第499話 夢見果てたり③
ウルの本陣だった場所から少し離れた場所で対峙している2つの人影。ひとつは妖狐タマモ、もうひとつはワイトキングエドモンズ三世。
『タマモとやら。ユウキに敵対したお主を儂は絶対に許さぬ。少女姿だからと言って容赦はせぬ。儂はユウキとは異なる暗黒魔法の使い手。闇の力によって与えられる死の苦痛に絶叫するがいい!』
「ぬかせ! ワシは生きてハル坊を助けなければならぬのじゃ。たかがアンデッドのお前なんかに構っていられるか。妖怪の中の妖怪、九尾の狐の恐ろしさを思い知らせてやるわ」
『フフフ…、たかがアンデッドか…。侮られたものよのう』
「やかましい! 消え去れ、鬼火九連!」
タマモがシャランと鈴輪を鳴らすとタマモの周りに九つの鬼火が浮かび上がり、ぐるぐると回転しながらエドモンズ三世目掛けて飛んできた。
『ぽちっとな』
エドモンズ三世は手にしていた宝杖を一回転させ、魔法で暗黒の槍をいくつも作り出すと、杖を前に振って発射した。暗黒の槍は鬼火に次々命中して消滅させると、一部はそのまま真っすぐタマモに向かって飛んだ。
暗黒の槍がタマモに向かって殺到する。タマモは鈴輪を振ってひょーいと空中に飛び上がって全弾躱す。暗黒の槍は地面に命中して爆発し、土煙を上げた。
『ほーれ、まだまだじゃ』
「こなくそ…」
エドモンズ三世は次々に暗黒の槍を生み出し、連続して発射して行く。タマモは回避するので手一杯になり、何とか反撃の隙を見つけようと必死だった。
(何じゃコイツは。今まで出会った魔物とは格が違うぞ。これがワイトキングというものなのか?)
「消え去れバケモノ! 妖術焦熱地獄!」
『おおっ!』
エドモンズ三世を中心に直径数mに渡って地割れが走り、割れ目の下から強烈な熱波とともに、白く輝く超高温の炎が噴き上がった。炎に包まれたちまちのうちに燃え尽き、ただの灰と化してしまった。しゅたんと地面に降り立ったタマモは慎重に妖術発生点に近づいて行く。
「…やったか? わぁっ!」
『ほーほほほほっ』
突然、タマモの目の前で青白い炎が立ち上った。驚いて数歩下がったタマモの前で炎の中からエドモンズ三世が現れ出てきた。
「…焦熱地獄で燃え尽きぬとは…。何故じゃ! 貴様…おのれ…」
『高位アンデッドがあの程度でやられはせぬわ。…ん? ありゃ?』
エドモンズ三世が下を見ると服は燃え尽きたままで、すっぽんぽん(?)。ただの骸骨姿だった。当然腰骨部分も股関節も丸見え。エドモンズ三世は両手で股間を隠し、身を捩らせた。
『いや~ん。まいっちんぐ♡』
「キモいわ!」
『ごほん。おふざけもここまでじゃ。タマモよ、覚悟は良いな』
「どうするつもりじゃ…」
『暗黒魔法で殺してしまうのは簡単じゃ。それじゃあ芸がないし、儂の怒りが収まらぬ』
「………くっ…」
骸骨姿で両腕を左右に広げ、何事かぶつぶつと呟いたエドモンズ三世。周囲に暗黒の霧が巻き上がり、エドモンズ三世とタマモの2人を包み込んだ。
「何をするつもりじゃ!」
『ここは現世とあの世との境界。所謂高次元空間じゃ。いくらお前が優れた妖術使いだろうが、脱出は不可能! つまり、儂とお前は2人きり! きゃっ、恥ずかし…』
『そして、今からお前に見せるのは儂のオリジナル暗黒魔法じゃ。あまりのえげつなさにユウキから「絶対に使うな!」と言われていたモノじゃが、ここは使うしかあるまい。げへへへ…』
「なんじゃ、そのゲスい笑いは…、それよりワシをここから出せ!」
『ヤダもんね~。さあ、今までの所業を猛省するがよい! 受けてみよ、極大暗黒魔法触手地獄・薔薇乙女絶頂の舞!!』
「ひぃっ!」
暗黒空間の中からにゅるにゅると何本もの触手が湧き出てきてタマモを捕らえた。恐怖に顔が歪むタマモ。転移して逃げようとしたが、エドモンズ三世が作り上げた空間では妖力が無効化されるらしく、妖術が使えない。
「やだやだやだやだ! 逃げられないのじゃ!?」
『無駄無駄無駄無駄ぁ! うひょひょ、いい表情するわい!』
触手は無限に増殖し、タマモの体に絡みついてぎゅうぎゅうに締めあげた。タマモは脱出も叶わず苦し気に悲鳴を上げる。
「く…くるしい…。助けて…」
『だが、断る!!』
「ううっ…。ハル坊…助け…」
『さて、儂はユウキの許に戻る。お主はここで触手と戯れているがよい。この高次元空間には誰も来ないからの。たっぷりと快感に浸ることができるぞ。それこそ、永遠にな』
『本来、儂は女子の味方じゃが、ユウキを害そうとした者だけは別じゃ。女子だろうが容赦はせぬ。タマモよ、快楽の壺の底で精神まで破壊されるがよい。お主はもう死ぬこともできぬ。エドモンズ三世の敵となったこと、後悔するがいい。ではな、さらばじゃ』
「ま、待って…待っ…」
エドモンズ三世はちらとタマモを一瞥すると、高次元空間から姿を消した。暗闇の中で触手のうねる音とタマモの呻く声だけ響き渡る…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「はあ、はあ、はあ。くそっ…。何でこんな事に…」
「はあ、はあ…ごくごくごく…。ぷはっ!」
1人逃げ出したハルワタートは、追跡してくる者がいないことを確認すると、立ち止まって水筒の水を飲んだ。そして息を整えウルに向かって走り出そうとして、何かの気配を感じ、周囲を見回した。
「誰だ!」
「誰だ、出てこい!」
「……………」
「気のせいか…?」
気のせいと安堵したハルワタートだったが、それは少し早とちりであることに気づいた。周囲の草むらの中から3人の人影が現れ出て、ハルワタートを取り囲んだ。
「てめぇら…」
「もう、逃げられませんよ。ウル国王子ハルワタート」
ハルワタートを取り囲んだのはセラフィーナ、ガンテツ、メルティだった。
「決着はつきました。貴方の負けです、ハル坊」
「妖狐タマモもエドモンズ様に異空間に閉じ込められたと聞いてます。もう、貴方を助けるものは居ません。観念してお縄につきなさい!」
「……………」
「ハル坊、貴方の身は帝国が預かります。貴方は戦犯として国際裁判にかけられるでしょう。公の場で裁かれることになります」
「裁判か…。そいつぁ勘弁だな。1国の王子が犯罪者として処分されるんじゃ、国の沽券に関わる」
「勘弁だろうが何だろうが、貴方には選択肢がありません。当然、私たちから逃げることもできません。パノティア島では散々私たちをおちょくってくれましたが、ここではそうはいきませんよ」
ハルワタートに向かって、グレートソードを構えたガンテツがじりっと迫る。ちらと背後を見るとメルティがいつでも魔法を放てるよう身構えていた。
(逃げられねぇか…。祭りも終わりだな…。タマモ婆、できれば最後まで一緒に居たかったが…)
「…負けだ。オレ様のな。世界征服のため国を纏め、人心を掌握し、軍を整え…。そして、ガルガまでも手に入れ、準備万端物事を進めてきた、このオレ様がまさかこんな事になるとはな…。悪い夢だぜ」
「悪い夢はこちらの方です。貴方の所業で幾万の人が死んだと思っているのですか!」
「オレ様はウルの世を作るためなら、大陸中の人間どもを殺すつもりだった。…が、もうそんなことはどうでもいい。オレ様は自身の身の振り方だけ間違えなけばよいのだ。帝国の姫…」
「さらばだ!」
ハルワタートは素早く腰からダガーを抜くと、自分の心臓目掛けて力の限りに突き刺した! 一瞬の事でセラフィーナたちは行動を防ぐことはできず、呆然とハルワタートが自決するのを見ているしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そして、ここでも…。
「どこに行こうというの? ミハイル様、プルメリア様」
「マーガレット…」
混乱に乗じてミハイルはプルメリアの手を取って逃げた。しかし、マーガレットはそれを見逃さず、追ってきたのであった。
(戦うか…? いや、金色の死神相手に俺程度の腕じゃ適うまい…。ならば…)
「わかった…。降伏する…」
「お兄様!」
「賢明な判断だわ」
「この戦いは私たちの負けだ。ウルは戦に負け、私は人生の賭けに負けた…。これ以上の恥の上積みは避けたい。何より…」
「プルメリア、お前だけは助けたい」
「お兄様…」
「私はお前を愛している。兄弟姉妹の中で…いや、帝国の中でお前だけが私を信じ、愛してくれた。だからこそ死なせたくないのだ。わかってくれ」
「………はい」
ミハイルは土下座した。その行動にマーガレットは驚いた。あのプライドの権化であるミハイルが妹を助けるためにそこまでするなんて、とても信じられなかった。
「マーガレット、私はどんな処分でも甘んじて受ける。しかし、プルメリアだけは助けてくれ。彼女は何も知らずに私について来ただけだ。ウルの企みには何の関与もない。頼む、どうか彼女だけは…」
「助ける…という確約はできません」
「頼む!」
「…ですが、陛下へのお口添えは約束しましょう」
「有難い。これで心残りはない」
「お兄様…、おにいさまぁ…。うわぁああん!」
「泣くなプルメリア。私は満足しているのだ」
「でも…でもぉ…。わぁああああん!」
「さあ行くぞ、プルメリア。ただし、卑屈になることはない。堂々と胸を張って帰るのだ」
「は…はい…」
ミハイルとプルメリアはマーガレットに促され、堂々とした足取りで帰路に就いた。やがて、ウルの本陣跡まで来ると親衛兵やタマモの呼び出した魔物を倒した仲間たちが集まってきた。
「ハルワタートはどうなったかしら?」
「マーガレット」
「セラフィーナ様、ご無事でしたか! それでハルワ…」
マーガレットはガンテツの背に背負われているハルワタートの死体を見てすべてを悟り、全員に向かって頷くと、大きな声で叫んだ。
「戦いは私たちの勝利よ! さあ、帰還しましょう!!」
「おおーっ!」
全員朗々と勝利の雄叫びを上げ、戦利品を手にして戻る。マーガレットはふと足を止めて空を見た。先ほどまで黒く厚い雲に覆われていた空は、いつの間にか晴れており、白い雲の隙間から日の光が差し込んで幻想的な光景を作り出している。
(終わったんだわ…。全て…)
感慨深く空を見つめるマーガレットの顔を、ラーメラが不思議そうに覗き込んでいた。
最終回まで、あと2回!




