第495話 ザ・ラストバトル⑨
【中央軍作戦本部】
「ドラゴン部隊と戦っている第1から第3軍は苦戦を強いられていましたが、支援砲撃と第9軍及び第10軍が側背攻撃を行ったことで、人的被害も相当数出ているものの、戦闘自体は優位に展開しています。ただ、何しろ強靭な体を持つ怪物の事。掃討にはまだ時間を要するかと」
「魔物の本隊はどうか」
「イザヴェル本国軍を中心とした連合国はリシャール王子指揮のもと、何とか戦線を支えています。一時は圧倒的数で戦線崩壊の危機がありましたが、我が第5軍とアンデッド兵を退けた親衛師団とラファール国魔道師団が側面に機動、支援砲撃再開とともに半包囲戦を展開してからは魔物を圧倒し始めました。連合国軍も予備兵力のラファール軍及びスバルーバル軍を前面に出して戦線を再構築し、戦闘はわが軍有利に運んでいます」
「第7軍、8軍の様子はどうだ?」
「魔物の別働隊を退けた後、ドラゴン部隊を迂回。魔物の本隊を背後から攻めるべく、移動中です」
「ミュラー様とラピス様は無事か?」
「ご無事です。御両人とも最前線で戦われております。さらに、皇族が戦うお姿を見た兵たちは士気が高まり、多大な戦果を挙げております」
「了解だ。さて、最終局面に向けてもう一押し必要だな」
「マンシュタイン大将、大変です!」
「どうした?」
通信参謀が慌ただしく司令部に駆け込んできた。何事かとマンシュタイン始め、本部に詰めていた者が緊張した目を向ける。
「ウルの本国軍が主戦場を大きく迂回して、わが軍の臨時総司令部を目指して移動しています!」
「なんだと!? 現在位置は!」
「ここです」
通信参謀は指示棒を使って作戦図上に位置を示した。
「まずい…。この位置では戦場から軍を反転させることはできん」
「いや、そもそも戦闘中だぞ。作戦行動中の部隊を移動させることは不可能だ」
「諸君、落ち着け」
「司令官…」
「待機中の第6軍に出動を下命したまえ。ウル軍の進路はこうだ。時間的に迎撃可能な場所はここ。本陣が置かれている丘の麓、この位置だ」
「し、しかし、近くありませんか?」
「近くても迎撃点はここしかない。司令部にいる陛下始め各国の要人に退避するよう伝えろ。急げ!」
【第6軍司令部】
「司令官、軍団司令部から移動命令が出ました」
3個師団6万人を率いる第6軍司令官、クリストファー中将はにやりと笑みを浮かべた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぜ。で、敵は何だ? 骨野郎か? ゴブ公か?」
「違います。ウルの本国軍です。3個師団5万の軍勢です」
「ウルの本隊か! 待たされた甲斐があったというもんだ。17、18、19師団司令部に移動命令を出せ。皇帝を狙おうなんて100万年早いってこと、思知らせてやれ!」
「了解!」
「ただ、他の部隊の応援は期待できんな。がっぷり四つのガチンコ勝負か…。よし、凹形陣で迎え撃つ。前進!」
【ウル本国軍】
「急げ! 敵の部隊が来る前に平原を突っ切れ!」
「将軍、進路前方に帝国軍です!」
「くそ…。だが、やつらも余裕はないはずだ。数はそんなに多くない。一気に中央突破を図る!」
本国軍を率いるバルドゥス将軍は、進行方向に帝国軍が展開しているのを見て舌打ちをした。しかし、前進以外の選択肢はない。将軍は進軍速度を速める。
(速度による衝撃力で突破するしかない。抜けさえすれば我々の勝ちだ。ハルワタート様の念願が叶う…)
「獣人の身体能力は人間より上だ! 獣人は人間より優れているのだ! ハルワタート様の悲願を、獣人優位の世の中を築くのだ! 進め、人間の兵など何するものぞ!」
『ウォオオオーーッ!!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カレー平原の戦場を迂回し、帝国及び連合国軍の臨時総司令部に向かってまっしぐらに突っ込んでくるウル本国軍を凹形陣で受け止めた。速度が加算された衝撃力に中央の第17師団の前衛が崩された。獣人兵は一気呵成に責め立ててくる。先手を取られた師団兵は有効な反撃ができず、負傷し、討ち取られる兵も多い。
「いけるぞ! 全軍進め、人間共を薙ぎ倒せ、もうすぐだ。もうすぐ突破できる!」
バルドゥス将軍が獣人兵を叱咤激励する。それに応えるべく兵たちは雄叫びを上げて目の前の敵に襲い掛り、17師の兵も戦線を支えようと立ち向かう。その時…、
「ウルの本国軍は17師に掛かり切りだ。馬鹿が、戦線突破することに集中しすぎて周りが見えてねえのか。やっぱり畜生頭は単純だぜ」
「司令官、18師、19師配置完了しました!」
「よし! 射撃開始!」
突然、ウル本国軍の左右両翼から銃撃が始まった。連続して放たれる銃弾にさしものウル兵も鉛弾に撃ち抜かれ、バタバタと倒れる。
「一体何だ!」
「将軍、帝国の銃砲隊です! 左右から新たな兵が現れました。師団規模です!」
「ぐ…ぬぬ…」
銃砲隊の射撃で中隊、大隊ごと全滅した部隊も出てきた。さらに、銃砲隊が後退すると魔法兵が進み出て攻撃魔法を放ち始めた。炎や氷の槍が獣人兵を貫き、広範囲に落ちた雷がことごとく焼く尽くす。
「司令官、敵の隊列を崩しました! 獣人兵の部隊は混乱し、統制が取れていません!」
「よっしゃ、ここが好機だ! 18師、19師に突撃命令を出せ! 17師はどうだ?」
「第2から第4連隊を中心に再編終了しております!」
「よし、17師も突撃。一気に包囲殲滅するぞ」
「将軍…」
「ここまで来て…。帝国の力を侮っていたか…残念だ。いや、まだ負けた訳ではない。ベン!」
「いるぜ、親父!」
「お前の中隊は無事か」
「最後尾に配置していたから、無傷だぜ」
「そいつを俺に貸せ」
「なんだと!? どうする気だ?」
「見ろ」
ベンと呼ばれた男はバルドゥスの指差した方を見る。そこは小高い丘の上だった。
「あそこには帝国・連合軍の臨時総司令部がある。帝国皇帝もいるし、各国の指導者もいる。距離は1kmもない」
「親父…、まさか…」
「俺は中隊を率いてあそこに突撃し、帝国皇帝の首を取る!」
「親父、死ぬ気か」
「ただでは死なん。ハルワタート様の想いを実現させるために行くのだ。決死の覚悟でな。いいか、決死と必死は違う。俺は死ぬつもりなんか無いからな」
「…わかった。オレの中隊を預ける。2個中隊400名、思う存分に使ってくれ」
「スマン…息子よ」
「いいってことよ。本隊はオレに任せろ。さあ、みんな、親父のために道を開くぞ! 続けぇーっ!!」
『ウォオオオーーッ』
帝国第6軍に包囲され、1個師団相当の兵を失い、全滅の危機にあったウル本国軍はベンドゥ大佐の激に息を吹き返し、第17師団に襲い掛かった。目的はただひとつ、バルドゥス将軍率いる特攻隊が進む道を開くこと。ウルの獣人兵は死をも恐れぬ勇猛さを持って帝国兵に戦いを挑んでいった。そして、狭いながらも回廊を開く。バルドゥス将軍は回廊を遮二無二突っ込んでいった。
「司令官、ウルの1部隊が抜けました。丘を登ろうとしています」
「なんだとぉ! いかん、追撃するんだ」
「無理です、ウルの攻撃が凄まじく、手いっぱいで追撃できません!」
「抜けた! 中隊、俺に続けーっ」
『ウォオオオーーッ!』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウル軍本隊の戦いを望遠鏡で覗いていたハルワタートは、歯噛みしながらその様子を見ていた。しかし、1部隊が戦線を突破し敵の本陣に向けて移動するのが確認でき、歓喜の声を上げる。
「よくやったバルドゥス! オルソン!」
『……………』
「敵の本陣付近にアンデッドを召喚できるか?」
『…距離ガアリスギル。ヨクテ数十体程度ダ』
「それでいい。奴らを混乱させるんだ」
『ワカッタ…』
帝国皇帝フリードリヒは臨時総司令部とした大型テントの中でイザヴェルのグレイス女王や各国の指導者たちと各戦線の状況について報告を受けていた所だった。邪龍ガルガの姿が無くなり、砲兵師団の砲撃も再開されてから各部隊も優位に戦闘を進めていることから、司令部では安堵感が広がり、各々の表情にも余裕が出てきていたが…。
「あの…」
「ん? どうした君たち?」
司令部のテントにカストルとアルヘナ兄妹が、セラフィーナたちに置いていかれたルルを伴っておずおずと入ってきたので、ベイツ中佐が声をかけた。
「ほら、ルル」
「う、うん。あの…、実は土の精霊さんが騒いでて、危険が迫っていると言ってるんです」
「危険? 危険って何だ?」
「はい、地中から何か来るって…」
「お兄ちゃん、見て!」
ルルが精霊の言葉を伝えようとした時、アルヘナが異常を感知して叫んだ。カストルやベイツ中佐、その場にいた全員がアルヘナの指差した方を見た。
「何もないようだが…」
「あっ!」
突然、複数個所の地面がもこもこもこっと盛り上がり、ブロードソードとラウンドシールドを持った大柄なスケルトンが何体も現れ出てきた。スケルトンはカタカタカタ…と骨が擦れ合わさる音を立てながら、総司令部にいた面々を襲い始めた。
「うお! なんだこれは!」
「スケルトン…? 違う、これは竜牙兵です!」
「危ない!」
スケルトンは、驚いて立ち竦むグレイス女王目掛けて剣を振り下ろした。側にいたフリードリヒが間一髪抱き寄せて剣を空振りさせる。
「いかん! 警備兵、スケルトンを排除しろ!」
「アルヘナ、陛下たちの周囲に防御魔法を展開するんだ!」
「わ、わかった!」
『きゃあああっ!』
「アルフィーネちゃん! このっ、あっち行け!」
『ガッ…!』
アルフィーネに襲い掛かろうとした竜牙兵の剣を魔法剣アブソリュート・ゼロで受け止めたクリスタ。相手の剣を力比べの末、跳ね返した後に剣を薙ぎ払って頭蓋骨打ち砕いた。頭を失った竜牙兵はがくりと膝を折って地面に倒れた。クリスタはアルラウネ3姉妹を背に庇って守る姿勢を取り、竜牙兵を迎え撃つ。
警備兵が竜牙兵と剣を交え始めた。しかし、竜牙兵の数は多く警備兵やカストルとアルヘナ兄妹の守りを突破して司令部になだれ込んで来る。ベイツ中佐を始めとした司令部要員も剣を抜いた。見るとグレイス女王を抱いたままの皇帝フリードリヒやスバルーバル連合諸王国の聖女スバルも竜牙兵と切り結んでいる。
『あっ、あそこ見て!』
アルラウネ3姉妹のルピナスとメリーベルが丘の下を怯えたように見る。斬り結んでいた竜牙兵を退けたベイツ中佐がアルラウネ姉妹の傍に駆け寄り、視線の先を見て唸り声を上げた。丘の斜面を駆け上がって来る獣人兵の部隊が目前に迫っていたのだった。




