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第486話 軍令発布

 カルディア帝国首都シュロス・アードラー市は異様な喧噪感に包まれている。荷物を抱え、疲れた表情の避難民と思しき姿の人々や買い出しにいそしむ市民、不安そうに新聞を読む人などが通りを行き交っている。


 そのシュロス・アードラー市を見下ろす小高い丘の上、ハイデルベルク宮殿の一室に各国の首脳が会議テーブルを囲んで緊張した顔を見せている。


「ロディニア大陸北東に出現した魔物は飛龍、火龍、水龍合わせて数千尾、ゴブリン、オーク等が数十万。西方エルトリア王国は壊滅。生き残った国民はロディニア王国へ避難、軍の残存部隊はロディニア王国軍に合流して迎撃戦を展開しているそうですが、戦局は厳しいとの報告が入っています。ただ…」

「一部の戦線では魔物が駆逐され、逆に押し返していると…。しかも、そこは軍が展開していない場所らしいのです」


 その後も軍官僚から状況について延々と報告が続く。その場の誰もが何も言わず黙って聞いていた。

 会議室に詰めているのはカルディア帝国皇帝フリードリヒ、イザヴェル王国グレイス女王、ラファール国オスカー国王、スクルド共和国首相、ビフレスト国軍務大臣、スバルーバル連合諸王国聖女。さらに、広い室内には帝国軍関係者や官僚、帝国の全王子王女のほか、関係者としてユウキとエヴァリーナも部屋の隅に椅子を置いて着座していた。


(カロリーナとバルコムおじさんなら大丈夫か…。ただ、2人だけだから時間はかかるかもだけど…。北は任せたよカロリーナ)


 ユウキが親友の事を考えている間にも官僚の現状説明は続く。


「続いて、ラミディア大陸の状況について報告します。現在、ウルは我が国の国境付近に正規軍3個師団約5万人を終結、いつでも国境を超える構えを見せています。しかし、問題はそこではありません」

「正規軍の前面に飛竜、火竜、魔龍を中心とした魔獣が約10万、その左右にゴブリンやオークを主体とした魔物が50万ずつ約100万体以上、さらに別動隊としてスケルトン等のアンデッド兵が約100万と総勢200万以上の魔物が展開しております」


「ガルガはどこにいる?」


「ハッ! 邪龍ガルガはウル正規軍の背後におり、現在のところ特に動きはありません。ただ、いつどう動くか全く予想がつきません」


「我々の軍編成はどうなっている?」


「それは私から説明します」


 軍服を着た壮年の男性は帝国軍令部作戦第1課ベイツ中佐と名乗った。ベイツ中佐は紙の束を持って立ち上がり、移動式黒板にチョークで軍団編成を書き始めた。大きな黒板が文字で埋まっていく。最後にチョークで黒板をトンと叩くと、全員に向いて説明し始めた。


「まず、軍団編成ですが主力となる中央軍はマンシュタイン大将指揮、帝国第1軍から第6軍の18個師団36万人とモーデル中将揮下の砲兵隊3個師団3万6千人」

「右翼はルントシュテット大将指揮、帝国第7軍から10軍の12個師団24万人とパウルス中将揮下の砲兵隊3個師団3万2千人」

「左翼は各国連合編成で当たります。陣容はイザヴェル王国第2・第3軍6万人、ラファール国第1・第2師団合わせて3万人、スクルド共和国軍2個師団3万人、ビフレスト国傭兵師団1万5千人、スバルーバル連合諸王国軍1万5千人の合計15万人にブラウヒッチ中将揮下の砲兵隊3個師団3万2千人が付きます」


「ここで早急に決めていただきたい事があります。連合軍の総指揮をどうするかですが…」


 ベイツ中佐が困ったように居並ぶ出席者を見る。フリードリヒはコホンと一つ咳払いをすると、派遣部隊の規模からイザヴェル王国にとって貰うのが筋ではないかと話したが、戦争後を見据え主導権を握りたい各国は我こそと言い始め纏まりがつかない。これまで黙って聞いていたリシャール王子が立ち上がった。


「各国の言い分は聞くに堪えない。今は未曽有の困難に対処するのが先決だろう。主導権争いも国…、世界が無くなったら意味が無い。まずは、この戦いに勝つことだけを考えるべきだろうが!」

「…………」

「俺は戦後主導権など興味はない。俺が興味があるのはいかにこの戦いに勝つこと。それだけだ!」


「その意見に私も賛同します。我が砲兵師団はリシャール王子の指揮に従いましょう」

「我がラファール国も同意見だ」


 ブラウヒッチ中将が静かにリシャールの指揮に入ると言い、ラファールのオスカー国王が腕組みをしてむっつりとした様子で同意した。これにより連合軍はイザヴェル王国軍が主力となり、総指揮をリシャール王子が執ることになった。話が纏まったところでベイツ中佐が再び立ち上がった。


「帝都の防備は第11軍団の3個師団と各地から撤収させた国境警備隊を再編成した臨時編成の特別旅団が行います。これらについては、予備兵団の役割も担わせます」


「次に別動隊の死霊兵アンデッド部隊への対処ですが…」

「それは我々に任せてもらおう」


 ラファール国王に帯同してきたガリウス王子が立ち上がった。


「ラファール国の誇る魔道兵団2万が死霊どもを焼き尽くしてくれる」

「しかし、100万もの死霊相手にいかな魔道兵団でも手に余るのではないか?」


 フリードリヒが懸念を示すが、それを払拭するようにローベルト大将が立ち上がった。


「我が帝国親衛師団も魔道兵団に協力しましょう。陛下のご裁可をお願いしたく存じます」

「うむ。ローベルト、親衛師団の出撃を許可する。頼むぞ」

「はっ! 必ずやご期待に添えることをお約束します」


 軍団編成が決まったところで別席に座っていた王子王女の中からミュラーが立ち上がった。ミュラーはニヤッと不敵な笑みを浮かべ、会議室の面々を見回した。


「オヤジ、オレも出るぜ」

「なんだと?」

「マンシュタインの軍団に入れてもらうぜ。ウルのヤツらオレの国を襲うなんざ、ぜってぇ許せねぇ。1歩でも帝国に踏み込んでみろ、月の果てまでぶっ飛ばしてやる!」


「お父様、私たちも出ます!」

「セラフィーナ、ラピスまで」

「私たちも国を、国民を守りたいんです!」


 フリードリヒは娘たちの顔を見た。その瞳は澄んでいて一点の曇りもない。甘えん坊のお転婆娘が仲間との冒険を経て人間的に成長したのだと直感した。そして、王族が先頭に立つことで士気が高まることも理解している。


「わかった。セラフィーナ、お前はローベルトと一緒に行け。ルントシュテット大将、ラピスを貴殿の軍団に預ける。頼んだぞ」


「ありがとう、お父様!」

「わたくしも頑張るわ!」


「うふふ。フリードリヒ陛下には頼もしいお子様がおられますわね」

「まあな。あの3人は自慢の子供たちだ。ただ、あいつら以外は名乗り出ようともしないのは何故だ? ここで王族の矜持を見せてみろと思うぞ。全く情けない限りだ」

「人には様々な考えがあります。王族の血を絶やさないため保身するのも正しい選択ですわ」

「それもそうなんだが。ただなぁ~」

「(うふふ、本当にミュラー殿とそっくり)」


「よろしいですか?」


 ベイツ中佐が手を上げて発言を求めた。


「肝心な部分が解決されていません。むしろ、これが本題と言っても良いでしょう」

「それはなんだ?」


 全員がベイツ中佐を見る。


「邪龍ガルガへの対処です。各軍団が戦闘中にガルガが攻撃してきたら、我々の敗北は必至です。恐らく再起不能になり、二度と立ち上がることはできないでしょう」


 場の全員が静まり返る。確かに現有戦力ではウルの正規軍や魔物との戦闘に対処するので精一杯。とてもガルガには手が回らない。今まで黙って聞いていたユウキは意を決して立ち上がった。


「ガルガとはわたしが戦います」


 全員の視線がユウキに注目する。


「お、おいユウキちゃん、何言ってんだ?」

「そうですよ。ユウキさん1人で戦えるわけがありません」


 ミュラーとエヴァリーナが慌てたようにユウキを止めに入る。各国の代表も帝国の将軍や軍官僚も何を言っているんだという目をしてユウキを見る。ただ、フリードリヒやグレイスなどは複雑な表情をしてユウキの顔を見る。


「君は一体何を言っているのだ。ガルガは我々の全軍で当たっても勝てる見込みの少ない相手だぞ。1人で立ち向かっても敵う相手ではない。ましてや女の子では殺してくださいと言っているようなものだ」


 ベイツ中佐は無謀と止めるが、ユウキは胸に手を当てて少し考えた後、全員の目を見てハッキリと言った。


「わたし、ユウキ・タカシナは「暗黒の魔女」です。ガルガに対抗できるのはわたししかいない。だから…だから、わたしがガルガと戦います!」


 ざわ…ざわざわ…ざわ…。突然のユウキのカミングアウトに場が騒然となった。


「あ、暗黒の魔女だって? きみ…が?」

「そうです。ロディニア王国を破壊し、何万もの人命を奪った最悪の魔女。それがわたしです。わたしの持つ暗黒の力なら、ガルガを倒すことが出来るかも知れない」


「しかし…。いや、君が本当に暗黒の魔女である証拠はあるのか?」


 ユウキは胸のペンダント「真理のペンデレート」を強く握って魔力を集中させた。ユウキの周囲に暗黒の渦が巻き起こり、全身を包み込む。圧倒的な負のプレッシャーが会議室に充満し、その場にいた人々が「おお…」と驚きとも恐怖ともとれる声を上げた。


 ユウキを包んでいた霧が晴れる。固唾を飲んで見守っていた人たちの前に現れたのは、巨大な漆黒の槍を持ち、身体のほとんどを露出し、胸と腰回り、膝下の部分を禍々しい漆黒の鎧で覆った姿で現れたユウキだった。赤く輝く瞳が血の色のようで見た者の恐怖を倍増させる。さらに、ユウキの脇に2体のアンデッドが付き従っている。


「挨拶して」

『…儂は死霊の王、ワイトキング「エドモンズ三世」じゃ』

『吾輩はラファール国第十三代国王「疾風ヴォルフ」お見知りおきを…』


「暗黒の力を持つわたしだからこそ、死霊の眷属を仲間にしている。これで信じてくれますか」


「私は信じます」


 グレイス女王が全員を見回して静かに答えた。隣に座るフリードリヒは腕組みをして黙っているが、口元には笑みを浮かべている。


「私たちも信じるわ! だって、ユウキはわたしの大切なお友達だもん!」


 ラピス、セラフィーナ、エヴァリーナも次々にユウキを取り囲んで笑顔で抱き着く。


「ユウキはロディニアを滅ぼした暗黒の魔女よ。それは事実だけどそれには理由がちゃんとあるの。今のユウキはこの国…ううん、この世界が大好きで、守りたいと願うとっても優しい子よ。それに、ユウキならガルガを倒すことが出来るかも知れない」


「そうです! 私はユウキさんを信じます! ガルガはユウキさんに任せて、私たちは全力であのウルのワン公をぶっ飛ばしましょう!!」


 ラピスとセラフィーナはふんすっ!と力を込めて言った。さらにミュラーはユウキの肩を抱いて全員に宣言する。


「皆に言っておくぜ。ユウキちゃんとオレは相思相愛の仲になってる。つまり、オレの妻になる女性だ。暗黒の魔女? それがどうした。オレは妻を信じて戦うぜ」


「決まったな。私も彼女を信じている。ガルガに対するには彼女の力が必要な事もわかっている。彼女に負担を強いることになることもな。だが、現状奴らに対抗するにはこれしかない」


 フリードリヒはそう言いながら立ち上がった。


「軍編成はここに決した。私は宣言する。この戦いに勝ち、この世界の平和を守ると。そのためにこの場の全員の力を貸してほしい」


 全員がその場に立ち上がった。フリードリヒは静かに頷き、大音響で命令を下した。


「全軍出撃!」

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