番外編6 アルヘナちゃんの憂鬱②
「じゃあ次はパールバティ、通称パール。見ての通り、彼女は羅刹っていう上級悪魔。女版アークデーモンって言った方がいいかな」
「じ、上級悪魔ですって!? なぜそんな危険なのが仲間になっているのです!?」
「確かに出会った時はヤバヤバだったけど、今はお兄ちゃんハーレムのエロ担当。お兄ちゃんとの結婚を夢見る脳内お花畑乙女に成り下がってるから大丈夫だよ」
『えらい言われようね。ひどすぎない?』
『ぷっ…くすくすくす。エロ担当って…』
『エロしか存在意義のない女。パールにぴったり』
「実はパールはね、気が強そうな見た目の女悪魔だけど、すっごく乙女チックなの。お兄ちゃんの部屋に忍び込んでは、お部屋のお掃除や整理整頓をしたり、洗濯物を畳んだり、お兄ちゃんのシャツを素肌に着込んで匂いを嗅いではうっとりしたりしてるんだよ。たまにベッドに潜り込んでハアハア息を荒くしながらもぞもぞしてる事もあるよ。あれは何してるのかな?」
『な…、なんで知ってるの!? いつ覗いてたのよ、妹ちゃん怖い!!』
『パール。最後のもぞもぞハアハアは何?』
『え? えっとね…知らないっ!』
『パールさん、最低ですっ!』
『旦那様の洗濯前使用済みパンツを穿いてるアンタには言われたくないわ!!』
クリスティーネたちのパールバティを見つめる視線が痛い。
「パールとはダンジョン探索中に出会って、問答無用で襲い掛かってきたんだ。それはもう圧倒的に強くて、私も危うく殺されるところだったの」
『…あの時はゴメンね、妹ちゃん』
「傷ついた私を見て怒った私の従魔のメイメイちゃんが、パールをぼっこぼこにして、首を刎ねようとした寸前、お兄ちゃんがパールを庇って助けたの。傷ついた女の子を助けないのは自分の信義に反するって言ってね。その時のお兄ちゃん、凄くカッコ良かったな。パールはお兄ちゃんの男気に惚れて、ぞっこんになっちゃって、今じゃ女房気取りなの」
『女房気取りは酷いわよ、わたしは女房そのものなの! うふっ。それにしても、思い出したら顔がにやけちゃう。あの時の旦那様、男らしくて、本当にステキだったわ』
『なにその顔。乳と同じでだらしない』
『あらぁ~、アリエルちゃんはぁ、おっぱいが無いから悔しいのかなぁ~』
『ムカッ! アンゼリッテよりはあるよ!』
『何故そこで私を出す!』
「まあ、そんな出会いが…。まるで物語のようですわね」
「私たちも、男らしいカストル様を見たかったです。というか、庇われたかったです」
クリスティーネと親衛隊メンバーは、ケガをした自分を庇う男らしいカストルを脳内で想像して、うっとりとした表情を浮かべる。
(パールって意外と優しいんだよね。包み込む母性っていうのかな? お兄ちゃん、辛い時や落ち込んだ時はこっそり、パールと2人きりになって慰めてもらってるんだよね。やっぱり、大きなおっぱいだと安心するのかな…。魔族は何故ちっぱいなのか。悔しい)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「じゃあ最後。金髪ツインテが私と被ってるアリエル。こやつは古代魔法文明が創った対魔物用の天使。その中でも最強の大天使なんだって。頭は超バカだけど」
『バカじゃない! 少し物覚えが悪いだけ!』
『それをバカと言わずして、何をバカと言うのか』(パール)
『バーカ、バーカ、お前の母ちゃんでーべーそ!』(アンゼリッテ)
「この方々は、仲が悪いんですの?」
「ううん、とっても仲いいよ」
「とてもそうは見えませんが…」
「アリエルもダンジョンで出会って、問答無用で私たちを攻撃してきたのよ」
「そんなんばっかりですわね…」
「だよねー。アリエルの天使の力はもの凄くて、その圧倒的パワーに私たち、全滅しかかったんだけど、そこに立ち上がったのがお兄ちゃん。昔の古傷で戦えないのに、私たちを守るため、無理してアリエルと戦って、豪快な背負い投げで倒しちゃったの。みんなびっくりしてた」
『まさか、人間に負けるとは思わなかった』
「で、アリエルの処遇を任されたお兄ちゃんは、皆の反対を押し切ってアリエルを助けてあげたの。その優しさにアリエルはコロッとやられちゃって、お兄ちゃん好き好き大好きな女の子、ラブラブエンジェルにジョブチェンジしちゃったの。チョロいよね」
『チョロくて悪いか。カストル大好き♡』
『わたしと旦那様はラブラブカップル』
『ふっ…ラブラブ…か、それも今だけの話。アンタらは永遠にカストル様とは結ばれないわよ』
「あ、また漫才が始まりそう」(アルヘナ)
「皆さん、お茶にしてゆっくり楽しみましょう」(クリスティーネ)
『へえ、面白い事言ってくれるじゃない』
『根拠は何?』
『それは…これです!!』
アンゼリッテがショルダーバッグから取り出したのは薄汚れた藁人形。胴体に何本もの五寸釘が突き刺さっている。
『くっくっく…、私は毎晩深夜この人形に五寸釘を打ち付けて、パールとアリエルがカストル様から嫌われるように呪いをかけているのです! ウワーハハハハッ! 元聖女の力をもってすれば呪いの威力も強力! 貴女たちがカストル様から見向きもされなくなるのも時間の問題! ハーッハハハハ!!』
『ハー( ̄∇ ̄ハッハッハ……ハハ………?』
『あ、あれ? 反応が無いわね。呪いよ、怖くないの?』
『アンゼリッテ』
『はい?』
『その呪い、相手に知られると自分に跳ね返ってくる類のものよ』
『え…え? ウソ!?』
『ホント。知らなかったの?』
『アリエルは知ってた』
『ウソーーーーッ! じゃ…じゃあ、私とカストル様は…』
『お・わ・り・♡』
『………。ふぇ…、ぐすっ…、びぇええええん!!』
「バカはアンゼリッテの方だったね」(アルヘナ)
「アルヘナさんは羨ましいです。毎日面白い漫才が聞けて」(クリスティーネ)
「本当にですね」(親衛隊メンバー)
「楽しくないよ…。憂鬱だよ…」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
パールとアリエル、めそめそ泣くアンゼリッテを椅子に座らせ、いよいよ本題に入ることになった。クリスティーネが「えへん」と咳払いし、アルヘナ+3人娘の目を見て話を始めた。一気に真面目な雰囲気となり、アルヘナは緊張するが、当のクリスティーネや親衛隊メンバーたちも緊張している。
「本題に入らせていただきます」
「私たちは、カストル様が大大だあーい好きな女子集団「カストル様ラブリー親衛隊」。メンバーはここにいる方々のほか、あと10名はいます」
「結構いるんだね…(お兄ちゃん~)」
「昨日、アルヘナさんに言った通り、私たちもカストル様をお慕い申しており、お話をしたいのです。語り合いたいのです。熱いベーゼを交わしたいのです!」
「そ…そう」
「しかし、貴女方がいつもカストル様にべったりで、それも敵わず悶々とするばかり。悶々し過ぎてついパンツの中に手が…」
「クリスティーネ様、ストップです」
「おっと、私としたことが…。と、言う訳で少しは私たちにカストル様とお話しする時間を分けて欲しいのです。貴女方とカストル様の絆については分かります。それでも、私たちもカストル様が大大だあーい好きなのです。お話ししたいのです。せめて、学校にいる間だけでも私たちに時間を下さいませんか?」
『つまり、学校には来るなと?』
「端的に言うと、その通りです」
『イヤです。私は1分1秒ともカストル様とは離れたくないのです』
『わたしも嫌だな。見てないところで知らない女と仲良くしてるとこ想像したら、嫉妬で狂いそうになるもの』
『私にはカストルが必要。私はカストルがいないとダメになる』
「アンゼリッテ、パール、アリエル。お兄ちゃんと離れたくない気持ちはわかるけど、クリスティーネさんたちだって我慢してきたんだよ。少しは譲歩してもいいんじゃないかな。学校にいる間だけでも私たちの自由にさせてよ」
「アルヘナさん…」
『イヤなものはイヤです!』
「そこを何とか。ねっ、お願い」
『妹ちゃん、こればかりは譲れないわ』
『アリエルもパールと同意見』
「うう…、私たちもカストル様とお話ししたいです…。ぐすっ…」
クリスティーネと親衛隊メンバーがぐすぐす言い出した。アルヘナもこの3人がいるために兄と話す機会がめっきり減り、寂しい思いをしているから、クリスティーネたちの気持ちも痛いほどわかる。好きな殿方との何気ない日常会話をするだけで、心が満たされる。そんなささやかな幸せを求めたっていいはずだと思った。
「別にお兄ちゃんを取ろうという訳でもないし、学校に来ている時間だけだし、いいでしょ。お願い」
『お断りします』
「どうしてもダメ?」
『イヤでーす!』
「(このワガママなクソアマどもめ~。もう怒った!)わかった。それなら勝負よ! 負けた方は勝った方のいう事を聞く。それで決着を付けるのはどう!」
「ア…、アルヘナさん。何を言い出すのです!?」
『イヤよ。わたしたちに何のメリットもないじゃない』
『そうです、そうです。そんな脳筋的解決方法は却下です』
「へえ…、逃げるんだ。くすっ、弱虫だね。笑っちゃう」
「ちょっと、アルヘナさん…」
『なんですって…』
『逃げる? アリエルが?』
『逃げましょう。今すぐ!』
「だってそうじゃない。悪魔や天使が女子高生にビビって逃げるんでしょ。笑いしか出ないわ。お兄ちゃんに話して聞かせようっと」
『いくら妹ちゃんでも、わたしを侮辱するのは許さないわ』
『激しく同意。逃げるなら死を選ぶ』
『ぼ、暴力はんたーい』
「じゃあ、この勝負、受ける?」
『もちろんよ。上級悪魔、羅刹の恐ろしさ、体に刻み込んであ・げ・る♡』
『死して屍、拾う者無し』
『何でアンタら、そう暴力的なのよ~』
『で、勝負はどうするの。1対1? それとも集団戦? どっちでもいいわよ』
(マズ…。そこまで考えてなかった…。どうしよう…)
「アルヘナさん…」
黙り込んだアルヘナをクリスティーネたちが不安そうに見つめる。そりゃ、圧倒的戦闘力を有する悪魔や天使相手に普通の女子高生が敵うはずもない。光の速さで倒されるだろう。唯一何とかなりそうなのはアンゼリッテ位だが…。
「し…勝負は…」
『勝負は?』
「お料理対決よ!!」
思ってもみないアルヘナの料理対決宣言に室内はどよめいた。




