第485話 燃える大地
ラミディア大陸東方中部、獣人国家ウルの人里離れ鳥も通わないほどの僻地、レアシル山の山頂に、ウル国の王子ハルワタートとバルドゥス将軍、妖狐タマモにミハイルとプルメリア兄妹がいた。5人の周囲にはウル親衛隊の精鋭数十人が完全武装で警備している。不敵な笑みを浮かべるハルワタート前には若い亜人の女性が何十体も裸にされ山のように積み上げられている。そのいずれも首を斬られてこと切れている。しかし、死体の山の最上部に赤い髪をした狐耳の美女が首から血を流しながら呻き声を上げていた。
「ククッ…。気分はどうだ、アーシャ」
「…ぐふっ…、ハ…ハルワ…タート…」
「テメェが裏切っていたことなんざ、こっちはお見通しだったんだよ。ただ、利用価値もあったから泳がせていただけさ。だが、ガルガを手に入れた今、テメェはただの害虫だ」
「き…きさ…ま…」
「ハハハハッ。お前は直ぐには死なせねえ。生きたまま地獄を見るがいいさ」
アーシャはハルワタートを睨んだ後、痛む首を動かして仰向けで上を見た。目の前には巨大なドラゴンの顔がある。
「ガル…ガ」
邪龍ガルガは爬虫類のような冷たい眼差しで積み上げられた女たちを見ると、グアッ!と大きな口を開いて積み上げられた女性たちに一気に齧り付いてグシャッグシャッと嚙み砕き、咀嚼する。アーシャはガルガの牙に引き裂かれ摺り潰されたが不思議と痛みは感じなかった。アーシャが目を閉じたとき、牙が頭を噛み砕いた。
『ギャオオオオオン!』
生贄を食い終えたガルガが大きな声で吼えた。周囲の空気がビリビリと震え、恐怖に精神が支配される。ガルガは牙を剥いてハルワタートに迫ってきた。しかし、ハルワタートの1歩手前でぴたりと止まる。巨大なガルガに比べれば虫けら程度の大きさしかない獣人に近づけない。ハルワタートは不敵な笑みを浮かべると懐から三角形に組み合わさった白色に輝く珠を取り出した。
「ガルガよう、久しぶりのメシは旨かったか」
『グルルル…』
「わかってると思うが、こいつはテメェの起動システムだ。つまり、テメェの生殺与奪はオレが握っているということだ」
『…我をどうしようというのだ』
「簡単な事だ、大昔にテメエがやったように、この世界を蹂躙してくれればいい。大陸全土の人間どもを焼き尽くし、殺しつくせ」
『…何が目的だ』
「オレたちの国は小さく貧しく未来がない。しかし、大陸は人間どもが支配し、オレたち獣人族は下に見られ、決して世の中心とはなり得ない。だから、人間中心の世の中を破壊によってリセットし、獣人中心の世に構築し直す」
『………………。』
「だが、オレたちのウル国は小さく、世界を相手に戦うには戦力が足りねえ。だからこそお前の力が必要なんだ。その圧倒的な破壊と暴力をオレに貸せ」
『…お前の望みが叶ったとき、我に与えられるのは何だ』
「そうだな…。北の大陸はお前にやる。オレは南の大陸があれば十分だからな。ロディニアをお前の好きなようにすればいい。魔物の国を作るもよし、人間どもを恐怖で支配するもよしだ」
「ハル坊…」
『…ククッ。ハーハハハッ! いいだろう。お前の話に乗ってやろう。我を生み出し、用済みになれば葬り去ろうとした、憎き古代魔法文明の末裔どもめ…。今度こそ完全に根絶やしにしてやる』
「共闘成立だな」
『だが、まだ駄目だ。魔の力が十分に戻るまで時間が必要だ…』
「どの程度かかる?」
『ひと月』
「いいだろう。こっちも準備を進める時間が欲しいからな」
ガルガはハルワタートに近づけていた顔を引っ込めると翼を足を畳んで蹲る体勢をとった。ハルワタートも退去するため、合図を出そうとしたところでタマモが異様な魔力のうねりを感じて警戒の言葉を発した。ガルガも何か感じたのか首を上げる。
「ハル坊、何か来る!」
「なに!?」
タマモがハルワタートの前に出て警戒姿勢を取った。直後ガルガとハルワタートの間の空間が揺らぎ1体の人影がゆらりと現れた。それはボロボロに朽ちたドレスを着た骸骨を抱いたアンデッドナイトだった。
ミイラと化した体は水分を失って乾燥し切り、茶色く変色した肌、虚ろな眼窩、鼻は落ち、剝き出しの歯茎に所々歯が残っていて悍ましい姿をしている。また、ミイラは豪華な装飾が施された古びたプレートアーマーを着ており、手には魔晶石で造られたと思われる、蒼い刀身をした剣を腰のベルトに帯びている。
「お主、何者じゃ。返答によってはただじゃおかぬぞ」
『…我ハオルソン…。ラファール国初代王オルソン』
『アメリア…ワガ愛スル妻…。ワタシハ妻ヲ必ズ蘇ラセタイ…。ソシテ、ラミディアノ地ニ、フタリノ千年王国ヲ築ク…。ソノタメニ、ガルガ、オマエノ血ガ必要ダ。ソノ不死ノ血ガ…』
「…へえ。ガルガの血をねぇ」
「ハル坊。こやつに敵意は無いようじゃぞ。どうする?」
「そうだな…」
ハルワタートはガルガを見る。関心がなさそうにオルソンを見下ろしている。ハルワタートはオルソンのじいっと朽ちかけた顔を見てから口を開いた。
「オルソンと言ったな。ガルガの血を得た対価はなにがある?」
『対価…?』
「そうだ、対価だ。まさかタダで貰おうというわけではあるまい」
『……………』
「だんまりかよ。対価が無いんじゃ、さっさと帰れ」
「まあ、待てハル坊。お主、相当高位なアンデッドじゃな。ワシらはこの世界の人間と戦おうとしている。じゃが、敵対する者の中に高位のアンデッド使いがおる。そいつらに対抗するためお主の力を貸せ。それが対価じゃ。それとハル坊が事を成したら、どこか人里離れた地をお主に渡そう。そこで妻と暮らすが良い」
『ワカッタ…。オマエタチニ、チカラヲ貸ス』
オルソンの返事にハルワタートは顎でガルガを指し示した。オルソンはガルガの側に寄った。ガルガはじいっと爬虫類のような感情のない目でオルソンを見つめ、舌の端を牙で傷つけると傷口から溢れ出る血に魔力を込め、口から1滴、2滴と血を落とした。その血をアメリアの体で受け止めた。何が起こるのか…。タマモやバルドゥス将軍、ウル新衛隊兵たちは固唾を飲んで見守っている。
ホワイトドレスに身を包んだ骸骨に肉がどんどん絡みつき、徐々に人型に変化していった。その悍ましさにさすがのタマモも気分が悪くなり、ミハイルとプリメリアも青い顔をして見つめている。骸骨にさらに肉が付いて、やがて1人の美女の姿になった。
『アメリア…』
『…………・。』
オルソンが愛妻の名前を呼ぶが返事はない。
「無駄じゃ。その女には魂が無い。魂は既に浄化されてしまっている。姿は人じゃが、ただの肉の塊じゃ」
『ソレデモ…、ソレデモイイ…。ヨクモドッテキテクレタ。愛シテイル、アメリア』
『人とは何と悍ましいものよ。愛とは欺瞞。所詮欲望と執念の妄想に過ぎぬ。我には理解できぬ』
「語ってろ。オレにとってバケモノだろうが何だろうが、戦力となれば何でもいい。お前らはオレのために戦えばいいんだ。ククッ…。ハーハハハハッ!」
『ギャオオオオオーーン!!』
『冥界ノ戦士タチヨ、我ノ呼ビカケニ応ジ、地ニ満チヨ!!』
ハルワタートは山頂から下を見下ろした。ガルガが叫ぶ毎に数百単位で地の底からワイバーンやザラマンダー、ヒュドラ等のドラゴンが地面を割って現れ、その数倍にも及ぶゴブリンやオークなどの魔物が雄叫びを上げる。さらに、地面に多数の魔法陣が浮かび上がり、中から武装したスケルトンや竜牙兵が次々に出現してくる。
魔獣と魔物の咆哮がレアシル山脈に響き渡り、ハルワタートの高笑いが山々に木霊する。妖狐タマモはその光景を見てため息をついた。
(ハル坊、これで本当にいいのか…。アーシャまで殺して、本当に良かったのか…。お主の進む道は、修羅じゃぞ…)




