最終話 幸せの旅路
ユウキとミュラーの婚約が正式に発表されてから1か月が経過した。その間、有力貴族からの招待や各方面への挨拶、結婚式の準備などで忙しく、2人でゆっくりする時間もなかった。そんなある日の夜、疲れ果てたミュラーは自室のベランダでワインを片手に月を眺めていた。
「ユウキちゃんと婚約したはいいが、何だかバタバタしてゆっくり話をする暇もねえ。仕方ないとはいえ寂しいな…」
「ユウキちゃんはもう寝たかな…。同じ宮殿内に居るってのに、会うこともままならねぇとは…。ホント辛い…」
月が雲に隠れたのか、薄明るかった景色が暗くなり、闇に沈んでいく。
「さて、寝るか…」
ミュラーは部屋に戻ると軽く湯あみした後、寝間着に着替えてベッドに手をかけようとして、何かの気配に気づいた。
「ミュラー…」
「その声、ユウキちゃんか?」
声の方を見ると、部屋の隅にポツンと人影が立っていた。ミュラーが近づくとそれは寝間着姿のユウキだった。しかも、スッケスケのネグリジェでビッグバストを包むブラと形の良いお尻を隠す紐パンが丸見えである。あまりの可愛らしさとエロさにミュラーはドキドキしてしまう。気のせいかユウキの顔もほんのり赤みが差しているようだ。
「どうしたんだ、こんな夜更けに。外が騒がしくねぇな…。転移魔法で来たのか?」
「うん…。あのね」
ユウキはポスッとミュラーに抱き着いた。肌の温かさが直に伝わってくる。
「結婚が決まってからさ、何か色々忙しくて、ゆっくり話をする時間もなくて…。ベッドに入っても何か寂しくてさ…。そしたら、とってもミュラーに会いたくなったの」
「ユウキちゃん…」
ミュラーはユウキをぎゅうっと抱きしめた。
「ねえミュラー。今日は一緒に寝てもいい…かな」
「ああ。いいぜ」
潤んだ眼で自分を見つめてくるユウキがとても愛しくて、そっと口づけをしたミュラーは自分のベッドにユウキを誘った。
二人並んでベッドに入り、お互いの温もりを感じながら、結婚式の事やこれからの生活など、他愛もない話をしていたが、ユウキの吐息と温かく柔らかい体を直に感じたミュラーは、色々とイケナイ欲求が高まって何とも辛抱たまらん状態になってきた。
「ユ、ユウキちゃん。お、オレ我慢できねぇ。オレもう我慢できねぇ…ッ。いいだろ」
「…………くぅくぅ」
「ユウキちゃん? ありゃ、寝ちまったのか。無邪気な顔しちゃって…。はぁ…しゃあねぇ。オレも寝るか…」
安心したのかユウキは眠ってしまい、小さな寝息を立て始めた。ユウキのカワイイ寝顔を見てると手を出す訳にもいかず、火照った気持ちと硬直した体の一部を抑えつつ、ミュラーも眠ることにした。しかし、どスケベの権化である彼の悶々は中々静まりそうもない。
「くそ…静まれ。静まるんだ、オレの息子よ。お前の出番はまだだ。落ち着くんだ、マイ・サン(我が息子)よ」
夜が更けるまで息子を押さえてぶつぶつ独り言を呟くミュラーだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキは今真っ暗な世界に立っていた。ここはどこなのだろう。自分の意識ははっきりしているが体は眠っているように感じる。
「夢の世界…?」
周囲を見回すと少し離れた場所に子供が立っているのに気付いた。ユウキが近づく。ユウキはその子供に見覚えがあった。ポロシャツに短パン。ランドセルを背負ったその姿は…。
「ゆ…優季…」
「うん。ボク、優季だよ。ユウキの意識の底に僅かに残っていた、男の子の優季」
じっと見つめ合う二人。
「もうユウキは完全に女の子だね。もうボクの意識は邪魔なだけ…。だから、ボク、もう行くね。ユウキはこの世界で女の子としての幸せを掴んだんだよ。良かったね」
「あっ…」
「バイバイ、ユウキ。もう1人のボク」
優季は、にぱーっといい笑顔で笑うと、すーっと消えていった。ユウキの目から涙が溢れる。優季が完全に消えると同時に、周囲が光の洪水で満たされた。あまりの眩しさに腕で目を隠す。光が収まり、腕を下ろして目を開くと美しい風景の中に立っているのに気付いた。
「ここは…?」
ユウキが立っていたのは白砂の海岸の波打ち際。白く美しい砂浜に鏡のような水面がどこまでも広がっていて、水平線と青い空がはるか遠くで一体となり、所々に浮かぶ雲が鏡のような水面に映って幻想的な光景を見せている。
ユウキが景色を眺めていると人の気配がした。振り向くと女子中学生の制服を着た少女がニコニコ笑いながら立っている。少女は後ろ手に近づいてくるとユウキを見上げてきた。
「良かったね。ちゃんとゴールを見つけられたじゃん」
「お姉ちゃん…」
「もう見守る必要はないね。これからの人生はユウキのものだよ。私は優季と一緒に行くね。もう、会うことは絶対にないけど、ユウキの幸せを願っているよ」
「お姉ちゃん! 待って!!」
望はユウキに向かってバイバイすると、いつの間にか現れ出た優季と手を繋いだ。2人はユウキに向かって笑いかける。そして、金色の光の粒子となって消えていった…。
「うっ…うっ」
ミュラーは自分の胸の中で泣いているユウキに気が付いた。どうやら夢を見て泣いているらしいと気付く。ミュラーはそっとユウキの頭を抱き寄せ、泣き止むまで優しく抱くのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキとミュラーが婚約して約半年ほど経過した。今日はユウキとミュラーの結婚式が盛大に行われる日。大広間には大勢の招待客が新郎新婦の入場を今か今かと待ち、解放された宮殿のテラス前には花婿花嫁を一目見ようと市民が集まっている。また、結婚式に合わせて、帝都の商工会議所ではお祭りが企画され、帝国全土や隣国から観光客が集まっていた。
そしてここ、花嫁の控室では最高級のシルクを使ったウェディングドレスと金糸銀糸を織り交ぜて作られたレース地のケープを着て、色鮮やかな花々のブーケを手にしたユウキが大勢のメイドに囲まれてメイクの最終チェックをしていた。
「うっわー、とっても綺麗ですわよ、ユウキさん! わぁ、私も早くレオンハルトさんと結婚式上げたいなー」
「ありがとエヴァ。エヴァの花嫁姿もきっときれいだと思うな。その時はちゃんとわたしも呼んでね」
「モチロンですよ。うふふ、ユウキさんとっても幸せそう…」
「えへへ…うん。幸せ…」
「でも、良かったですわね、ウェディングドレスがSEWで無くて」
「全くだよ。結婚式でエロスケベの格好させられ、生き恥をかかされたら一生泣き暮らすよ」
ユウキがエヴァリーナと話をしていると、控室のドアが開いて知った顔が何人か入ってきた。最初に挨拶を述べたのは鮮やかな藍色のグラデーションドレスを着た背の低い美少女。見たことあるような、ないような…。ユウキは「?」となる。
「ユウキ様、本日はお日柄もよく…。ご結婚おめでとうございます。お二人の門出を心からお祝い申し上げます」
「えっと…、誰?」
「嫌ですわ。フランです。そうそう、私もヴァルター様と婚約したのですよ」
「う、ウソだー! フランはこんなお淑やかな子じゃない! 野性味溢れる獣のような目をした貧乳ビッチのはず!」
「嫌ですわ、ユウキ様ったら、相変わらず栄養が胸にばかりいって記憶力がないのですね。よく見てください。フランですわ」
「そ…そういえば、面影が…」
「ユウキさん。フランさんはイレーネ義母様からクライス家の嫁として相応しくなるよう徹底的に教育されたのですわ。それこそ月月火水木金金、精神注入棒による教育という名の拷問を…」
「お…恐ろしい…」
「あんなイレーネ義母様見たことありません。よほどお兄様がユウキさんを選ばなかった事を怒っていらしたんですわね…」
続いて現れたのは、リシャールとアンジェリカだった。
「ユウキ、お招きありがとう。しかし、もの凄い美人の花嫁さんだな。でも、アンジェリカも負けてないと思うぞ」
「リシャール様。そう言っていただけて、アンジェは嬉しいです」
「アンジェ…」
「リシャール様…」
「来てくれてありがとうだけど、来た早々、2人の世界に入り込まないでよ」
「アンジェリカさん、すっかりツンデレから乙女モードにチェンジしましたわね」
「やっほーユウキ。結婚おめでとう! うわー、美しすぎて女神みたいだね」
「カロリーナ、来てくれたの!?」
「モチロンですとも! 親友の結婚式に招待されたとあれば、何が何でも駆けつけるわよ」
「ユウキさん、この方は…?」
「あ、エヴァは初めてだよね。彼女はカロリーナ。ロディニアでの大親友だった子だよ」
「まあ。初めましてエヴァリーナです。私もユウキさんの大親友を自負していますのよ」
「へえ…ライバルって訳ね。でも、私たち直ぐにでも親友になれそうだわ」
カロリーナは自分の胸とエヴァリーナの胸を指さした。意図を察したエヴァリーナはにっこりと頷くと握手を求めた。ここに貧乳美少女の同盟が結ばれる。さらに、2人の手の上にフランも手を載せた。
「ところで、カロリーナは1人で来たの?」
「ううん、恋人のガイアと一緒。ガイアは部屋の外で待っててもらってる。後ね…、見てもらったほうが早いわね」
カロリーナはパタパタと部屋を出ると1人の人物を連れて戻ってきた。その人物を見て驚いたユウキは椅子から立ち上がり、震える声でその人物の名を呼んだ。
「フ…フォンス伯爵…。フォンス伯爵だ…、ほ、本当に…?」
「ユウキ君。久しぶりだね。うむ、見違えるように美しくなって…。それに、目標であった幸せをちゃんと掴んだのだな。おめでとう」
ユウキはよろよろフォンス伯爵に近づき、胸の中に顔を埋めて泣いた。
「うわぁああ…、うわぁああん! 伯爵ぅー、ありがとうございます。伯爵が助けてくれたおかげで、わたし、わたし、幸せを見つけられましたぁ~」
「ユウキ君、晴れの門出に泣いてはいけない。せっかくの化粧が台無しになるじゃないか。私はカロリーナ君と一緒に広間に行っている。また、美しい姿を見せてくれ」
フォンス伯爵はめそめそ泣くユウキを椅子に座らせると、メイドたちに謝罪し、メイクを直すようお願いして部屋を出た。突然の出来事に驚いたエヴァリーナはカロリーナにどういう人物なのか聞いた。
「フォンス伯爵はね、ロディニアの魔女戦争で追い詰められたユウキと私を匿って助けてくれた方なの。あの時、あの国でただ1人、私たちの事を信じ、救ってくれた方なの。大けがした私を陰からずっと助けてくれたし、ユウキがこっちの大陸に行けるよう手助けしてくれた。私たちはあの方に頭が上がらないんだ」
「そうだったのですか…」
「うん。お、そろそろ時間だね、私たちも広間に行こうか」
「そうですわね、ユウキさん、また後で」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
大勢の参列者が見守る中、ユウキとミュラーの結婚式が盛大に執り行われた。皇太子としての正装姿ミュラーは男らしく堂々としており、参列した女性からため息が漏れ、白いウェディングドレス姿のユウキは女神とも見紛うほどの美しさで、そのスタイルの良さも相まって男性たちの視線を釘付けにする。
結婚式は粛々と進み指輪の交換、司祭の誓いの言葉に誓約を交わし、誓いのキスをする。大広間は割れんばかりの拍手に包まれ、ユウキとミュラーは照れながら参列者に向かって礼をした。
「ユウキちゃん、行こうか」
「はい、ミュラー様」
2人は連れ立って宮殿のテラスに出た。テラスに控えていた軍楽隊が帝国国家を演奏し、白いハトと風船がたくさん空に放たれた。その中をユウキとミュラーはテラスの先端まで進む。テラス前には大勢の市民が集まっていて、ユウキとミュラーに向かって、帝国国旗を振りおめでとうを連呼する。
「ミュラー様、ユウキ様、おめでとうございます!」
「救国の英雄ミュラー様、おめでとう!」
「光の魔女ユウキ様、カワイイ! 素敵!」
「ミュラー様、ユウキ様、バンザーイ、バンザーイ!」
大勢の人々が祝福してくれる。つい2年間、ロディニアで魔女として迫害され、激しい戦いの末、国を追われたとはとても信じられない。ユウキは今、愛する人の腕の中に包まれ、大勢の人々から祝福されているのを見て、心の底から幸せを感じている。そして、この世界に来て自分の幸せを求める旅が、今終わりを告げたのを感じた。
「ミュラー様、わたし、幸せ」
「ユウキ、オレもだ」
2人はニコッと笑い合う。ユウキは手にしていたブーケを大空に向かって放った。ブーケは青い空に綺麗な放物線を描くと、集まった民衆の中に吸い込まれるように落ちていった。
お・わ・り
足掛け約2年半、500話に及んだユウキの物語はこれでおしまいです。長い間読んでくださった皆様ありがとうございました。小説の形としては終わりですが、ユウキとミュラーの物語はずっと続きます。
今後は放置していた設定資料集の更新をして行くほか、物語で回収しきれなかった伏線や仲間たちの人生(リサさんの婚活物語など)を番外編として掲載しようと思ってます。間違いなく掲載は不定期になりますので、たまに覗きに来て「お、載ってるじゃん。ラッキー」と思ってくれればありがたいです。
作者としては、今新たな物語(第二次世界大戦に参加した艦艇が参加)を構想中です。いつになるかわかりませんが、掲載されたら読みに来てください。
では皆さん、ありがとうございました!
この物語を読んで、面白いと感じていただけたら☆で評価いただけると嬉しいです。よろしくお願いします!!




