケとらんわい。ホレ、石鹸3個と美顔化粧水で大銅貨2枚と銅貨5枚じゃ。娘、この手荒れ改善クリームはサービスじゃ。初回来店特典ってヤツじゃな。ヒャ~ッハハハ」


 買い物籠をスバルに持たせ、石鹸ほかを入れたトートバッグ持ったプルメリアは、家への帰り道を歩いていた。雑貨店のお婆さんが言ったことが頭の中でぐるぐると回っていて全然離れない。しかし、グッと顔を上げてまっすぐ前を向いた。


(これからどうなろうと、わたしは信じた道を行こう。夜空の星とナナミちゃんの寝顔に誓ったんだもの。もう一度だけ頑張るって)


「プリム、あんなババアの言う事なんか気にする事ねぇぞ。ああやっていつも人を煙に巻くんだ。ババア、村長が子供の頃からあんなババアだったらしい。とんだ妖怪ババアだぜ」

「妖怪ババア…。ぷっ、言い得て妙…。あははっ」


 雑貨店を出てからずっと沈んだ顔をしていたプルメリアが小さく笑った。その笑顔を見てスバルはほっとするとともに、何故か守ってやりたいという気持ちが湧いてくるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ある雨の日、学校が休みのナナミは台所のテーブルで算数の宿題を始めた。家の掃除を終えて暇になったプルメリアは、何となくナナミの隣に座って勉強の様子を見ていたが、ナナミは算数が苦手のようでうんうん唸っているばかり。我慢しきれず横から口を出した。


「ナナミ、花が54本あって6本ずつたばにして花たばを作ると、花たばはいくつできるかだから、54を6で割ればいいのよ。引き算でやってると大変だし、途中で間違うわよ」

「割るってどうすればいいの? 手で折っちゃうの?」

「違くて…。えーと、6の段の掛け算はわかる?」

「うん、何とか。えーと、6×1=6、6×2=12…」

「6×8=48、6×9=54…。あっ!?」

「気付いた? 割り算ってのはね、掛け算の逆なの。紙に書くと…こうでね、54が割りたい数で6が割る数だから、6を掛け算していって割られる数に近い数を当てはめていけばいいのよ」

「おおーっ、何となくわかってきたよプリムちゃん。答えは、えーと…9たば!」

「正解」

「よーし、どんどんいくぞーっ」

「がんばれ」


「あれ? 答えが割り切れなくて数字が余っちゃった…」

「それで正解。それは「余り算」だから」

「うう…ややこしい。だから算数は嫌いなのよ~」

「ふふっ。ファイト」


 ナナミが頭から湯気を出して宿題していると、スバルが大きな鉄の鍋を持って家の中に入って来た。スバルは鉄鍋を窯に置くともう一度出て行き、今度はヤギの乳が入った容器を運んできた。不思議に思ったプルメリアはスバルに何をするのか聞いてみた。


「何をしようとしているの?」

「ヤギの乳でチーズを作るんだ」

「えっ!? チーズって家で作れるの?」

「驚くことか? この村でヤギや牛を飼ってる家はどこも作ってるぞ」

「そうなんだ。(帝国ではチーズ工房で大規模生産してるって聞いてたから…)」

「今日は雨だろ、ヤギのチーズは湿気の多い日に熟成させると抜群に美味くなるんだ。だからチーズ作りをしようかなって思ってな。上手にできたらレーマンに売りに行くつもりだ。失敗作は家で食べる」


「ねえ、作るところ見ててもいい?」

「いいぞ。出来れば手伝ってくれると有難いな」

「…手伝い…。わたしなんか役に立たないわ…」

「わたしなんかって言うなよ。一緒に作ろうぜ。な?」

「………。うん、頑張るわ!」


「え~、プリムちゃん、あたしの宿題は~? まだまだいっぱいあるんだよ~」

「…がんばれ」

「ひどーい!」

「ぷっ…、あははっ。分からないところがあったら大きな声で言って。チーズ作りの手伝いしながら教えるから」

「わかったー」

「あははっ」


 その日はチーズ作りの手伝いをしながらナナミの宿題を見てあげた。追放された後も高いプライド故に人…、平民に物を教わるなんて絶対にしなかったプルメリアは、今スバルの指導を受けながら汗だくになって作業をしている。それが自分の中で好ましいという感情になっているのに気付きつつあった。そして、この兄妹と触れ合うことで、少しずつ笑顔が増えて来たことにも…。

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