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第470話 ユウキとミュラー、2人の想い

 ララの墓前で誓いを立てたユウキは仲間たちを町の郊外で待っているように言うと、カロリーナと一緒にアドルが経営していた魔道具店に行ってみた。店は既に空き家となっており、中を覗くとガランとして何もなかった。生活感のない店の中はとても寂しく、思わず魔女戦争後のダスティンの武器店と重なって、思わず涙が浮かんでくる。たまたま通りがかった町の人に訊ねると店は売りに出され、レナとロイの親子は別な場所で小さな魔道具店を開いたという。


「ユウキ、仕方のないことだよ。元気出そう」

「うん…」


 2人は後ろ髪惹かれる思いで魔道具店を後にした。町の郊外で仲間たちと合流し、小さな街道をしばらく北に向かって歩み始めた。美しい風景を見て、仲間たちと会話をしていると沈んだ心も晴れてきて、自然に笑顔も出る様になった。ユウキとカロリーナが笑顔を交えるようになったことで、アンジェリカも安心し、ミュラーやリシャールも安堵するのであった。


 やがて周囲に人家も人影も無くなった頃、カロリーナがおもむろに全員に集まるように言った。


「みんな、私の周りに集まって。今からバルコムさんに転移をお願いするから」

「転移? どこに行くんだ?」

「昔、ユウキが住んでいた家よ。黒の大森林の中だし、拠点にするには丁度いいと思うの。どう、ユウキ。いいかな?」


「うん、いいと思うよ」

「じゃあ、バルコムさんに連絡するね」


 カロリーナは指輪に向かって話しかけてから間もなく、一行の足元に魔法陣が形成され、それが光輝いたと思った次の瞬間、アンジェリカたちは見知らぬ場所に出ていた。そして、景色を見て感嘆の声を上げる。


「わあ、凄い風景。キレイ…」

「絶景だな。それ以外言葉がないぜ」

「うむ…素晴らしいとしか言いようがないな」


 ユウキたちが転移したのは高い崖の上の開けた場所で、はるか下に広大な森が遥か遠くまで広がっており、まるで緑の海のようであった。また、大小いくつかの河川も流れていて、川面が日の光を反射してキラキラ光っている。遠く森の果てには山々の連なりがかすかに見え、とても景色の良い場所であった。


「ここがユウキの住んでいた場所なのか」

「うん。王都に出る14歳まではここで過ごしたの。こっち来て」


 ユウキの案内で崖から離れ、広場の方に向かった。広場の奥に木造の平屋の家が1軒建っていた。


「あそこが家だよ。わたし、ちょっと行くところがあるから、みんな家の中で待ってて。カロリーナ、案内してくれる?」

「いいわよ」

「いや、オレたちもユウキちゃんに付き合うぜ。迷惑じゃなければな」

「そう? じゃ、着いてきて」


 ユウキはみんなを案内して家の裏側に回った。そこには直径20mほどであろうか、大きめの円形の泉があり、きれいな水を湛えている。泉のほとりでは数体のスケルトンが水を汲んで家に運んだり、泉周辺の花畑に水を撒いていたりしているのが見えた。


「はああ…キレイな花畑だなあ」

「でしょ。結構いい感じでしょ」


 アンジェリカが放心したように美しい泉と花畑を見ていると、ミュラーが声をかけてきた。


「ユウキちゃん、あのスケルトンたちは何だ?」

「ああ、あれはね、おじさんが呼び出したスケルトンたちなの。わたしが不在の間、家の管理をしているんだ」

「ほう」

「スケルトンが働いている姿って初めて見たぞ」


「うふふ。リシャール様、エロモンの事を忘れてるでしょう」

「でも彼はワイトキングで知性が高いからな。ただのスケルトンとは違うだろう」

「そうかな? ドスケベ&ド変態でない分スケルトンの方がマシだと思うけどな…」


 そんな話をしながら歩いていると、色とりどりの花が咲き乱れる小さな広場に出た。そこには1枚の石造りの墓石が置かれている。


「ここは? 誰のお墓?」

「わたしのお姉ちゃんのお墓」


「ユウキのお姉さん?」

「うん。わたしにはお姉ちゃんがいたの。この森でゴブリンに襲われてお姉ちゃんは致命傷を負い、わたしも深手を受けてしまったの」


「そ、それで…」

「偶然通りがかったバルコムさんにわたしたちは助けられた。わたしは命をとりとめたけど、お姉ちゃんは結局助からなかった…」

「ごめん。辛いことを思い出させてしまった」

「いいんだアンジェ。もう昔の事だから気にしないで」


 ユウキはマジックポーチからラナンの町で買った花束を取り出すと、墓前に置いて祈りを捧げた。カロリーナやアンジェリカ、ミュラーとリシャールも黙祷し、ユウキの姉の冥福を祈る。


 顔を上げたユウキは小さなスコップを取り出してミュラーに渡した。


「ユウキちゃん、なんだこれ?」

「お姉ちゃんのお墓の隣に穴を掘ってよ。イールをここに埋めてあげようよ。ここはキレイだしいいでしょ」

「お、おお。ありがとうユウキちゃん!」


 早速、穴を掘り出したミュラーを見て、不思議そうな顔をするカロリーナとリシャールに、アンジェリカはダンジョンでの出来事を話して聞かせた。思わぬいい話にカロリーナは感動し、滂沱の如く涙を流してそれを見たリシャールはドン引きした。


 イールの小さな亡骸を埋め、石で墓標を立てたユウキとミュラーは、花畑から花を摘んで墓前に添え、次に生まれ変わるときは、いいお兄さんに巡り合うように祈るのであった。


 お墓参りを澄ませ、家の中に入り、リビングで一息ついた頃にはすっかり夕方になっていた。ユウキたちは持ち込んだ食料で簡単な食事をつくり、食べた後はスケルトンたちが沸かしてくれたお風呂に入って疲れを癒し、早々にベッドに入って眠ることにした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 夜中、ミュラーはふと目を覚ました。窓の外を見ると月が西の夜空にあることから、日付が変わった頃と想像がついた。隣のベッドではリシャールがぐうぐうと寝息を立てて熟睡している。ミュラーは眠ろうと暫く煩悶横転していたが、全然寝付けない。仕方なしにベッドから起き上がり、外套を羽織って外に出た。


 ミュラーは台地の先端に向かって歩き出した。さくさくと草を踏む音だけが響く。やがて目的の場所に着き、崖の下に目を向けた。そこには月明かりに照らされた黒々とした大森林が地平線の彼方まで続く壮大な光景が広がっていた。


「夜の風景もいいもんだ」


「誰?」

「おわっ!」


 突然声をかけられたことで驚いたミュラーは周囲を見回した。すると、少し離れた木の根元に膝を抱えて座っている人物に気が付いた。近づくと月明かりで人物の顔が朧げに見えてきた。


「ユウキちゃん?」

「…………」

「どうしたんだ? こんな時間にこんな場所で」

「うん…。ちょっと眠れなくて…」

「オレもだ」


 ミュラーはユウキが寄りかかっている木の側に寄った。ユウキは膝を抱え俯いている。その姿はとても寂しそうで、いつもの元気な姿からは想像もできないくらい小さく見える。


「わたし…、来るんじゃなかった…」

「どうしたんだ?」


「アクーラ要塞見たでしょ。あそこには5千人以上が詰めていたの。その人たち1人1人にも生活があって、愛する人や家族がいて、将来の夢や人生設計があった。でもわたしはそんなこと考えもせず、この国に対する憎しみや怒りだけで破壊して大勢の人を殺したの。生き残った人も一生残る障害を負うことになった…」

「要塞だけじゃない、王都の市民や王国騎士団の人たちだって…。わたし一体何人殺したのかな? 何人の人を不幸にしたのかな?」


「ミュラー。わたし、苦しいの…。苦しくて苦しくて仕方ないの…」

「ユウキちゃん…」


 ユウキの頬にキラリと光るものが流れる。


「ララの…。ララのお父さんのアドルさんはとてもいい人だった。魔女として迫害されたわたしを優しく受け入れてくれて、とても温かい言葉をくれたの。それでどれくらい心が救われたか…。でも…」


「でも、わたしはアドルさんも不幸にしてしまった…。わたしが…、わたしが殺したのも同じ…。ううう~っ、うわぁああ…っ。わたしのせいだとしても、こんなの、こんなの酷すぎるよぉ~」

「わたしのせいでみんな不幸になった。ララだけじゃない、オヤジさんやマヤさんも、助さん格さんも死んだ。学校の友人たちも大勢死んだ。大好きだったフィーアもユーリカもシャルロットも、みんないなくなった。うわぁああああっ」


「アクーラ要塞とアドルさんのお墓を見たら、忘れようとした辛い思いが、心の奥底に閉じ込めた悲しい思いが溢れてきて、どうしようもないの。普段通り振る舞おうとしても、どうしても思い出してしまうの。どうしたらいいのよぉ~。わかんない、わかんないよぉ~。ひぐっ…、わあああん!」


 大声を上げ、悲痛な声を上げて泣き叫ぶユウキに、ミュラーはいたたまれずに、小さく震える肩を抱きしめた。


「泣くなユウキちゃん。ユウキちゃんは何も悪くねぇ。何も悪くねぇんだ」

「違う、わたしが悪いの。わたしは不幸を招く暗黒の魔女だから…」

「何が違うんだ。ユウキちゃんは魔女なんかじゃねぇ。ユウキちゃんはユウキちゃん。ユウキ・タカシナっていう1人のカワイイ女の子だ!」


「……うう…。でも…」

「いいか、よく聞くんだ。確かにユウキちゃんはこの国を破壊しようとした。それは紛れもない事実だ」

「…ぐずっ」

「だがな、その行為には理由があったハズだぜ。カロリーナから聞いたよ。ユウキちゃんが受けた数々の仕打ちを。謂れなき迫害、愛する者の裏切り、親友の死…」

「ふぇ…、ふぇええん…」


「ユウキちゃんは一見豪胆そうに見えて実は繊細でガラス細工のような心を持った女の子だ。そんな子が、人間的にとても耐えられないような事をされりゃあ、心が壊れるのも当り前さ。なあ、ユウキちゃん。アレは事故だったんだ、もう忘れちまいな。いつまでも引きずる事はねえ」


「ぐずっ…、でも…」

「あれは悪い事故だったんだ。ユウキちゃんのせいでも何でもねえ。お互いの悪意がぶつかり合っただけの、たちの悪い事故だったのさ。そんなもん、酒飲んでさっさと忘れるに限るぜ」


「…………。酒は関係ないと思う」

「ユウキちゃんはさ、ラミディアの国々を回ってどうだった?」

「…楽しかった」


「人々はどうだった? ユウキちゃんをイジメたか? 黒い髪を差別したか?」

「ううん…。みんな優しかった。楽しい人たちばかりだった。差別なんて無かった」


「友達はできたか?」

「たくさんできた。ロディニアよりもたくさん…あっ!」

「気づいたか」


「う、うん…。わたし、たくさん友達ができて、優しい人々に囲まれて、失恋もしたけど楽しい日々を過ごした。ロディニアでの生活よりも楽しかった。たくさん冒険をして、怖い目にも遭ったけど友達たちと乗り越えて…。そうだ、エヴァやアンジェ、ラピスにセラフィ、たくさんの優しい人たちに囲まれてた。それにエロモンやアース君、アルフィーネに変態ヴォルフもいて…、いつもわたしを助けてくれてた…」


「幸せってあるんだって…。いつしかそう思ってた。悲しい記憶も思い出すことはほとんどなくなってた」


「よかったじゃねぇか。あとな、この国に来なきゃ良かったって言ってたが、それは本心か? 違うだろ、来たからこそカロリーナの元気な姿も見れたし、バルコムさんの忸怩たる想いを救う事が出来た。良かった事もあったろ、な?」


「うん…。来てよかった…かな。ううん、来てよかった!」


 ユウキは涙を零したままながらも、ニコッと笑顔を浮かべてミュラーを見た。月の光に照らされたユウキの笑顔はとても美しく、ミュラーは見惚れると同時に、安堵もするのであった。


 ユウキはストンとミュラーの胸に体を預けた。ミュラーは優しく体を抱く。暫しの間、2人だけの静かな時間が流れた。やがて、ユウキがポツリと口を開いた。


「ねえ、ミュラー」

「なんだ?」


「ミュラーはわたしのこと好きだって言ってたよね。ホントに?」

「ああ、そうだ…」

「ミュラーの本心が聞きたい」


「リーズリットで見かけた黒い髪の女の子。初めて見た時衝撃を受けた。あまりにもオレの理想とする女の子だったから。勇気を出して声をかけたがあっさりと断られたときはショックを受けたな。実は女の子に声をかけたのは初めてだったんだ」

「その後、サザンクロス号で再会したときは奇跡だと思ったぜ。神はこの子とオレを結びつけるために奇跡を起こしてくれたと本気で思った。その後の結果は散々だったが…」


「ユウキちゃんと別れてからも、1日と忘れたことはなかった。エヴァの任務に参加したのも帝国に悪い影響を及ぼすのかを確かめるのもあったが、エヴァといればユウキちゃんに会えるんじゃないかと思ったからだ」


「そして、その願いは叶った。こうしてユウキちゃんを抱いているのが夢みたいだ」

「オレはユウキちゃんを心から愛している。初めて見た時からずっと愛している。この気持ちに嘘偽りはない。ユウキちゃんと冒険をして、たくさん話をしていく中でその想いは強くなる一方だ」

「実は、オレは嫉妬深いんだ。ユウキちゃんが他の男と話をするだけで心が掻き毟られそうになって苦しいんだ。それほどまでに愛しているんだよ。もちろんユウキちゃんの気持ちもある。オレの事がキライなら断ってくれてもいい。だが、オレは言うぜ」


「ユウキちゃん、オレと付き合ってくれ。そして、ゆくゆくはオレの妻になってほしい」

「…もし、わたしが断ったらどうするの?」

「その時は独身を貫き通すつもりだ。オレの妻にはユウキちゃんしかいない。そう決めているから」


「ありがとう、ミュラー」

「じゃあ、受けてくれるのか!?」

「…待って」

「ど、どうしてだ。やっぱりオレじゃ…」


「ううん、そうじゃない」

「じゃあ、何でだ。聞かせてくれ」


「わたしが何者か知ってもらいたい。わたしが何処から来たのか、なぜ暗黒魔法が使えるのか」

「わたしの秘密を知って、それでもわたしを愛してくれるのかな…。わたしは怖いよ」


「……聞かせてくれ」

「うん…。この話はアンジェもエヴァも知らない。この世界でバルコムおじさんとカロリーナだけが知ってる秘密なの。聞いたらきっと驚くし、お嫁さんにしたいなんて思わなくなるかもよ。それでも聞きたい?」


「ああ。頼む」

「うん。実はわたし、この世界の人間じゃないの」

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