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第474話 神秘の島パノティア

 日も大分傾きかけて空も茜色に染まりかけてきた頃、本土からの連絡船がパノティア島唯一の港町「スプリット」の岸壁に到着した。スプリットは人口3,000人。漁業を基幹産業とする、郊外の平地に少しの果樹園がある程度の小さな町で、穀物や野菜は食料はほとんど帝国本土からの輸送に頼っている。それなのに、この町が比較的賑やかなのは、島周辺が暖流と寒流が交わる良い漁場となっているためで、水揚げされる豊富な魚介類を帝国本土に出荷しているからであった。このため、港には大小様々な漁船が係留されており、腕っぷしのよさそうな漁師や水揚げされた魚を取り扱う仲卸業者などが大勢たむろっている。


「案内所で聞いてきたんですけどぉ、この町には宿屋さんが3軒しかないそうですよぉ」

「場所は聞いてきたか?」

「はい~。地図も貰いましたぁ」

「でかしました、メルティさん。生意気パイオツだけじゃなかった。さあ、案内をお願いします」

「はいです…って、バカにしてませんかぁ」


 船着場から通りに出ると、夕暮れ時で通りの店で買い物をする主婦や飲み屋に向かうオヤジたちで賑わっていた。その通りにグレートアックスを抱えた厳めしい顔のドワーフが現れると、驚いた人々がサーッと左右に分かれ、通路が出来た。


「ふん…」

「さすがガンテツさん。威圧感が半端ないですぅ」

「さあ、行きましょう」


 セラフィーナはガンテツの腕に自分の腕を絡ませると、にこっと笑顔を作って歩き出した。巌のようなごついドワーフとキラキラ美少女という異質な組み合わせに、その場に居合わせた人々はざわ…ざわざわ…ざわと騒ぎだす。


「お、おい。手を放せ!」

「イヤですよ~」

「う~ん。微笑ましいですねぇ」

「どこがだ! オレは迷惑してるんだ、やめろ!」


「なんなんだ、一体…」

「変な連中だったな」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐガンテツと一緒に歩く人間とエルフの美少女を、唖然として見送る町の人たちだった。


「ここですね。お宿は」


 繁華街(といっても、数軒の食堂兼居酒屋があるだけだが)の一角に目指す宿があった。木造3階建ての、いかにも港町にある宿って感じの飾り気のない宿だった。看板を見ると「うみうし亭」とある。


 中に入ると、直ぐにカウンターがあって、宿番のオヤジが暇そうにしていた。セラフィーナはオヤジに向かって部屋があるかと尋ねると、いくつか空きがあるという。そこで、2人部屋1室と1人部屋を1室お願いした。


「1泊朝食付きで、紙幣なら1帝国マルク。帝国銀貨なら1枚です」


 セラフィーナはマジックバックから財布を取り出すと、3枚の紙幣を置いた。


「確かにいただきました。夕食は提供してませんので、併設の食堂でお願いします。朝食は2階の食堂で朝7時からです。また、お風呂は1階の奥に大浴場がありますが、夜11時までですのでご注意ください。ではごゆっくり」


 3人は鍵を受け取り、3階にある部屋に荷物を置くと、早速夕飯を摂るため一旦宿を出て隣に併設されている食堂に来た。看板には「うみうし食堂」とある。


「ここの御主人は、何かうみうしに思い入れがあるのでしょうか」

「さてな。入るぞ」


 暖簾を潜り扉を開けて中に入ると、大勢の人(主に漁師のおっちゃん)で賑わっていた。3人は空いているテーブルを見つけると早速椅子に腰かけて、給仕のおばさんに声を掛けた。


「シェフの気まぐれ料理的なものあります? 無駄に凝ってて美味しそうじゃないやつ」

「なんだいそりゃ。そんなものないよ」 

「じゃ、魚介料理適当に3人前お願いします。あと飲み物は…」


「酒。一番デカいジョッキで頼む」

「ワインありますぅ?」

「私はどうしようかな…」

「お嬢ちゃんには、島名物の天然炭酸水のフルーツジュースでも持ってこようか?」

「あ、それで」


 しばらく待つと3人の前に料理と飲み物が運ばれてきた。美味しそうな煮魚や茹でた貝やエビなどが魚介のパエリアなどが大皿で運ばれてきた。更には小さく刻まれた黒くぶつぶつと棘っぽいものが入った小椀が置かれた。


「何ですか、これ?」

「食べてみな」

「か…硬い。酸っぱい」

「わはは、そりゃ「ナマコ」の酢の物だよ。食感を味わうんだ。島の名物だよ」

「お、結構イケるぞ」

「むぎゅむぎゅ…ごくん。不思議な味です」


 美味しそうな海鮮料理がテーブルに並べられたのを見て、3人は改めてジョッキやコップを持って乾杯した。セラフィーナは宮殿では味わえない豪快な海鮮料理に感動し、茹でた貝を次々に手に取っては無心にぱくつき、ガンテツは煮魚を骨ごとバリバリと嚙み砕いては豪快に酒を飲む。そんな2人の様子をじっと見ていたメルティ。メルティはエルフたちが住まう里の閉塞感に耐えられず、新しい世界を求めて里を出て冒険者になったが、生来おっとり気質のため、パーティに入れてもらっても、精神的にあわあわしてしまい、結果を出せず直ぐにクビになっていた。また、ナイスバディの持ち主であるから性的奉仕を求められることも多々あり、純情乙女のメルティはその度に逃げ出していたのであった。


 そのため、仲間や友人もできず1人ぽつんと薬草採集などの簡単な依頼を受けて日銭を稼ぐ日々。そんな生活に嫌気がさしていた時にセラフィーナとガンテツに出会ったのだった。2人と出会ってまだ間もないが、メルティの心は今まで感じた事のないような温かく楽しい気持ちに満たされるのであった。


「あんたら、見ない顔だけど旅行者? 釣りにでも来たのかい? しかし、変わった組み合わせだねぇ。人間の女の子にエルフのお嬢ちゃん。おっさんドワーフって、アンタらどういう関係なんだい」


 おばさんがお代わりの酒をガンテツの前にドンと置きながら聞いてきた。


「ふふ~、実は私たち…。親子なんです!」

「ええっ、ウソだろ!?」

「ウソに決まってるだろ!」

「あはは…。実はわたしたちお嬢様のお付きの者なんですぅ。島には観光に来たんですよ」


「観光ねぇ…。この島は釣りする位しかすることないけどね。あと、言っておくけど、島の奥地に行ってはだめだからね。遊ぶなら町の周囲だけにしておきな」

「それはどうしてです?」


「島のほとんどは原生林に覆われて方向を見失いやすいし、道も無いから迷ったら最後、二度と出てこられないよ。何せ「人喰い森」だからね」

「そういえば、数日前に森に入っていった奴らがいたって聞いたね。バカな奴らもいたもんだ」


「そいつらはどんな奴らだ?」

「さあてねぇ…。この暑いのに全員フード付きコートで身を隠してたってこったよ。不気味な奴らもいたもんだねぇ。ま、帰ってくることはないだろうね…っと、お喋りが過ぎたね。ゆっくりしていきな」


 おばさんはひらひらと手を振って戻っていった。ガンテツはおばさんの背中をチラと見てからグイッと酒を飲み干すと、真面目な顔でセラフィーナとメルティに向き合った。


「メルティの見た奴らに間違いねえな。本当に奥地に向かうとは…」

「セラフィーナ様の話ってぇ、本当だったんですね」

「私は常に正しい事しかいいません」


「ウソつけ。で、姫さん。どうするよ」

「行くに決まってます。そのために来たんですから」

「だろうな…。仕方ねぇか」

「が…、がんばりますぅ」


 セラフィーナは2人の返事に、にぱっと笑うとほかほかの蒸しエビに手を伸ばした。ガンテツとメルティは酒のお代わりを頼みながら、そんなに食って大丈夫なのかと思ってしまうのであった。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 翌日、準備を整えたガンテツは宿の玄関前でセラフィーナとメルティを待っていたが、いつまで待っても出てくる気配がない。


「いつまで待たせるつもりだ。食い過ぎで腹でも壊したか?」


 イライラしたガンテツは彼女らの部屋に向かうと、ノックの音も荒々しくドアを開けて中に入り、大声を上げた。


「おい! いつまで待たせるんだ!!」

「あ、ガンテツさん」


 メルティが困った顔でガンテツを見た。メルティの前にはベッドの上で毛布を被り、うんうん唸っているセラフィーナがいた。


「お、おい…。大丈夫か? やっぱり食い過ぎたんだろう。バカめ」

「違うんですよぉ、ガンテツさん。実はぁ…、あの、そのぅ…。セラフィーナ様、お、女の子の日が来ちゃって…」

「大丈夫です…。もうちょっとだけ休ませて…。そしたら行けるから…」


「ちっ…。これだから女はめんどくせぇ」


 ガンテツはドカドカと大きな足音を立てて部屋を出て行った。メルティは「はぁ…」とため息をついた。ベッドの中でお腹を押さえて丸まるセラフィーナは2人の話を聞いて情けなくなり、少し悲しくなった。


「ごめんなさい。今からって時に…。情けないです…ぐすっ」

「セラフィーナ様。仕方ないですよ、気にしないでください。泣かないで、ね?」


 小さくこくんと頷いたセラフィーナのお腹に手を当てたメルティは、魔力を使ってお腹を温めてあげるのであった。体が温まって楽になったのか、そのうちセラフィーナは眠ってしまった。


「おい、姫さん。動けるなら服着てこっちこい!」


 2時間ほどしてガンテツが戻ってきた。来る早々、宿の外まで来いという。ちょうど目を覚ましたセラフィーナは体調も少し良くなったこともあり、メルティと連れ立って外に出た。外ではガンテツが竹を使って組んだ椅子を持って待っていた。


「ガンテツさん、何ですかぁ。それぇ?」

「見てわからんか? 背負子だ。町の郊外に竹やぶがあったんで、それを材料にしてオレが作った」


 ガンテツは背負子の背もたれの後ろに取り付けた肩ベルトに腕を通して背負うと、セラフィーナの前で屈んだ。


「姫さん、座ってみろ」

「は…はい」


 座席の部分に腰かけたセラフィーナは、脇のひじ掛けを掴んで「座りました」と声をかけた。自分と背中合わせの格好で座った事を確認したガンテツは、すくっと立ち上がる。


「わあっ!」

「どうだ。体調の悪い間、こうしてオレが運んでやる」

「ありがとうございます、岩太郎ちゃん! とっても助かります!!」


「良かったですね。セラフィーナ様っ!」

「はい! えへへ…、嬉しいです。でも…」

「でも何だ? 不満でもあるのか?」


「不満なんか無いです。ただ、その…重くないですか」

「ふん。軽すぎて筋力トレーニングにもならん。もっと飯を食え」

「もう、ガンテツさんはツンデレですねっ」

「ツンデレじゃねえ! さあ、行くぞ」


『は~い♡』


 体調と共に機嫌も少し回復したセラフィーナだった。その後、全員で食料品・調味料や燃料、必需品等をチェックしながら、マジックバッグに荷物を収容して準備を済ませると、島の未知なる原生林に向かってスプリットの街を出た。


 小さな町なので直ぐに郊外に出た。町の外には小さな畑と果樹園があり、農家の方が作業をしているのが見える。その奥には原生林が広がっていた。ガンテツに背負われたセラフィーナは緑の海を見つめる。

 

(お兄様もラピスも頑張っている。私だって役に立ちたい。先行するハルワタートたちに追いつき、その野望を叩き潰してやります)


 セラフィーナは胸に手を当て、見たこともない精霊族が守るという遺跡を思い浮かべ、決意も新たにするのであった。

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