第494話 ザ・ラストバトル⑧
『ウワハハハハ! 貧乳爆裂波!!』
『サンダー・レイン! 旦那様、見てるぅ~』
『ヘブンズ・レイ! カストル、愛してるーっ』
上級悪魔のメイメイとパールヴァティ、大天使アリエルがスケルトンの軍勢に向けて次々と大技を繰り出していた。爆発が1つ起こる度にスケルトンが数十体単位でバラバラに砕け散って吹き飛んでいく。それを少し離れた誘導位置で見守るセラフィーナたち。
「何じゃありゃあ。凄いってもんじゃねぇぞ」
「アークデーモンに羅刹でしたっけぇ。わたしたちの出番が無いですねぇ」
「大丈夫ですよ、メルティさんはデカ乳を捧げる生贄としての役割がありますから」
「なんでぇ~w」
「セラフィーナ様、スケルトンたちの意識は完全にメイメイたちに向いたようだ。そろそろ、作戦命令を」
「そうですね。サラさん、悪魔さんたちをこっちに。彼らが来たら一緒に殲滅ポイントに誘導します」
サラが隠れている場所から半身を出して魔道灯を点滅させる。気付いたメイメイはパールを抱えると、アリエルに声を掛けてことさらワザとらしく、低空飛行で撤退して見せた。単純なスケルトンたちはメイメイたちの罠に引っかかり、メイメイたちを追いかけてきた。メイメイたちの魔法で吹き飛ばされたと言っても、スケルトンたちの数は余りにも膨大だった。大きなため池から一つの流れが出来ると徐々に大きな奔流となるように、スケルトンたちも一斉に流れに乗って動き始めた。
「よし、乗ってきましたね」
「サラ、メイメイたちに殲滅ポイントまで誘導するように命令してくれ」
「ハイ、王子!」
合図を受けたメイメイたちは追いつけそうで追いつけない微妙な距離を取りながらスケルトンを誘導し始めた。スケルトンが一斉にメイメイたち追う。上手く誘導が出来ているようだ。セラフィーナは目でガンテツとメルティ、ラインハルトとサラに合図する。
「…今だ!」
セラフィーナたちは一斉に立ち上がった。パールを下ろしたメイメイとギリギリまでスケルトンを誘導して来たアリエルも位置に着く。
『サンダー・レイン』(セラフィーナ&パール)
『貧乳爆裂波アルヘナスペシャル!』(メイメイ)
『ヘブンズ・バースト!』(アリエル)
「ファイアストーム!」(メルティ)
「ウィンドストーム!」(サラ)
仲間たちが一斉に攻撃魔法を放った! 効果範囲内にいたスケルトンや竜牙兵が爆発に巻き込まれてバラバラに吹っ飛び、雷や炎に焼かれて崩れ落ちる。この攻撃に反応した後続のスケルトンたちが速度を上げて雪崩のように襲い掛かってきた。
「みんな、殲滅ポイントに向かって走れーっ!」
セラフィーナの号令に仲間たちは走り出した。殲滅ポイントまで約1km、ポイント横断に2km、計3kmを走らねばならない。重い荷物は全てセラフィーナのマジックバックに詰め、可能な限り身軽にして走り出す。
「ぜえぜえぜえ…く、くるし…」
「しっかりしろメルティ」
「ガ、ガンテツさぁん…わたし、限界…」
「ふん、そんな巨大な肉まんじゅうを2つもつけてるからですよ。私はまだまだ平気です」
「セラフィーナ様はぁ、空気抵抗をもろに胸で受けているのに凄いですぅ。はあはあ…」
「メルティ、貴様…私の胸は平板だとぬかすか!」
「そこまでは言ってませんよぅ~。思ってはいますけど」
「お、おのれメルティ…。その優越感に浸った顔…許すまじ」
「はあはあ、あの2人仲いいですね」
「そうだな…。サラ、シャドーボクシングしながら走るの止めてくれないか? シッシッって口で言う風切り音が怖いんだが」
「そうですか? 王子が浮気したらいつでも拳を叩き込めるように練習しておかないと」
「……止めて」
セラフィーナたちの上空を飛行しているメイメイとアリエルは、時折爆裂魔法を撃ち込んでスケルトンたちの群れを足止めする。全員が殲滅ポイントを走り抜け、退避場所に駆け込んだところでガンテツが土魔法で壁を作り始めた。
『アリエル、オレ様もへっぽこたちを守る壁を作る。おめえは魔道兵団に誘導完了を知らせてこい。頼むぞ!』
『わかった。任せて』
アリエルが翼を大きく広げて後方の魔道兵団に向かって飛び去るのを見てメイメイも退避ポイントに降り立ち、魔法攻撃に巻き込まれないよう土魔法でガンテツの作った防壁を強化していった。
アリエルの報告を受けたガリウスは、双眼鏡で殲滅ポイントを見る。お椀状になった窪地にスケルトンが何万と蠢いており、その数はどんどん増えている。やがて、ほとんどのスケルトンが集まり、立錐の余地も無い状態になった。ガリウスはローベルト大将と目線で頷き合うと、麾下の魔道兵団に合図をする。
ずらりと十数列に並んだ魔道兵団を前にして兵団長モーリス中将がサッと指揮棒を上げ、スケルトン蠢く殲滅ポイント目掛けて振り下ろした。2万の魔道兵は一斉に攻撃魔法を放つ。1列目は火炎、2列目は風と雷、3列目は水と氷、4列目は土。各列が魔法を放つと列の最後尾に移動して後列が前に進み魔法を放つ。赤、黄、青と各魔法の色が光の尾を引きながら殲滅ポイントのスケルトンたち目掛けて飛び、着弾と同時に多数のスケルトンを巻き込んで爆発する。連続して起こる魔力の圧倒的暴力にスケルトンは為す術なく粉砕されていく。スケルトンより強靭な体を持つ竜牙兵ですら同様で、頭蓋骨だろうが肋骨だろうが粉々に砕け散る。
『凄い…』
防壁の隙間から覗いていたセラフィーナたちはその凄まじい光景に言葉も出ず、スケルトンが破壊され行くのを眺めていた。
1時間ほど続いた魔法攻撃が終わった後に残っていたのは、粉々になったカルシウムの塊の上をうろうろする数千体ほどに数を減らしたスケルトンと竜牙兵だけだった。魔道兵団に続いて進出したのは帝国最強と名高い親衛師団。ローベルト大将は馬に跨るとハルバードを振り上げて大声で命令した。
「国土を汚したスケルトンを粉砕しろ! その後は右翼回頭、魔物共を掃討する。突撃!」
「うぉおおおーっ!」
親衛師団4万が僅かに残ったスケルトンに突撃して行く。あっという間に残敵掃討を終えた親衛師団は方向を変え、魔物と激闘している連合軍を救援するためラファール国の魔道兵団とともに移動を開始した。部隊の異動を見送ったセラフィーナは全員の顔を見て言った。
「皆さん、私たちはこれからウルの本陣に向かいます。あのクソワン公をぶっ飛ばさないことには、私の気が収まりません。あの恥辱の尻打ち刑の恨み、絶対に忘れません」
「アレはセラフィーナ様が悪いと思うんですけどぉ…」
「何か言いましたか、乳エルフ!」
「いいえ。な~んにも」
『……………』
「どうした、メイメイ?」
『へっぽこ、オレ様はアルヘナちゃんの所に戻るぜ。何か嫌な予感がする…』
「そうか。私はサラとセラフィーナ様に同行する。我が軍の本陣は今手薄な状態だ。悪魔の勘が何か言ってるのならそれに従うべきだ。君はパールとアリエルを連れて戻り、本陣の守りを固めてくれ。我々が本陣を攻めるようにウルも狙ってこないとは限らないからな。頼むぞ」
『おう! パール、アリエル行くぞ』
メイメイはパールを抱っこすると翼を広げて空に飛び上がり、アリエルもその後ろに続いた。見送ったセラフィーナたちは防壁から抜け出ると、親衛師団本部まで歩いて行くとコーネフ少佐が出迎えてくれた。
「セラフィーナ様、皆さんお見事でした。皆さんのお陰で作戦が成功するに至り、感謝申し上げます」
コーネフ少佐はセラフィーナの前で膝を折り、深々と礼をするとセラフィーナは無い胸を張り「えっへん!」と偉そうに咳払いをすると頭を上げさせた。
「少佐、頭を上げてください」
「ハッ!」
「私たちはウルの本陣に向かいます。あのクソワン公を殴り倒さなければ気が済まないのです。なので、馬を貸してくれませんか? マーガレット様と合流し、この戦いにケリを付けます」
「…本気ですか」
「ハイ。本気です。私は帝国皇女としての責務を果たします。お願いします」
「…わかりました。おい、誰か馬を人数分曳いて来い」
「オレは馬には乗れんのだが」
「わたしもぉ~」
「なら、私ともう1人馬の操縦に長けた者でお連れしましょう」
「いいのですか?」
「はい、師団は既に我々参謀本部の手から離れています。後はローベルト大将以下が現場指揮を執りますので。まあ、端的に言えば暇になった訳です。それに…」
「?」
「この国を守るという気持ちは、我々も負けていませんので」
「うふふ、さすが親衛師団の懐刀と名高いコーネフ少佐ですね。いいでしょう、お願いします」
用意された馬にセラフィーナが乗り、ガンテツはリンツ中尉という士官の馬に乗せられ、コーネフ少佐自身はメルティを後ろに乗せた。
「しっかり摑まってて下さい。美しいお嬢さん」
「は、はいぃ~」
初めて同年代のイケメン男性に優しく声を掛けられたメルティは真っ赤になってしまう。セラフィーナは妬ましさ100点満点の目で睨み、サラはラインハルトの後ろで幸せそうに抱き着いている。この様子にガンテツは呆れたようにため息をついた。とりあえず、準備ができたところで、ガンテツの目配せに気づいたセラフィーナは出発の号令をかけた。
「さあ、皆さん、あのワン公をぶっ飛ばしに行きますよ、シュッパーツ!」
一行は馬に鞭を入れて一気に殲滅ポイントとなったすり鉢状の斜面を駆け下りた。目指すはウルの本陣、待つはウルの王子ハルワタートに妖狐タマモ。セラフィーナはパノティア島で受けた屈辱を晴らすため、全速で馬を走らせるのであった。
(そういえば、ルルちんはどこ行ったのでしょう。すっかり存在を忘れてました)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カレー平原のウル国境寄りの高台に置かれているウル軍本陣では、ハルワタートが腕組みをし、むっつりとした表情で戦場を見下ろしていた。側にタマモが不安そうな顔をして付き添っている。
ドラゴン部隊は帝国中央軍と激闘を繰り広げているが、右翼軍の繞回運動で1個軍以上の増援を受けた帝国軍が勢いを盛り返し、徐々に押されてきている。また、右翼軍を牽制しようと派遣した魔物部隊は2個軍団の迎撃を受けて撃破された。さらに、魔物の主力部隊は帝国砲兵師団の支援砲撃でズタズタにされたところに、帝国1個軍の援軍を受けた連合国軍の総攻撃により消耗激しく数を減らしつつある。その様子にハルワタートはギリッと唇を噛んだ。そこに、1人の兵士が慌てたように駆け込んできた。兵士の報告にハルワタートは驚愕した。
「たたた、大変です! スケルトン部隊が全滅しました!」
「何だと!」
「偵察兵の報告です! スケルトン部隊は帝国の一部隊に誘導され、集まった所にラファール国魔道兵団の集中攻撃を受け、僅かに生き残ったスケルトンも帝国親衛師団の突撃で為す術なく全滅したとのこと。親衛師団と魔道兵団は魔物の本隊を迎撃するため戦場を移動中です」
「くそっ! 100万の軍勢だぞ。それがこうも簡単に全滅するとは…。ガルガさえ居ればこんなことには…くそっ」
「…ハル坊」
顔を青ざめさせ、悔しそうに爪を噛むハルワタート。さらに1人の兵士が新たな情報を持って駆け込んできた。
「ハルワタート様!」
「今度は何だ!」
「朗報です。バルドゥス将軍率いる本国隊がカレー平原を迂回経路で敵本陣に向け進撃中。敵の妨害なし!」
「よっしゃ! 本国隊さえ無事で敵本陣さえ潰せば俺たちの勝ちだ! 魔物ども、時間を稼げよ」
本国軍の動きに気を取り直したハルワタートにタマモが語り掛けた。
「なあ、ハル坊」
「なんだ?」
「そろそろいいんじゃないか。もう、引いたらどうじゃ」
「……………」
「これ以上深入りすると傷が大きくなる。ガルガも倒されたと思われる。今が引き時ではないのか? 本隊を呼び戻し、国に引き返すのじゃ。そして再起を期せばよい。帝国と話し合うのじゃ。さすれば本国を戦場にすることも避けられるかもしれん。多分じゃが…。もし、戦犯が必要だと言うならワシを差し出せばよい。ウルの妖狐なら十分その役を果たせるじゃろうて」
「ダメだな」
「なぜじゃ!? このままじゃ勝ち目がないぞ。占いにもそう出ておる。ワシはお主を死なせたくないのじゃ。頼む、ここは恥を忍んで引いてくれ」
「タマモ婆、いくらババアの頼みでもそれは聞けねぇな。オレはもう、引くに引けねぇ所まで来てしまった。つまり、オレは勝負に出たんだ。ウルの将来を守るって勝負にな。確かにラサラスのように融和政策で国を保つという考えもある。だが、それじゃあ歴史あるウルのウルたる部分が無くなってしまう」
「ハル坊…」
「だからオレは最後の賭けに出たのさ。獣人国家ウルとしての矜持を持ち、獣人としての誇りを失う訳にはいかねえんだ。それにな、このオレを信じて付いて来たヤツらを裏切るなんざ出来ねぇよ。だから、オレは引けねぇ。それにな、まだ負けたって決まった訳じゃねえしな」
「…この馬鹿が…。芯まで馬鹿じゃよお主は。わかった。ワシもお前に付き合うとしよう」
「そう、オレはバカだ。難しいことは考えられん。だからよ、最後まで付き合ってくれや」
少し離れた場所で十数名の親衛兵が感動のあまり、溢れる涙を必死に堪えている。ヘルゲストは地面にどっかと座って剣を磨きながら2人の話を聞いている。アンデッド・オルソンもアメリアの肩を抱いて戦場を眺めている。一方、ミハイルは…。
(私も覚悟を決めなければならないな。ここから逃げて再起を期すか、ハルワタートとともに最後の勝負に賭けるか。ただ、唯一私を慕うプルメリアだけは守らねば…)




