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第476話 迷いの森

 長い夜が明け、森の木々の間から日の光が差し込んでくる。朝日に照らされた人喰い森内の河原ではグレートアックスを支えに膝を着いた姿勢のガンテツ、地面にぺたんと座り込んで、息を切らし、疲れ切った様子のセラフィーナとメルティがいた。3人の周囲には多数のゴブリンの死体と灰色狼の死体が転がっている。さらには体長5mにもなるグレイトグリズリーが体中を切り裂かれた状態で横たわっていた。


「くそ…、何てとこだここは…。グレイトグリズリーまで現れるとは…」

「し、死ぬかと思いましたぁ~。うう、おしっこちびちゃった。いい歳して恥ずかしいですぅ~」

「全くこの乳お化けは情けないですね。私なんかもうパンツ、ぐっしょぐしょです、いい感じでぬれぬれ女子高生ですよ」

「セラフィーナ様、言い方がいやらしいですよぉ~」


「お前ら…、仮にもオレは男だぞ。恥らいってモノがねぇのかよ、ったく。それより早くここを離れるぞ。血の匂いで、また魔物が集まってこないとも限らん」


 3人は疲れた体を起こして動き始めた。メルティの水魔法で全員の鎧に付いた魔物の血を洗い流して水分を拭きとった後、セラフィーナとメルティは服を脱いで川で洗った後に頭陀袋に突っ込んでマジックバッグに収容した。セラフィーナは下着姿のまま簡易トイレに入って生理用品を交換する。ガンテツが作ってくれた薬のおかげで体調はすこぶるよくなった。心の中でガンテツに感謝し、新しい服に着替えて鎧を装備した。


 セラフィーナとメルティの準備が完了したのを見届けると、ガンテツは川の上流方向の方位を確認した。そして森の中に入り、通れそうな部分を見つけて磁石の方位盤を確認しながら奥に向かって進み始めた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「おかしい…」

「顔が…ですか」

「違うわ! ここを見ろ」


 ガンテツが示した場所を見ると、太い木の幹にナイフでつけたような傷が複数あった。


「こいつはここを出発する時に目印にとオレが付けた傷だ。見ろ、何本もあるだろう。この木を見つける度に傷を刻んだんだ」

「と、いうことは…」

「オレたちは森を進んでいると思っていたが、どうやらそうではなかったみたいだな。同じ場所を彷徨い歩いているようだ。くそ、このままじゃ疲労だけが上積みされ、ぶっ倒れて野垂れ死にしてしまう」


「…………」


「どうしました、メルティさん。無駄にでかい乳が重くて疲れたのですか」

「違いますよぅ。どんだけわたしの胸が妬ましいんですか。実は、あの…、そのですね」

「なんだ、少しでも気になることがあるなら言ってみろ」


「ガンテツさんはぁ、わたしたちが森を彷徨っているって言ってましたけどぉ、実はそんなに歩いていないんじゃないかって思うんですよぉ」

「どういうことだ?」

「あのですねぇ、ん~。実際に見せた方が早いかな…。わたしについて来てくださぁい」


 メルティが先頭になって歩き出した。ガンテツとセラフィーナは訳が分からないといった風に後をついて行くのだった。


 木々の間を20mほど歩いてメルティは振り向き、左手で木の幹を指さした。2人が見るとガンテツが付けた傷がついており、驚きの声を上げた。


「おい、確かにオレたちはこの木の先に進んだはずだぞ!?」

「あれれ? どういう訳なんですか? 乳お化け…メルティさん」


「誰が乳お化けですか、もぅ。あのですね、この辺りに大きな魔力のうねりが感じられるんですよぉ。恐らくですが、何者かが森の奥に進ませないように結界か何かを働かせて、わたしたちを迷わせているんじゃないかと思うんですぅ。なので、わたしたち自身は奥に向かって進んでいるように感じていても、実際は同じ場所を行ったり来たりしているだけなんですよぅ」


「結界だと?」

「そうなんですぅ」


「遭難してるだけに、そうなんですと…。巨乳のくせに中々に洒落ますね。さすがです」

「姫さんは黙っててくれないか。メルティの話が本当だとすると、こいつは精霊族の仕業だな」

「精霊族ですかぁ。うん、そう言われると何となく魔力って言うよりは霊的な力の方を感じますぅ」

「厄介だな。くそ…、何とか抜ける方法は無ぇものか…」


 真剣な顔で話をするガンテツとメルティの間にセラフィーナが割り込み、腕組みをして不敵に笑う。


「ふっふっふ…」

「何が可笑しいんだ。姫さん」

「これが笑わずにいられますかってーの。私が何の準備もせずにここに来たとお思い?」


「偉そうに。策があるなら早く言え」

「もう、岩太郎ちゃんったら、ツ・ン・デ・レ♡」

「クソッたれ…」


「あはは…。セラフィーナ様、もったいぶらずに教えてくださいよぅ」

「むふふ、栄養が乳に偏り過ぎているメルティさんにも解るように教えてあげましょう」

「何気にわたしの胸をディスってますね」


 セラフィーナはマジックバッグから糸玉を取り出し、2人の目の前に差し出した。


「これは糸玉か?」

「見て分らんですか?」

「いや、分るが」

「2人で漫才してる場合じゃないですよぅ。その糸玉がどうしたんですかぁ」


「うっふっふ…。実は私の知人に、帝都在住の精霊族の美少女がいるんです。その子にこの森の攻略法を聞いておいたのです」

「精霊族の娘が帝都にいるだと…? 聞いたことねぇぞ、そんな話」

「事実です。その子はポポちゃんといって、年齢15歳。ラファール国侯爵家の子息の婚約者なのですが、訳あって今は婚約者ともども帝都にいるのです。猛烈に妬ましい…」


「で?」

「で、とは?」

「で、とは…じゃねぇ! その方法を早く教えろ!!」

「はいはい。もう、岩太郎ちゃんはせっかちですねえ。早いと女の子に嫌われますよ」

「この…」

「セラフィーナ様、わかってて言ってるのかしらぁ」


 セラフィーナはパチンとガンテツにウィンクすると、傷が刻まれた木の幹に糸の端を結び付け、方位磁石で位置を確認して糸を伸ばしながら20mほど離れた木に巻き付けて2人を手招きした。


「こうして、向かうべき方向に糸を伸ばして位置を確認しながら進むのです。時間はかかりますが、迷うことはありません」

「なるほど…。これなら確実だな」


 ガンテツは糸玉を受け取るとメルティに方向を確認させながら、森の奥に向かって糸を伸ばし始めた。セラフィーナは2人の背後から「頑張れ、頑張れ」と声援を送り、作業の邪魔をしてはガンテツに怒られるのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ガンテツさぁん。日が暮れてきましたぁ。今日はここまでにしませんかぁ」

「そうだな。森の濃い部分は抜けたようだ。どこかキャンプできる場所を探そう」

「あ、あそこどうですかぁ。小高い丘で開けてますよぉ」


 3人は糸を結び付けた木に目印をつけてから離れ、標高数mほどの小高い丘に向かった。丘の斜面は草丈1~2mほどの低木やつる草が密生しており上に登る道はない。ガンテツは比較的密度の薄い部分を見つけると、グレートアックスでバッサバッサと草木を切り払い、メルティが炎の魔法で焼き払って道を作った。丘の上は10m四方の平坦地で背後は高さ20mほどの崖、周囲の斜面は密生した草木で何物も登ることができず、敵に襲われる心配はない。


「ここならゆっくりと休めそうだな」

「昨日もほとんど寝ていないし、もうへとへとですぅ…」


 ガンテツは道の部分を土魔法で塞ぐと崖の側に土魔法で穴を掘り、壁を立ててトイレを作った。早速青い顔をしたセラフィーナがふらふらと入って行った。


「セラフィーナ様。また、調子が悪くなったみたいで…」

「薬が切れたか。仕方ねぇ、また煎じてやるか」

「うふふっ。ガンテツさん、何だかお父さん見たいですぅ」

「断じて違う!」


 テントを建て、簡易かまどを作って火をおこし、マジックバッグから調理用具と食材を取り出してスープと肉野菜炒めを作る。メルティは椀にスープをよそり、皿にパンと肉野菜炒めを載せて2人の前に置いた。


「はい、セラフィーナ様。これでお腹を温めてくださぁい」

「ありがと…」

「本当に体調が悪そうだな」


 セラフィーナもお姫様とはいえ冒険者の端くれ、体調が悪くても頑張って食事を摂る。体力をつけないとイザというとき動けなくなり、それは死に繋がることを知っているのだ。


「ごちそうさま」

「食い終えたか。ほれ、これを飲め」


 熱々の煎じ薬を渡されたセラフィーナは渋い顔をしながらも礼を言って、フーフーして冷ますと一気に飲み込んだ。


「ごくごくごく…。うげぇ、まっずぅーい!」

「わーははは! 全部飲んだか。えらいぞ!」

「ぷっ…くすくすくす。セラフィーナ様のしかめっ面、面白いですぅ」

「失敬ですね。この乳お化けは」

「ひどぉ~い。あはははっ!」


 焚火を囲んで3人の笑い声が響く。その後もガンテツの冒険譚やメルティのポンコツぶり、セラフィーナの宮殿での生活など、夜が更けるまで話をして笑い合った。月が天頂近くになった頃、お開きにしてセラフィーナとメルティはテントに入り、ガンテツは見張りに立つのであった。

 途端に静まり返る丘の上。ガンテツは焚火に枯れ枝を投げ入れ、燃え上がる炎を見ながらポケットから酒の小瓶を取り出し、グイッと呷った。


「………。悪くねぇ」


 ぼそっとつぶやくガンテツの顔を、焚火の炎が優しく照らすのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 何事もなく夜が明け、セラフィーナとメルティがテントからもそもそと出てきた。セラフィーナは早速トイレに行き、メルティはガンテツの側に寄る。


「おはようございます、ガンテツさん」

「おう」

「どうしたんですかぁ、朝から難しい顔をしてぇ」

「見ろ」


 ガンテツは丘の下を指さした。メルティはそこに見えるものに驚いた声を上げた。


「ま…魔物ぉ!? それも、いっぱい!」

「オレたちの匂いを嗅ぎつけて夜のうちに集まって来やがったんだ。斜面の雑木と土の壁で上がってこれんようだが、これじゃ下に降りるのは無理だな」


「どうしたんですか?」

「姫さんか。腹の調子はどうだ?」

「ピークも過ぎたし、岩太郎ちゃんのお薬のおかげでバッチシですよー」

「ピーク?」

「ガンテツさんは知らなくていいですぅ!」


 ガンテツとメルティのやり取りはさておき、セラフィーナは丘の下を見て驚いた。ゴブリンやら灰色狼やら数十匹…、いや、100を超える数の魔物がうろつき、こちらを見てはギャアギャアと声を上げている。いくら武器戦闘に優れ、攻撃魔法が使えるとしても、3人でだけはとても蹴散らせそうにない。


「ありゃりゃ…。こりゃだめだ。岩太郎ちゃんどうします?」

「下に行けんのなら、上に行くしかなかろうが」

「上って…もしかしてぇ、崖を登るんですかぁ!」

「そうだ」


 セラフィーナは改めて周囲を見る。ほぼ垂直の崖は森を分断するように島の南北方向にを走っている。丘の背後は高さ20mほどだが丘から外れると高さ30~40mはある。


「メルティもおだてりゃ木に登る。頑張りましょう」

「何ですか、それぇ」

「ふざけてる場合じゃねえぞ。魔物が来る前にここを登るぞ。オレが先に行く。登ったらロープを下ろすからそれを体に巻き付けろ。引っ張り上げてやる」


 ガンテツはマジックバッグからロープを取り出すと、崖の出っ張りに手足をかけて登り始めた。


「岩太郎ちゃん、気を付けてね」

「オレはガンテツだって言ってんだろ!」


 慎重に岩の出っ張りや亀裂に手をかけて登る。崖は砂岩質で脆く、あまり強い力をかけるとぼろっと崩れ落ちる。下から見上げるセラフィーナとメルティはハラハラするが、2人には何もできない。無事に登り切るのを祈るだけだ。

危険な崖を1時間ほどかけて登り切ったガンテツは一息ついて周囲を見た。崖の上は平坦で幅は100mほど。それが島の東西方向に延々と続いている。


「何とも不思議な光景だな」


「おーい! 岩太郎ちゃーん、どうしたのー」

「ガンテツさぁん! だ~いじょうぶですかぁ~」


 風景に見とれていると下からガンテツを呼ぶ声がする。


「おっと、いけねえ」


 ガンテツはロープを下ろすと、2人に上がってくるように手招きした。


「先に行きますね」


 ロープを胴体に巻いてしっかり結んだセラフィーナは、崖の出っ張りに手をかけた。それを見たガンテツはぐいとロープを引っ張り、アシストする。下から見上げるメルティは崖登り以上に丸見えのスカートの中にビックリドキドキする。


(やだぁ、セラフィーナ様、パンツ穿き忘れてるぅ~)


 メルティのハラハラドキドキを他所に崖の中腹付近まで登ったセラフィーナだったが、手をかけた岩が体重を支えられず、ぼろっと崩れ落ち、つられてバランスを崩したセラフィーナも足を踏み外して身が投げ出されてしまった。


「きゃあっ!」

「危なぁーい」

「うおっ!」


 地面に叩きつけられる!そう思ったメルティだったが、セラフィーナは空中に宙吊りになってぶらぶらしている。見るとガンテツがロープで落下しないよう支えていたのであった。その状態でどんどん上に引き上げられ、無事に崖の上に到着した。


 続いてメルティも無事に崖上に登り、3人は改めて無事を確認しあった。そしていよいよ絶壁の反対側に向かおうとしたところで、メルティがセラフィーナを呼び止めた。


「セラフィーナ様、パンツ穿き忘れてますよぉ」

「なんですと!?」


 セラフィーナがあせあせとパンツを穿く間、ガンテツとメルティは「全く…」とあきれながら先に人喰い森と反対側に移動し、崖の縁に立つとそのまま立ち竦んでしまった。2人は眼前に広がる光景を見て、あまりの絶景に言葉も出ないのであった。

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