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483話 恐怖の折檻とセラフィーナの決意

 イヨの屋敷で1泊したセラフィーナたちは朝食を摂りながら今後の予定を話し合っていた。


「ウルの人たちはどうやって島から出るのでしょうねぇ」

「奴らは人目に付くのを嫌うはずだ。恐らく島に来るとき使った漁船に迎えに来てもらう事にしてるんだろうな」

「私たちは定期船を利用するしかないですし、後れを取りますね」

「オレたちも漁船をチャーターするか?」

「いずれにしてもぉ、スプリットに戻らんと何ともなりませんねぇ」

「でも、もう一度あの森を抜けるのは骨が折れそうです」


「ルルが居れば大丈夫じゃ」

「イヨさん。それはどういう…」

「精霊族はアコンカグヤ様の加護を受けておる。森をうろつく魔物も手出しできん。迷わずに森を抜けられるじゃろう」


「なるほど…。ルルちんの名誉挽回のチャンスという訳ですか。よろしいでしょう」

「上から目線の物言い、止めた方がいいぞ」

「もう、岩太郎ちゃんはツンデレですねっ!」

「違う!」


「ぷふっ…。姫様ってホント、面白いですね」

「そうでしょう。セラフィーナ様って、顔も性格もとーっても面白いんですよぉ」

「メルティ、死刑!」

「なんでですかぁ!」


 精霊族の秘宝を奪われたことで責任の一端を感じていたルルは、セラフィーナの明るさに少し救われた気がした。


 その後、イヨと里の人たちに別れを告げた一行は、ルルの案内に従って岸壁の一角に到着した。ルルは岸壁に手を触れると目を閉じた。


「土の精霊さん、森へ通ずる道を開いてください」


 ルルの願いを精霊は聞き入れたのか、一行の目の前の崖がトンネル状に開口した。ルルは光の精霊を呼び出して中に入ったので、セラフィーナたちも後に続いた。


「こんな通路があったのか」

「わたしたちの苦労は一体何だったのですかねぇ」

「ふふ、これは精霊族しか通れない通路ですから」


 幅100m程の岸壁を抜けると深い森の中に出た。ルルは再び目を閉じて両手を胸の前で組むと…、


「木の精霊さん、土の精霊さん、風の精霊さんお願いします。森の道を開いてください」


 ルルの願いに呼応して森の草木がざわざわと騒めき、足元の草がぶわあっと伸び、筒状に組み合うと長大なトンネルを作り出した。不思議な光景にセラフィーナたちは驚き、声も出ない。


「ここを通れば夕方までには町まで行けますよ。精霊様の力で魔物からも守ってくれます」

「これは何とも驚いたな…。オレも長年冒険者をしているが、こんな不思議な光景は初めてだ」

「本当にびっくりですぅ」

「古代都市アースガルドの神殿を見た時も驚きましたが、これはそれ以上ですね。まるで童話の世界みたい」


「ルル。夕方までに町に着くと言ったが、オレたちは里に着くまでに森の中で2泊したぞ。そんなに早く着くものなのか?」

「それは精霊様の守りで迷わされたんです。実際はそんなに離れてないんですよ。直線距離で10km位です」


「そんなものだったのか…。相当な距離を歩いたと思っていたが」

「でも、早く帰れるのは大助かりですよぅ」

「ですよねー。ルルちん、案内をお願いします」

「はい!」


 ルルの案内で草のトンネルを通る。途中休憩を摂りながら何事もなく進み、夕方頃にはスプリットの郊外に到着した。


「ふう…、明るいうちに到着しましたね」

「人が生活している街並みを見るとぉ、なんかほっとしますねぇ。色々ありましたから…」

「全くだ。さっさと宿に行くぞ。酒が飲みてぇ」

「あたし、人の町に来るの初めてなんですよ。お父さんやお母さんにも見せたかったな」


 夕食用の食材を求める人々やこれから飲みに行こうとする仕事帰り、漁から戻った漁師たちが大勢通りを歩いていた。ルルは見るもの全て珍しいらしく、人の多さに驚くとともに、商店に並ぶ食材や生活用品の多さに目を丸くし、声を上げてあっち行ったり、こっち行ったりしては物珍しそうに騒いでいた。


「オーホホホホ! おのぼりさん上等!ですわね。この田舎娘は」

「でも、分ります。わたしも初めて里から出てきたときは驚きましたもんですよぉ」

「あう…恥ずかしいです。でも、本当に物珍しくて…」


「にゃるほど。ルルちん、通りの向こう側にも行ってみませんか? 美味しそうな匂いのする屋台がありますよ」

「ハイ! どこまでもついて行きます!」


 セラフィーナとルルが通り向かいに駆け出したところで、通行人にぶつかってしまった。慌ててぺこりと頭を下げて謝罪し、顔を上げて相手を見て仰天驚いた。


「あら? 何て偶然なのかしら。こんなところでお会いできるなんて。嬉しいわ」

「ほう…これは僥倖。神のお導きに感謝ですな」


「マ…マーガレット…。と、ローベルト…」


 セラフィーナの目の前に仁王立ちする、冷たい目線でセラフィーナを見下ろす無敗の女帝死神マーガレットと帝国一の武闘派将軍ローベルト大将。その圧倒的迫力にさすがのセラフィーナも全身の血の気が引いた。さらに、2人の背後からビシッとしたスーツを着込んだロマンスグレーの紳士と、メイド服を着た女性が現れた。メイド服の女性の眼光もマーガレットに負けず劣らず鋭く、頬には大きな刀傷がついていて迫力を一層際立たせている。紳士とメイド女性がズイと進み出る。


「私たちもおりまずぞ、姫様」

「み~つけた…」

「ひぃ! 執事長とメイド長!?」


 さらに完全武装の帝国兵がずらずらっと現れ出て周囲を取り囲んだ。驚くガンテツにビビるメルティにルル。


「メルティさん…。あたし怖い。おしっこ少しちびったです…」

「ふふふ…、ルルちんは同志ですぅ。わたしもパンツぐっしょり。つべたい…」

「誰だ、あいつら。城の関係者か? だとしたらマズいな」


 買い物客等で賑わう通りが異様な雰囲気に包まれ、住人達も遠巻きに見ながら固唾を飲んで事の成り行きを見守っている。


「さて、セラフィーナ様。貴女には聞きたいことがたくさんあります。これは一体何でしょう。そして、ここで何をしていたのですか?」


 マーガレットはぴらりと1枚の紙を取り出し、青ざめるセラフィーナの眼前に突き出した。そこには「探さないでください」とだけ書いてある。


「私たちがどれだけ心配したか…。わかっているのですか?」

「あうあうあうあう…」


 棒立ちのまま固まるセラフィーナに、栗色のショートカットヘアをした知らない美少女ラーメラが近づき、木の枝でつんつんする。


『反応が無いですね。ただの屍のようです』


 続いてメイド長が近づき、手でセラフィーナの顎を持ち上げ、無言でじいっと顔を見る。ウルのハルワタートを前にして全く動じることのなかったセラフィーナがガタガタと痙攣したように震えている。噂に聞いていたメイド長を見て、さすがのガンテツもビビる。


(ありゃあ、生半可なモンじゃねえぞ…。何人も殺ってる目だ…)


 メイド長がスッと身を引いてパチンと指を鳴らした。帝国兵の一部が囲みの一部を解いた。そして別の帝国兵が得体のしれない物体を運んで通りの真ん中に置いた。それを見てセラフィーナは小さく悲鳴を上げ失神しそうになった。


「ひい! 死の…死の折檻木馬!?」


 兵士たちが運んできたのは跳び箱の上の部分に四本脚を付けたような台だった。メイド長が再びパチンと指を鳴らした。セラフィーナの両腕を屈強な帝国兵が掴み、木馬の側まで連れて行く。


「い、いや…いやです。ゆるして…! ここでお尻叩きはいやぁーっ! 助けてー、岩太郎ちゃーん!! いやぁあああああーーっ」


 泣き叫ぶセラフィーナの声に成り行きを見ていた町の人たちもざわざわし出した。ガンテツとしても助けたいところだが、マーガレットやローベルトが目を光らせていて近づくことが出来ない。


 兵国兵はセラフィーナを抱え上げると木馬の台の部分にうつ伏せに寝かせると台の脇にある金具で手足を固定した。執事長は「パチン!」と指を鳴らすと、数人の帝国兵が「死の折檻木馬」ごとセラフィーナをお神輿のように担ぎ上げた。


「きゃぁああっ! 助けて、助けて岩太郎ちゃーん! 無断で城を出たことは謝る、謝りますから許して-。ひゃああああん!!」


 帝国皇女が死の折檻木馬に跨らせられ、悲鳴を上げながらどこかに連れ去られるセラフィーナをゾッとした表情で見るガンテツとメルティとルル。その3人の前に恐怖の大王マーガレットとローベルトが険しい目をして立ち塞がり、メルティがビビって小さな悲鳴を上げ、ガンテツの背中に隠れた。


「ひぃ!」


 厳しい目つきでマーガレットがガンテツに声をかけた。


「セラフィーナ様と一緒にいた方々ですね。私の名はマーガレット。皇帝陛下の側妃です。こちらは…」

「帝国親衛師団長ローベルトだ。お前たちは何者か。名を名乗れい!」


「オレはガンテツ。見ての通りドワーフの冒険者だ」

「わ、わたしはメッ、メメメメメ…、メッメ、メル…」

「落ち着け」

「はっ…! わたしはメルティです!」

「ルル…です」


「貴方がたにも色々と聞きたいことがありますので、私たちにご同行いただきます。ちなみに拒否権はありません」


 ガンテツたちは2人の有無を言わさぬ迫力に黙って従うしかなかった。通りではいまだ尻を叩く軽快な音とともにセラフィーナの悲鳴と、帝国兵とギャラリーの手拍子が続いていた…。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「なるほど…。そういう理由だったのですか。ガンテツ殿とメルティさんにはご迷惑をおかけしました」


 ガンテツたちはスプリットの宿「うみうし亭」の食堂にいた。ここを臨時の会議室として、マーガレットとローベルトにセラフィーナとの出会いからパノティア島に渡った経緯、精霊族の里のこと、精霊神殿でのハルワタートや妖狐タマモとの遭遇。そして秘宝を奪われたことなどを説明していた。


「それと、ウルの中にミハイルというヤツがいたぞ。姫さんの兄と言っていたが…」

「なんだと!? ミハイル殿がウルに…。どこに行ったかと思えば…」

「ヤツは帝国領土の支配権と引き換えにウルに協力していると言っていたな」

「…ミハイルのクソ野郎。あの時再起不能になるまで殴り倒しておけばよかったわ」

「この女の人、怖いですぅ」


「それとルルさんも大変でしたね。里の復興に必要であれば帝国も力をお貸しします。遠慮なく言ってください」

「しかし、由々しき事態ですな。速やかに帝都に戻って対策を打ち合わせねば」


「ひとつ聞いていいか?」

「どうぞ」

「姫さんがここにいるって、どうやって知ったんだ?」


 マーガレットが語るところによると、セラフィーナの姿が見えないことで城内を探していると、メイドの1人が彼女の部屋で書置きが見つけ、これは大変だ、もしかしてウルに捕らわれたのかとなって軍や国家憲兵隊を巻き込んだ大騒ぎになった。帝都全域及び近隣市町に捜索の範囲を広げ、探しているとアードラー港でセラフィーナに似た人物がパノティア島に渡ったとの目撃情報があり、急いで船を仕立てて島に来たとのことだった。


「まあ、ご苦労さんだな」


「本当に…。あの、冒険者のガンテツと言えば、大陸で5人しかいないSクラス冒険者ですわね。セラフィーナ様を助けてくださってありがとうございます。ところでガンテツ様から見たセラフィーナ様ってどうですか?」


「オレは難しい事は言えん。ただ、姫さんは気に入った」

「うふふ、ありがとうございます」

「経過はどうあれ、オレはこの件にどっぷり浸かっちまった。暫くは姫さんに付き合うつもりだ。あのタマモという妖怪狐、この手で退治せんと収まりがつかん!」

「私たちは同志という訳ですね。歓迎します」

「ふん…」


 ガンテツとマーガレットが話をしている隣では恥辱の宴で尻と心を破壊されたセラフィーナがメルティの胸の中で泣いていた。隣ではルルがおろおろしながら心配そうに見ている。


「ひぐっ…ぐすっ…。ふぇええん。酷いよ痛いよ辛いよ~。わぁあああん!」

「セラフィーナ様、かわいそうに…」

「ちょっとぉ! あのセラフィーナの仕打ち、酷くないですかぁ!?」


 しくしく泣くセラフィーナがかわいそうで、我慢できなくなったメルティがメイド長に抗議した。メイド長はギロリとメルティを睨むと、顎を下から掴んでぐいと上に向けた。そして、自分の顔を近づける。鋭い眼光と頬に刻まれた刀傷という迫力満点の顔にメルティはビビり、ルルはガタガタと震えている。


「ひぃ!?」

「威勢がいいわね、このメス豚」

「ご…ごめんなさぁ~い」


「躾けのなっていないメス豚には「教育」が必要のようだね」

「た、助けて…。わたしが悪かったですぅ! ぎゃああああーーーっ!」


 メイド長はメルティを部屋から引きずりだしてどこかに連れて行った。暫くして外からメルティの悲鳴が聞こえてきたが、徐々にか細くなり、やがて消えて行った。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 パノティア島での後処理を終え、帝都に向かう船の上でセラフィーナは1人思案に暮れていた。


(執事長とメイド長に長時間尻たたきされてお尻が痛いです…。まあ今回はさすがに言い訳できませんでした)


(私の失態ですね。まんまと起動システムが奴らの手に落ちたのは…。これで邪龍の復活は止められなくなりました。帝国皇帝おとうさまはきっと戦う覚悟をするでしょう。その時は私も出陣します。そして、必ずやハルワタートとタマゴをこの手で…)


「姫さん」

「あ、岩太郎ちゃん」

「何を考えてたんだ?」

「まあ、色々と…」

「…何を考えているか分かるがな」


「…………」

「まあ、何だ。姫さんにはオレが付いている。頼りにしろ」

「わたしもついてますよぉ~」


「…ずっと一緒にいてくれるんですか?」

「ずっとかどうかはわからんが、オレは姫さんをコケにした奴らを許せねえ。あいつらを叩きのめさんと気が済まねえ。それまでは付き合うぜ」

「ふふっ、ありがとうございます」


 セラフィーナとガンテツとメルティは船縁から水平線を見る。海では魚の群れが泳ぎ、空では海鳥が気持ちよさそうに飛んでいる。とても穏やかな空気…、セラフィーナは絶対にこの世界を守ろるのだと心に誓うのであった。

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