第471話 ユウキの居場所
「この世界の人間じゃない? どういう事だ?」
「わたしの本名は高階優季。イシュトアールとは違う地球という名の星にある日本という国で生まれた。日本は地球でも有数の経済大国で、遥かに高度な機械文明で成立している国なの」
「地球? 日本? 機械文明? 古代文明みたいなものか?」
「地球の機械文明はこの世界と異なり、魔法といった超自然発生的なものを利用するのではなく、石油や天然ガスといった地下資源や原子力によって造られた電気エネルギーを基にした文明なの。イシュトアールとは文明発達の方向性が全く異なっている。そういう世界からわたしは来た」
(何を言ってるのか全然わからねぇ)
「わたし、高階優季は日本に住む小学校4年生の「男の子」だったの」
「な…なに!? 男の子? ユウキちゃんは女だろ?」
「黙って聞いて。ある日、わたしは姉の望と一緒に町に買い物に出かけた。その時、巨大地震が発生し、地震によって発生した大津波に飲み込まれ、死んだはずだった…」
(り…理解が追いつかねぇ…)
「でも、姉とわたしは死ななかった。津波に飲まれる寸前、偶然発生した時空の歪みに巻き込まれ、気がついたらこの世界にいたの。所謂「異世界転移」ってやつ。わたしたちが転移したのは眼下に見える「黒の大森林」の中だった」
「森を彷徨う内に、ゴブリンに襲われて姉はわたしを守るために戦った。でも…」
ユウキは望の最後の顔を思い出して涙ぐむ。しかし、顔を上げると続きを話して聞かせた。ゴブリンに襲われ、腹を食い破られた自分を庇って姉の望は致命的な怪我を負ったこと。死にかけた自分をバルコムが助けてくれたこと…。
「治癒魔法も効果なく、死の寸前にあったわたしをバルコムおじさんはどうやって助けたと思う?」
「い…、いや、全く分からん…」
「まだかろうじて生きていた「望」の体を禁呪を使ってわたしに移したの。「望」の願いだからって。その結果、わたしは生き延び、姉の「望」は死んだ」
「ま、まさか…嘘だろ。そんなことが出来る訳ねぇ…」
「姉の体を移されたわたしは、男の子から女の子になった…。そうして今に至るの」
「……。男から女に…。元々は男…だっただと」
「どう? 気持ち悪いでしょう。この世界じゃない異世界の人間だから、この世界の理が通じない。だから暗黒魔法…、本来は人ならざる者が使う魔法が使える。そして、禁呪の力で男から女になった怪物。それがわたし、ユウキ・タカシナという人間だよ」
「この話を聞いてどう思った? これでもわたしを愛せる? こんな得体の知れない女を好きと言える?」
「…………」
「ふふっ…、その沈黙が答え…だよね。当然だよ」
ユウキはそっとミュラーの体を押して離れると、ゆっくりと立ち上がった。そして、無理に笑顔を作ると…、
「ありがとうミュラー。わたしを励ましてくれて。そして…わたしを好きって言ってくれてありがとう。とても嬉しかった。でも、わたしの事は忘れたほうがいいよ…。ミュラーのお相手には、わたしよりカワイイ、この世界の女の子が相応しいよ。じゃあね、もう遅いから戻るね…」
と言って、家に戻るためミュラーに背を向けた。その背中はとても小さく、悲しげで、ここで手放したら二度と戻って来ないような気がしたミュラーは、咄嗟にユウキの手を取った。
「えっ…」
ビックリしたユウキは握られた自分の手を、次いで自分の背後を見た。そこには怒り顔のミュラーが立っていた。
「ミュ、ミュラー…」
ミュラーはユウキをグイっと引き寄せると力を込めて抱きしめた。そして、ユウキの顔を見てハッキリと言った。
「なに勝手に話を進めて完結させてんだよ。散々オレの気持ちを聞いてソレかよ。ふざけんじゃねえぞ、バカユウキ!!」
「……バカは酷いよ」
「バカだからバカといったんだ! 異世界人? それがなんだ。今のユウキちゃんは立派なイシュトアール人だろうが!!」
「元は男だった? それがどうした。今はカワイイ女の子じゃねえか。ユウキちゃんほど、可愛らしくて女の子らしい子はいねえぞ。オレはユウキちゃんの過去なんぞに興味はねえ。今のユウキちゃんが好きなんだ。もう一度言うぞ、それがどうした! オレはユウキちゃんが好きだ!!」
「う…うぐっ…。ぐすっ…」
「ユウキちゃん、ユウキちゃんはオレがキライか? 本当のところを聞かせてくれ」
「ふぐっ…、ぐすぐすっ。…キ」
「キ…? キライ…なのか。そうか…し、仕方ねぇな。ハハッ」
「ち、違う…。好き…」
「えっ。も、もう一度言ってくれ」
「好き…。あなたのことが好き。本当は別れたくない。ずっと一緒にいたい。好きなのミュラー。あなたが大好きなの。お願い、わたしの…わたしの居場所になって…下さい」
「ユウキちゃん! ありがとう、ありがとう!!」
ユウキの脇の下に手を入れて抱え上げ、嬉しさ全開でぐるぐると回るミュラー。目を回して地面にドタン!と2人重なって倒れた。しばらく痛みに呻いていたが、ユウキと顔を見合わせて大笑いした。いつの間にかユウキの心も晴れ、ミュラーにえいっと抱きついていつまでも温もりを感じるのであった。
「よかったな、ユウキ」
「本当にね」
『ユウキは居場所を見つけられたか。何よりだ』
少し離れた木の陰でユウキとミュラーの様子を伺っていた3つの影。アンジェリカとカロリーナ、そしてバルコム。3人はユウキの笑顔を見て心底ホッとするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキとミュラーが心を通じ合わせた夜が明け、朝となった。一同は緊張した面持ちでリビングに集合している。また、エドモンズ三世とヴォルフ(人型モード)も黒真珠のイヤリングから出され同席していた。
『ユウキ』
「なに、エロモン」
『よかったの。想い人が見つかって』
「うん、ありがと…」
『それはそうと、あの後、ミュラーと一発、アオカン(野外エッチ)はしたのか?』
「バッ、バカ! するわけないでしょ! それはもう少し先! この件が落ち着いたらするの! あっ…」
ユウキの大声に、アンジェリカやカロリーナがニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべてユウキを見ている。
「いやぁ~、聞きましたかアンジェリカさん」
「聞いた聞いた。落ちついたら子作り行為するって、堂々と宣言しましたな。意外とユウキは好きモノかも知れませんぞ」
「いやぁ~ん、ダ・イ・タ・ン♡」
ユウキは真っ赤になって俯く。エドモンズ三世とヴォルフは「ガッハッハ!」と笑い、この場から逃げ出したくなってしまう。チラっと隣に座るミュラーを見るとやっぱり赤い顔をして照れていた。
「でも、いいな~。ユウキはミュラー様、アンジェにはリシャール様がいてさ。私だけあぶれ者みたい」
「ばっばか、私ごときリシャール様に釣り合うわけ無いだろ」
「そう? 仲良さそうだし、てっきりそういう仲かなーって思ってたけど」
「いや…、私は…その。あの…す、好きだけど…でも…相手の気持ちも…」
「あら、カワイイ」
『皆揃ったな』
リビングにバルコムが入ってきた。
『さて、お主たちが追う邪龍ガルガだが、儂が調べた限りでは、ユーダリルが都市の崩壊と引き換えに地底深く封印したらしいということまではわかった』
「また地底探索か…」
「準備が大変そうだな」
「で、おじさん。ユーダリルの都市遺跡はどこにあるの?」
『黒の大森林北西端、西方エルトリア王国に近い位置にある。しかし、あの辺りは相当に森が深く、危険な魔物も多い。それもユーダリルが生み出した異形の者どもだ。エルトリアも遺跡の位置は掴んでいるが、危険性が高いことから禁足地としてしている』
「行ったことは?」
『何度かある。しかし、遺跡は広大で全てを探索した訳ではない。封印の地へ続く地下道も未発見だ』
「結構、難易度が高そうだね…」
「戦闘も多くなりそうだ。覚悟して行かないとならんな」
『うむ。まずは準備を整えるのだ。転移の護符を渡しておこう。これでイソマルトに買い物に行けばよい。儂は書庫に保管している古文書にガルガについて書かれているか調べておこう』
「ありがとう、おじさん」
その後、準備の役割分担を決め、カロリーナはユウキからマジックポーチとお金を受け取り、アンジェリカとミュラー、リシャールを連れてイソマルト村に買い出しに出かけた。
一方、ユウキはエドモンズ三世、ヴォルフと一緒に、以前バルコムが探索した場所の地図を見て、どのように探索するか考えを巡らせるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
数日かけて準備を整えたユウキたちガルガ探索隊。メンバーは7人。戦闘の主体となる前衛はミュラー、リシャール、ヴォルフ、カロリーナの4人。魔法による支援隊はユウキ、アンジェリカ、エドモンズ三世の3人と役割分担を決めた。ただし、ユウキとカロリーナは状況に応じて役割を交代することにしている。
『準備はできたか』
「うん、いつでも出発できるよ」
『ではユーダリルの都市遺跡へ転送する。もし、どうしても撤退したい場合や儂の力が必要になった際には指輪に話しかけるがよい』
「わかったわ」
『前にも言ったが、あの遺跡にはユーダリルが創った異形の怪物がうろついている。十分に気を付けるのだぞ。エドモンズ殿、ヴォルフ殿、子供たちを頼むぞ』
『分っております。我々にお任せあれ』
『以下同文』
「では行きましょう。おじさん、お願い」
『ユウキ、皆も気を付けるのだぞ』
「うん! 行ってきます!!」
バルコムが杖を振ると全員の足元に魔法陣が形成されて強く光り輝いた。ユウキたちは眩しい光に包まれて一瞬で消えた。
『頑張るのだぞ』
バルコムは空を見上げ、ユウキたちの無事を祈るのであった。
ミュラーの想いが届いてよかった、よかった。さて、ユウキたちの冒険は一旦お休みです。番外編を数話程度挟み、ガルガの起動システムを求めるハルワタートたちを追うセラフィーナの冒険をお送りします。不思議系王女セラフィーナと彼女に振り回されるお供達のお話をお楽しみに。




