第497話 夢見果てたり①
「ハル坊、本国軍も全滅し、バルドゥスも目的果たせず死んだようじゃ」
「……………」
「見よ、暗黒の魔女が戻ってきたおかげで、最強の魔獣であるドラゴンもほとんど倒されてしまった」
「…クソが、バケモノめ」
「魔物の本隊も帝国軍と連合国軍に包囲され、殲滅されるのも時間の問題じゃな。こりゃワシらの負け、じゃな…」
「そのとおりよ。降参なさい」
「誰だ?」
その声に十数名の親衛兵は全員剣を抜いて周囲を見回し、ヘルゲストはハルワタートの前に立ち、オルソンはアメリアの肩を抱く。そして、ハルワタートは難しい顔で声がした方を見た。少し離れた林の木陰から数名の人影が現れた。
「貴様ら…」
現れ出たのはバトルスーツ姿で栗色の髪の毛をした美少女を引き連れたマーガレットと、ハルバードを抱えたレオンハルトと恋人のエヴァリーナ。ラファール国の紋章が刻まれた鎧を着て魔法剣とショートスピアを装備した愛を求める2人の騎士エドワードとレドモンドだった。
「私らもいます!」
「タマモとか言ったな。今度という今度は逃がさねえぞ」
「あれが、ウルの王子ハルワタートか…」
マーガレットたちに続いて現れたのはセラフィーナ率いる遊撃隊。馬から降りてハルワタートたちを半包囲する。メルティを馬から降ろしたコーネフ少佐は初めて見るハルワタートの、この場においてもなお堂々とした態度に感心する。
「ちっ…、逃げるぞハル坊」
タマモはハルワタートの手を取って逃げようと振り向いたが、背後に居た者を見て驚いた。そこには、青く輝く宝珠を装着した宝杖を持ち、豪華な王族の衣装を身に着けた骸骨姿のアンデッド「ワイトキング」エドモンズ三世と、魔法槍ヴォルテックス・ランスを手にし、アンデッド馬「黒大丸」に跨った人型モードのヴォルフがいた。
『カーッハハハハ! どこに逃げようというのじゃ?』
『吾輩らがお前らを逃がすと思うてか。お前らの行く先は地獄しかないわ! ねー、エドちゃん♡』
『うん、ヴォルくん♡』
「なんじゃ、お前らは。魔女の眷属のアンデッドか!? 骸骨がカワイ子ぶってもキモいだけじゃ!」
逃げ道を塞がれ、タマモが悔しそうに唇を噛んだ。ハルワタートは静かに小さく笑みを浮かべると、側仕えの親衛兵に向かって手を伸ばし、剣を受け取った。
「ククク…。いよいよ最後の勝負ってか。オレ様が生き残るか、ここで死ぬか。ふたつにひとつのデスゲームってヤツか。面白いじゃねーか」
「ハルワタート、もう1度だけ言うわ。逃げ場はないわよ。大人しく降伏なさい」
「嫌だね。オレはこの世界を自身の望む世界にすることを諦めてねえからな。お前らをぶっ殺して逃げるとするわ。悪く思うな」
その一言で抜剣した親衛兵がハルワタートを守るべく、前に出てきた。戦闘は避けられない。説得を諦めたマーガレットも覚悟を決め、全員に呼びかけた。
「皆、これが最後の戦い。勝ってこの戦いにケリをつけるわよ。いいわね!」
「おおーっ!」
マーガレットの激に全員武器を構え、相手に向かって最後の戦いを挑むのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「また会ったな、ヘルゲスト」
「レオンハルト。来ると思っていた」
「何でお前がここにいるかはわかんねぇが、そんな事はどうでもいい…」
「今度こそ勝負をつける!」
「望むところ!」
レオンハルトのバルディッシュとヘルゲストの大剣がぶつかり合う。硬い金属を叩く鈍い音と摩擦によって火花が飛び散る。レオンハルトはバックステップで数歩下がると、姿勢を低くして地面を蹴り、一気にヘルゲストの懐に飛び込むと、バルディッシュを斜め下から斬り上げた。ヘルゲストは大剣を引き寄せてバルディッシュの刃を弾き返す。
「ちっ、相変わらずやりやがる」
「貴様もな…。いい腕だ。だが、仲間の仇は取らせてもらう」
「そうはいくか、おらぁ!!」
バルディッシュを振り回し、胴を捉え勝ちを確信したレオンハルトだったが、ヘルゲストは体を前方に突っ込ませ、レオンハルトにタックルしてきた。バルディッシュの柄がヘルゲストの体に当たって攻撃が止められ、逆に身を低くしていたのが災いし、ボディに膝蹴りを入れられ吹っ飛び、地面に転がった。
「ぐあぁつ!?」
「死ね、レオンハルト!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「国父オルソン。貴方の相手は私だ」
『誰ダ…』
「私はラファール国現国王オスカーが一子、ラインハルト。そして…」
「従者サラ! ラインハルト様の敵はぶっ飛ばす!」
『ワタシト戦ウト…?』
「そうだ。国父オルソン。貴方にどのような想いがあり、未練があるのかわからないが、貴方は現世にいて良い存在ではない。悪いが消えてもらう。ラファール建国の記憶とともに消え去れ!」
『アメリア…愛スル妻ヨ。私トフタリダケノ千年王国ヲ築ク…。邪魔者ハ消ス』
オルソンは宝石で装飾された豪華な柄と鍔を持つ、ロングソードを鞘から抜いた。一方、ラインハルトもガリアン王の形見のロングソードを構えた。サラは一歩前に出てラインハルトを庇うような姿勢を取る」
「サラ、下がれ」
「しかし…」
「しかしもお菓子もアンパンマンもない。下がれ!」
「……………」
『…戦イタイウト言ウカ…。ナラ、オ前ノ相手ハコレダ』
オルソンは何やら呟くと、地面からアンデッドが1体現れた。スケルトンではなく肉を持ったゾンビ。細身の筋肉質な体、尖って長い前髪が片目を覆っている。また、両手にはグローブを装着して、だらんと腕を体の前に垂らしている。
「面白い…。最近、戦うことが無くて力を持て余していたのよね。トリプルクロスの恐ろしさ、その身をもって味わうがいいわ!」
『ひじを左わき下からはなさない心がまえで...やや内角をねらいえぐりこむようにして打つべし...』
サラとロン毛のゾンビが拳を合わせながら離れたのを見て、ラインハルトはロングソードを袈裟懸けに振り下ろし、オルソンは下から斬り上げて受け止めた。金属のぶつかり合う音と火花が散る。一旦離れた2人はじりっと間合いを詰める。
「オルソン、覚悟!」
『……邪魔スルモノ、許サヌ』
2人同時に相手に向かって飛び込んで剣を合わせる。激しい剣劇の音が周囲に響き渡る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「さて、もう逃げられないわよ。ハル坊」
「フン、テメエに坊や呼ばわりとはな…。見くびられたモンだぜ」
ハルワタートとタマモの2人はマーガレットたちに取り囲まれていた。親衛兵は全て倒されるか捕縛されて守るべきものは居なくなっている。
「進退窮まるとはこのことじゃな…。どうするハル坊」
「…逃げるのは性に合わねえが、逃げるしかねぇだろう」
「そうじゃな。まずは身を保つことじゃ。ここはワシに任せるのじゃ」
「帝国の者たち、ワシが相手じゃ!」
タマモが懐から鈴の輪を取り出し、シャラン、シャランと鳴らした。
「出てこい、妖界の悪鬼ども!」
「な…っ」
タマモの呼び声に地面の複数個所が光り、その中から身の毛もよだつ異形の怪物が現れ出てきた。見ているだけで怖気を振うその姿に、さしもの歴戦の勇士たちも身を竦ませた。
「わーははははっ! 驚いたかアホどもめ。そう簡単にはハル坊をお前らなんかに渡さんぞ。ワシが呼び出したのはただの妖魔ではない。最凶の悪鬼どもじゃ!」
「くくくっ…。驚きすぎて声も出んようじゃのう。ここは悪鬼どもの紹介をしたいところじゃが、時間が惜しいので割愛させてもらうぞえ」
「行け! 四凶の悪鬼、饕餮、窮奇、檮杌、混沌!」
目が四つで黒い皮で覆われており、首が長く四足の怪物饕餮、牛のような大きな体に刺のような剛毛を持ち虎のような顔の窮奇、虎のような外見に人の顔、豚のような口や牙を持つ檮杌、六本の脚に四本の羽を持ち、顔がない不気味な姿の混沌がマーガレットたちに襲い掛かる。これらに対して護衛騎士のレドモンドとエドワード、この2人にリューリィとルゥルゥが加わって立ち向かう。
「まだまだおるぞ。行け、災厄をもたらす者共!」
人面蛇身や牛のような角が四本あり人の眼、豚の耳を持った怪物、鋭い爪と牙を持った巨大な狒々などが現れた。これらに対抗するはエヴァリーナ。
「えっ? あれっ、ウソ。私1人ですか?」
『1人ではない。この吾輩、ラファールの獅子こと疾風ヴォルフがお助けしよう』
「ラファールのド変態さん! 助かりますわ!」
『ド変態ではない! 獅々だし、しーし!』
「赤ちゃんをおしっこさせるように言わないでくださいな。でも、おかしいですわね。ユウキさんは、ヴォルフ様はロリ巨乳美少女に執着する超絶ド変態で、ラピス様に粘着ストーカーしてる変態を極めた超絶変態と伺っておりましたが…」
『ぐぬぬ…、あの女ぁ陰で色々言いおってぇ…。許すまじ、この怒り、すべてバケモノにぶつけちゃうもんね! ラピスちゃーん、見ててねーっ! とっかーん!!』
「やっぱり変態ですわ。あっ、待ってくださーい!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
妖魔を呼び出し、追跡者たちを足止めしたタマモはハルワタートの手を取って逃げ出していた。戦場から離れ、戦う者たちの怒号が聞こえなくなった辺りでタマモは一息ついた。
「はあ、はあ。もうここまでくれば大丈夫じゃろう。このままウル国境まで逃げるぞ」
『そうはいかぬ。お主らはここで終わりじゃ』
「むっ…? 誰じゃ!?」
タマモとハルワタートの前に1体のアンデッドがゆらりと姿を現した。
『フフフ…、ファーハハハハハッ! 知らざぁ教えて進ぜよう。儂こそは史上最凶のアンデッド、たわわな巨乳&思春期美少女をこよなく愛する者、愛の戦士キューティーワイトキング「エドモンズ三世」ぢゃ!』
「なんじゃお主? そのエロモンズが何の用じゃ?」
『エロじゃないわい、エドモンズ! 儂はユウキの保護者でな。ユウキに頼まれたのじゃ。妖狐を倒してくれとな』
「ユウキ…? 暗黒の魔女か!? 貴様とどういう関係なのじゃ」
『ユウキは儂の可愛い娘も同然。その娘がお前らのくそ下らない行いのせいで、ガルガなる怪物と戦わざるを得ない状況に追い込まれた。本来は争いごとが大嫌いな優しい娘なのに…』
『じゃから儂はお主らが許せぬ。悲しみを癒し、幸せを見つけようと旅をしていたユウキを闘いの日々に引きずり込んだお前らが許せぬ!』
『儂はお主らを殺す。ユウキの幸せを奪おうとしたお主らが許せぬ。魂まで滅ぼしつくしてやる。何故ワイトキングが死霊の王と呼ばれるか…、その身をもって思い知るがよい!!』
エドモンズ三世の体から暗黒の闘気が炎のようにゆらぎ上がる。圧倒的な負の圧力にさしものタマモとハルワタートも怖気を振う。
「ハル坊、こやつは危険じゃ。ワシがこいつを足止めする。お主は逃げろ、ウルに逃げ込め、国境はもう間もなくじゃ」
「し、しかし、ババア…」
「なに、ワシも後から行く。ワシは1000年生きた妖狐じゃぞ。死霊ごとき一捻りじゃ」
「スマン。ウルで待ってる」
「おお、先に行け!」
ハルワタートはタマモの頭をポンと撫でると細い道を駆け出した。タマモはその後姿が見えなくなるまで見送ると、宝杖をペシペシと叩きながらゆっくりと近づくエドモンズ三世に向き合った。




