第480話 予期せぬ遭遇
精霊神殿で秘宝を手に入れたセラフィーナたち一行の前に現れた獣人と亜人の集団。その中から銀狼の獣人と九尾の狐姿の美少女が進み出てきた。
「ハルワタート…。それに妖狐タ…タマ…、タマゴ!」
「タマゴではない。タマモじゃ」
「すみません。妖狐タマキン」
「タマモじゃ! タ・マ・モ!! タマ袋じゃないわい!」
「セラフィーナ様、お姫様なのにタマキンはないですよぉ~。エッチですぅ」
「タマタマ」
「もういい!」
「クククッ…。ワーハハハハハ! 面白れぇ姫さんだな。ええ、おい」
「面白くも何ともないわ!」
「まあ、怒るなタマモ婆。さて、セラフィーナといったな。その珠をこちらに寄越せ」
「嫌です」
「そいつはお前らが持っていても役に立たん。オレが有効に活用してやる。寄越せ」
「お断りします」
「……オレは気が短いんだ。死にたくなければ大人しく渡せ」
「ハルワタート。私は帝国皇女として貴方の野望を阻止します。人々の生存権を踏みにじる卑劣な所業を行う下衆野郎に秘宝は渡せません。むしろ、ここで貴方を討ち倒します」
「何だと、このメスガキ!」
「うるさい、きゃんきゃん吠えるな、犬っころ!」
「フフッ。ハハハハッ。相変わらずの気の強さだなセラフィーナ」
「本当に…。くそ生意気な女ですこと」
「えっ、誰?」
セラフィーナとハルワタートのやり取りを聞いていたフード付きコート姿の2人が突然笑い声をあげ、次いでコートを脱いだ。現れた姿を見てセラフィーナは心臓が止まるほど驚いた。
「ミ…ミハイル兄さま。プルメリアも…。ど、どうして…」
思いがけない人物の登場に動揺するセラフィーナ。ガンテツとメルティは訳が分からず様子を伺っている。
「フフッ。幽閉されていた私をウルが救い出してくれたのだ。そして、帝国打倒のため手を貸してもらいたいと。私は帝国軍の編成と動員体制、装備、部隊配置、兵站の全て知り尽くしている。情報の見返りとして、ハルワタート様は世界を滅ぼし、征服がなった暁には、私に帝国の地を任せると言ってくださった。私はハルワタート様の考えに共鳴し、その覇道成就のため忠誠を誓ったのだ」
「帝国を裏切るというのですか!?」
「裏切る…? 違うなセラフィーナ。私を裏切ったのは帝国の方だ」
「こんな男の言う事を信じるのですか。自分の欲望のためには無辜の民を犠牲にする非道の者なのですよ!」
「それがどうした。役に立たぬ民など死んで当然ではないか」
「ミハイル兄様。変わられましたね…」
「変わったのではない。変えられたのだ。お前たちにな…」
「プルメリアは何故そこにいるの?」
「私はミハイル兄様を愛している。愛する方と一緒にいるのはおかしいかしら」
「貴女も帝国を裏切るの? 私たちを愛してくれる臣民を捨てるというの?」
「国も臣民も関係ないわ。私は愛する兄様を助けたい。それだけ。お子ちゃまのあなたには分からないでしょうね」
「セラフィーナ。ガルガの起動システムをハルワタート様に渡せ」
「嫌です」
「ミハイルよぉ、テメエの妹はくそ生意気な上に頑固だなぁ」
「申し訳ありません。ハルワタート様。こいつは生来のバカでして、我々の崇高な目的が理解できないのです」
「じゃあ、殺して奪ってもいいな」
「御心のままに…」
ハルワタートと背後に控えるウル兵が剣を抜いた。それを見たガンテツがグレートアックスを、メルティが魔術師の杖を構えてセラフィーナの前に出た。
「姫さん、下がってろ」
「セラフィーナ様には指一本触れさせませぇん」
下がったセラフィーナの横にイヨとルルが並ぶ。ルルは自決用に貰った短剣を抜いて身構えている。
「カーハハハハッ! ドワーフとエルフの2人だけで何が出来るってんだよ。笑わせてくれるじゃねぇか。腹イテェ」
「良く吠えるクソ犬だな」
「わたし、犬は嫌いなんですよぉ。猫ちゃんなら良かったのにな」
「ククッ…。バカにしやがって。こいつらをぶっ殺せ!」
「ハッ!」
「雑魚が、ふんぬっ!」
ハルワタートの命令に数名のウル兵が突撃してきた。ガンテツは相手に向かって一歩踏み出すと豪快にグレートアックスを横薙ぎに振り抜いた。先頭を走ってきたウル兵が3人ほど胴体を切り裂かれ、はらわたを撒き散らしながらどうと地面に倒れる。
「ファイアランス!」
「風の精霊さん、敵を切り裂いて!」
続けて飛び込んできたウル兵にメルティの放った炎の槍がまともにぶち当たり、もう1人はルルの願いを聞き入れた風の精霊が巻き起こした真空の刃に切り刻まれてもんどりうって倒れた。
あっという間に5人の兵士が倒され、ハルワタートの顔は屈辱と怒りで真っ赤になる。残りのウル兵がじりっと前に出て来る。ガンテツも間合いを詰めるためにさらに1歩前に出た。しかし、いつの間にかハルワタートは小さく笑みを浮かべていた。それに気づいたメルティは…、
(おかしいですぅ。不利な状況でなぜ笑っていられるの? どうしてぇ…。ハッ!)
メルティは慌てて後ろを振り向いてセラフィーナを見た。そして、彼女の背後に浮かび、今にも彼女に襲い掛かろうとしていたのは妖狐タマモ。そう、いつの間にかハルワタートの隣から姿を消していたことにメルティは気付いたのだった。
「セラフィーナ様ぁ、うしろぉ!」
「ふぇ?」
「メルティ、犬どもの足を止めろ!」
メルティの声にセラフィーナが振り向くと、頭の上にタマモがフワフワと浮いてニヤリと笑っていた。固まるセラフィーナの手のひらにある球に手を伸ばした。
「!!」
「お嬢ちゃん、これはいただくぞ」
突然の事にセラフィーナは動けない。イヨも唖然として見つめている。「盗られる!」そう思った瞬間…、
「そうはさせるか! アースウォール!」
「ほわぁ!」
セラフィーナとタマモの間に土の壁が立ち上がり、今にも球を奪い取ろうとしたタマモを弾き飛ばした。
「うぬっ、小癪な!」
体勢を立て直し、悔しさを滲ませた顔のタマモがサッと腕を振ると、目の前の土の壁が砂のようになって崩れた。しかし、その向こうにいたのはセラフィーナではなく、厳めしい髭面をしたドワーフ。
「なんじゃと!?」
「ガキはすっこんでろ!」
ガンテツはビックリ顔のタマモの顔に向かって強烈な張り手を食らわせた。「バチン!」といい音がして地面に叩きつけられたタマモが悲鳴を上げてゴロゴロと転がる。
「ギャッ!」
「ババア!?」
鼻血を出して蹲るタマモに向かってガンテツがグレートアックスを振り下ろした。「ズガン!」と岩を砕く音がして、岩の破片が飛び散るが、そこにタマモの姿は無い。舌打ちをして周囲を見ると、いつの間にかハルワタートの側に移動していた。しかし、顔にくっきりと手形の跡が付き、小さな鼻を押さえた手の間から血が流れ、涙目になっていた。
「やってくれるじゃねぇか…」
「岩太郎ちゃんありがとう!」
何とか奪われずに済んだ精霊族の秘宝を胸にしっかり抱いたセラフィーナがガンテツにお礼を言う。ガンテツはハルワタートたちから視線を逸らさずに小さく頷いた。その間、ウル兵が近づかないよう魔法で足止めをしていたメルティとルルも戻り、セラフィーナを庇うように立った。
「ハルワタート、貴方には絶対に秘宝は渡しません。今すぐここから下がりなさい!」
「ククッ…、ハーハハハハッ!」
「何がおかしいのです! 自分の顔ですか!」
「うるせぇ! まな板みてぇな胸しやがって」
「ぷっ…」
「そこは笑うとこじゃないです。メルティさん」
「おい、連れてこい」
ハルワタートがそう言ってパチンと指を鳴らすと、後ろから兵士に捕らえられた精霊族の女性と男の子が連れてこられた。首には鋭いダガーが押し付けられており、2人は恐怖で顔が青ざめ、ガタガタと震えている。
「ミ…ミヨ! アル!」
「お母さん…」
「お婆ちゃーん、助けてぇー」
「クックック…。形勢逆転だな」
「卑怯者! 恥を知りなさい!」
「何とでも言え。オレ様は勝つためにはな、手段を選ばねぇんだよ。さあ、ガルガの起動システムをこっちに寄越せ」
「……い、嫌です」
「へえ、いいのか。じゃ、こいつら殺すわ」
「仕方ありません」
「決まりだな。それをこっちに持って来い」
「誰が渡すと言いましたか」
「なに?」
「ミヨさん、アルくん。この秘宝をそいつらに渡せば古代兵器「邪龍ガルガ」が復活し、世界中が火の海になり、大勢の人々が死ぬことになります。ですので、この秘宝をそこの犬っころに渡すわけにはいきません。あなた方もこの世界の一員、平和を愛する者として喜んで正義に命を捧げるお方と信じます。私としては大変心苦しいのですが、この場は平和と愛に殉教いただきたいのです」
「へ…? な、なにを言って…」(ミヨ)
「大丈夫です。あなた方亡き後、こいつ等は私たちが責任をもって地獄に送ります。死して屍拾う者無しです。安心してください」
「あ、あの…全く安心できないのですけど…。私たちに死ねと?」(ミヨ)
「ぶっちゃけ、そうです」
「嫌ですよ! 普通こういう場合って、秘宝を渡して私たちを助ける流れじゃないんですか? ねえ、あなたもそう思いますよね」(ミヨ)
「オレ様に聞くなよ。でもまあ、普通はそうだな」(ハルワタート)
「覚悟はよろしいですか?」(セラフィーナ)
「え、え、ええ~。貴女が言うんですか!? それって、こちらの獣人の方が言うセリフですよね。そして、貴女が助けてくれるんですよね!」(ミヨ)
「いいえ。正義を愛するものとして、バラのように美しく散ってください」(セラフィーナ)
「そ、そんなぁ~(チラッ)」(ミヨ)
「オレ様を見るなよ」(ハルワタート)
「そ、そうだ! そこの人、あの姫様のお兄様ですよね。何とかしてください!」
「断る」
「あの子、超弩級の貧乳バカだから無駄よ」
「こんな死に方いやだぁ~」
「往生際が悪いですね。ルルさんなら潔く自決するところですよ。「皇帝陛下万歳!」とか言って」
「いや、しませんって」(ルル)
「王子、我々はどうすればよいので?」
「知るか!」
「いつまでこの茶番を続けるつもりじゃ、全く…。イタタ…、あ、鼻血止まった」
このやり取りにミヨとアルを捕まえていたウル兵が困惑した声を上げるが、同時にガンテツやメルティもこのやり取りに困惑していた。
「お、おい姫さん。どうしちまったんだ一体」
「セラフィーナ様ってぇ、意外と冷たい人だったんですねぇ。ガッカリですぅ」
おろおろするメルティとミヨとウル兵。ガンテツがチラとセラフィーナを見ると、片手で秘宝をしっかりと押さえ、もう片方の手を後ろ手にしてちょいちょいと合図している。察したガンテツはセラフィーナに体を寄せて肩をゆする振りをしながら、ハルワタートからセラフィーナを隠すように顔を近づけ、わざとらしく言った。
「姫さん、言ってることが滅茶苦茶だぞ!」
「(ぽそぽそぽそ…)」
「くそ、もうやってられるか!」
「ガンテツさん?」
「メルティ、ルル。こんなバカ姫に付き合っていられるか! オレたちはもう行くぞ! 後は姫さんが勝手にやれ!」
ガンテツはメルティとルルの手を取ってぐいと引き寄せるとハルワタートたちに聞こえない位の小声で何事か言った。それを聞いたメルティとルルは緊張で顔を青ざめさせるが、努めて表情に出さないようにした。ガンテツは2人の手を引いたまま、セラフィーナと決別したように見せかけ、ハルワタートたちが来た通路に向かう。
「なんだぁ、今になって仲間割れか?」
「おかしい。ハル坊、油断するな」
「ハン、見ろよ。姫さんとババアの2人に何ができるってんだ」
「じゃが、あのドワーフ…」
タマモが自分らの脇を通り抜けようとするガンテツを見た。するとガンテツもタマモの方を横目て見て、思いがけず2人の目が合った。タマモはガンテツの瞳の奥の光にドキッとし、何かを企んでいると直感した。
「ハル坊、気を付けるのじゃ! これは罠じゃ!!」
「なにッ!」
「遅いわ! ルル!!」
「はいっ!」
「精霊神と眷属たる光の精霊よ! 天を地を明るく照らし、眩しく輝いて!!」
ルルの願いに呼応してハルワタートたちの周囲が激しく輝いた。




