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リサの婚活物語①

「あなた! なんなのこの書類は。誤字脱字のオンパレードじゃない。やり直し!」

「はい。スミマセン…」

「ちょっと! ここに資料を置きっぱにしたのは誰!」

「わ、わたしです…」

「舐めとんのか貴様! 常時整理整頓って言ってるでしょ。片づけなさい!」

「ご、ごめんなさい」

「ごめんなさい♡じゃない!「すみませんでした」でしょーが! 社会人としてなっとらん! 貴様、歯を食いしばれ!!」


 カルディア帝国首都西部地区冒険者ギルド「荒鷲」の事務室で職員に向かって怒鳴り散らしているのは事務長のリサ・フランジュ(29歳7ヶ月独身)。


 リサは自分の机に戻ると、どっかと椅子に腰かけ、青い顔にしかめっ面をして書類を手にすると深いため息をついた。その様子を遠巻きに見てひそひそする事務員や冒険者たち。


「荒れてるわね~」

「気持ちも分からんではないですけどね~」

「だよね~」


 ウル国と魔龍ガルガの侵攻を退けて約1年半が経過し、世の中はすっかり平和となった。人々は今を生きる幸せを享受し、帝国の後継者たるミュラー皇太子の結婚という慶事もあった。妃となった絶世の美女の幸せそうな笑顔に心を射抜かれた世の中の恋人たちは、自分たちも幸せにあやかろうと、帝国では空前の結婚ブームとなっていたのだった。


「そりゃ、非リア充モテない同盟の同志だったユウキさんは皇太子妃、アンジェリカさんはイザヴェルの王子様と結婚、エヴァリーナ様もレオンハルトさんと結婚したしね~」

「おまけにおバカ姫で有名だったラピス様も軍のエリートとご婚約されたし」

「ポポちゃんやフランちゃんまで婚約・結婚したとあってはねー。荒れるのもわかるわ」


 リサは「ダン!」と勢いよく机を叩いて立ち上がると、ポットが置いてある台まで行って、水差しからコップになみなみと水を注ぎ、ごくごくと一気飲みする。どうやら1杯では足りないらしく、2杯、3杯と水を飲む。


「あれなに? 二日酔い?」

「そうそう。何でも結婚相談所から紹介された男に秒で断られたとかで、嫌がるオーウェンさんを無理やり連行して昨日の夕方から今朝まで飲んでいたそうよ」

「えーっ!? それでマスターは?」

「執務室で死んでる。朝帰宅したら、激おこの奥さんから暫く帰って来るなって言われたそう」

「あちゃー」

「……っとと。あれ見てあれ」


 リサがおしゃべりに興じる事務員たちを睨んでいる。事務員たちはサーッと波が引くように仕事に戻るのだった。


(フンだ。何とでも言えっての)


 再び自分の机に戻り、書類を手にすると、二日酔い(朝まで飲んでいたから当日酔い?)で痛む頭を押さえながら中身を読む。しかし、アルコール分解物質アセトアルデヒドで充満した濁った脳みそでは理解も半分程度。仕事はさっぱり進まない。


(はぁ~~あ…。私もユウキちゃんみたいな出会いしたいなぁ。もう無理なのかなぁ)


「よお! 陰気臭い顔してるって皆が言うから来てみれば、陰気通り越して人生に疲れたババアみてぇな顔してるじゃねーか。おーい、生きてるかー」

「……(ぴく)」


 カウンター越しに声をかけて来たのは、ギルド所属の実力派パーティ「烈火の剣」のリーダー、アレンだった。ババア呼びされたリサの顔が一層険しくなる。


「ち、ちょっと。アレンさん…」

「ワハハハハ! いいって、いいって。アレだろ、この間も婚活失敗したんだろ。これで100連敗達成って…。どんだけ女として見られねーんだよ。ワーハハハハ! 腹イテェ…、腹が捩れる。これ、世界記録じゃねーの!」


「だから、アレンさん。止めてって」

「ひーひー、そうだなぁ、せめて胸がもう少し大きければ、モテたかも知れんね」

「…誰がババアの貧乳だって?」

「うん…、ゲェ…ッ」


 事務の女性職員たちが止めるのも聞かず、カウンターに身を預けてゲラゲラ笑うアレンの肩をがっしと掴むリサ。アレンは鬼と化したリサの顔を見て凍り付く。


「リ…リサ!?」

「死ね、腐れ外道」

「ギャアアッ! イテェ、イテェって! や、やめろぉおーーっ!」


 リサはアレンの左右のこめかみに拳を当ててぐりぐりと圧迫回転させる。ミシミシッと頭蓋骨が軋む音がする度にアレンの顔は苦痛で歪み、口から泡を噴き出している。細めた目から放たれる冷酷な視線が脳を圧迫され死にゆくアレンを冷たく見つめている。事務員さんたちはガタガタと震えながら傍観するしかできない。


「あわ、あわわ…」

「だ、誰か止めてよ。アレンさん死んじゃうよ!?」

「無理だって…」


 アレンの命は保ってあと3分。誰もが冥福を祈り始めた時、ギルドの正面入口が「バーン!」と開け放たれ、赤絨毯がゴロゴローッと転がって通路を作った。なんだなんだとギルドの中にいた職員や冒険者が見ていると、どやどやと武装した完全装備の帝国兵が雪崩れ込んできて絨毯を挟んでびしっと姿勢を正して並ぶ。これにはさすがのリサも驚いたようで、思わず瀕死のアレンを離してしまった。ででんと音を立てて床に転がったアレンを冒険者たちが部屋の隅に引っ張って片づける。


 最初に豪華な装飾が施されたハーフプレートを着用し、ロングソードを帯剣した屈強そうな護衛騎士が2人ギルド内に入ってきた。護衛騎士は周囲を睥睨し、危険が無いか確認すると外に合図した。リサが訝しげに見ていると入口から入って来たのはメイドに手を引かれた超絶美人。黒く長い髪をアップにして金のティアラで飾り、ばっちりメイクに純白のワンピースドレスを着たユウキだった。


「ユ、ユウキちゃん…じゃなくて、ユウキ様!?」

「こんにちは、リサさん。お久しぶり」


 ユウキがニコッと笑う。ユウキと会うのは結婚式以来で1年ぶりだ。懐かしさで二日酔いもどこかに飛んで行ってしまった。思わずユウキの側まで行って頭を下げた。何といっても今のユウキは皇太子妃。気軽に声を掛けられる相手ではない。ユウキにしたってそうで、気軽に市井に出てこれる立場ではなくなった。そのユウキがわざわざ会いに来てくれた。リサは嬉しくなって、自然に笑顔になる。そして、頭を上げるときにちらと見たユウキの体に違和感を抱いた。


「ん? あれ? ユウキちゃ…様。そのお腹…」

「あれ、分かっちゃいました? 実は今ね6か月なの。えへへ…」


 テレテレと幸せそうに頬を赤らめて笑うユウキの顔を見て、暗黒の嫉妬心が心の奥底から沸き上がるリサであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 ユウキから2人で話がしたいということで、リサは応接室を案内した。


「どっこいしょ…っと」


 メイドの女の子に手伝ってもらって、ゆっくりとソファに座ったユウキは、メイドに礼を言うと、お茶を準備するよう申し付け、護衛騎士に向かって2人で話をしたいから退室するようお願いした。護衛騎士はユウキに一礼する。


「は! では、扉の外で警護しております。御用の際はお呼びください」

「うん。ありがとね。ミウもお茶を入れたら外に出てて」

「はい、わかりましたですの」


 ミウはリサとユウキの前に紅茶を置いて、ワゴンを押して廊下に出た。続いて2人の護衛騎士も出る。応接室の中にはユウキとリサの2人になる。ユウキは一口紅茶を飲むと、にししと笑顔を浮かべた。


「いや~、お腹が大きくなると動くのも大変。でも、お腹の中で赤ちゃんが動くと幸せを感じるのよね。ミュラーもすっごく優しくしてくれるの」

「あー、そうっスか。なんです? 幸せ自慢でもしに来たんですか。ヤな女」

「さすが婚活100連敗の強者。捻くれ方も半端ない」

「…………(殺す!)」

「あはは、ゴメンなさいリサさん。そう怖い顔をしないで。あのですね、今日突然お邪魔したのは、リサさんにいい話を持ってきたからなの」


「いい話?」

「そ、いい話」

「幸運を運ぶ壺を買えとか?」

「どこの宗教団体よ。そんなんじゃありませぬ。はいこれ」


 ユウキはポーチから1通の封書を取り出してリサの前に置いた。


「これは? 果たし状?」

「ちゃいますわ! これはね、幸せを運ぶ手紙です」

「幸せを運ぶ手紙? 不幸の手紙じゃなくて?」

「どんだけ捻くれてるのよ。間違いなく幸せを運ぶものです」

「そうなんですか? ユウキちゃ…様が言うんだし、信じてみようかな」

「えへへ…。中身は家に帰ってから見てね」


 その後、ユウキとリサはお互いの近況を話し、ユウキは敢えて封書の中身には触れなかった。楽しみは後に取っておく方いいと思ったのだ。ユウキはリサに幸せになってもらいたい。ロディニアにいた頃からずっとリサにはお世話になって来た。暗黒の魔女と化した後もずっと気にかけてくれていた。ラミディアに来てからもずっと自分を見守ってくれていた。その後、なんだかんだあって自分は幸せを掴んだが、リサは…。


(リサさん。わたし、絶対、ぜーったい応援しますからね)


「あっと、もうこんな時間。わたしもう帰らなきゃ。おーい、お願いしまーす」

「えー、もう帰っちゃうんですか?」

「うん。リサさんの仕事の邪魔をする訳にはいかないし、あんまり遅くなると侍従長やエロモンに怒られちゃうから」


 廊下で待機していた護衛騎士とメイドのミウが応接室に入ってきて、ユウキに手を貸して立たせる。リサも立ち上がってユウキを支える。護衛騎士が前後に立ち、ミウとリサに支えられたユウキがゆっくりと応接室から出た。ユウキが応接室に移動したことで護衛対象がいなくなり、ギルド内の飲食店で寛ぎながら女冒険者や女給さんとだべっていた帝国兵たちが慌てて立ち上がり、赤絨毯を挟んで整列する。寛大な皇太子妃のユウキは苦笑いを浮かべるものの、決して怒らない。この優しさ、穏やかさが万人に愛される要因なのだ。


 馬車に乗り込んだユウキはリサに手を振り、リサは礼をして見送る。屋敷に戻る馬車の列を見ながら、リサはユウキから手渡された封書の事が気になっていた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ふう…。そういえば、ユウキちゃんから渡された封書、まだ見てなかったな」


 仕事が終わり、デートの予定も当然なく、真っすぐ家に帰って来たリサは、家族一緒に夕飯を食べ、妹たちと一緒にお風呂に入った後、自室でベッドに腰かけ、髪の毛を乾かしていた。そこで、昼間、ユウキが訪ねてきたことを思い出し、仕事鞄から封書を取り出した。


「えっと、ペーパーナイフはどこだっけ…」


 机の引き出しから金属製のペーパーナイフを取り出して封書を開封した。中の便箋を取り出して目を通す。そこに書かれていた文を読んでリサは驚いた。


「え…えっ。これって何だろう?」


 便箋には数日後の日曜日、13時にエンパイア・ホテル最上階のレストランまで来るようにと書かれていただけだった。

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