第473話 パノティア島へ
「パノティア島…」
メルティがブルっと身を震わせて怯えた表情を見せる。ガンテツも難しい顔をして唸った。1人セラフィーナだけが表情を変えず、運ばれてきたパフェを美味しそうに食べている。
「お前、のんきにパフェ食ってるが、パノティア島がどんな危険な場所か知って言っているのか?」
「港町はありますけど、そこから奥は人跡未踏の原生林ですよぉ。謎の精霊族が住み、入り込んだ者は誰1人帰って来ない「魔の森」とか「人喰い森」とか言われるんですよぉ」
「知っててお願いしているのです」
「ちっ…。ガキのお守りに付き合ってられるか。オレは帰る!」
「わたしも。怖いのはダメなのですよぅ」
ガタンと音を立ててガンテツが立ち上がり、メルティも申し訳なさそうに椅子から立った。背後からスプーンをテーブルに置く「カタン」と小さな音が聞こえた。その音にメルティがそっと振り向くと、俯いたセラフィーナが手で目をこすっている。
「あ、あのぅ、ガンテツさん」
「なんだ」
「あ、あれ…」
メルティの視線を追ってガンテツも背後を見る。「チッ…」と舌打ちしたガンテツは、ぼりぼりと頭を掻いてテーブルに戻ると、どっかと椅子に座り直した。メルティもパタパタとガンテツの後について来て隣に座った。
「で、何でパノティア島に行きてぇんだ? 理由を聞かせろ」
「あ、あの。泣かないで…」
ぱっと顔を上げたセラフィーナはにぱっと笑った。どう見ても泣いていたようには見えない。
「あ、あれぇ? 泣いていたんじゃないんですかぁ?」
「えっ! 泣いてなんかないです。目にゴミが入っちゃって。イタタだったのですよ」
「…クソッ。騙された」
「2人が戻ってきて嬉しいです。ではでは、なぜ私がパノティア島に行きたいか理由をご説明しましょう。事は秘密裏に運ばねばなりません。なので、お耳を拝借…」
周りを見て聞き耳を立てている輩がいないことを確認したセラフィーナは、ガンテツとメルティにウルの野望及びハルワタート一行がパノティア島に渡った事、自分はそれを阻止したいのだと話して聞かせた。
「信じられねえな。そんな話聞いたこともねぇ。ガキの作り話にしても出来が悪いぞ」
「う~ん…。これに関してはガンテツさんと意見が一致しますよぉ」
「信じる信じないは、あなた方の自由です。私はパノティア島に行きたいので、あなた方に護衛兼手伝いをお願いしたいのです」
「お前、お姫様なんだろうが。帝国兵でも連れて行けばいいじゃねえか」
「そうですよう。護衛騎士さんだっていますよね」
「お城にバレたら行かせてもらえる訳ないじゃないですか。叱られて折檻されるに決まってます。執事長とメイド長による交互尻叩きの刑に処されますよ。私のカワイイ臀部がパンパンに腫れる未来しか見えません。なので、密かに事を為したいのです」
「その年で尻たたきされるんですか…」
「それはもう! 執事長とメイド長ったら最近は、リズムダンスしながら交互に尻を叩くもんですから、尻太鼓祭りと称してギャラリーも増えて辛いったらありません」
「セラフィーナ様はお姫様なんですよね? 何ですか、その公開処刑はぁ、恐ろしい…」
「下らん話は終わりにしろ。で、報酬は? 協力しろと言うなら相応のモノをいただく」
「私の洗濯前使用済みパンツではどうです?」
「いらんわ! そんなの貰ってどうするんだ!」
「えー、皇女の高貴なおパンツですよ。普通ならオークションで高額落札間違いなしの一品ですよ。モチ、匂いを嗅いで恍惚に浸るのも可です」
「ガンテツさん、サイテーです!」
「絶対にいらねぇって言ってるだろ!」
「仕方ないですね。成功の暁には報酬として1人金貨10枚出しましょう。お兄様の部屋に隠されている秘密の貯金箱をくすねれば何とかなるハズです。それでどうです」
「しれっと犯罪予告しましたよ、このお姫様」
「足りねえな。パノティア島だぞ。こっちは命を張るんだ。1人金貨20枚だ」
「仕方ないですね…。確かお兄様のベッド下にこっそり貯めてる結婚資金があったはず。それをいただきましょう」
「かわいそうなお兄さん…」
「決まりだな。で、いつ島に渡る?」
「3日後、アードラー港から隔週1回の連絡船が出ます。それに乗ります。出発30分前に待合所に集合。おやつは3ペニヒ(300円)までです。バナナはおやつに含めないとします」
「小学校の遠足じゃねぇんだぞ。ったく…」
「よかった。バナナはおやつじゃ無いんだぁ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パノティア島へ渡る船の待合所の真ん中で、巌のようなガタイで、自分の身長より大きい斧、グレートアックスを持ち、年季の入った革の鎧にハーフプレート姿のドワーフが仁王立ちし、仲間が来るのを待っていた。全身から溢れ出る闘気と恐ろしい顔に他の乗船客たちは恐れをなして震え、子供は泣き叫ぶ。
「いや~ん。待たせてごめぇ~ん♡」
そのドワーフの許に、美しい銀髪をなびかせ、カワイイ花柄のワンピースにパンプスを履き、女の子らしいショルダーバッグを肩に掛けた美少女が手を振りながら駆け寄ってきた。あまりにもアンバランスな組み合わせに周囲が騒めく。
「はあはあ。お・待・た・せ、岩太郎ちゃん♡」
「その言い方、止めんか! それにオレは岩太郎じゃねぇ、ガンテツだ!」
「うふふっ♡ 照れちゃってぇ~ん」
「くそ…。人のいう事聞きやがらねぇ…」
人差し指でガンテツの胸の辺りをウリウリするセラフィーナを、苦虫を嚙み締めたような顔で見てその格好を観察するが、どうにも今から冒険に出るという姿ではない。まるでデートにでも行くようだ。
「姫さんよ、その恰好でパノティアに行こうってのか?」
「はい。さすがに武装した格好では執事長やメイド長に止められてしまうので、装備やら荷物やらはこのマジックバッグにしまい込んで、買い物を装って出てきました」
と言ってセラフィーナはバッグをパンパンと叩いた。ガンテツは何となく嫌な予感がしたので、疑念に思ったことを聞いてみることにした。
「おい姫さんよ。アンタ、誰にも言わねぇで出てきたとの事だが、行方が知れないことになったら大騒ぎになるんじゃねえか?」
「大丈夫ですよ。自室に書置きはしてきましたので」
「なんて書いてきたんだ?」
「えっと「探さないでください」って」
「バッ…、バカじゃねえか!? そんじゃ、家出か自殺に取られてしまうじゃねえか! 余計騒ぎになるぞ。もし、それにオレが関わっていると知れたら…。オイオイ、拙いぞこれは…」
しれっとするセラフィーナに、焦るガンテツ。そこに、何も知らないメルティが遅れてやってきた。メルティの装備は浅黄色の長袖ブラウスに緑色のミニスカート。肌色タイツにブーツといった軽装備。背中にリュックを背負い、青色の魔法石が組み込まれた魔術師の杖を手にしている。メルティは2人に遅れた事を謝った。
「すみませ~ん。実は早く着きすぎてしまって、レストランで軽食を摂っていたら、面白い話を耳に挟んだので聞き耳してたら遅くなっちゃいました~」
「面白い話ってなんですか? メルティのおっぱいを小さくする話ですか?」
「違いますぅ! あのですね、数日前に十数名からなるグループが現れて、帝都南の小さな漁港から漁船をチャーターしてパノティア島に向かったらしいです。見た人によると、全員フード付きコートを被っていたらしいですが、どうも獣人と亜人のグループだったみたいですよ~」
「…………。当たりですね。私たちの追う相手はソレです」
「(ちっ…もう何とでもなれだ!)姫さん、本当に行くんだな」
「はい。私もお兄様たちのようにこの世界を守るために動きたいのです。ですので、お2人の力を貸してください」
セラフィーナの真摯な瞳を見たガンテツとメルティは覚悟を決め、顔を見合わせて頷き合うと、乗船切符を買い求め、乗船のため船に向かうのであった。その2人の間に入り、ガンテツとメルティの腕を取って歩くセラフィーナ。
「こうしていると、親子みたいですね」
「絶対に違う。オレは子供は好かん!」
「わ、わたしもまだ20歳ですぅ~!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パノティア島に向かう船は排水量50トン程度の小型客船で、帆走と補助推進の魔道機関を搭載し、最大速力は20km程と船室のプレートに記載されていた。船室はブリッジ後方にあり、定員は70人ほどで、乗客はセラフィーナたちを含めてその半分程度だった。
「出港しましたね」
「到着は夕方頃になりそうとのことですよぅ」
「今午前9時ですから、約8時間ほどですか…。ふふっ、船旅なんて初めてなので楽しいです」
「オレは全く楽しくはないがな…」
「まっ、岩太郎ちゃんたら。こんな美人を2人も侍らせて楽しくないなんて。贅沢にも程があります。本当は嬉しいくせに。このこの…」
「止めろ! わき腹を小突くな。それにオレはガンテツだ!」
「わたしも海は初めてなんです。これが海の匂いですかぁ~。心が落ち着くよう…」
「風が気持ちいい…。海鳥さんも気持ちよさそうですね」
セラフィーナとメルティは低く飛ぶ海鳥や海面を飛び跳ねる魚を見てはきゃあきゃあと喜んでいる。ガンテツも船縁に背を預けて空を見た。天気は快晴で風も穏やかに吹いていて気持ちいい。
(そういえば久しぶりだな。こんなゆっくりした気分は…。日々魔物や盗賊団討伐の繰り返しで休まる暇なんぞなかったからな)
ちらっと横目ではしゃぐセラフィーナたちを見る。
(仲間か…。他人付き合いなんぞ、命のやり取りには面倒なだけだ。そう思ってずっと1人でやってきた。そのために必死に戦技も覚えた。まあ、誘いはあったが断ってるうちに、いつしか誘われなくなっちまった。何年ぶりだ? 声をかけられたのは…)
(不思議な姫さんだぜ。人間の貴族ってのはドワーフやエルフ、亜人をバカにして接するのも嫌うヤツが多いのに、まるで意にかえさねぇ。オマケにあの屈託のない笑顔を見ると、どうにも断れなくなっちまう。ちっ、オレとしたことが…)
アードラー港を出て数時間。日は天頂よりやや西に移動している。セラフィーナは後甲板の開けた場所にシートを敷いてガンテツとメルティを手招きして呼び、シートの上に座らせた。そして、マジックバックから鉄製のカップ3つとポットを取り出し、カップにお茶を注いで2人の前に置いた。さらに、紙包みを取り出して開くと、たくさんのサンドイッチとホットドッグ等の調理パンが並んでいた。
「お腹空きましたよね。私が作ったものですけど、よかったらどうぞ」
「いいのか?」
「はい! お味は保証しませんけど」
「わあ、嬉しいですぅ。いただきま~す」
ガンテツとメルティはサンドイッチを手に取って食べた。そしてあまりの美味しさに驚いた。
「う…うめえ」
「美味しいっ!」
「ホントに? えへへ、よかった。早起きして作った甲斐があるというものです」
褒められたセラフィーナは照れ笑いし、自分もサンドイッチを手に取って食べ始めた。ガンテツとメルティもがつがつとサンドイッチや調理パンを口に入れては咀嚼し、ごくごくとお茶を飲んで胃に送り込む。セラフィーナ手作りのお弁当はアッと言う間に無くなってしまった。
「いやー、食った食った」
「セラフィーナ様はお料理がお上手なんですねぇ。わたしも見習わないと…」
「おーほほほ、褒めても何も出ません事よ…って、まあ、小さい頃からメイド長にぎっちり仕込まれましたから。「女は料理が出来てナンボ。出来ない女は生きる資格なし!」とか言って精神・肉体的に攻めて来るんですよ。なので、必死に覚えました」
「なんか、メイド長さんって怖いですぅ」
「怖いですよ。何でも若い頃は帝国第1海兵隊の部隊長をしてて「海のバーバリアン」とか「カルディアの女豹」とか言われてたらしいです」
「何でそんなヤツがメイドなんかしてんだよ…」
3人の間にまったりとした時間が流れ、それぞれの身の上話で盛り上がった。ガンテツはセラフィーナとメルティの笑顔を見て何となく、このパーティも悪くねぇなと思い始めるのであった。そして、日も大きく傾いてきた頃、船上に銅鑼の音が鳴り響き、パノティア島が見えてきたとの声が上がった。
セラフィーナ、ガンテツ、メルティも船縁から身を乗り出して前方を見る。視線の先には水平線に浮かぶ緑の島が威容を見せてきた。




