第462話 月は優しく2人を照らす
ユウキたちが訪問したことを祝ってささやかな宴席が設けられた。場所は宮殿内の貴賓室で出席者はグレイス女王とリシャール、ジョゼット、シェリー、ジャンの各王子王女。マルドゥーク公爵家の爵位を賜る予定のアンリと婚約者のステラといった面々。そして、ユウキ、アンジェリカ、ミュラーのほかに女王のたっての希望であの男、エドモンズ三世も出席している。
まず、自己紹介から始まり、ミュラーの正体に驚いた女王たちは改めて礼をするのであった。その後、ユウキとステラの関係、アンリの冒険とエドモンズ三世との出会い、女王暗殺の陰謀阻止などの話が続き、アンジェリカやミュラーはユウキの冒険譚に時に驚き、時に笑いながら聞き入るのであった。ちなみに、ユウキはアンリとステラの仲の良さに軽い嫉妬を覚えたりした。
楽しい歓談は続く…。
「ステラが元気そうで良かった。何気に気になっていたんだよね。オマケに凄い美少女になっちゃって…。驚きだよ」
「えへへー。皆さん良くして下さっているので、毎日が楽しいです! ユウキさんはこう、何というか美しさにワイルドさが加わりましたね」
『ぬわっはははは! ユウキは幾多の冒険を経て多くの魔物を屠ってきたのじゃ。その勇猛さで様々な二つ名で呼ばれておる』
「へえ、どんなです? 聞きたいです」
『そうかそうか、聞きたいか。ステちゃんはかわええのう』
「言わなくていいよ。止めてよ」
「わあ、私も聞きたいです」「わたしも…」
『ジョゼットもシェリーちゃんも聞きたいか。じゃあ、期待に答えなければならぬのう』
「や・め・ろ!」
『アナルクラッシャー、超弩級変態女、女郎蜘蛛、人間誘蛾灯、尻相撲の女傑、教育委員会の敵、首狩り族、下痢便の天使、荒野の野糞娘…、あと何があったかのう?』
「ぎゃああ~! バカバカ、野ぐそ言うな!!」
「キャハハハッ! 何一つマトモなのがない。さすがユウキさん」
「プッ…クスクスクス…。やだぁ」
「野ぐそって…。女としてどうなのかなぁ」
「うう…、ぐす…。ご、ご両親は元気なの…ぐすぐす…」
「もう、泣きながら聞かないでくださいよ。今もサヴォアコロネ村で元気にしてますよ。村にすっかり溶け込んだみたいで、ソルもたくさんのお友達ができて楽しいって手紙に書いてきました」
「よ…良かったね…。ふぇええ…、ぐすん…」
「ユウキさんはダメそうですね」
「その節にはエドモンズ様に助けられて…。本当に感謝しています」
『なんの。直系でないとはいえ、王家は儂の子孫も同じ。子孫を助けるのも先祖の役目じゃて。グレイスはその後体調はどうじゃ。問題ないか?』
「うふふ、至って健康です。これも優しいご先祖様のお陰ですわ」
『そうかそうか、それは何よりじゃ。後でまた治癒魔法をかけてやろう。お主には長生きしてもらわにゃならんからの。ジョゼットにまだまだ教えなければならないこともあろう』
「ありがとうございます。あ、そうそう、博物館の木版に書かれていた歴史経過、修正しておきましたわ。エドモンズ様を賢王とした内容にしました」
『おお、感謝するぞ。何気にあれが後を引いてての。ユウキが言いふらすもんじゃから下衆野郎と思われてしまって困っとるんじゃ』
「ふふっ、エドモンズ様は本当に良いお方です。こんなに人間臭いワイトキングって聞いたことありません」
『ハッハッハ! これもユウキと出会ったお陰じゃな』
「ミュラー殿はどこでユウキと出会ったのだ?」
「ああ、オレはロディニアの魔女戦争に冒険者身分で傭兵として参加したんだが、戦争が終わって帝国に帰る途中のリーズリットのレストランでだな。物凄い美少女が1人でメシを食っていたんで相席しようと声を掛けたんだが、あっさりと無視された」
「ほう…」
「その後海峡を渡る船の上で再会したんだ。本当に可愛らしくて素敵な子だと思ったな。巨乳ってとこもポイント高くて、オレの心にドキュンときたんだ。所謂一目惚れってやつだ。初めてだったオレが女の子を好きになったのは。それ以来、オレはユウキちゃんを嫁にすると心に誓ったのだ!」
「そうか…。もっと色々と話を聞かせてくれないか」
「おお、いいぜ」
リシャールとミュラーはユウキを肴に、お互いの冒険譚を話し合い、大いに盛り上がった。しかし、アンジェリカはリシャールの表情に一瞬陰が差したのを見逃さなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
楽しい歓談を終え、時間も遅くなったことから3人は宮殿内の部屋をあてがわれ、泊まることになり、宿には使いが出されることになった。そして深夜…、
「まだこんな時間か…」
アンジェリカは、宴席でのリシャールが一瞬見せた表情を思い出しては、中々寝付けずベッドの中で悶々としていた。寝るのを諦めたアンジェリカはベッドから出て窓のカーテンを開けると、満月が輝き、外の景色をおぼろげに浮かび上がらせている。その幻想的な風景を、何と無しに見ていると、尿意を催してきた。
「んん…。トイレ…」
トイレに行くため廊下に出たアンジェリカだったが、何せ初めて訪れた宮殿の事。あまりの広さにトイレを見つけられず迷ってしまったのであった。
「ま…、まずい。トイレどこ? 尿意が…超限界」
「アンジェリカ君じゃないか」
広い廊下を行ったり来たりしていると、不意に声をかけられた。
「ひゃあっ! リ、リシャール様」
「どうしたんだ? 寝間着姿で」
「あの、その…、実はトイレに行きたいのですが、迷ってしまって…」
「ははは、そうだったのか。私が案内しよう、着いてきなさい」
「スミマセン…」
トイレに案内される間、アンジェリカはふと疑問に思った事を聞いてみる。
「リシャール様はこんな時間に何をしておられたんですか」
「ん…私か。なに、眠れなくてね、少し散歩をしていたんだ。っと、ここだ」
トイレを済ませ、スッキリしたアンジェリカは洗面台で手を洗って廊下に出た。明かりが落とされた薄暗い廊下ではリシャールが待っていてくれた。しかし、彼は窓辺に立ち夜空を眺めていた。何となく陰のある横顔にアンジェリカは声をかけるのを躊躇われるのを感じた。
アンジェリカが声をかけるのを躊躇っていると、気づいたリシャールが振り向いた。
「ん…すまん、気づかなかった。部屋に案内しよう」
「あ、あの…」
「何か?」
「ユウキと何かあったんですか?」
「……。何故そう思う?」
「いえ、何となくそう思っただけで…、その…」
「…………」
「あの…、変なこと言ってスミマセン…」
アンジェリカは「余計な事を言ってしまった~」と思い、頭を下げた。しかし、リシャールからは何のアクションもない。顔を上げるとリシャールは再び夜空を眺めていた。アンジェリカも窓の外を見ると、様々な形の雲が月の光を反射しながら風に乗って流れており、神秘的で幻想的な光景を映し出していた。また、雲に反射した月の光は地を照らし、庭園の木々をぼんやりと浮かび上がらせている。その光景を眺めていた2人の間に沈黙が流れる。やがて、リシャールがポツリと話し出した。
「私はユウキに求婚していたんだ」
「えっ…!?」
思ってもみない言葉にアンジェリカは驚いた。
「彼女と私がこの国の陰謀を暴いた後だった、彼女に結婚を申し込んだのは。初めてだったな、あのような優しく人の絆を大切にし、大切な人を守るためにはどんな困難にも立ち向かう強い意志を持った純粋な女性に出会ったのは」
「そ、それで…」
「自分の居場所を見つけ、本当の幸せとは何かということを探す旅をしているから、まだそのような事は考えられないと言われて断られたよ。でも、私は待つと言った」
「…………」
「今日の宴の後、彼女に返事を聞かせてくれと言ったら正式に断られたよ。「自分は居場所を見つけることができた。だから気持ちには応えられない」とね。彼女とミュラー殿を見た時から何となく予測はついていたのだが…」
「まあ、私は振られたって訳だ。ははは、女性に振られたのは初めてではないが、今回ばかりは結構応えたな…」
寂しそうに語るリシャールに、アンジェリカはかける言葉が見つからない。黙って聞いてあげることしかできない。
「君は好きな人はいるのか?」
「今は…、いません」
「今は…というと以前にはいたのか?」
「はい。ユウキと出会う前、私には婚約者がいました。アレシア公国の王太子、ジュリアス殿下という方で、5歳の時に初めて紹介された時に一目惚れして、それからずっとお慕いしていました。彼と結婚することだけを夢見て努力してきた。ですけど…」
「……何かあったのか」
「ジュリアス殿下は私を見てはくださらなかった。別の女性を愛されてしまわれた。私は何とか振り向いてもらおうとしたのですが、結局、私の想いは届かなかった…」
アンジェリカは窓を開けて空を見上げた。雲の合間に輝く月が涙で滲む。
「済まない。私のつまらない話から辛い事を思い出させてしまった。本当に申し訳なかった。さあ、部屋まで案内しよう」
「…はい」
交わす言葉もなく、並んで歩くアンジェリカとリシャールの背中を月の光が優しく照らしていた。2人の心の傷が少しでも癒えるように…。




