番外編6 アルヘナちゃんの憂鬱⑥ 女の意地決着編
女の意地を賭けた料理対決が始まり、審査員は料理を口に運んでいく。そして、一口食べるごとに感嘆の声を上げた。
「う…うめぇ! なんだ、この揚げた肉は!? サクサクの衣に包まれた肉は柔らかく、噛めば噛むほど旨味が滲み出てきやがる。なに?「カツ」っていうのか、こいつは。とにかく美味ぇ!」
「オレンジ豚の旨味をこれほど引き出す料理があったとは…。カツをとじる玉ねぎ卵がまた、絶妙に合っていて炊いたコメ味が染みて、いくらでも腹に入るっ!」
「おコメがこんなに美味しいとは知らなかったですの。お肉も柔らかくてミウでも美味しく食べられますの」
「ご飯だ…お肉だ…。雑草や木の実じゃない食事だ。何か月ぶりだろ…。なんて美味しいの。うう…ぐすっ…」
「パール、アンゼリッテ、アリエル。美味しいよ、とっても! あの本にあったかつ丼こんなに美味しい料理だったなんて…。本当にありがとう!」
審査員の面々はがつがつとかつ丼を食べて行く。カストルもまた、カツを食べながら、パールたちに満面の笑みを向け、感謝の言葉を送るのであった。5人の審査員たちは無心にかつ丼を口に運び咀嚼して行く。もうかつ丼以外目に入っていないようで、誰もアルヘナたちのパンケーキに手を付けていない。
『ふふっ♡ これは勝負あったわね』
『見て、あいつらの顔。とっても悔しそう』
『カストル様と私たちの間を邪魔する輩は徹底的に叩き潰します!』
パールやアンゼリッテはカツ丼を食べる審査員を無表情で見つめるアルヘナたちを勝ち誇ったように見るのであった。
「アルヘナさん…」
「クリスティーネさん。まだ勝負は終わってないわ」
「でも…」
「フローラさんの作った最高のパンケーキに、至高のバターとルピナスとメリーベルの糖蜜の組み合わせなのよ。食べてもらえればわかるはず。あんな油ぎっとんとんの食べ物より美味しいってことが」
「そう…ですわね。私たちはその時が来るまで待ちましょう」
「クリスティーネ様、アルヘナさん。はい、パンケーキとコーヒーゼリーです。余り分ですけど食べながら待ちませんか?」
「わあ! フローラさん、ありがとう」
ギャラリーが羨ましそうに見つめる中、どんぶりを空にしたカストル始め、審査員たちがお腹をさすって満足感に浸っている。お腹が一杯になりすぎてアルヘナチームの料理に手を付けようとしない。
「お腹いっぱいですの。でも…」
ミウはちらとパンケーキを見た。キツネ色のほかほか生地にバターが載せられ、その上に黄金色にキラキラ輝く糖蜜がたっぷりとかけられて美味しそうだ。見ると、アルヘナたちもニコニコ笑顔でパンケーキを食べている。美味しそうに食べる姿を見てミウはごくりと唾を飲み込んだ。
「ケーキは別腹ですの…」
ナイフを使ってケーキを一口サイズに切り、フォークに突き刺して口に運んだ。途端に広がる濃厚で上品な甘さ。まるで、舌の上に甘い蜜を滴らせる花が咲き乱れているような至福の気持ちにさせてくれる。
「はうっ! おっ…美味しいっ! ううん、美味しいって言葉じゃ表現できませんの!!」
感動してケーキをぱくつくミウを見て、数合わせ参加のメルトも一口食べて弾かれたように立ち上がった!
「何コレ、何コレ! 滅茶苦茶美味しいっ! パンケーキ自体もそうだけど、載せられたバターが美味しいし、何よりこの蜜! 今までに味わったことのない濃厚で甘美な甘さ。何の蜜なの!? ミツバチ…じゃないわよね。蜜アリかな?」
「ふっふっふ~、ハチでもアリでもありません。その蜜はねぇ。何と幻の植物系魔物「アルラウネ」の蜜なのですよー。し・か・も、アルラウネの蜜はぁ「おっぱい」から取れちゃうのですよー。はいこれ、蜜を提供してくれたアルラウネちゃんの画像でーす」
アルヘナはタブレット型の記録の水晶をカストルを始めとする男性審査員とギャラリーの漢たちに見せた。クリスタルガラスに映るアルラウネは超絶美少女のルピナスとメリーベル姉妹。上半身裸でビックバストを恥ずかし気に手で押さえている姿に漢たちは歓声を上げ、蜜採取時のおっぱいの挙動を想像して股間をいきり立たせる。そんな漢たちにミウやメルト、司会のリサは軽蔑の視線を送り、いつの間にかパンケーキをがっつき、皿に零れた蜜をべろべろと舐めまくるオーウェンとヴァルターに失望する。一方、パールたちは、思わぬ伏兵に言葉を失った。
(こ…この味。この懐かしさを感じる味。まさか、これって…)
「気づいた? お兄ちゃん」
パンケーキを一口食べ、茫然とするカストルにアルヘナが声を掛けた。
「アルヘナ。まさかこれって…」
「そう。昔ママが作ってくれたパンケーキと同じレシピなの。ママにお願いして教えてもらったんだ。それをフローラさんがアレンジしてくれたの」
「どう、美味しい?」
「うん、美味しい。美味しいよアルヘナ! あれ? どうしてかな、涙が…」
「えへへ~。お兄ちゃん、ママのパンケーキ大好きだったもんね」
一生懸命パンケーキをぱくつくカストルを見ながらアルヘナがほほ笑む。全審査員が双方の料理を食べ終えたことを確認したリサが試合終了を告げた。
「はーい! 終了でーす。これから審査結果の発表に移ります。審査結果は5人の審査員が食べた料理を評価し、相手を上回ったと思ったチームの札を掲げてもらいます。まず、審査委員長を除いた4人に一斉に上げてもらいましょう。さて、どうなるか…」
『パール、私たち勝てますよね』
『うん…』
「アルヘナさん…」
「勝負は終わってみないとわからないよ」
「さあ、審査員の皆様、どうぞ!」
4人の審査員が一斉に札を上げた。司会のリサが大声を上げる。
「おおーっと! 札が…札が割れたぁーーっ!! 奥さん怖いオーウェン組合長と貧乳マニアッカーヴァルターさんがパールチーム、思春期ミウちゃんと数合わせメルトさんがアルヘナチームだーっ」
『む…』
「……」
目線で火花を散らすパールとアルヘナ。美少女2人が目線で火花を散らす様子にうんうん頷いたリサは、大げさな仕草で右手をカストルに向けた。
「さあ! 勝負の行方は審査委員長、魔性のハーレム魔、カストル君の札にかかっているーっ! かつ丼vsおっぱいパンケーキ、明日は…じゃない、勝つのはどっちだーっ!!」
しんと静まり返るギルド内。ギャラリーだけでなく、仕事を探しに来た冒険者も事務職員も勝負の行方を固唾を飲んで見守っている。目を閉じて思案していたカストルの手がテーブルに置かれた札に伸びた。
「ボクの選んだ料理はこれです!」
高々と上げられた手に握られていたのは…。
「に…2枚の札? これって…」
困惑した表情でリサが訊ねる。パールたちやアルヘナたちも驚いている。
「そうです。引き分けです」
「り、理由は?」
「パールが選んだかつ丼は、以前2人で古代文明の料理本を見てボクが食べたいといっていたものでした。この時代にはない料理なのに、パール、アンゼリッテ、アリエルが頑張って食材を見つけて、料理をしてくれた。ボクは知ってます。3人が毎日夜遅くまで料理の練習をして努力していたことを。何をしてるのかと思っていたけど、この勝負のためだったんだね。ありがとう3人とも。とても美味しかったよ。ボクの中ではこれ以上の肉料理はないと思う」
『旦那様…♡』
「アルヘナたちが作ってくれたパンケーキは、ボクとアルヘナの思い出の食べ物なんだ。ボクは甘い蜜がかかったパンケーキが大好きで、特にママの作ったケーキが好きなんだ。でも、ボクがいつもアルヘナの分まで食べてしまって泣かせてばかりいたから、ママが怒って作ってくれなくなってしまったんだ。小さい頃の話なのにアルヘナは覚えててくれたんだね。しかも、ママが作ったケーキと同じ味がして、懐かしくて涙が出てしまった。ありがとうアルヘナ。思い出のケーキを食べさせてくれて。特に蜜が美味しかった」
「お兄ちゃん…。エッチ」
「と言う訳で、ボクには優劣はつけられません!」
「いい話だわ~。お姉さんは感動していますっ。いいでしょう、この勝負、ドローッ!」
ギャラリーから大きなどよめきと共に盛大な拍手が送られた。何かほっとした表情となった6人の少女たちは健闘を称え合ってがっちりと握手をした。
「ねえパール」
『分かってるわ、妹ちゃん』
「仲良くしようよ」
『モチのロンよ!』
アンゼリッテとクリスティーネ、アリエルとフローラも気持ちを通じ合うのであった。また、かつ丼を気に入ったオーウェンは、ギルドのメニューに加えることを決め、たまたま訪れていた帝都有数のスイーツショップの店長からアルラウネの蜜を求められ、アルヘナは残った全部を差し上げたのであった(金貨10枚を貰った)。そして、ギルドの喧騒はいつまでも止むことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「は~あ…」
料理勝負から数日経ったある日の学校。教室ではアンゼリッテたちハーレムメンバーとクリスティーネを始めとする親衛隊メンバーがカストルを囲んでハートマークを飛び散らせている。そこから少し離れた場所でアルヘナが机に頬杖をつき、死んだ目をしてその様子を見ている。もう何度ため息をついただろうか。10回まで数えて後は数えるのを止めた。
「いや~ん、もうカストル様ったらぁ~ん♡」
『旦那さまったら、カワイイっ!』
「カストル様、これ私が作ってきたの。食・べ・て♡」
『私は今日もカストル様の使用済み洗濯前下着を穿いてます。えっへん!』
「全然状況が改善していない…ってか、一層悪化したような…」
この状況を他のクラスメイト女子は遠巻きに見てひそひそと話し、男子は殺意のこもった目で睨みつけている。アルヘナは机に突っ伏すと魔道具内にいるメイメイに何とかするよう話しかけた。しかし、メイメイは絶対に出てこようとしない。アークデーモンさえ手に負えない状況にアルヘナは絶望した。
そうしていると、始業のチャイムが鳴った。他のクラスの女子は各自自分のクラスに戻り、アンゼリッテたちも授業の邪魔をしないように廊下に出た。アルヘナは大きく息をついて心底ほっとする。
(授業の時だけでも、お兄ちゃんと2人になれる。もうずっと授業が続けばよいのにな)
ずりずりとお尻を動かしてカストルの側に寄ったアルヘナが嬉しそうに笑顔を向けるとカストルも笑顔を返してきた。
「はい、みんな席についてますね」
担任の先生と1人の女子生徒が一緒に入ってきた。その顔を見てアルヘナとカストルは戦慄した。
「転入生を紹介します。はい君、自己紹介してください」
「はい。ライザ・ケーニスです。皆さん、仲良くしてくださいね」
ライザはカストルを見つけると手をひらひらと振った。アルヘナはがっくりと肩を落とす。
「どうして…どうしてこうなるのよ。また面倒くさいストーカー女がきたじゃないのよぉ~。パールたちと戦争になっちゃうよぉ~。もう、どうしたらいいのよ~。誰か助けてぇ~」
アルヘナちゃんの憂鬱は終わらない。




