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番外編6 アルヘナちゃんの憂鬱①

 任務を終え、アルムダートでユウキたちと別れた後、帝都シュロス・アードラー市に帰還したカストル、アルヘナ、クリスタの留学組は、一旦留学先の帝国第一高等学校に戻り、次の任務までの間、勉強に勤しむことになった。そして、久しぶりに登校したカストルのクラスではちょっとした騒動になっていた。


「ね、ねえ…、何アレ…」

「わかんない」

「でも、あれ悪魔じゃねえか?」


 教室の一角を遠巻きに見て、ざわざわするクラス内。階段状に机が並ぶ、教室の最後列窓際近くの席にその原因があった。席に座るのはカストル君15歳。優し気な顔に神秘的な紫の瞳をしたイケメンボーイ。転入時から1学年女子の人気を独占する魔性の男。その彼の周囲では…。


『貴女たち、さっさと教室から出て行ってくれません? カストル様には私、アンゼリッテがいれば十分ですから』

『あら、汚い声で貧乳虫が鳴いてるわー。旦那様は虫よりパールの方がいいって。旦那様は巨乳好きだって分ったし。ね~旦那様ぁ、パールがいいわよね~♡』

『誰が虫じゃ! 貴様、許さん!!』


『パールの恰好は痴女そのもの。男子の教育に悪い。ここは清楚な美少女天使であるアリエルがカストルのお世話をする。アンタたちは出てけ』

『あら、こっちでも貧乳虫が鳴いてる。虫避けはどこだったかな?』

『パール、殺す!』

「いい加減にしなさい! カストル君が迷惑しているでしょ! カストル君にはあたしがいるからいいの! あなたたちは不要よ。可燃ごみに出すわよ!」


 頭の上でギャーギャー騒ぐ女たち。その正体は、アンゼリッテ(大貧乳アンデッド)とパールヴァティ(巨乳系上級悪魔羅刹)、アリエル(貧乳系大天使)、クリスタ(巨乳の先輩お姉さん)だった。宿舎を出るときからずっとこの調子で、朝からカストルは疲れ果てている。一方、少し離れた席では妹のアルヘナが死んだ目で兄とそのハーレムメンバーを見つめていて、もう何度目かのため息をついていた。


 ざわ…ざわざわ…と騒めく教室、ギャーギャーうるさいハーレムメンバー。死に体のカストル&アルヘナ兄妹。無限に続くかと思われたこの苦行も授業が始まれば解放される。早く授業が始まらないかな…と思う兄妹であった。やがて、キーンコーン・カンコーンと始業の鐘が鳴り、生徒たちは席に着く。


「クリスタ先輩、授業が始まるわよ。早く教室に戻ったら?」

「でもぉ、カストル君と離れるの寂しいしぃ~。ここにいちゃダメ?」

「ダメに決まっとろうが! さっさと行け!」

「ぎゃん!!」


 怒りのアルヘナに尻を蹴とばされ、這這の体で教室から出て行ったクリスタ。入れ替わりに担任の先生が入ってきた。担任は定年間近の初老の先生で、とても穏やかで人気のある先生だった。先生は出欠を取り始め…、


「次、カストル君」

「はい!」


「んー? カストル君、その方々は…」


『妻です』

『妻よ』

『愛妻』

「ハイハイ! あたし、あたしが正妻です!」

「クリスタ先輩はいつ入ってきたんですか! 自分の教室に戻りなさい!!」(アルヘナ)


「…………。カストル君、ひとついいかね」


(先生、言ってやって、言ってやって! byアルヘナ)


「はい…」

「学校に奥さん同伴で来るのはどうかと思うよ。私は」


「注意するとこ、そこ!?」(アルヘナ)


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 学校に戻って数日後の昼休み、アルヘナは校舎の外れにある花壇脇に置かれたベンチに座り、深いため息をついていた。花壇には春の花々が綺麗に咲き誇っているが、アルヘナにはなんの慰めにもならない。アンゼリッテだけならまだしも、パールやアリエル、さらにはクリスタまでカストルにぞっこんときては、お兄ちゃん大好きの自分が割り込む隙がなく、話しかける回数も少なくなってしまい、寂しくて仕方がなかった。


「はあ…」


 もう何度ため息をついただろうか…。地面を見つめるアルヘナの耳に、サクッサクッと草を踏む複数の足音が聞こえてきた。顔を上げるとくるくる縦ロールのロングヘアをした美少女を先頭に十数名の女子がアルヘナの前に立っていた。


「アルヘナさん」

「え、えっと…、クリスティーネ…さん?」


(この子、確か隣のクラスの帝国貴族の子女…だったよね)


「貴女にお聞きしたいことがあります」

「な…なんでせう…」


「カストル様の事です」

「お兄ちゃんの?」

「ええ、カストル様の周りの「アレ」はなんなのです? カストル様に対して馴れ馴れしすぎますわ。それに「妻」を自称するとは…。不敬にもほどがありますのですわ!」


「えっと、「アレ」とクリスティーネさんたちと何か関係があるの?」


「大ありなのですわ! 私はカストル様が転入され、一目見た時から鯉…じゃない、恋に落ちたのです。もう夜も眠れないくらいに恋に恋焦がれ、悶々として色々想像してしまい、自然とパンツの中に手が…」

「クリスティーネ様、ストップです」


「コ…コホン。それくらいカストル様をお慕いしているのです。しかも、そのようなパンツに手の女子が多数いることがわかり、一時は戦争になる寸前にまでなったのです」

「ですが、カストル様を深海のごとく深く愛する私たちは武力闘争は避けたい。よって、話し合いをした結果、抜け駆け禁止、彼が誰を射止めても恨まないを基本理念とした組織「カストル様ラブリー親衛隊」を結成したのです!」


(お…お兄ちゃん。一体何人の女の子を虜にしたら気が済むのよぅ~(泣))


「なので、彼女たちは排除すべき存在なのです。しかし、正体が不明ですし、カストル様もあの方々を大切にしているご様子。なので、貴女にお聞きしようかと思った次第で御座いますれば!」


「最後の語尾おかしいよ。教えてもいいけどもうお昼時間終りだよ」

「あら、そうですわね。ん~…、そうですわ、明日は学校お休みですし、私の家でお茶会しながら聞かせてもらいましょう。貴女のお家にお迎えを寄越しますので、必ず来てくださいましね」


「わかった…。あっ、そうそうクリスティーネさん」

「何ですか?」

「クリスティーネさんのバストサイズは何センチ?」

「おかしなことを聞きますのね。88cmのFですが、それが何か」

「ううん、何でもない…」

「? ではまた明日」


(よかったね、合格だよクリスティーネさん)


 教室に戻るクリスティーネを始めとする親衛隊の背中を見ながら、ため息しか出ないアルヘナだった。


「もう…面倒臭い事になっちゃったよぉ~。泣きたい…」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


翌日…

 朝食後、身支度を整えたアルヘナは、余所行きのお洒落なワンピースを着て、ツインテールにカワイイ赤いリボンを結び、ショルダーバッグを肩に掛けると部屋を出て1階に降りた。リビングでは珍しく1人のカストルがメイドのミウにコーヒーを入れてもらい、寛いだ様子で新聞を読んでいた。


「あれ? 珍しいね、お兄ちゃん1人?」

「うん、アンゼリッテたちは朝風呂に入っている。クリスタ先輩は冒険者登録するって「荒鷲」に出かけて行ったよ」

「(丁度良かった)ねえ、お兄ちゃん。私、今からお出かけするんだけど、あの3人借りて行ってよい?」


「いいけど、どこに行くんだい」

「…カストル様親衛隊の集会」


 その瞬間、それまでにこやかだったカストルの顔から表情が消えた…。


 お風呂から上がってきたアンゼリッテ、パール、アリエルに事の経過を簡単に話し、今からクリスティーネの家に行くことを告げて着替えをさせた。アンゼリッテは襟元と袖口、スカートの裾がレースになった紫色のワンピースドレス、パールはピンクのシンプルなブラウスにホットパンツ、アリエルは淡青色の乙女ちっくなワンピースドレス。傍目には3人とも普通の市井のハイスペック女子に見える。見た目だけだが。


「ほら、お迎えも来たようだし、アンタら行くわよ」


 クリスティーネが寄越した馬車はアルヘナたちを載せて、貴族が住む高級住宅に向かって動き始めた。馬車の中でパールがアルヘナに向かって話しかけた。


『で、わたしたちは旦那様を誑かす親衛隊とやらを殲滅すればいいのね』

「違います!」


 即座に否定するアルヘナ。今度はアンゼリッテが質問する。


『では私たちを連れて行く理由は何なのですか? 私は1分1秒でもカストル様と離れたくないんですけど』

「アンゼリッテたちの行動が目に余るからよ。お兄ちゃんに憧れている人たちが、お兄ちゃんに話しかけたくても、話かけられずに困っているの! だから、アンタらを紹介すると同時に、皆で話し合ってルールを決めてもらいたいのよ」


『え~、面倒くさい』

『プークスクス、確かにアリエルはおバカさんですから、難しい話は無理だと思います』

『アンゼリッテ、殺す!』

『私、死なないも~ん!』


 アンゼリッテとアリエルがつかみ合いのケンカを始めた。パールは1人知らんぷりで止めようともしない。車内で始まった喧騒に、馬を操っていた御者が何事かとのぞき見て、渋い表情をしている。


「ああ…もう、静かにしてよ。御者の人が迷惑そうな顔してるよ」


 宿舎を出て30分。閑静な高級住宅街の一角にクリスティーネの家があった。何度か訪れた事のある宰相家ほどではないが、中々に大きな家だった。アウストラリス市にある自分の家よりも大きい。


 門を入り玄関前に停車した馬車から降りたアルヘナたち。パールやアリエルは大きなお屋敷を見上げて目を丸くしている。お屋敷の玄関が開いてメイドさんが現れた。


「アルヘナ様でいらっしゃますか?」

「あっ、はいそうです」

「どうぞこちらに…。お嬢様がお待ちです」


 メイドさんに案内されてクリスティーネの部屋に入ると、シックなドレス姿のクリスティーネと数名の女子が待っていた。


「いらっしゃい、アルヘナさん」

「お招きありがとう。これ、お土産…」

「まあ、何かしら」

「お兄ちゃんの使用済みパンツ。人数分あるよ」

「まあ! 何てステキなお土産でしょう。感謝の極みですわ!」


 キャッキャ、キャッキャとお土産のパンツを漁る年頃の女子たちに、アリエルが冷たい目線を送る。


『男物のパンツを漁る女…。頭おかしい』

『こいつらもだけど、妹ちゃんも大概だね』

『私は毎日カストル様のパンツを穿いてますよ。お洗濯前の濃いヤツを洗濯場から回収した、カストル様の匂いがたっぷりと染み付いたやつです!!』

『この腐れアンデッド…。サイッテー』


 ニコニコ顔のクリスティーネがアルヘナたちをテーブルに案内した。椅子に座るとクリスティーネ自ら紅茶を入れてくれた。その所作は大変優雅で美しく、流石帝国貴族と思わせた。


「さて、アルヘナさん。私たちとしては、そこの3人が何者なのか教えていただきたいのです。あんなにまでカストル様にベタベタくっついて、妬ましいったらありゃしませんのですわ」

「その通りです。私たちもカストル様とお話ししたいのに、とても近づける雰囲気ではないのです」

「そーだそーだ! 独占禁止法違反です!!」


 クリスティーネや親衛隊女子たちの糾弾が始まった。アルヘナはいたたまれなくなるが、当事者の3人組は屁とも思ってないような顔をしている。アルヘナは頭が痛くなってきた。こういう時に限ってメイメイは魔道具から出ようとしない。


「じゃあ説明するね、面倒臭いけど。最初はコレ、お兄ちゃんの使用済み洗濯前パンツを穿いて悦に入っている超絶ド変態のアンゼリッテ。元はスバルーバル連合諸王国最高の聖女と呼ばれた人だけど、今はただの頭おかしい変態。一応、かなり高位のアンデッドなんだって」


『アンタ、そんな大物だったの!?』(パール)

『ふふん、驚いたか。光の聖女アンゼリッテとは私の事よ』

『光の性女…、エッチだ』(アリエル)

『性女じゃない! 聖女!!』


 アンゼリッテの正体にクリスティーネたちは驚いた。しかも聖女が何故にアンデッド? 疑問も生まれる。


「な…、なんでそんなお方がアンデッドになってるのですか!?」


「実はね、私の知り合いにユウキさんと言う超絶美人の冒険者がいるんだけど、アンゼリッテはうっかり、その人に危害を与えてしまって、ユウキさんの眷属のエドモンズ三世さんっていうワイトキングの怒りに触れて、生きたままアンデッドにさせられ、小間使いにされてしまったんだって。その後色々あって、今はお兄ちゃんの従魔となってるの」


「エドモンズさんの話だと、どうもおっぱいの大きさを妬んでの犯行だったみたい」


『プークスクス。やだ、惨め~』(パール)

『アンゼリッテ、肋骨で洗濯できちゃうんじゃない?』(アリエル)

『違います! おっぱいが原因じゃありません!! アルヘナ様、酷いです!』


 アンゼリッテが従魔になった経緯をアルヘナは話して聞かせる。従魔を欲して冒険者を雇ったこと、ユウキと言う名の冒険者の小間使いにされていたアンゼリッテをお兄ちゃんが譲り受けたこと。従魔同士の戦いでアンゼリッテはカストルを守って戦ったことなど…。


「そういう訳で、お兄ちゃんもアンゼリッテをとても大切にしてるんだ」

「そうなのですか…。悔しいですけどお2人の絆は深いのですね…」


『今はただの面白要員だけどね』(パール)

『そうそう、お笑いを取るだけが存在意義』(アリエル)


『貴様ら…、許さん! 聖女秘奥義ザ・リブズ・フェイス・アタック!!』

『きゃあああ! 肋骨で顔が、顔が削られるぅ~!』

『痛い痛い~! 顔が肋骨でゴリゴリって…ひぃいい』


 アンゼリッテはパールバティとアリエルの顔を両腕で抱え込むと胸に当て、高速で上下させた。肉の柔らかさが乏しい大貧乳少女の肋骨が顔に当たり、ゴリゴリと擦られ、痛さでパールとアリエルは悲鳴を上げた。


「た、確かに面白いお方ですわね」

「でしょ? じゃあ次はパールバティね」


 アルヘナは紅茶を一口飲むと、巨乳悪魔のパールを紹介することにした。しかし、床に仰向けに寝転がってパールとアリエルを腕と足で抱え込み、必殺技を繰り出すアンゼリッテの奇行に、クリスティーネたちはドン引きしていた。


『ブレーク! ブレーク!!』(パール&アリエル)

『誰が貧乳虫じゃい! 言ってみんかい、われぇ!!』(アンゼリッテ)


「この方は本当に聖女だったのですか?」(クリスティーネ)

「どう見ても、お笑い芸人か、場末のプロレスラーにしか見えませんね」(親衛隊女子)


 パールとアリエルを抱え込み、うひゃひゃと高笑いするその姿は、とても聖女とは思えない変な女で、クリスティーネたちは目が離せないのだった。


(でも、お兄ちゃんはアンゼリッテを一番大切にしてるんだよね。巨乳好きなのにね…)

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