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第500話 ユウキの幸せ

 ゴ~ン、ゴ~ン…


 カルディア帝国帝都、シュロス・アードラー市では正午になると弔鐘が鳴り響き、市民は一斉に祈りを捧げる。ウルと魔物との戦いで亡くなった大勢の兵士のために祈るのだ。  

 国を守るために命を懸けて戦い、戦場に散った夫や妻、息子や娘、恋人の魂が安らかであるよう、心から祈りを捧げる。その光景は帝都だけでなく、帝国全土の市町村でも、戦争に参加した各国の首都から田舎町に至るまで見られる光景だった。


 あの戦いから約2週間が経過し、人々の日常も戻ってきていた。戦争直後1週間は喪に服す期間として広報されたこともあり、戦死した兵士の軍部葬や別れの会等が各地で行われ、暗く沈んだ雰囲気に市内の通りを歩く人も少なかったが、喪が明けて日常生活が戻ると自然に人の活動が活発になってきている。しかし、各地の教会はこのように正午には弔鐘を鳴らして死者への祈りを捧げ続けているのであった。



 ユウキとエヴァリーナ、セラフィーナにラピスの4人は皇宮の中庭に面したテラスでまったりとお茶を楽しんでいた。紅茶の良い香りと中庭を通る風が運ぶ花壇に咲く花々の香りが心を安らかにしてくれる。


「ああ~、2週間前の出来事がウソみたい…」

「ですねぇ…。生き残ったのが不思議なくらいです。そういえば、ロディニア大陸もロディニア王国を中心とした各国連合軍が魔物を駆逐したらしいですわね。よかったですわね、ユウキさん」

「うん…(バルコムおじさん、カロリーナ。ありがと…)」


 エヴァリーナはポットを手に取ってユウキのカップに紅茶のおかわりを注ぐ。コポコポと耳に心地よい音が響く。


 ハルワタートやバルドゥスが死に、タマモも行方知れずになり、指導者を失ったウルは大混乱に陥ったが、病床にあった国王が助け出され、ラサラスが国務大臣や大商家ボレアリス家の協力を得て何とか立て直しを図っている。今後は王権譲渡が行われ、ラサラスが帝国の協力の下、女王となってウルを導いていく事となっている。

 なお、妹のアルテナは帝国への留学生として引き続き帝国に滞在するとのこと。


「結局、アルテナ姫はミュラーのお嫁さんとはならなかったですわね。結構仲良くてお似合いだったのに。まあ、今でも仲は良さそうですけど」

「ミュラーがロリコンで無くてよかったよ」

「そうですね。でもお兄様はエロでドスケベのおっぱい好きなので、アルテナ様が巨乳だったら、ユウキさんとの勝負はわかりませんでしたね」(セラフィ)

「やだー、ロリ巨乳もOKって!? あの変態ヴォルフと同じじゃない」(ラピス)

「もう! ミュラーは巨乳好きだけど、ロリじゃないよ…たぶん、恐らく…」(ユウキ)

「なんで自信なさそうなのよ」(ラピス)


 城のメイドが野苺のミニショートケーキを運んできて、全員の前に置き、礼をして下がっていった。


「そう言えば、アレクサンダー将軍がラピスの事気に入って、ぜひ自分の息子の嫁にとマーガレット様の所に伺ったそうですね。妬ましい」

「へえ~。息子さんってどんな方なの?」

「何でも帝国軍事大学を優秀な成績で卒業され、現在は参謀本部勤め。将来軍の中核となる人物間違いなしの有望株だそうですよ。しかも、人柄もよく超イケメン」

「よく知ってるわね。どこから情報が洩れてるのかしら…」

「で? どうするの?」

「も、ももも…もちろん受けるわよ。断る理由ないし…」


 キャーッ!と黄色い悲鳴が中庭に響いた。花壇の手入れをしていた庭師が何事かときょろきょろしている。ユウキたちは真っ赤になって照れ笑いした。そこに、どたどたとミュラーが血相を変えて走り込んできた!


「セラフィーナ! セラフィーナはどこだあ!!」

「ミュラー!?」

「ユウキちゃんか、セラフィーナがどこ行ったか知らねえか?」

「あれ? さっきまでそこにいたのに…?」


 先ほどまで一緒にお茶していたセラフィーナが忽然と消えた。ユウキやエヴァリーナはきょろきょろと周囲を見回すが姿は完全に消えている。


「す、素早い…」

「どうしたの? 何かあったの?」


「何かあったのじゃねーよ。セラフィーナのやつ、オレがユウキちゃんとの結婚資金にと大切に貯めていた貯金箱を盗みやがったんだ。しかも、ベッド下に隠していたへそくりまで持っていきやがった! 今までイタズラは大目に見ていたが、今度ばかりは許せねえ!」


「あ~あ…」

「弁護の余地なしですわね…」


「くそ、あんにゃろうどこ行ったんだ。あの金でユウキちゃん用にスーパーエロティックウェディングドレス(SEW)を特注しようと思ってたのに、パーじゃねえか」

「ミュラー、最低だよ。あんた」

「この男は全然変わらないのですわね。何ですか、SEWって」

「文字通りおっぱいバイン系のドレスだ。まあ、ペタリーナには一生縁のないものだな」

「ミュラー、殺す!」


 ミュラーとエヴァリーナが取っ組み合いをしそうな雰囲気となったところで、ラピスがパンパンと手を叩いて両者を引きはがした。そして、戦争功労者表彰式の時間が来たことを告げた。


「はいはい、そこまでよ。お兄様。表彰式の時間が来たわ。大広間に移動しましょう」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 皇宮本殿の大広間では皇族のほか、大勢の高級軍人、貴族とその関係者が表彰式の開催を整列して待っていた。ユウキはガルガ討伐の功績で特別枠扱いとされ、軍服を着用し、ルントシュテット大将らの列の最後尾に並んでいた。参列者の対面左側には皇妃シャーロット始め、マーガレットを含む5人の側妃とミュラー、セラフィーナ、ラピスを除く皇子、皇女が整列していた。


 ユウキはマーガレットと目が合った。お互いにニコッと笑顔を返す。目線をずらしてシャーロットを見ると青ざめた顔をして元気が無さそうに見える。


(そういえば、ミハイル様は拘置所内で自裁されたとか…。プルメリア様は皇位継承権剝奪の上追放処分にされた。ミハイル様はわたしに関わったばかりに運命が大きく変わってしまった。仕方のないことだけど…)


 ぼんやりとミハイルの顔を思い出していると係官が「皇帝入室」と声を上げて大扉を開くと、宝冠を頭に乗せ、金糸で装飾されたマントを着けた正装姿の皇帝フリードリヒが入ってきた。その後に軍装姿のミュラー、セラフィーナ、ラピスが続く。


 式典が始まった。まず、ミュラー、セラフィーナ、ラピスの3人に帝国騎士戦功銀十字星章が授与され、皇帝陛下からお褒めの言葉をいただいた。


「お前たちの活躍が兵の士気を高め、戦争の勝利に結びつけた。本当にありがとう。私の自慢の息子娘たちよ」


 大勢の拍手の中、ミュラーとセラフィーナ、ラピスは堂々と胸を張る。戦争に参加しなかった他の皇子皇女は、今更ながら羨ましそうに3人を見つめるのであった。フリードリヒは手を上げて拍手を止める。


「ここで私は宣言する。次期帝国皇帝として、我が息子ミュラーを指名する。本日からミュラーは皇太子として政務を振うことになる。皆、よろしく頼む。さらに、ラピスを皇位継承第3位に昇格させる」


 参加者から「おおー」という声と「おめでとうございます」という声が上がり、ミュラーが認められたことで嬉しくなったユウキも手が真っ赤になるまで拍手をするのだった。


 ミュラーたちが皇族席に移動した後、マンシュタイン大将、ルントシュテット大将始め、各軍団の軍団長及び師団長等功績のあった軍人に対し勲章が授与されていく。最後にユウキの名が呼ばれた。


「ユウキ・タカシナ!」

「はいっ!」


 体にフィットした軍服上衣、ブラックベルトにミニのタイトスカート姿のユウキが背筋を伸ばして姿勢正しく皇帝の前に進む。


「ユウキ・タカシナ。今次戦争において貴殿の活躍は素晴らしいものがあった。邪龍ガルガを倒し、その後の魔物の殲滅に多大な貢献をした。お前がいなければ我々は一層苦戦を強いられたであろうし、もしかしたら敗北していたかも知れぬ。よって、その功績に報い、ここに帝国大十字銀星章を授与する。受け取ってくれ」


「ありがとうございます!」


 係官が差し出した勲章を皇帝は手に取ってユウキの首に勲章を掛けた。そして、優しい眼差しを向けて言った。


「ユウキ、お前は自分で自分の心を縛りすぎている。それはいけない事だ。お前は自分を暗黒の魔女と言ってたな。世界を滅ぼす魔女だと」

「……………」

「私はそうは思わん。お前はこの世界に光を与えてくれた。平和な世界を取り戻してくれた。ユウキ、お前は暗黒の魔女ではない。もう過去の事は忘れなさい。そして、今からは「光の聖女」と呼称するがよい。美しいお前にはぴったりだと思うぞ」


「は…はい。もったいないお言葉…。う、うれしいです」


 ユウキは溢れる涙をハンカチで拭いた。フリードリヒは頷くとユウキの肩を持って、くるりと体を回転させ、参加者全員に向かわせた。そして、ミュラーを手招きして呼ぶとユウキと並んで立たせた。


「皆にもうひとつ伝えておくことがある。我が息子ミュラーとユウキは見事夫婦になることが決定した。この2人は救国の英雄。皆に異論はないと思うし、俺…じゃねえ、私も大賛成だ。改めて婚礼の儀を行うが、まずはめでたい。皆も祝ってくれ」


 再び大歓声と「おめでとうございます!」と2人を祝う声と拍手が大広間に響き渡った。セラフィーナ、ラピス、エヴァリーナ…、この大陸でできた友人たちも笑顔で拍手をしてくれる。ミュラーが優しくユウキの肩を抱いた。はにかみながらも慈愛に満ちた顔を見て、ユウキの心は幸せに満たされるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 式典が終わり、参列者が三々五々帰り支度を始めた。ユウキはミュラーやセラフィーナと一緒にお見送りをしていた。そこに、数名の女官を連れて皇妃シャーロットが近づいてきた。

 シャーロットはユウキの目の前で立ち止まる。ミハイルとの件もあってユウキは緊張した。ミュラーがサッとユウキを庇う体勢をとる。


「ユウキさん…でしたわね。あの…、その節は大変申し訳ありませんでした…」


 シャーロットが突然謝罪の言葉を述べ、頭を下げた事でユウキは驚いた。ミュラーもセラフィーナも同様に驚いた顔をしている。シャーロットは申し訳なさそうに言葉を続けた。


「あの頃の私はどうかしてました。市井の人々に人気のあるミュラーとセラフィーナに嫉妬し、ミハイルこそ後継者にしなければと視野狭窄に陥り、2人に辛く当たってしまいました。そしてユウキさんにも酷い言葉を浴びせてしまいました…」


「皇妃様…」


「ミハイルをあのように追い込んでしまったのも、私のせいです。私が過剰にミハイルに期待・干渉してしまい、あの子の精神を歪めてしまったのです。今更ながら後悔してます。なぜ、3人平等に愛さなかったのかと…。3人ともお腹を痛めた子なのになぜと…」

「私は本当に愚かでした…。ミュラー、セラフィーナ、もう遅いかもしれませんが、申し訳ありませんでした。許してくれ…とまでは言いませんが、謝罪させてください」


「母上…」


「それと、ユウキさん」

「は、はい…」

「ミュラーとのご婚約、おめでとうございます。貴女のように強く美しいお方がお嫁さんになってくれるなんて、ミュラーは幸せ者ですね。ユウキさん、ミュラーをよろしくお願いしますね。では、私はこれで…」


 寂しげに笑みを浮かべたシャーロットは、ユウキたちに礼をして部屋から出ていこうとした。ユウキは胸に手を当てて寂しげな背に向かって呼び止めた。


「皇妃様!」

「…?」


 ユウキの声にシャーロットは立ち止まり、少し驚いたような顔をして振り向いた。


「あの…、わたし…。実は両親はもう居なくて、父親代わり…というか、父親みたいな人はいるんですけど、母親となってくれた人は無くて…。お姉さんのような人はいたんですけど、おかあさんは居なくて…。だから、ずっとお母さんがいたらいいなって思ってたんです」


「あの…。ミュラー様と結婚したら皇妃様がお義母さんになられるんですよね。えへへ、わたし嬉しいです。あの、その…、皇妃様の事「お母さん」って呼んでもよいですか…」


 照れながら話すユウキに、感動したシャーロットは両手を口元に持ってくるとぼろぼろと涙を流し、ユウキをぎゅうっと抱きしめた。


「ありがとう、ありがとうユウキさん! こんな私を母と呼んで下さるなんて。本当に嬉しいです! ええ、ええ、いくらでも母と呼んで下さっていいのですよ」

「ありがとうございます。この世界でやっとお母さんができた…。嬉しいです!」


「母上、オレはもう大人だからいいが、セラフィーナはまだ母親が恋しい年頃だ。これからはちゃんとセラフィーナに向き合って、たくさん可愛がってくれ」

「うふふ…勿論です。でも、私にとってはミュラーもかわいい子供。これからいっぱい甘やかしてあげますからね」

「い、いや…オレはいいよ」


 子供たちと和解を遂げ、新たにユウキも迎え入れてくれたシャーロットに心からの笑顔が浮かんだ。ユウキは心の中に家族の絆というものが結ばれた事を感じるのであった。しかし、シャーロットの次の言葉にユウキは絶望のどん底に突き落とされた。


「そういえば、陛下がユウキさんにはエドモンズ三世様という偉大な眷属がいるから、機会があれば挨拶するようにとおっしゃってました。ユウキさん、会わせていただくことは可能かしら」


「えっ!? えと…その…。や、止めておいた方が幸せだと思いますが…」

「は、母上…。オレも止めた方がいいと思うぜ」

「セラフィも同意です。お母様の身を案じればこそ、止めた方がいいと思います」

「あら? 何故かしら。陛下からは凄く立派な方と伺っておりましたが?」

「確かに立派だな。変態という点においては…」


「会わせてくださいますわね?」

「あの…後悔しても知りませんよ。それでも良いなら…」

「後悔? 何故後悔するのです?」


 その後、シャーロットは女官に命じて別部屋を用意してもらった。ユウキとシャーロットが連れ立って部屋に入る。その様子をミュラーとセラフィーナは不安そうに眺めていたが、しばらくして部屋の中からシャーロットの大きな悲鳴が聞こえてきた。


「やっぱり…」


 ミュラーとセラフィーナは顔を見合わせた後、ため息をついて項垂れるのであった。

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