第469話 亡き友への誓い
ユウキの仲間たちをバルコムに紹介した後、エドモンズ三世を残して真理のペンデレートの中に戻し、場所をカロリーナ家の会議室に移して、何故今になってロディニアに戻ってきたのか、理由を話すことにした。
『あ~あ、酷い目にあったわい』
『はっはっは、エドモンズ殿は誠に面白い御方だな』
『バルコム様にお褒めいただくとは、このエドモンズ、恐悦至極に存じます』
「褒めてないよ、バカにされてるんだよ」
『まあ、ユウキちゃんたら。儂が褒められてヤキモチを焼いちゃったのかしら。うふ、か~わいいっ♡』
「ムカ!」(ユウキ)
「骸骨お化けのおねえ言葉…。キモ!」(カロリーナ)
「おい、話を進めていいか」
『おお、そうじゃったな。スマンスマン』
会議室のテーブルにユウキ、アンジェリカ、ミュラーとリシャールにエドモンズ三世が並んで座り、対面にバルコムとカロリーナが座った。ママさんが自家製の茶葉を使った紅茶を全員の前に置き、部屋を出て行った。
『さて、話を聞かせてもらおうか』
ユウキは頷くと、ラミディア大陸に渡ってからの出来事、人々との出会いを掻い摘んで説明し、その後本題に入った。ウルの王子ハルワタートが邪龍ガルガを復活させ、その力をもって世界を手に入れようとしていること、帝国はその事実をつかみ、阻止しようと行動しているが、ウルは既に起動システム2つを確保したことなど…。
「起動システムの3つ目についてもウルは位置をつかんでいると思う。でも、ウルが起動システムを手に入れようが、ガルガ本体を破壊すれば復活はない。だから、わたしたちはここに来たの。アースガルドの碑文には「北の地に封印する」と書かれていたから」
『脊梁山脈にあると踏んだのか?』
ユウキは頷く。バルコムは顎に手を当てて考え込んだ。
『ふむ…。確かに脊梁山脈には石灰岩で出来た地形があり、そこにはいくつかの自然鍾乳洞がある。儂はその全てを探索したがそのようなものは見当たらなかった』
「そんな…」
「チッ、外れかよ」
「ユウキ…」
「バルコムさん、他にはないの?」
『ない。少なくとも脊梁山脈には』
「ん? 少なくとも…? 持って回った言い方はやめろよ。何か手がかりがあるなら教えてくれ」
『ユウキはアースガルドの遺跡を見たといったな。アース君もその遺産だと』
「う、うん…」
『では、アースガルドと同時期に栄え、同盟を組んでいたといわれるユーダリルは存じておるか?』
「名前だけは。アースガルドの碑文にあった」
『儂が回収した古代魔法文明の書物の中にユーダリルは生体工学に優れた知識、技術があったと記されていた。恐らくガルガはユーダリルに関係するどこかにあるのではないか?』
「ユーダリル…。それはどこにあるの? おじさん、教えて!」
『どうしても行くのか?』
「うん。わたしたちはそのために来たのだから」
『バルコム様、教えてはくれまいか』
「私たちからもお願いします」
『ユーダリルの遺跡は黒の大森林の奥深くにある』
「黒の大森林…」
黒の大森林。ロディニア王国の北方に広がる人跡未踏の森林地帯。恐ろしい魔物が跋扈し、人が入ると二度と生きて出られないと言われる魔の森。ユウキがこの世界に転移した場所でもある。
「おじさん、わたし行くよ」
『よいのか? お主にとっては因縁の場所でもあるが…』
「…うん」
『わかった。お主がそう決めたのなら儂は何も言うまい。ただ、あの森に入るには相応の準備が必要だ。そうだな…、一度お主が住んでいた台地の家に行こう。ノゾミも待っているだろうからな』
『準備ができたら声をかけるがよい。儂が転移魔法で連れてってやろう』
「ありがとう、おじさん。でも、その前に行きたい場所があるの」
『ふむ…。行きたい場所とはどこだ』
「ラナン」
「ユウキ、大丈夫なの?」
「うん。どうしても会いたいの」
「そうね…。私も会いたい」
ユウキとカロリーナは寂しそうな、悲しみに満ちた表情をした。事情を知らないアンジェリカやミュラーたちは、ただ黙って2人を見ているしか出来なかった。
翌日、ユウキたちはカロリーナを仲間に加え、パパさんやママさんたちの見送りを受けていた。カロリーナは両親に出発前の挨拶をしている。
「パパ、ママ、私、行ってくるね!」
「ああ、気を付けてな」
「無理しちゃダメよ」
「わかってる。ガイアも皆をよろしくね!」
「任せてください。お嬢様も気を付けて」
パタパタとカロリーナがユウキの許に走ってきた。背中に神剣「極光」を背負った姿はどう見ても剣に負けているようで、女の子が無理して背伸びしているように見え、なんとも微笑ましい。思わずミュラーがプッと噴き出し、怒ったユウキに足を踏まれて蹲る。
『準備はできたか。ではラナンの町近くまで送ろう。用事を済ませたら指輪に話しかけるがよい』
バルコムが杖をさっと振ると、ユウキたちの足元に魔法陣が形成され、明るく輝くと同時にその姿が一瞬で消えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ユウキたちが移動したのはロディニア王国北方の町ラナン。人口2万のこの町は魔物戦争の影響を受けなかったため、破壊の後などはなく、いつもどおりの姿を見せていた。ユウキとカロリーナは町の花屋で花束を買うと郊外の方に向かって歩いて行く。アンジェエリカたちは、2人の雰囲気に話しかけるのも躊躇われ、黙って後に付いて行く。
到着したのは墓地だった。広々とした小高い丘に墓石がいくつも並んでいる。人気は全く無く、吹き抜ける風の音だけが聞こえるだけの寂しい場所だ。
「ユウキ、場所は知ってるの?」
「うん、以前オーウェンさんに聞いたことがある。小さなオスマンサス(キンモクセイ)の木を目印に植えたんだって」
「オスマンサスの木…ん? あれじゃない?」
ユウキとカロリーナは目印の木を見つけ、近づいてみた。木の側に小さな墓石があり、「ララ」という名と誕生年と死亡年が刻まれている。
「やっと…会えたね」
「うん…」
2人は花束を墓の前にそっと置いて祈りを捧げた。長い長い間祈っていると、ララと一緒に過ごした日々が鮮明に思い出され、自然と涙が浮かんでくる。隣ではカロリーナが小さく嗚咽を漏らしていた。ユウキもまた、溢れる涙が頬を濡らす。
少し離れた場所で2人の様子を見ていたミュラーは、小さな声でぽそっと言った。
「あれは、もしかしてユウキちゃんを庇って死んだという、女の子の墓か…?」
ユウキとカロリーナを見つめる3人の脇を1人の女性が通り過ぎて行った。その女性は祈りを捧げる2人に近づくと、驚いたように声をかけた。
「あら、あなたたちは…」
その声にユウキが立ち上がり振り返ると、30代半ばくらいの金髪をセミロングにした清楚な感じの女性が驚いた表情をしてユウキたちを見ていた。
「ユウキさんとカロリーナさん…? まさか…、あなたたちは死んだって…」
「お久しぶりです。レナさん」
「ふふっ、見てレナさん。私たち、ちゃんと足があるでしょ」
「え…ええ、そうね…。ごめんなさい、あまりにも驚いたものだから…。でも、お2人はどうしてここに?」
「…わたしたちが生き残っていたこと、姿を隠していたことについて、理由は言えませんが、どうしてもララに会いたくて」
「ララは私たちの一番のお友達だったから…」
「そうでしたか…」
「レナさんはどうしてここに? アドルさんはお元気ですか?」
「今日はお天気が良かったし、時間も取れたのでお墓参りでもしようかと。旦那様は…お亡くなりになりました。お嬢様の隣のお墓がそうです」
アドルが死んだと聞いて、ユウキとカロリーナは驚いた。
「旦那様は、奥様の忘れ形見のお嬢様を大切にしておられました。そのお嬢様が亡くなられて非常にショックをお受けになり、後を追うように自ら命を…」
「そ…、そんな…」
ユウキは余りの衝撃にショックを受け、ガクッと地面に膝をついた。あの優しかったアドルが自ら命を断つとはとても信じられなかった。カロリーナも呆然として立ち竦んでいる。
「遺書には「私の宝を失い、生きる意味を見いだせなくなった。申し訳ないが、娘のところに行きたい。私の最後のわがままを聞いてほしい。レナさん、今までありがとう」と書かれていました。ううっ…」
レナは手で目を押さえ、小さく嗚咽を漏らすと手にした花束を2つの墓の前に置き、祈りを捧げる。ユウキとカロリーナはレナの話と寂しそうな姿、死に至るアドルの思いに打ちのめされ、声も出せずにレナを見つめるしか出来なかった…。
祈りを捧げたレナは、ユウキに「お2人の事は秘密にします」と言ってラナンの町に帰っていった。ユウキは両手を地面に着くと土を握りしめ、ボタボタと涙を流す。カロリーナはそんなユウキを支えるが、その頬にも止めどなく涙が流て、いくつも涙の筋をつくりのであった。
(アドルさん、ごめんなさい…。全てユウキのせいです。本当にごめんなさい…。許してくれとは言いません。でも、わたしはもう二度とこんな不幸は出したくない…。だから、わたしは戦います。わたしの力を破壊ではなく、皆の幸せのために使います。ララ、ごめんね。貴女だけでなくお父様まで不幸にしてしまって…。でも、あの時、暗黒の魔女として覚醒したわたしを許し、助けてくれたよね。ララは死んでまでわたしを助けてくれた。本当にありがとう。今度はわたしがこの世界の人々を、ララが愛したこの世界を守るね。だから、天国で見守ってて…)
ユウキは立ち上がり、ぐいと腕で涙を拭うと胸を張ってカロリーナと共に仲間たちの許に歩いて行った。その背中を見守るように、2つの墓に置かれた花束が風にそよいでいた…。




