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第475話 人喰い森

 スプリットの町を出て10分ほどで森の入口に到着した。森は大小さまざまな種類の木々が鬱蒼と生い茂って薄暗く見通しがきかない。また、日が届かないためか、背の低いシダ植物が地面を覆っている。さらに、森の奥に続くような道はなく、何かの動物か魔物が歩いたような細い獣道があるだけだった。


「見ろ」

「ふぇ、驚いたぁ。何かありましたかぁ?」

「奥に向かって複数の足跡がある。まだ新しいな」

「本当ですね」


 ガンテツとメルティは獣道を観察して、人数や足の大きさから見た男女の構成等を推測している。セラフィーナも話に混ざりたいがガンテツの背中に背負われている状態でもままならず、ガンテツが屈んでいるせいで空を見上げているだけだ。


「あ…鳥さん」


 セラフィーナが気持ちよさそうに空を飛ぶ鳥の数を数えていると、ガンテツとメルティが立ち上がった。


「姫さん、奥に向かったヤツらは足跡から見て人型だ。人数は十数名と言ったところか」

「後を追いましょう。お願いします。ウルにガルガの起動システムを渡してはなりません」

「セラフィーナ様、セリフはカッコいいですけどぉ、姿はカッコ悪いですぅ」

「む、うるさいですね。この乳お化けは」


「お前ら、ふざけとらんで行くぞ」


 ガンテツは腰のベルトから鉈を手に取ると、獣道に残る足跡を辿り、森の中に足を踏み入れた。メルティは初めての本格的な冒険が名だたる人喰い森とあって、緊張してガチガチに震えるが、意を決してガンテツの後ろに続いて森に入った。ちなみに背負われているセラフィーナの目線は歩メルティの巨乳の位置に合致しているため、歩くたびにゆさゆさ揺れるおっぱいに船酔いにも似た感覚を覚えるのであった。


 森に入って間もないというのに、森の上は鬱蒼と葉が生い茂って薄暗く、木々が密生して見通しが悪い。ガンテツは鉈を振り枝を払いながら進むが、周囲は同じような風景の上、目印のようなものもなく、どこを歩いているのか分らなくなってくる。


「きゃあっ!」

「どうした!?」

「あっ…あれ…」


 悲鳴を上げたメルティが指さす方を見ると、朽ちた頭蓋骨が転がり、空虚な眼窩をこちらに向けていた。ガンテツの背中から息を飲む音が聞こえる。周囲を見回すと、他にも数体の白骨が見える。しかも、動物か魔物に喰われたのかバラバラになっていて五体満足のものは無い。


「人喰い森とは良く言ったものだ」

「うう…怖いですぅ」

「道に迷うだけじゃない。魔物の襲撃にも気をつけねばならんな。メルティ」

「は、はいぃ~」

「この鬱蒼とした森を進むには、方位磁石で方角を確認することも大事だが、森の民であるエルフの感覚も頼りだ。頼むぞ」

「メルティ。おっぱい女だけじゃないこと、私に見せてくださいね」

「が、頑張りますぅ…けどぉ、おっぱい女は酷いですよう」

「じゃ、乳女」

「違いますぅ!」

「お前ら、もう少し緊張感持てよ…」


 ガンテツは先行者の足跡と磁石で方角を確認しながら進み始めた。メルティは耳を澄ませて周囲の音を警戒する。今のところ鳥の鳴き声や小動物が動き回る音だけで、大型動物や魔物の足音と言ったものは聞こえない。


 静かな森の中を進むにつれ、木々が深くなり獣道も先行者の足跡も見失ってしまった。日も傾く時間帯なのか暗さも増してくる。ガンテツは野営の準備をすべきかと考えるがそのような場所は見当たらない。そんなとき、メルティの耳に水が流れるかすかな音が聞こえてきた。


「くそ、完全に足跡を見失った」

「ガンテツさぁん。水の流れる音がきこえますぅ。川があるかも知れませぇん」

「なに!? 方角はどっちだ」

「向こうですぅ」


 メルティの指さす方向は藪が深い。ガンテツはどうするか迷ったが、ここで立ち止まっていても仕方ないと思い、薬草で作った虫よけを全身に振りかけ、メルティの耳を頼りに進むことに決めた。ガンテツは大鉈を手に川を目指して藪の中に入った。背中で足をバタバタさせガンテツとメルティに「頑張れー」声をかけるセラフィーナがうるさい。小1時間程苦労して藪の中を進むと急に開けた場所に出た。


「おお…」

「やーりましたぁ!」


 セラフィーナたちの目の前には川幅2m程の小さな急流と平坦な河川敷が広がっていて、休息するには絶好の場所だった。


「今日は、ここで野営するぞ」

「りょーかいです」


 ガンテツはシートを敷いて、まだ体調がすぐれないセラフィーナを座らせると、マジックバッグから野営道具一式を取り出しテントを2張立てて簡易な竈を拵えた。また、少し離れた場所に穴を掘り、土魔法で壁を作って簡易トイレを作った。それを見て早速セラフィーナは生理用具を持って簡易トイレに走っていった。


 日が落ちて辺りは真っ暗になる。闇に沈む森は静かで物音一つせず不気味な雰囲気を漂わせている。3人はたき火を囲みながら川で取った魚の塩焼きと肉とイモ、野菜の入った煮物を食べていた。


「岩太郎ちゃん。明日以降の探索はどうします?」

「オレはガンテツだって言ってるだろ。そうだな…、このまま森をうろついても仕方ねぇ。奥地にある精霊族の里を目指すのが一番なんだが、この森の深さじゃどこが奥地か分らねぇな」

「ん~、川の源流方向に向かってみてはどうでしょうか。スプリット近くに小さな河口がありました。ということはぁ、スプリットの反対側に見えた山から流れ出てるんですと思うんですよぉ」


「ほう、なるほど…」

「さすがエルフ。目の付け所が違いますぅ。メルティさんはおっぱいだけの女じゃなかったんですねぇ」


「おっぱいだけって…。セラフィーナ様はぁ、おっぱいに何か恨みでもあるんですかぁ」

「大ありです!」


 セラフィーナは起伏に乏しい自分の胸の前で手を上下させ、メルティは憐みの視線でその動きを見る。


「ああ…」

「ああって何ですか! ああって!!」

「お前ら、少しは静かにしろ!」


 ガンテツの雷が落ち、セラフィーナは肩を竦ませてペロッと舌を出した。その様子が可笑しくて可愛くて、メルティは思わずくすっと笑ってしまうのであった。

 食事を終えてコーヒーやお茶で一服した後、川で食器や鍋などを洗い、休息することにした。


「メルティ、最初はお前が見張りだ。月が天頂に来たらオレを起こせ。それから姫さん。寝る前にこれを飲め」

「これは何ですか?」

「途中見つけた薬木の皮を煎じたものだ。痛み全般によく効く」


 ガンテツは茶色い液体が入ったカップをセラフィーナに渡して、テントの中にのそのそと入って行った。手渡された温かいカップをじっと見たセラフィーナは、ガンテツの無愛想の中の優しさに心が温かくなった。カップを口につけ、ぐっと飲む。そして一言…。


「まっずぅ~い」


 それでも全部飲んだセラフィーナの渋い顔を見てメルティはプッと笑うのだった。セラフィーナは睡眠をとるため、もう一つのテントに潜り込んだのを見て、メルティは焚火に枯れ枝を放り込んで火を大きくすると、魔術師の杖を構えて周囲の警戒を始めた。そして、数時間後…。


(ふう…疲れましたぁ。間もなく月も天頂にかかります。ガンテツさんを起こしますか…)


 メルティは大きく息を吸って、ガンテツを起こすためテントに手をかけようとしてビクッと動きを止めた。メルティは闇の中に目を凝らすが何も見えない。しかし、鋭敏なエルフの耳は複数の草を踏む音を捉えている。


「ガンテツさん! 敵です、何者かが近づいてきますぅ!」

「うぉ!?」


「セラフィーナ様!」

「うふふ~、お兄様のエッチィ~」

「セラフィーナ様ぁ! 寝ぼけている場合じゃありませぇん。起きて、起きてくださあぁ~い。敵です、恐らく魔物ですぅ」

「( ゜д゜)ハッ! な、なんですと!?」


 テントから出たガンテツはグレートアックスを持ってメルティの側に走る。


「メルティ、敵はどこだ!」

「む、向こうですぅ~」

「くそ、暗闇で見えんな」

「明かりの魔法を使いますかぁ」

「待て。上空に明かりを放つと目立って他の魔物を呼び寄せてしまう。メルティ、たき火に枯れ枝をくべろ。姫さん! 早く出てこい!! 何してるんだ、ったく…」


 たき火の炎が大きくなり、明るくなる範囲が広くなった。メルティは音のする方向の地面にトーチの魔法を投げた。地面の明かりに照らされて緑色の肌をした醜い小鬼が何体も姿を現した。


「ゴブリンか…」

「ひっ…」


 ガンテツの背後でメルティの小さな悲鳴が聞こえた。そこにバタバタとテントからセラフィーナが蒼く輝く美しいハーフプレートを装備し、幻蒼石の魔剣を手にして出てきた。


「スミマセン。準備に手間取って…」


 ガンテツは謝るセラフィーナから微かに血の匂いがするのに気付いた。


(女の準備で手間取ったのか…。ゴブリンの奴ら、生理の血の匂いに感づいて来やがったな、ケダモノどもめ)


「姫さん、腹の調子はどうだ」

「岩太郎ちゃんのお薬で大分良くなりました。もう普通に動けます」

「戦えるか?」

「バッチシです!」


「メルティ、もっと足元に明かりを投げろ。奴らを十分引き付けるんだ。オレが先陣を切る。姫さんとメルティはオレが撃ち漏らした奴を叩け。連携して戦うんだ、いくぞ!」

「おおーっ!」


 ゴブリンの数は約30ほど。ゴブリンは河原に踏み込むと一斉にセラフィーナたち目掛けて飛び掛かってきた!


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「ぬぉおおおおーーっ!!」

『ギャフッ!』

『ギョギャーッ!』


 グレートアックスの一振りで数体のゴブリンが胴体を切り裂かれ、内臓を撒き散らして絶命する。さらにナイフを手に飛び掛かってきたゴブリンの頭頂にアックスの一撃を見舞った。縦に両断されたゴブリンは声も立てずに地面に斃れる。ガンテツはゴブリンの集団に飛び込み、グレートアックスをぶん回して何体ものゴブリンを瞬く間に切り裂いて行った。


「す…凄いですぅ、ガンテツさん」

「メルティさん、ボケッとしてちゃだめです。右の2体は任せます。私は左から来る3体を殺ります!」

「は、はい!」


「ファイアボール!」


 メルティは魔術師の杖をゴブリンに向け、火球の魔法を唱えた。杖先の宝珠から炎の球が発射され、接近してきた2頭のうち、先頭のゴブリンに命中して上半身を炎で包んだ。ゴブリンは炎に酸素を奪われ、息が苦しくなり呼吸のため大きく口を開けたが、そこに炎が入り込んで体の内側から焼き尽くす。

 仲間が倒されたのを見てもう1頭のゴブリンが小剣を振り上げて突っ込んできた。メルティは恐ろしいゴブリンの顔に恐怖を感じるが、生存本能が怖気づく体を動かした。接近して小剣を振り上げたゴブリンの胸元に杖を押し当てて、炎の魔法を放つ!


「ファイアランス!」

『グギョ…ッ』


 胸元に炎の槍を撃ち込まれたゴブリンは小さく悲鳴を上げて仰向けに倒れた。生まれて初めて魔物と戦い、見事倒したメルティだったが、足はがくがくと震え、おしっこがちびりそうになる。だが勇気を奮い起こし、迫るゴブリンに向かって杖を構えるのであった。


「たあああっ!」


 セラフィーナは接近してきたゴブリン目掛けて駆け寄ると、幻蒼石の魔剣を上段から振り下ろした。ゴブリンは小剣で防御姿勢を取ったが魔剣の威力は凄まじく、小剣を叩き折ってそのままゴブリンを袈裟懸けに切り裂いた。今度は背後から2頭のゴブリンが接近してくる。セラフィーナはくるんと半回転して振り向きざまに1頭の腹を裂いて内臓をぶち撒けさせ、もう1頭は風の魔法でバラバラにした。


「姫さんやるな!」

「オーッホッホッホ! こう見えてもアラクネーを倒した実力者なのですよ。Bクラスは伊達じゃないのです」

「わはは! 敵の数は残り少ない。一気呵成に行くぞ、油断するなよ!!」

「おー!」


 ガンテツはグレートアックスを握り締めると残り数体にまで減ったゴブリン目掛けて突撃した。セラフィーナとメルティは頷き合うと、ガンテツの背中に続く。闇深い森からゴブリンたちの悲鳴が消えるまで、そう時間はかからなかった。


「終わりましたね。少々手ごたえが無かったです」

「わたしは、すっっごく怖かったですよぅ」

「……静かにしろ」


「どうしました? 岩太郎ちゃん」

「…ちっ。お前ら武器を構えろ! 来るぞ!!」


「ふえ?」


 ガンテツがグレートアックスを構えて2人の前に出た。メルティの耳にがさがさと草をかき分けて近づいてくる何者かの唸り声が聞こえてきた。


「な…なに? こ、この声…」

「…ちっ、血の匂いを嗅ぎつけて来やがったか。面倒くせぇ事になりそうだぜ」


 現れ出たのは灰色狼の群れ。深い森林を住みかとする獰猛なハンター。鋭い牙を剥き、獲物の品定めをするように、ゆっくりと近づいて来る。


「全員背中合わせになれ。円陣を組むぞ。目の前に現れたヤツだけを倒せ」

「は、はいっ!!」


 灰色狼が3人の周りをぐるぐると回り始め、距離を徐々に詰めると一斉に飛び掛かってきた。

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